18. ミリアが教えてくれた事
ヴィオレッタがアルディーン公爵家を訪れると、玄関まで迎えに来たのはミリアだった。淡い色の外出着に身を包み、髪もきれいに整えられている。いつも以上に身支度が早かったのか、後ろからついてきた侍女が少し困ったような顔をしていた。
「お義姉様、待ってました!今日は行きたいところがいっぱいあるんです。朝からずっと楽しみにしてたんですよ!」
以前、二人でお茶をした時に交わした買い物の約束を、ミリアはずっと覚えていたらしい。ヴィオレッタも忘れてはいなかったものの、互いの予定がなかなか合わず、実際に出かけられるまでには少し間が空いてしまった。それでもミリアの様子を見る限り、待たされたことを気にしている様子はない。むしろようやく約束の日が来たことの方が嬉しいようで、ヴィオレッタの手を取る勢いで玄関の方へ向かっていった。
侍女と護衛を伴って王都へ出ると、最初に向かったのは若い令嬢たちがよく利用する小物店だった。店内には髪飾りや手袋、香り袋などが並び、ミリアは棚から棚へと忙しなく視線を動かしている。自分のものを見るよりも、ヴィオレッタに似合いそうなものを探す方が楽しいらしく、気になる品を見つけるたびに手に取ってはヴィオレッタの顔と見比べていた。
「お義姉様、これ似合いそうです。こっちもいいけど、こっちは少し可愛すぎるかな……」
真剣に悩んでいる姿が微笑ましくて、ヴィオレッタは口元を緩めた。ミリアに勧められるままいくつか手に取っているうちに、今度は自分の視線が店の奥に並べられた髪飾りへ向く。小ぶりな花を模した飾りで、淡い黄色の石が細かく嵌め込まれている。明るい色合いがミリアによく似合いそうだった。
「ミリア、これはどうかしら」
「私にですか?」
ミリアは差し出された髪飾りを受け取ると、すぐ近くの鏡の前へ移動した。侍女に手伝ってもらいながら髪へ添え、角度を変えて何度も確かめる。気に入ったことは表情を見れば分かった。
「これにします!お義姉様が選んでくれたものなら、絶対これがいいです」
「ちゃんと自分でも気に入ったものを選びなさいね」
「気に入ってますよ。すごく可愛いです!」
満足そうに購入を決めたミリアは、その後もいくつかの店を回った。菓子を見たり、文具を眺めたり、若い令嬢向けの店を覗いたりと忙しい。それでもヴィオレッタを置いて先へ進むことはなく、時折振り返っては気になるものがないか尋ねてくる。買い物に連れてこられたというより、本当に二人で楽しんでいる感覚の方が強かった。
昼を過ぎた頃、二人は大通りから少し離れた店へ入り、昼食を取ることにした。落ち着いた店内でようやく腰を下ろすと、ミリアも朝から続いていた勢いを少しだけ落ち着かせた。料理を待つ間、話題は自然と家族のことへ移り、その中でフェリクスの名前が出た。
「そういえば、フェリクスって昔から旅行が好きだったの?」
「好きでしたよ。というより、子どもの頃からずっと外へ行きたがってました」
ミリアは思い出しただけでも面白いのか、すぐに笑い始めた。幼い頃のフェリクスは、屋敷にある地図を広げては行ってみたい場所を指差していたらしい。まだ一人で遠くへ出かけることなど許されない年齢なのに、大人になったら南へ行く、海の向こうも見てみたいと家族へ話していたという。
旅人や商人が屋敷を訪れると、その者がどこから来たのか、道中で何を見たのかを知りたがった。質問が多すぎて父のクロードに止められたこともあり、それからは兄のアレクシスが持っていた地図を借りて、自分で道順を調べるようになったらしい。
「兄様、昔は地図の上だけなら世界中を旅してたんですよ。次はここへ行く、その次はこっちだって、勝手に予定を立ててたんです」
「今とあまり変わらないのね」
「変わってないです。最初に遠くへ行けることになった時なんて、前の日から何回も荷物を確認してましたから。普段はもう少し落ち着いてるのに、その時だけは分かりやすかったですよ」
ヴィオレッタは料理へ伸ばしかけた手を止め、幼いフェリクスの姿を頭の中に思い描いた。今の彼は旅先の話を楽しそうにすることが多く、旅行記を集めるのも好きだと知っている。それが大人になってから見つけた趣味ではなく、ずっと昔から抱いていた憧れの続きだと思うと、これまで聞いてきた旅の話も少し違って見えた。
「じゃあ、今はいろいろな場所へ行けて嬉しいでしょうね」
「嬉しいと思います。帰ってくると毎回何かしら話してくれますし、お土産も忘れませんから。お義姉様は、兄様と行ってみたいところってありますか?」
突然こちらへ向いた話題に、ヴィオレッタはすぐには答えず、少し考えた。フェリクスから聞いた土地はいくつもある。山の向こうに広がる草原や、冬でも暖かい南の町、海沿いの港町。その中で一番強く残っていたのは、以前フェリクスが話してくれた南方の海だった。
「南の海は見てみたいかしら。フェリクスから何度か話を聞いているの」
「それ、兄様に言ったら絶対喜びますよ!」
「まだ行くと決めたわけじゃないわよ」
「でも、いつか行けたらいいですね」
ミリアは嬉しそうに笑い、それ以上は踏み込まなかった。そのくらいの距離感が心地よく、ヴィオレッタも笑って頷いた。
昼食を終えて店を出ると、午前中よりも人通りが増えていた。二人はしばらく通りを歩き、途中でミリアが足を止める。
「お義姉様、今度はお義姉様の行きたいところに行きましょう。私の行きたいところばっかり付き合ってもらっちゃいましたし」
「私はどこでも……」
そこまで言いかけて、ヴィオレッタは口を閉じた。少し先の通りに、以前から気になっていた菓子店がある。何度か前を通ったことはあるものの、まだ入ったことはなかった。
「それなら、行ってみたいお店があるの。少し歩くけれど、付き合ってくれる?」
「もちろんです!行きましょう!」
ミリアは迷う様子もなく歩き出した。菓子店では焼き菓子や果実を使った菓子が並び、二人は家族への土産も兼ねていくつか選んだ。フェリクスの分についてミリアが一つ勧めたものの、ヴィオレッタは別の棚から菓子を取る。
「フェリクスは、こっちの方が好きだと思うわ」
「それも好きです。……お義姉様、兄様の好み結構知ってるんですね」
「何度か一緒に食べたことがあるもの」
「ふふ。じゃあ、それにしましょう!」
屋敷へ戻る頃には、ミリアの髪には午前中に選んだ髪飾りがついていた。公爵家の玄関へ入ると、ちょうど外へ出ようとしていたフェリクスと顔を合わせる。二人が抱えている荷物へ目を向けた後、すぐにミリアの髪飾りへ気づいた。
「ずいぶん買ったな。それ、新しいやつ?」
「そうです!お義姉様が選んでくれたんですよ。似合うでしょう?」
ミリアは見せつけるように少し顔を傾けた。フェリクスが似合っていると答えると、満足そうに笑ってヴィオレッタの方を見る。ヴィオレッタもその様子に笑いながら、昼に聞いた話を思い返していた。
地図を広げ、まだ見たことのない土地へ思いを馳せていた幼いフェリクス。今度二人で話す時には、彼がまだ行ったことのない場所について聞いてみようと思った。




