05.街2
目が覚める。マットレスもない堅いベッドでの睡眠でもスッキリするものだ。
前世の自分だったら体がバッキバキで疲れも取れていないだろう。
そして異世界転生なんて実は夢だ、なんてことはなくベッドの並んだ部屋で目覚めたのだった。
うん、このベッドはいいな。しっかりしている。
スキャンして情報を取得する。そしてアイテムボックス内の木でベッドを作る。いやー便利だね。
生活を快適にするものが一つ手に入った。少しずつ家具などを揃えるこの感じ新生活だね。
さて、窓から外を見てみると空が明るくなり始めていた。朝の鐘なるものが鳴ったのかはわからない。
無知なのを隠そうとほとんど質問をしなかったのが仇となった。いっそのこと世間のことを何も知らない
アホキャラでいってバンバン質問していくかとも思ったが、それだと騙そうとしてくる人が寄ってくる
可能性が高くなる気がしたのでやめておく。何事も慎重すぎるくらいでいいだろう。
とりあえず魔法で全身をきれいにしてと。たしか中庭があると言っていたので軽く運動をしに
行ってみることにする。受付には日が昇りきってからでも行けば大丈夫だろう。
基本的に「死ぬわけじゃないし」理論でいく。かつ「死んだらドンマイ」だ。一回死んでるし。
実際に命の危機に直面したらみっともなく足掻くかもしれないがそれはそれ。
その時の自分南無三ってことで。
掛け布団に使った布を魔法できれいにし畳んで置いておく。
昨日先にいた二人はいなくなっていた。
お世話になった部屋に感謝して後にしつつ中庭に向かう。
中庭には数人の人がおり井戸の水で顔を洗っている人や朝の訓練後なのか涼んでいる人などが見られた。
私は空いているスペースで体をほぐす。朝の空気の中で体を伸ばしていると夏休みのラジオ体操を思い出す。
清々しい気持ちで体をほぐしつつ魔力も意識して巡らせてみる。うん、体の調子がいい気がする。
これは定期的にやろう。そしてこれを魔力循環と名付けよう。
そんなことを考えながら体を動かしていると誰かが近づいてくる。
「あっ、あの…」
見ると昨日の同室の二人のうちの一人、顔や腕に鱗のある女性っぽい人が声をかけてきた。
「どうも、おはようございます。」
「あっ、おはよう、ございます…」
小さな声。おどおどとしていて目を合わせようとして出来ずにいるように見えた。
何か用だろうか。相手を待つ。
「…」
「…」
沈黙。私は沈黙を気まずいと思わないタイプなので全然待つ。
「…あっ、あの、昨日は、せっかく声をかけてくださったのにお返事できなくて、ごめんなさい…」
どうやら律儀な方みたいだ。
「いえいえお気になさらず。警戒することは悪いことではありませんから。」
明るく返す。正直本当に気にしていない。
「…お優しいのですね。そう言っていただけて助かります。」
えらいヨイショしてくるな。悪い気はしないが怖い兄ちゃんでも出てくるんじゃないか。
周りを見渡してみると地下からの階段を上ってくる昨日のトカゲ頭の方と目が合う。
その人は私の前の女性を認識するや否や目を見開きこちらに向かってくる。
やべ、本当に怖い人が来た。
「あー、昨日一緒におられた方がこちらに向かって来ています。なにやら只ならぬ雰囲気なのですが
どうされたのでしょう。」
「えっ!?」
女性が振り向く前にトカゲ頭の方が近づき間に割って入る。
「俺の妹に近づくんじゃねぇ!」
トカゲ頭は私の胸倉に手を伸ばす。
悪い、服がこれしかないんだ。そんな鋭い爪の手で掴まれたらひとたまりもないので避けさせてもらう。
伸ばした手が空を切りトカゲ頭はさらに険しい顔になる。
「待って兄さん!近づいたのは私!私から近づいたのっ!」
女性がトカゲ頭の腕を掴んで止めようとする。兄妹でしたか。
トカゲ頭は女性の方を一瞥した後こちらをにらみつけながら言う。
「言っただろ、世の中には悪い奴がいっぱいいると。俺のいないところで勝手な行動を取るな。」
世の中に悪い奴がいっぱいいるという意見には激しく同意だ。
「でも兄さん…」
妹さんの方が何か言おうとしたその時鐘の音が鳴り響く。
これが朝の鐘というやつだろうか。
「ちっ、時間だ、行くぞ。」
トカゲ兄が妹さんの手を取って連れていく。トカゲ兄には最後にきっちり睨まれて妹さんには
申し訳なさそうに頭を下げられた。
正直、妹を守る兄っていうのはかっこいいね。うんうん。
鐘の音で移動するということは同じく適性検査だろうか?同じ部屋に泊まっていたし。
もしそうだとしたら時間をずらすか。
どうしようか一瞬悩んだが今日やることが山積みなので受付に向かう。
ストーカーと思われたらどうしようとかこの世界にストーカーなんて言葉あるのかとか
ストーカーではなく付きまといかなとか考えていると受付の列はすいすい進み私の番となった。
「おはようございます、昨日冒険者登録を申し込んだカルラと言います。適性検査を受けに来ました。」
受付に伝える。
「おはようございます。カルラさんですね。ちょうど他にも検査を受ける方がいますので
ご一緒に対応させていただきます。準備が出来次第お声がけいたしますので空いているところで
お待ちください。」
返事をして空いている壁の方に向かう。するとそこには先ほどの兄妹がいた。
「どうも、お二人も適性検査ですか?」
フレンドリーに声をかける。
