10. 久しぶりの友人
「随分、楽しそうに話すのね」
向かいに座るセシリア・ファーレンからそう指摘され、ヴィオレッタは紅茶へ伸ばしかけていた手を止めた。王都の一角にある馴染みの菓子店で、久しぶりに会った友人と近況を話していただけのはずだったのだが、どうやら自分では気づかないうちに随分と顔へ出ていたらしい。
何のことかと聞き返す必要はなかった。つい先ほどまでヴィオレッタが話していたのは、アルディーン公爵家で過ごした時間や、フェリクスの妹であるミリアとのお茶会についてだったからだ。
「ミリアとは本や服の好みが思っていたより合ったのよ。今度は二人で買い物へ行くことになっていて、王都に新しくできたお店を見に行こうと話しているの」
「もうそこまで仲良くなったのなら、妹君も相当あなたのことを気に入っているみたいね」
「とても可愛い子よ。十四歳だから最初はもっと話題に困るかと思っていたのだけれど、始まってみれば時間が足りないくらいだったわ」
セシリアとは社交界へ出るようになった頃からの付き合いで、茶会や夜会で顔を合わせるうちに親しくなった友人だった。
「そんなに楽しそうだった?」
「ええ。少なくとも、私が知っているあなたよりは随分分かりやすいわ。妹君のこともそうだけれど、フェリクス様の話をしている時は特に」
「フェリクスの話なんて、それほどしていないでしょう」
「王都へ一緒に出かけた話と、公爵家の温室を見せてもらった話と、今度は植物園に行ってみたいという話なら聞いたわ」
「……思っていたより話していたわね」
数えてみれば確かに多かった。ヴィオレッタは少しだけ居心地が悪くなって紅茶へ口をつけたが、セシリアは面白がって追及することはなかった。笑みを浮かべたまま菓子を一つ取り、自分も最近領地であった出来事について話し始める。その距離感も昔から変わらない。からかうところはからかうが、相手が困り始めればそれ以上は踏み込まないのである。
しばらく領地の話を聞いた後、話題は再びヴィオレッタへ戻った。セシリアが以前から気になっていたらしいのは、新しい婚約そのものより、ヴィオレッタが今どのように過ごしているのかということだった。
「でも、安心したわ。前に会った時より顔色もいいし、外へ出ることも増えたみたいだから」
「最近は予定が多いの。フェリクスと会うこともあるし、アルディーン家へ行くこともあるもの」
「嫌なら断りそうな言い方だけれど、どうやら全部楽しみにしているみたいね」
「それは……まあ、そうね」
否定する理由はなかった。フェリクスと次はどこへ行こうかと話す時間も、ミリアから次のお茶会や買い物の話をされることも、ヴィオレッタは楽しんでいる。以前より外出の機会が増えたというだけではなく、その予定が来るまでの時間すら少し楽しみにするようになっていた。
セシリアはそんなヴィオレッタをしばらく眺めてから、ふっと表情を緩めた。
「最近のあなた、よく笑うようになったわね」
「前からそれなりには笑っていたと思うけれど」
「もちろん。でも今は、何かを考えてから笑うというより、先に顔へ出ることが増えた気がするの。今日だって妹君の話をしている時からずっとそうだったわ」
自分では意識したことがなかったため、ヴィオレッタは少し驚いた。それほど変わったつもりはない。それでも最近の出来事を思い浮かべれば、セシリアからそう見える理由も分からなくはなかった。フェリクスと王都を歩いたことも、温室で珍しい花を見たことも、ミリアと菓子や服について話し込んだことも、どれも素直に楽しかった。
「自分では分からないものね」
「本人が一番気づかないものじゃない? 悪い変化ではないんだから、気にする必要もないでしょう」
セシリアはそれだけ言うと、それ以上ヴィオレッタの変化について語ろうとはしなかった。話題は自然と王都に新しくできた店へ移り、最近評判になっている菓子店や、仕立ての腕がいいと噂になっている店の名前がいくつか挙がる。ヴィオレッタもミリアから聞いた店のことを話し、しばらく二人で王都の店について情報を交換した。
菓子店を出た後も、二人はすぐには帰らなかった。セシリアが新しい手袋を探しているというので、そのまま近くの商店が並ぶ通りへ向かう。何軒か見て回った末、セシリアは淡い青色の刺繍が入った手袋を選んだ。ヴィオレッタも隣で品を眺めているうちに、小さな髪飾りが並ぶ一角へ目を留める。淡い桃色の石を使ったものがあり、先日のミリアとの会話が自然と思い出された。
「それ、気になるの?」
隣から声をかけられ、ヴィオレッタは髪飾りから視線を上げた。
「私ではなくて、ミリアに似合いそうだと思っただけ。前に髪飾りの話をした時、明るい色も試してみたいと言っていたから」
「買っていくの?」
「いいえ。今度一緒に買い物へ行くのだから、その時に本人が気に入ったものを選んだ方がいいでしょう。でも、こういう色も似合いそうね」
以前なら、誰かに似合いそうな品を見つけただけで足を止めることなど少なかったかもしれない。ヴィオレッタ自身はその変化を特別なものとは思わなかったが、セシリアは隣で少しだけ笑っていた。結局、髪飾りはそのまま棚へ戻し、二人は店を出た。
その後も通りを歩きながらいくつかの店を覗き、やがて人通りの少ない場所まで来たところで、セシリアがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、私はフェリクス様とほとんど話したことがないのよね」
「夜会で顔を合わせたことくらいだったかしら」
「ええ。今度、機会があれば紹介してくれない? 友人の婚約者なのだから、一度くらいちゃんと挨拶しておきたいわ。それに、あなたがこれだけ楽しそうに話す人なら少し興味があるもの」
「分かったわ。今度フェリクスにも聞いてみる」
そう答えながら、ヴィオレッタはセシリアとフェリクスが同じ席にいるところを想像した。フェリクスなら気負わず話すだろうし、セシリアも妙な遠慮はしないだろう。二人が何を話すのか少し気になり、ヴィオレッタはその機会が来ることを素直に楽しみに思った。
やがて互いの馬車が待つ場所へ着き、そこでセシリアとは別れた。久しぶりに会ったはずなのに、過ぎてみれば特別なことは何もなかったように思う。菓子を食べ、近況を話し、店を見て回った。それだけだった。それでも昔からの友人と以前と変わらない時間を過ごせたことが、ヴィオレッタには心地よかったのだった。




