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【完結】私を捨てたあなたに、幸せになる資格まで奪われたくないのです  作者: 入多麗夜


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27. 結婚前夜

 完成した婚礼衣装は、ヴィオレッタの自室に置かれた衣装掛けに収まっていた。柔らかな白い布地は窓から差し込む光を淡く返し、裾には小さな花の刺繍が連なっている。宝石をいくつも縫いつけた華美な仕立てではない。近づいて見ると花弁や葉の一枚一枚まで丁寧に糸が重ねられており、以前ヴィオレッタが図案の中から選んだものが、そのまま形になっていた。


 仕立て屋と侍女が周囲を動き、裾の広がりや留め具を最後に確かめている間、ヴィオレッタも衣装の前に立って袖へ腕を通した。仮縫いは何度も済ませているため、大きな問題はない。それでも明日は長い時間身につけることになる。腕を曲げ、肩を動かし、袖口まで確かめてみると、片方だけわずかに窮屈に感じるところがあった。


「ここだけ、もう少し余裕を持たせてもらえる?明日は長く着ることになるでしょう」

「もちろんでございます。すぐに直せますので、ご安心くださいませ」


 仕立て屋はすぐに該当箇所を確認し、印をつけた。直しに時間はかからないらしく、今日のうちには再び届けられるという。ヴィオレッタは衣装を脱ぐと、侍女たちが皺を作らないよう運んでいく様子を見送った。


 部屋へ残された裾の図案を眺めているところへ、クラリッサが小さな木箱を持って入ってきた。見覚えのある箱だった。以前、婚礼衣装を選んでいた日に母から見せてもらったもので、中には白い花を模した髪飾りが収められている。クラリッサ自身が結婚式で身につけ、その前にはヴィオレッタの祖母が使っていた品でもある。


 蓋が開かれると、丁寧に保管されていた白い花が姿を見せた。侍女が傷をつけないよう慎重に取り出し、ヴィオレッタの髪の横へ寄せる。まだ正式につけるわけではないので、鏡越しに衣装の図案と合わせて見るだけだった。


「やっぱり、こちらの衣装にしてよかったわ。髪飾りとも合っているもの」

「ええ。明日、全部身につけたところを見るのが楽しみね」

「私もよ。これをつけるのも楽しみにしていたの」


 クラリッサは満足そうに頷くと、髪飾りを再び箱へ戻した。明日の朝までは母が預かり、支度が始まってから侍女へ渡すことになっている。蓋を閉じたところで扉が叩かれ、今度はアーノルドが顔を出した。


 父は衣装を見るために来たわけではなかったらしい。明朝の馬車と出発時間について、先ほど最後の確認が終わったことを伝えに来ただけだった。それでも室内に残された図案や仕立て屋の道具を見れば、何をしていたのかはすぐに分かる。アーノルドは衣装が運び出された扉の方へ一度目を向けた。


「お父様には、まだ見せられなかったわね」

「明日まで楽しみに取っておくよ。きっとよく似合うだろうからね」


 ヴィオレッタが笑うと、アーノルドも穏やかに笑い返した。クラリッサと明日の確認をいくつか済ませると、そのまま部屋を出ていく。


 入れ替わるように現れたのはエドワードだった。仕立て屋が使っていた道具を侍女が片づけていたため、兄は部屋の奥まで入らず、扉の近くから中を覗いている。明日の朝になってから必要な物が足りないと言われても困るから、今のうちに確認しておけと言いに来たらしい。


「必要なものは全部揃っているわ。あなたに頼むものもないから安心して」

「ならいい。明日は裾を踏んで転ばないようにだけ気をつけろよ。さすがに結婚式で妹を抱えて運ぶ役はやりたくないからな」

「あなたこそ変な顔をして笑わせないでね。式の最中は絶対に見ないことにするわ」


 エドワードは心外そうな顔をしたものの、それ以上は何も言わなかった。明日は自分も早くから支度があるらしく、妹の頭を軽く撫でようとして、せっかく整えた髪を見て途中で手を引っ込める。その様子にヴィオレッタが笑うと、兄も片手を上げて部屋を出ていった。


 仕立て屋が戻ってくるまでには時間がある。ヴィオレッタは侍女と一緒に、明日自分で持っていく荷物を確認することにした。衣類や日用品の多くはすでに新居へ運ばれており、部屋に残されている箱もずいぶん少なくなっている。寝台も机も棚もそのままなので、部屋が空になったわけではない。持っていく物だけが少しずつ姿を消し、代わりに新居の自室や共同書斎へ収まっている。


 机の端には、花の彫刻が施された小さな木箱が置かれていた。幼い頃にエドワードからもらったもので、今でも細かな物をしまうために使っている。ヴィオレッタは蓋を開き、中に入れてある物が揃っていることを確認すると、明日持っていく箱の中へ収めた。


