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EL―Online  作者: アルタイル
第一章 世界の始まり
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第四話 星の大地シャマイン

 あやふやな世界、不確定な感覚。直人は七色に歪む世界をふわふわと漂っていた。その身体の輪郭はぼやけていて、はっきりとしない。だが、直人は不思議とそんな世界に安心感を抱いていた。母の胎内のような、すべてを包み込む感覚がここにはある。


 そうして心地よく直人が漂っていると、彼の前に突然、大きな光の球が現れた。光は流体のように形を変えていく。やがて、それは少女の姿となった。さらさらと流れるような銀髪の、線の細い少女だ。その顔では、紅の瞳がどこか物憂げな光を投げかけている。


「こんにちは、狭間の世界へようこそ。私はグリゴリの末裔よ。あなたはここへ、始めてきたのかしら」


「ああ、そうだ」


 アバター作成を手伝ってくれるNPCだろうか。そう思った直人はとりあえず彼女と話を合わせる。すると少女はニヤッと笑い、説明を続けた。


「そう。ならばここで姿と名、そして生き方を決めなければならないわね。かの世界では現世の名と姿は使えないし、生き方も新たに定めなければならないから。そうね、まずはあなたのなりたい姿をイメージして。ただし、現世のものから大幅には改変出来ないから気をつけるのよ」


「わかった」


 直人は自分の姿をイメージしはじめた。すると、絵の才能などまったくないはずなのに驚くほど正確にイメージが定まっていく。システム的な補助がきっとあるのであろう。彼はそう考えると、とりあえず現実とほぼ変わらない姿をイメージした。変わっているのは、目元が少しきつくなっているくらいであろうか。


「それがあなたのなりたい姿なのね。一度決めると変えられないけれど、これで本当にいいの?」


「ああ、構わないぞ」


「わかったわ。なら次にあなたの名前を考えましょう。何がいい? 他の人と重複しても構わないわよ」


 重複もアリと聞いて、直人は一瞬、誰かがつけていそうな有名な剣豪の名前でもつけようかと考えた。だが、あと一歩のところで思いとどまる。剣豪の名前など着けたところで自分が弱くては意味がない。自分は自分独自の名を名乗るべきだと。


「そうだな……。一刀で頼む」


「あなたの頭の中にある文字ではちょっと無理ね。カタカナであれば可能かしら」


「わかった、じゃあそれで」


「了解。では最後に生き方を決めましょう。決められるものとしてはいくつか候補があるのだけど……。あなたの頭の中は侍でいっぱいみたい。それに決めてしまっていいかしら?」


「もちろん。むしろ、それ以外にされたら困る」


 少女はニコッと満面の笑みを見せた。白い頬に、僅かな赤みが差す。彼女は親指と人差し指でグッと丸印を造って見せた。それを見た直人はどこまでも人間染みたNPCだと思う。AIが一部で実用化されたという話を彼は聞いたことがあるが、間違いなくこの少女にはAIが使われているだろう。


「これで全部終わりよ。一旦現世へ戻ってね。今度来るときは、門を開く準備をして待っているわ」


 少女の鈴の音のような優しい声が響くと、直人の意識がぼんやりとしてきた。何か、水の中を浮かんでいくような感覚が全身を包む。そのまま彼は、現実へと一旦帰還したのであった――。







 夜空に煌く街。無数のビルが星屑のごとき光をあたりにばらまき、あたりは輝きに満ちている。その様子はさながら、銀河の中心にでもいるかのようだった。


 直人と環はそんな美玖波の夜景を一望できる食堂にいた。曇り一つない巨大な窓の脇に円いテーブルがいくつも並べられていて、その中の一つに二人は座っている。周りのテーブルもすでに大部分が埋まっていて、楽しげな声があたりに響いていた。ただし、夜景を背景にした会話にはあまり相応しくないゲーム用語が飛び交っているが。


