↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】私を捨てたあなたに、幸せになる資格まで奪われたくないのです  作者: 入多麗夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/28

26. 結婚前、最後のデート

 ヴィオレッタは鏡の前に座り、侍女が差し出した二つの髪飾りを見比べていた。片方は淡い青の石を使ったもの、もう片方は小さな花をあしらった飾りで、どちらも今日着る外出着にはよく合っている。少し迷った末、ヴィオレッタは花飾りの方へ手を伸ばした。普段よりわずかに華やかではあるものの、今日は茶会でも婚礼衣装の仮縫いでもない。フェリクスとのデートへ出かける日なのだから、このくらいでちょうどいい。


「今日はこっちにするわ。せっかくのデートだもの、少しくらい華やかでもいいでしょう」


 侍女が頷き、髪飾りを丁寧につけていく。鏡で仕上がりを確認したヴィオレッタは、そのまま立ち上がった。以前なら、少し目立つかもしれないと考えて別のものへ替えていたかもしれない。今日は気に入った方を選びたかった。


 支度を終えて階下へ向かうと、フェリクスはすでに玄関広間で待っていた。ヴィオレッタが階段を下りてくる気配に気づき、顔を上げる。視線が髪飾りのところで止まり、ほんの少し目を見開いた。


「今日はいつもより華やかだね。髪飾りも初めて見る気がする」

「せっかくのデートだから少しだけ気合いを入れたの。あなたも十分素敵だから、そのままで大丈夫よ」


 褒め返されるとは思っていなかったらしく、フェリクスの表情がわずかに崩れた。ヴィオレッタはそれがおかしくて笑い、差し出された手を借りて馬車へ乗り込んだ。


 今日について二人で決めていたことは一つだけだった。新居には寄らない。衣装店にも行かない。家具を見つけても買わず、結婚式に使えそうな物を見つけても、その場で相談を始めない。最近は会うたびに何かを決め、確認し、両家へ伝えることが続いていたため、今日は純粋に二人で遊ぶ日にしていた。


 最初の行き先はヴィオレッタが選び、昼食の店はフェリクスが決めた。午後については何も決めていない。行きたいところがあれば、その場で寄ればいい。馬車がグランシェル伯爵家を離れていく間も、二人は結婚式について話さなかった。


 最初に訪れたのは、王都の中心から少し離れた場所にある庭園だった。珍しい植物を集めた施設ではなく、大きな池や噴水、季節ごとの花壇が広がる散策向けの庭園である。ヴィオレッタは馬車を降りると中央広場ではなく、池へ続く木陰の道を選んだ。フェリクスも何も言わず、その隣を歩く。


 道沿いにはまだ花をつけた低木が並び、水面から吹いてくる風が枝を揺らしていた。途中で橋へ寄り、泳いでいる水鳥を眺め、噴水の近くでは風向きが変わるたびに飛んでくる細かな水滴を避ける。急ぐ理由のない散策だった。


 しばらく進んだところで、ヴィオレッタは隣にあるフェリクスの手へ視線を落とした。以前は彼の方から手を差し出してくれることが多かった。今日は一度足を止め、自分から右手を差し出す。


「手を繋ぎましょう。結婚式の予行練習よ。当日に緊張して、上手く手を取れなかったら困るでしょう?」

「それなら、今日はしっかり練習しておかないとね。一度くらいじゃ足りないかもしれない」


 もっともらしく返され、ヴィオレッタは笑った。フェリクスが差し出された手を取り、指を絡めるように握る。ヴィオレッタもその手を握り返し、二人はそのまま池の方へ歩き出した。


 噴水の近くを通りかかったところで、風に煽られた水滴がヴィオレッタの方へ飛んできた。裾へかかりそうになり、フェリクスが反射的に手を引く。ヴィオレッタの体が一歩近づき、水滴は二人のすぐ横を通り過ぎた。フェリクスが力を緩めても、ヴィオレッタは繋いだ手をそのままにしている。


「助かったわ。今日は少し気合いを入れてきたんだから、いきなり濡らしたくはないもの」

「それなら今日はちゃんと守らないとね。さっき褒めたばかりだし」


 ヴィオレッタは満足そうに頷き、再び歩き始めた。


 池の反対側へ着くと、小さな船着場があった。庭園の池を回る貸し舟で、何艘かが水面をゆっくり進んでいる。フェリクスがそちらへ目を向けたので、ヴィオレッタも足を止めた。


 乗ってみるかと聞かれる前に、ヴィオレッタは「乗りたいわ」と答えた。時間は十分にあり、予定を詰めていない今日なら寄り道を気にする必要もない。


 二人は空いていた小舟を借り、フェリクスが櫂を持った。ヴィオレッタは向かいへ座り、舟が岸を離れていく様子を眺める。水面へ出ると、木陰の道とは違う風が頬を撫でた。フェリクスは慣れた手つきで櫂を動かし、舟を池の中央へ進ませていく。


 旅先で何度か舟に乗ったことがあるらしく、危なげなく進んでいたものの、一度だけ少し力を入れすぎた。舟がわずかに傾き、ヴィオレッタは反射的に縁を掴む。向かいのフェリクスもすぐに櫂を止めた。


「結婚式の予行練習で池に落とされたら、さすがに怒るわよ。今日の外出着だけならまだしも、本番まで心配になりそう」

「それは俺も困るな。今度からもっと慎重に漕ぐよ」


 ヴィオレッタは睨むふりをしてから笑った。


 舟で池を一周し、船着場へ戻る。フェリクスが先に岸へ上がり、ヴィオレッタへ手を差し出した。ヴィオレッタはその手を借りて地面へ降りると、離される前に自分から握り直した。今度は予行練習だとは言わない。フェリクスも理由を尋ねず、そのまま歩き始めた。


