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EL―Online  作者: アルタイル
第一章 世界の始まり
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第三話 アーク

 マルドゥック社の中に入ったテスターたちは、それぞれ三十人ほどのグループに分けられた。そして各グループごとに例のアンドロイドガイドが一体づつ付き、ひととおり社内を案内される。


 マルドゥック社の内部はさすがに時代の最先端を行く会社だけあって、内装からしてどこかSFチックだった。特殊金属でできているという銀色の内壁に、社内を見回る人型警備ロボット。さらには空中に浮かぶ空間ディスプレイや社員たちが乗り回すスカイボードなどいちいち未来的である。環はそれらを見るたび眼を輝かせていたが、その一方で直人は冷ややかだった。彼は早くゲームがしたくてたまらないのだ。いや、正確には早く刀で戦いたくてしょうがないというべきか。


 やがて、社内見学も終わりテスターたちは広いホールのような空間に集められた。彼らはここでようやくサングラスを外すことを許可される。テスターたちは広がった視界を存分に楽しむかのように、あたりを見回した。


 ホールは大学の講堂のような構造をしていて、奥にはカーブを帯びたディスプレイが備え付けられていた。前に置かれた演壇の大きさからすると、高さ七~八メートルの横幅十五メートルはあろうか。映画館のスクリーンばりに立派なディスプレイだ。


 直人たちがこのディスプレイの正面付近の座席に腰かけると、タイミングを見計らったように画面が光を帯びた。映画のオープニングムービーさながらの派手な映像が流れていき、最後にマルドゥック社のシンボルである、縦半分だけの仮面が黒地に赤という色彩で表示される。そのマークはどこか呪術的で、宗教じみたものを感じさせた。直人の顔が、少し不機嫌そうに歪む。


「あんまり趣味の良くないマークだな」


「そうか? 私はカッコいいと思うが」


「……お前、結構厨二だろ」


「ひ、人が気にしていることを……グハッ!」


 環は刃物で刺されたかのように大げさに胸を抑えると、直人の方に倒れかかってきた。大きくてやわらかいものが直人に思いっきり押し付けられる。直人は顔を真っ赤にしながらも、倒れてきた環をどかした。その唇は固く結ばれていて、視線は環から露骨にそらされている。環はそんな直人を見ると、いたずらっぽく笑った。


「照れおって。別に触っても構わんのだぞ?」


「お前が良くても俺が駄目だ」


「つれない奴」


 環はつまらなそうな顔をすると、身体を揺らして椅子に腰かけなおした。するとここで、壇上に一人の男が上ってきた。四十前後の背の高い男で、高級感のあるデザイナーズスーツをピッチリと着こなしている。そのスラリと伸びた背中や爛々と輝く瞳は溢れるばかりの精力や存在感を感じさせ、客席にいた人間たちは彼の動きの一つ一つにくぎ付けになった。天性のスター。そう呼ぶのがまさにぴったりな男だ。


 直人はそんな彼の眼に嫌なものを感じた。されど、つつがなく事態は進行していく。男は何事もなく演壇にたどり着くと、マイクを手に声を張り上げた。


「みなさん御機嫌よう! 今回はEL-Onlineのクローズドβテストにご参加いただきありがとうございます。私はマルドゥック社の社長、黒柳です。どうかよろしく!」


 客席から数え切れぬほどの拍手が巻き起こった。バチバチという音が、津波のようにホール全体を揺らす。黒柳は拍手にこたえるように手を挙げて、拍手の嵐に負けないぐらいの声を絞り出した。


「ありがとう! まずは今回のクローズドβテストについてなのだが……」


 黒柳は非常に饒舌で、説明もわかりやすかった。時折ジョークを飛ばしながら進めていくその説明は、まさに天才的といえよう。そんな彼の話を要約すると次の三つに集約された。