 二人はテーブルの上に並べられた食事をつつがなく食べていた。だがここで、環が不意にナイフとフォークの動きを止める。


「そういえば、直人はどんなアバターを造った?」


「ん、見たいのか?」


「ああ、興味あるからな。それにアバターを知らないと向こうの世界で会えないぞ」


「それもそうか」


 直人はそうだったとばかりに頭をかきながら、データの入ったメモリーを取り出した。彼が円柱状をしたメモリーの先端部分を半回転させると、空間キーボードが出てくる。その直後、指先がキーを素早く叩き、アバターの立体映像が現れた。


 環は直人の方に顔を寄せると、アバターの細部までじっくりと見た。そして何となく納得したような顔をする。


「へえ、見た目はほとんど変わってないな。職業は侍で名前はカズトか。なんというか直人らしいアバターだな」


「そうか? 環の奴も見せてくれよ」


「わかった、ちょっと待ってろ」


 環はメモリーを取り出すと、直人とほとんど同じ動作をした。大きめの人形ほどのアバターが、空中に映し出される。それを見た直人はちょっと驚いたような顔をした。彼の視線がにわかにアバターの方にくぎ付けになる。


 アバターはほとんど現実の環と変わらないようだった。だが、直人にとって恐ろしいほどそのアバター魅力的に見えた。まさに彼の理想の女性を具体化したようなアバターなのだ。現実の環も容姿だけで考えれば直人の好みにピッタリなのだが、このアバターは次元が違う。直人の好みに寸分たがわず合うように、職人が丹精込めて作ったかのようだ。


 アバターに熱い視線を送り続ける直人。その顔はどこか緩んでしまっている。するとそれを見た環はからかうように笑った。


「フフッ、完璧なまでに直人好みだろ?」


「そうだな……って、なんでお前が俺の好みを熟知してるんだよ!」


「幼馴染に知らないことなんてないのだ。お前の好みのプレイからパソコンの壁紙まで、私は何でも知っているのだよ」


 髪をかき上げながら、得意げな顔で言ってのける環。だが、彼女は致命的なミスを犯していた。それに気がついた直人の顔に、先ほどまでとは違った赤みが差していく。


「……お前、俺のパソコンを覗いたんだな?」


「な、なぜわかった!?」


「パソコンの壁紙なんて見ないとわからないだろ」


「あッ……。で、でも悪いのは直人だ。いまどき誕生日なんかをパスワードにしておくから……」


 しまったとばかりに口を押さえ、環は弁明を始める。だが時すでに遅し。直人の額には血管が浮かび、拳が震える。


「問答無用!」


「ぬわーーーー!!」


 夜景の美しい食堂に、環の色気が全くない悲鳴が響いた――。






 翌朝。直人は昨日何事もなかったかのように目覚めると、早速EL-Onlineをプレイする準備を始めた。プレイが可能となるのは、今朝の七時から。廃ゲーマーであろう他のテスターたちは当然、朝食など抜かしてプレイを開始するであろうし、環もまたそうするつもりだった。直人もそれにつられて、朝一番からプレイを始めるのである。


 歯を磨き、服を着替えて直人は必要最低限の準備を整えた。ふと彼が時計を見ると、針はすでに七の文字とくっつきそうになっている。直人は急いでヘッドセットを被ると、アークの中で横になった。


 ふわり、ふわり。意識が陽炎のように揺れる。いつの間にか直人は昨日と同じ、モヤモヤとした世界にいた。その心地よい感覚に直人の意識がまどろむ。しかしその時、彼の目の前に見慣れた少女の姿が現れた。


「こんにちは、昨日の人ね。今日はいよいよ世界を渡ることを御望みかしら」


「もちろん」


「よろしい。では今から門を開いてあげる」


 少女は直人に背を向けると、呪文を紡ぎ始めた。滑らかにして荘厳な旋律が謳われ、あたりに光があふれていく。清らかな少女の声は空間にしみて、無数の幾何学文様が花びらのように広がり始めた。文様は次々とつながり、合わさり。やがて一つの巨大な門を形成していく。


 それは、さながら天国への門のようだった。直人の眼が見開かれ、口から息が漏れる。純白の文様からなる門は山のような威圧感と、すべてを平伏させるような荘厳さを兼ね備えていた。その迫力、存在感に直人は言葉すら出ない。ただただ見つめるばかりだ。