 昼食は庭園から馬車で少し移動した場所にある、小さな料理店で取ることになっていた。建物の裏手に庭があり、外にもいくつか席が並んでいる。フェリクスが以前から気になっていた店らしく、案内された席から見える庭にも満足そうに目を向けていた。


 二人はそれぞれ違う料理を選んだ。運ばれてきたものを食べ始めると、ヴィオレッタは向かいにいるフェリクスが自分の皿へ何度か視線を向けているのに気づいた。そこで、自分も彼の料理が気になっていたことを伝え、少しずつ交換する。


「実はさっきから気になってたんだ。じゃあ、少しずつ交換しようか」

「ええ。その方が両方食べられていいわね」


 食べ比べてみると、ヴィオレッタはフェリクスが頼んだ方を気に入り、フェリクスはヴィオレッタの料理を気に入った。逆を頼めばよかったと笑いながらも、どちらも味わえたので不満はない。


 食事の途中では、以前話した南方の港町の話が出た。海沿いには早朝から市場が立ち、船から下ろされた魚や貝がそのまま店先へ並ぶ。ヴィオレッタはその話を覚えており、いつか南へ行くなら海だけではなく市場も見たいと口にした。朝早く起きなければならないと聞いても、旅行先なら大丈夫だと答える。


 フェリクスは少し疑わしそうな顔をしたが、起きられなければ自分が起こすと言った。ヴィオレッタもそれなら安心だと笑う。旅の日取りを決める話にはならず、どこへ行って何を食べたいかを話すだけで、昼食の時間は過ぎていった。


 店を出た後は予定を決めず、大通りから細い通りへ入っていく。小さな店が並ぶ道を歩いていたところで、フェリクスが一軒の菓子屋を振り返った。数歩進んだところでもう一度振り返ったため、ヴィオレッタは足を止める。


「入りたいのでしょう?二回も振り返ったら、さすがに分かるわよ」

「昼を食べたばかりだから我慢しようと思ってたんだけどね。少しくらいなら大丈夫かな」


 ヴィオレッタも甘いものなら少し食べられると答え、二人で店へ入った。並んでいる焼き菓子から一つずつ違うものを選び、店の外へ出てから食べる。ヴィオレッタの選んだ方を一口渡すと、フェリクスは気に入ったらしく、残りへ少し名残惜しそうな視線を向けた。


 ヴィオレッタは仕方なくもう一口だけ分け、自分も代わりにフェリクスの菓子を少しもらった。次に来るなら最初から両方買えばいい。そんな簡単な話で済むのに、交換しながら食べる方が楽しかった。


 さらに街を進むと、広場から楽器の音が聞こえてきた。数人の楽師が演奏しており、周囲には足を止めて聞いている人も多い。二人も少し離れた場所で演奏を聞くことにした。


 途中から夜会でもよく流れる曲へ変わり、フェリクスが冗談半分に片手を差し出した。ヴィオレッタは人目のある広場で踊るつもりはなく、結婚式まで取っておくと断る。


「じゃあ、一曲目は予約しておこうかな」

「予約しなくても、あなたでしょう?そこは心配しなくていいわ」


 フェリクスは一瞬返事に詰まったあと、照れたように笑った。ヴィオレッタも何事もなかったように演奏へ視線を戻す。


 曲が終わるまで聞いてから、二人は馬車へ戻る道を進んだ。途中、小さな花売りの前でフェリクスが足を止める。豪華な花束ではなく、並んでいた中から小さな一輪だけを選び、ヴィオレッタへ差し出した。


 今日は何も買わない約束だったとヴィオレッタが指摘すると、家具や婚礼に関するものだけだと返された。


「これはデートだから別だよ。駄目だった?」

「ずいぶん都合のいい解釈ね。でも、ありがとう」


 ヴィオレッタは花を受け取り、折らないよう茎を指先で持った。数日もすれば萎れてしまうような一輪でも、今日は大きな贈り物よりこちらの方が嬉しかった。


 夕方になる前に馬車へ戻り、二人は向かい合って座った。朝から歩き回ったヴィオレッタは座席へ少し深く腰を下ろし、膝の上へ花を置く。フェリクスも背を預けながら、窓の外を一度見てからヴィオレッタへ視線を戻した。


「今日は楽しかった?」

「ええ、とても。舟にも乗れたし、美味しいものも食べられたし、結婚前にちゃんとデートができてよかったわ」


 フェリクスも同じだったらしく、結婚した後もこうして出かけたいと話した。夫婦になれば毎日顔を合わせるようになるが、だからといって二人で外へ遊びに行く必要がなくなるわけではない。


「誘ってくれなかったら、今度は私から誘うわ。次はあなたが行きたいところを選んでもいいし、私が決めてもいいでしょう?」

「それなら楽しみにしておくよ。結婚してからの最初のデートも、ちゃんと考えないとね」


 馬車がグランシェル伯爵家へ到着すると、フェリクスが先に降り、ヴィオレッタへ手を差し出した。ヴィオレッタはその手を見て、庭園でのやり取りを思い出す。


「今日の予行練習は成功ね。当日もちゃんとお願いするわ。上手に取らなくてもいいから、手を離さないでね」

「分かった。そこだけは忘れないよ」


 フェリクスが差し出した手を少し強く握り直す。ヴィオレッタはその手を借りて馬車を降り、もらった花を手に屋敷へ入った。玄関広間を抜けたところでクラリッサと顔を合わせ、娘が持っている一輪を見た母から楽しかったかと尋ねられる。


「ええ。とても楽しかったわ」


 ヴィオレッタはそう答え、手にしていた花を少し持ち上げて見せたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。