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EL―Online  作者: アルタイル
第一章 世界の始まり
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第二話 マルドゥック・ブレイン社

 視界が跳んでいく。山々の青い稜線が、速度のあまり波打つように見えた。窓側の席に座っていた直人は、そんな景色を見ながらフウとひと息つく。


 βテスターたちを乗せた貸切リニアトレインは一路、東京から美玖波を目指して疾走していた。βテストは、美玖波学術特区の中に存在するマルドゥック・ブレインの本社で行われる。夏休み期間を丸々使って、一か月もの間、マルドゥック社に泊まり込みで行うのだ。当然、その間の食費などはマルドゥック社の負担である。


「わくわくしてきたぞ……。美玖波ってどんなとこだろうな?」


「うーん、普通の街なんじゃね?」


「夢のない男だ。あの美玖波だぞ、スーパーロボットとか居そうじゃないか」


「馬鹿、俺たちはロボット見るために美玖波まで行くんじゃないんだぞ」


 興奮する環に対して、直人は落ち着き払った様子だった。彼は座席に腰を沈ませると、背中を大きくそらせる。その目はどこか遠くを見ているようだ。彼の意識はすでに美玖波という近未来都市よりも、その先にあるEL-Onlineに向けられているのであろう。しかし、環はそれがイマイチ面白くないようで、不満げな顔をする。


 美玖波学術特区は徹底した秘密主義で知られる街だ。先端技術の流出を防ぐために、出入りできるのは住人と特別なパスポートを持つ人間だけ。しかも街全体がアルファベット順に五つに区切られており、ランクの高い地区に入るためには日本政府の許可がいる。ゆえにマスメディアですらその内部を撮影したことはまれであり、人工の秘境とまで言われていた。


 今回、βテストが行われるマルドゥック社は上から二番目にランクの高いB地区に存在していた。必然的にβテスターたちにはB地区まで侵入できる許可が与えられる。これはきわめてまれなことであり、近未来都市といわれる美玖波を見学できる絶好のチャンスといえた。だから環が興奮するのも、それはそれで仕方のないことなのである。


 そうこうしている間に、列車は美玖波へ近づいて行った。到着まであと三分ほどというところか。するとここで、車内アナウンスが流れる。


『皆様、おはようございます。当車はまもなく美玖波駅へ到着いたします。到着後は置いてありますサングラスをご着用の上、速やかに降車してください。その後の指示は現地スタッフが行います』


 直人と環は素直に指示に従い、座席の脇に付けられていたラックからサングラスを取り出した。そして、そのまま何の疑いもなくそれを頭に掛ける。すると、彼らの顔が露骨にゆがんだ。


「なんだこれは! これじゃ街の様子があんまり見れないじゃないか!」


「機密保持ってやつだろうな。ずいぶんと念入りなことだ」


 サングラスを掛けると、視界が丸く切り取られたようになった。これでは真正面しか見られない。その事実にがっくりとうなだれた環。それを見て、直人はハアと息をついた。彼はやれやれとばかりに両手を上げると、死体と化している彼女の腕をひっつかむ。


 ちょうどその時、身体が後ろに引っ張られるような感じがした。列車が止まったのだ。直人はそのまま強引に環の腕を引きながら、座席の間を抜けて列車から降りる。


 ホームにはすでに人だかりができていた。わらわらと集まったその群衆は、ざっと見て千人以上か。どうやらβテスターたちはこれで全員のようである。その中には外国から来たのか金髪や赤髪の人間も見てとれて、ずいぶん国際色豊かだった。


 そんな彼らの中央で、ガイドらしき女性が声を張り上げていた。だがその声は異様なまでに無機質で機械的だ。不審に思った直人が眼を凝らして彼女を見てみると、何となく違和感がある。どこか、見慣れない感じだ。すると環が突然復活して、大きな声を上げた。