 直後、世界が震えた。


 ごおんと鐘の音のような音を鳴らしながら、門が開かれていく。巨人が歩くかのような震えが空間を揺さぶり、じりじりと張り詰めるようなプレッシャーが直人に襲いかかった。さらに隙間から光が濁流のように溢れだしてきて、たちまち視界は白に奪われる。直人はそのまま為すすべもなく、光の奔流に飲み込まれていった。







 意識が光の中から浮かんでいく。しばらくして、直人はようやく意識を取り戻した。彼は顔を横に何度か振ると、ゆっくりと眼を開ける。始めのうちはチカチカとしていたが、だんだんと彼の眼に周囲の景色が飛び込んできた。


 彼は石畳の広がる広場に立っていた。かなり広い広場で、端がぼんやりと見える。すでにそこにはかなりの数の人間たちがいた。広い広場のあちこちに、バラバラと人影が散らばっている。夜なのか辺りが暗いので、彼らの顔をはっきりと見ることはできなかった。だが、彼らは一様に空を見ているようだ。直人もそれにつられ、空を見上げてみる。すると――。


「おおっ……!」


 直人は感嘆せずには居られなかった。空に数え切れぬほどの星々が浮かんでいたのだ。空が澄んでいるとか、星が美しいということの形容ではなく、文字通り星が空に浮かんでいるのだ。遥か遠い宇宙にあるはずの星が、ジャンプすれば届きそうな場所にある。紅、青、白……星は美しいパステル調の光を空にばらまきながら、ワルツのように踊っていた。


 直人がそうして空を見上げていると、彼の肩がポンポンと叩かれた。振り返ってみると、見慣れない格好をした環の姿が飛び込んでくる。黒いローブを纏い、古びた長い木の杖を携えている。そういえば、環は性格に似合わず魔法使いを選んでいたなと彼は思った。どこか遠ざかりつつあった彼の意識が、ふっと帰ってきた。


「あ、環」


「むっ、環じゃない。私はリーネだ」


 環ことリーネはムッと頬を膨らませた。MMOでリアルの名前を呼ぶのは結構なマナー違反である。環が怒るのも無理はなかった。ゲームをしない直人も何となくそのことを察して、彼女に頭を下げる。


「ああ、そうだったな。すまん」


「わかればいいんだ。それじゃ、早速だけど流星の平原へ行こう。ここはちょっと混んできたからな」


 直人があたりを見回してみると、すでに広場は人でいっぱいになってきていた。「パーティー募集!」だの「一緒に平原へ行きませんかー!」という声が聞こえてくる。加えて次から次へとログインしてきているようで、ドンドン人口密度は上がっていた。


「確かに。だけど、流星の平原ってどこ?」


「マップを出してみろ。出したいと考えるだけで出てくるから」


「どれどれ……」


 直人がマップを出したいと考えると、すぐに半透明のディスプレイが現れた。そこには見慣れない地図のようなものが表示されている。その中央はピカピカと点滅していて、『星の大地シャマイン 銀河の広場』と書かれていた。さらにその右下には流星の平原と書かれている。


 環はスッと手を伸ばすと、ピカピカと点滅している場所を指差した。そして訳知り顔で直人に解説を始める。


「ピカピカと光っているここが現在地だ。これを見ると星の大地シャマインという場所の、さらに銀河の広場というところに私たちはいるらしい。それで、ここの南東に位置するのが流星の平原だ」


「ふうん。だけど、なんで流星の平原なんてところにいくんだ? 隣の星詠みの山でもよくないか?」


 直人は南西にある星詠みの山と書かれた場所を指差した。だが、それを見た環はわかってないとばかりに首を横に振る。


「最初は平原って相場が決まっているんだ。ほら、さっさと行くぞ!」


 環は強引に直人の手を引っ張った。仕方ないとばかりに引っ張られていく直人。こうして、彼の冒険はなんとも微妙な形で始まったのだった――。



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