 一つ目はEL-Onlineはゲームという枠を超えてマルドゥック社だけでなく、人類的な事業になるであろうということ。二つ目はβテストの期間中は一日五時間以上EL-Onlineにログインすることを条件に好きなことをしていて構わないということ。この際、立ち入り禁止区域に入らないなど最低限のマナーを守れば、本当に何をしていても構わないらしい。三つ目は、今後の詳しい日程などである。ちなみにEL-Onlineのゲーム内容などについてはほとんど語られることはなかった。ネタばれはしないということのようだ。


 直人は長かった割に話の内容の薄かったことに驚いた。とくにβテストの規則などは、ゆるすぎて拍子抜けしたほどである。そのため彼の意識はたちまち説明のことから、この後行われるアバターの作成へと移された。環も直人と同じだったようで、何かの写真を片手にああでもないこうでもないと唸りはじめる。


 その後、直人たちは再びグループに分けられアバター作成のための検査に向かうこととなった。テスターたちは薄っぺらいシャツとパンツに着替えて身体のサイズ測定、血液検査、脳波測定、心電図、果ては超能力関連の検査など全十種類にも及ぶ検査を受けさせられる。直人や環はそのあまりの煩雑さに少しうんざりしたような顔をしながらも、これもVRMMOで遊ぶためと割り切ってすべての検査を文句ひとつ言わずに受けた。


 数時間後、検査を終えた直人と環はマルドゥック社の敷地内にある宿泊棟へと来ていた。社外の人間や一部の研究者などが住み込みで働くために整備されたというこの棟の内装は、一見すると高級ホテルのような風格がある。敷き詰められた毛足の長い紅絨毯と、木目が美しい飴色のドアがなんとも言えぬ気品を醸し出していて、ところどころに絵画や観葉植物まで飾られている。直人はそれを見てずいぶん景気のいい会社だと思った。


「えーと、私はここか。それじゃ、また夕食時に」


「ああ、またな」


 テスターたちには一人につき一部屋個室が与えられていた。この個室にVR機が置いてあり、アバターの作成やプレイはすべてこの個室内で行われる。実際の家庭での使用を想定してのテスト、ということらしい。


 環と別れた直人が早速部屋に入ると、彼の眼に異様なものが飛び込んできた。古代の石棺に幾何学的な文字を隙間なく刻み、絡まり合う無数のコードをつないだような物体。その表面は黒い石のような材質でできていて、白い蛍光灯の光をユラユラと反射している。大きさはダブルベッドほどだろうか。しかし、直人にはそれがどうしようもなく巨大なものに思えてならなかった。まるで巨人と相対しているかのような威圧感を彼は感じた。


「これがVR機なのか?」


 直人はそっとそれの表面に手を置いてみた。温かい。おそらくそれは機械の発する熱のためなのだろうが、まるで生き物の体温のようだ。なんともいえぬ気持ち悪さを感じた彼は反射的に手を引く。そして、恐る恐る側面にあったボタンを押してみた。


 次の瞬間、棺が生き返った。


 表面の幾何学文字を電光が走り抜け、ブウンと駆動音が響き始める。それとほぼ同時にガチャッと鈍い金属音がして、棺の蓋がさながら鉛の塊のように重々しく開いて行った。直人は息をのみこみ、瞬きすらせずにその様子を見守る。額には脂汗がにじみ、背筋が冷えた。


『アーク、起動しました。いつでも使用可能です』


 蓋がすっかり開かれると、心地よい女性の声が聞こえた。それによるとこのVR機はアークという名称らしい。そのネーミングを直人はピッタリだと思った。名付けた人物をほめてやりたいほどだ。彼は顔をわずかに緩ませると、ゆっくりその中を覗き込んでみる。


 仰々しい見た目に反して、中は簡素なものだった。寝心地の良さそうなリクライニングベッドと、頭につけるヘルメット型のヘッドセットがぽつんと置かれている。それらと外枠にあたる棺の組み合わせはどうしようもなくちぐはぐで、後から中身だけを入れたかのようだ。


 かすかに恐怖を感じたが、直人はベッドに身体を横たえた。今更後戻りなど、できない。彼は渡されていた検査のデータが入ったメモリーを挿入口に差し込み、ヘッドセットを被る。そしてそのまま横たわり、静かに仮想現実へと落ちていった――。


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