第6話:お友達と、ズボラ飯同盟
「佐藤さ〜ん! 私のひみつレシピ見ちゃったんですから、佐藤さんのとっておきも教えてくださいよぉ!」
給湯室の陰で、天井さんが頬を少し膨らませながら、小声で詰め寄ってくる。
あの日、玄関先で「ズボラ飯メモ」という最大の弱みを握られて以来、俺たちの距離は急接近した。
……いや、接近したと言っても、会話の内容は100%ズボラ飯だ。
「天井さん、声が大きい。誰かに聞かれたらどうするんですか」
「あ、すみませんっ……! でもでも、さば缶にマヨネーズとラー油をぶち込むやつ、一昨日試したら凄く美味しくて! ご飯二杯食べちゃったんです!」
「ふっ、分かってるじゃないですか。あれは焦がし醤油を一回しするのがコツなんです」
職場の誰も知らない、俺と天井さんだけの秘め事。
スマートなイケオジと、おっとり上品な秘書。表向きは接点の少なさそうな二人が、物陰でひそひそと「天かすと塩昆布」やら「コンビーフのレンチン」やらについて熱弁を振るっているのだから、我ながらシュールな光景だと思う。
しかし——周囲の目は、まったく別のベクトルで盛り上がっていた。
「佐藤さ〜ん、最近天井さんと仲良くないですか? もしかして、良い感じなんですか〜?」
デスクに戻るなり、後輩の男子社員がニヤニヤしながらチャチャを入れてくる。
「バカ言え。ただの仕事の話……いや、ただの『お友達』だよ」
「えーっ! あの天井さんと『お友達』になれる50代なんて佐藤さんくらいですよ! イケオジは違いますねぇ〜!」
適当にいなしてタバコ休憩に逃げようとすると、今度は給湯室の方から賑やかな女子社員たちの声が聞こえてきた。
「ねぇねぇ美鈴ちゃん! 正直に言いなよ〜! 最近、佐藤さんとよく楽しそうに話してるじゃない! お付き合いしてるんでしょ!?」
「ち、ちっ、違いますぅぅっ! 本当にただのお友達なんですからぁぁっ!」
顔を真っ赤にして必死に手を振る天井さんの声が、廊下まで響いてくる。
(ただのお友達、か……)
俺は苦笑いしながら、胸ポケットのタバコに手をやった。
世間というやつは、男と女が仲良くしていればすぐに「恋愛」だの「交際」だのの枠にはめたがる。
だが俺たちを繋いでいるのは、甘酸っぱい恋心なんかじゃない。
【深夜、誰の目も気にせず欲望のままに喰らうジャンク飯への熱い情熱】という、より強固で背徳的な「同盟関係」だ。
「付き合ってる」なんて思われたら、かえって動きづらくなる。
俺たちが守るべきは、恋愛のトキメキではなく、誰にも邪魔されないズボラ飯の自由なのだから。
「まあ……『お友達』で結構じゃないか」
タバコに火をつけ、紫煙をくゆらせる。
今夜は天井さんに教えてもらった『じゃがりこマッシュポテト風』でも試してみるか。チーズ味に、あえてラー油を少し垂らしたらどうなるだろう……。
妄想を膨らませながら、俺は次のズボラ実験に向けて、ニヤリと口元を緩めた。