 そのまま次の荷物へ手を伸ばそうとして、窓辺に置かれた一輪が目に入る。昨日のデートでフェリクスからもらった花だった。屋敷へ戻ってすぐに水へ挿しておいたため、まだ花弁はしっかりしている。ヴィオレッタは花瓶を手に取って窓辺から離れると、中の水を替え、茎の先を少しだけ整えてから元の場所へ戻した。


 昨日は庭園を歩き、舟に乗り、食事をして、街まで回った。結婚式を明日に控えているのに、フェリクスが贈ってくれたのは宝石でも婚礼に使う品でもなく、街角で買った一輪の花だった。窓辺に置くにはちょうどよく、ヴィオレッタは花の向きを少しだけ直してから荷物の確認へ戻った。


 午後になると、アルディーン公爵家から使者が訪れた。式場や馬車を含め、明日の準備に問題がないことを伝える正式な連絡だったが、その書類とは別にヴィオレッタ宛ての小さな封書が添えられていた。差出人の名前を確認するまでもなく、見慣れた筆跡で分かる。


 ヴィオレッタは使者を待たせないよう自室へ封書を持ち帰り、窓辺の椅子へ座って封を切った。


『明日会えるのを楽しみにしています。今日はちゃんと休んでください。俺も早く休むつもりです。衣装を見るのも楽しみにしています』


 短い手紙だった。昨日は一日一緒に過ごしたばかりで、明日になればまた会えるのだから、長い手紙を書く必要もないのだろう。それでもヴィオレッタは読み終えてからもう一度最初へ戻り、二度目は少しゆっくり目を通した。


 机へ移動し、便箋を一枚取り出す。何を書こうか長く考える必要はなかった。


『私も楽しみにしています。今日は早く休むわ。あなたも夜更かしをしないでね。明日、お会いしましょう』


 書き終えたところで、最後に一言加えるべきか少し迷った。結局そのまま封を閉じ、待っていた使者へ預ける。明日顔を合わせれば、話したいことはいくらでも話せる。


 夕食にはいつも通り家族四人が揃った。アーノルドは明日の馬車についてクラリッサと簡単に確認し、エドワードは食卓に出された肉料理をいつもと変わらない調子で食べている。ヴィオレッタも自分の皿を空にし、食後には茶を飲んだ。明朝は早いため長居はせず、それぞれがいつもより少し早く席を立つ。


 自室へ戻ると、昼に直しへ出した婚礼衣装がすでに届けられていた。ヴィオレッタはもう一度袖へ腕を通し、気になっていた部分を確かめる。今度は腕を曲げても窮屈さがなく、仕立て屋へこれで問題ないと伝えた。


 侍女たちは衣装を丁寧に衣装掛けへ戻し、白い布で覆っていく。明朝使う化粧道具も一つずつ確認され、クラリッサから預かった髪飾りの箱が化粧台の中央へ置かれた。あとは朝になってから身支度を始めればいい。


 湯浴みを済ませたヴィオレッタは寝間着へ着替え、侍女から明朝起こしに来る時間を聞いた。普段よりかなり早いものの、支度に必要な時間を考えれば仕方がない。侍女が最後に窓と暖炉を確かめて退出すると、部屋の中は急に静かになった。


 ヴィオレッタはすぐには寝台へ向かわず、窓辺まで歩いた。昼に水を替えた花はまだ元気に咲いている。指先で花弁に触れそうになり、傷めないよう途中で手を止めた。


 窓の外には、暗くなったグランシェル伯爵家の庭が広がっていた。子供の頃から何度も見てきた景色であり、明日から住む場所が変わっても、ここへ戻ってくることがなくなるわけではない。父も部屋は残しておくと言っていたし、兄は新居へ遊びに来る気でいる。母なら用事がなくても顔を見せるだろう。


 ヴィオレッタは窓辺から離れ、部屋の中を一度見回した。机の引き出しを開いて中を確かめ、閉める。明日持っていく小さな荷物も揃っている。化粧台の上には白い花の髪飾りが収められた木箱があり、その横には朝から使う品が順番に並べられていた。


 最後に婚礼衣装の前へ向かう。侍女が掛けていった白い布が、片側だけ少しずれていた。下から裾がわずかに覗き、小さな花の刺繍が見えている。


 ヴィオレッタはすぐに布を戻さず、覗いていた刺繍へ指先を伸ばした。糸で描かれた小さな花を一つなぞり、それから布を丁寧に掛け直す。端まで整えれば、婚礼衣装は再び白い布の向こうへ隠れた。


 化粧台の木箱が閉じていることを確かめ、窓辺の一輪にも目を向ける。ヴィオレッタは部屋の灯りを一つ消し、そのまま寝台へ向かった。

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