「あのガイド、アンドロイドだぞ!」


「えッ?」


「ほら、良く見てみろ。関節の部分が人とはちょっと違う」


 そう言われた直人がガイドの間接に注目すると、確かにその部分は妙に角ばっていた。明らかに、人間の間接の造形ではない。直人は一瞬でそれを見抜いた環の観察眼に舌を巻く。中学で剣道をやめて以来、ゲーム廃人になったと噂の環だが、その確かな観察眼はそれほど衰えていないようだった。


 驚いた顔をした直人に、環は得意げに知識を披露し始めた。彼女の声は得意のためか、だんだんと大きくなっていく。すると、一人の男が彼らの方に近づいてきた。一昔前に流行した、ハードボイルドを思わせる男だ。彼は二人の間にさりげなく割って入ると、シーっと人さし指で口を押さえる。


「お嬢ちゃん、あんまり騒がない方がいいぜ。どうやらマルドゥック社の連中は俺たちに黙っていてほしいみたいだ」


 男は指でさりげなく、直人たちを取り巻くように立っている黒服の男たちを示した。彼らは全員、こちらの方に強い視線を向けている。その視線は冷徹で、ほのかな殺気だったものを感じさせる。環は思わず顔を青くすると、男に顔を近づけた。そしてできるだけ小声で囁く。


「な、なんだあいつら。ガードマンか?」


「おそらくな。だけど、あいつらはそこらの警備会社とかの連中じゃないぜ。ポケットの膨らみ、あれは間違いなく拳銃を忍ばせてる」


「なッ!」


「せいぜい気をつけな。それじゃ、俺は仕事があるのでこの辺で」


 男は気障っぽくささやくと、人ごみに消えていった。環はその後ろ姿を、半ば茫然とした様子で見送ったのだった――。






「あんな男の言うことなんか、信用することないだろ」


「でも、嘘を言っているようには見えなかったぞ」


「嘘じゃなくてただの勘違いだ。そんなことありえない」


 マルドゥック社へと向かうバスの車内。そこで直人は環に呆れたような顔をして言った。彼は大きく息を漏らすと、環にまた良く言い聞かせる。


 いくら美玖波がアンダーグラウンド的な性質を持っているからといって、ガードマンが拳銃を持っているなどあり得ない。銃刀法は未だに健在で、一般人に銃の所持は認められていないのだ。ガードマンといえど警察官などではない以上、拳銃を所持していることなど法的にありえない。直人はそんな当たり前のことすら忘れている環に若干のいら立ちを覚え始めていた。だがそれは環とて同じようで、彼女もわからず屋の直人に少し腹を立ててきている。


 そうして二人の周りに、若干重苦しい空気が漂い始めた。なんとも言い難い、嫌な空気だ。だが、そんな空気は突然に取っ払われた。


「皆様、まもなくゲートを抜けて美玖波学術特区に入ります。ぜひ、外の眺めをご覧になってください」


 先ほどのアンドロイドガイドが、至極無機質な声で乗客たちに告げた。二人はひとまず仲直りすると、仲良く窓の外をのぞきこんでみる。すると巨大な壁が迫ってきて視界がにわかに暗転。さらにその直後、二人の前に別世界が現れた。


「凄い……!」


「すげえ……!」


 美玖波学術特区は、想像以上に未来的な都市であった。昔の人間が思い描いた、空飛ぶ車が飛び交うような未来世界。まさにそれを地で行っている。流線型の高層ビルが林のように整然と並びたち、その間を空中道路が縦横無尽に走り抜けている。幾重にも重なり合ったビルたちはすべてガラス張りで、陽光をキラキラと反射して眩しいほど。その燦々と輝く未来都市に、直人と環は感嘆の声を上げずには居られなかった。


 二人が感心している間にも、バスは都市の中を疾走していった。やがていくつかのゲートを潜り抜けると、二人の前にひと際巨大なビルが現れる。そのビルは雲を貫くかのような高さで、螺旋状に渦を巻いていた。さらにその頂上には巨大な球体構造物を掲げている。その滑らかな表面には緑色の文字で「Mardock Brain」と刻まれていた――。

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