「テメェ…!」
お兄さんの方は敵意むき出し。妹さんの方は兄を気にして頭だけ下げてくれた。
「馴れ馴れしく話しかけるな!」
もしやこの世界には種族間の隔たりが?あまり声をかけるのも考えものか。
「わかりしました。それでは。」
虫の居所が悪かっただけかもしれない。とりあえず目立たず波風立てずでいこう。
お兄さんの方がチッと舌打ちをする。
「お待たせしました。それでは検査は地下訓練場で行いますので付いて来てください。」
受付とは別の案内の方に付いて行く。どうやら中庭にあった階段が訓練場に繋がっているようだ。
階段を降りるとそこは広い空間となっており筋トレや武器を振っている人たちが見えた。
職員さんの案内で訓練場の一角へ、そこには一人の厳つい男性が待っており周りには検査で使うのだろうか
いろいろな武器や荷物が置いてあった。
「それでは検査はこちらのゴッツさんが行います。後はよろしくお願いします。」
案内してくれた方からゴッツと呼ばれた人へと引き継がれる。
「よし、俺は検査を担当するゴッツだ。よろしく。」
「よろしくお願いします。」
私は頭を下げる。仕事といえども相手してくれる訳だからね。一応ね。
「ではまず冒険者についての説明だ。」
ゴッツさんの話が始まろうとしたところで割り込みが入る。
「おい、説明なんざいらねぇから早いところ検査をしてくれよ。こっちは急いでんだよ。」
お隣のトカゲ兄だ。何か事情があるのかもしれないがやってることがヤンキーなんだよな。
人のいい面を探していきたいが目に付くのは悪いところなんだよな。残念。
ゴッツさんが軽く笑いながら言う。
「おう、威勢のいいのがいるな。説明は基本的なことだけだから安心しろ。それと適性検査はすでに
始まっているから黙っていた方がいいぞ。」
検査は始まっているんだ。検査項目はいろいろあるんだろう。
トカゲ兄はムッとしながらも口をつぐむ。
「わかってくれたようでなによりだ。では改めて冒険者についてだが、基本的には依頼を受けて
それをこなす、ただそれだけだ。細かいことは受付に聞いたら確実だ。
冒険者ランクについてはFからSの7つで上のランクに行くほど報酬も高くなる。
昇格は条件を満たせばギルドから案内がされる。逆に長期間活動がなかったり依頼に失敗し続けると
降格もあるから注意だ。ランクによって街や施設への優先入場や金額の割引など特典があるから
適度に活動してランクを維持する冒険者もいる。まぁいろいろだ。
違反については最悪死罪もありうる。バレないと思っている奴もいるがギルドは甘くないからな。
人の道理に反することはするなよ。
最後に俺が言いたいのはただ一つ、冒険者は死なないことだ。死ななければ次があるからな。
ギルドでは定期的に戦闘訓練の実施や近隣の魔物や植物についての資料を公開したりもしている。
そういったものを活用してうまく冒険者をやっていってくれ。説明は以上だ。」
資料が公開されているのはありがたい。優先して見に行こう。
「次は各々の能力を見せてもらう。ここに重さの違う木箱がある。自分の持てる木箱を持って
訓練場の向こうの壁まで運んでみてくれ。もちろん持てるならいくつでも持っていいぞ。」
「なんだそりゃ、ガキの遊びかよ。」
トカゲ兄が零す。
「わははっ、そう思うか。じゃあセデクだったか、お前からやってみろ。」
トカゲ兄が指名される。そして名前がセデクということが判明した。
セデクは不機嫌そうな顔で木箱を持ち運ぶ。両肩に1つずつと尻尾で1つの計3つ。木箱の重さはわからないが
器用なものだ。向こうの壁に着くと木箱を乱暴に置く。扱いが雑ぅ。
「ふむ、では次にルトラ。」
妹さんはルトラというのか。ルトラさんは兄のセデクと同じ大きさの木箱に挑戦するが持ち上げることが
出来なかったため1つ小さな木箱に変更して無事壁まで運びゆっくりと床に置いて完了した。
「最後はカルラ。」
私の番となったのでとりあえずセデクと同じ木箱に挑戦してみる。持ってみるとずっしりと重い。
前世も重いものを持つ機会はあまりなかったので比較対象が思いつかないが10キロの米袋より断然重い。
これを難なく3つも運んだセデクは口が悪いだけの奴ではないようだ。
一旦置いてルトラさんの運んだ木箱も持ってみる。先ほどの木箱と比べて軽いがそれでもしっかり重い。
この二人が一般的かはわからないが素直にすごいと思う。
さて純粋な腕力では難しいみたいなので身体強化を使おう。検査官のゴッツさんは特に言及して
いなかったので大丈夫だろう。
早速身体強化して木箱を持つ。今度は重さを感じない。この力をみんなが持っていたら便利だなと思いつつ
2つの木箱を重ねて持ち、ささっと壁まで運ぶ。丁寧に床に置き終わり。
二人の中間ということでいいんじゃないか。
元の場所に戻るとゴッツさんが話す。
「よし、じゃあ次の検査はこれだ。」
そう言うと反応したのは隣の二人。セデクは妹の前に立ち鬼の形相でゴッツさんを睨みつけ、
ルトラさんは震えていた。
えっ、どうしたの?何事?
「おー、まったくの無反応というのは珍しいな。だいたいの新人はビビって骨のある奴は
向かってくるんだが。」
なにが?なにかしたのか?
「おいっ!いきなり殺気を出すな!」
セデクが吠える。殺気?
「そんなに怒るな、これも必要なことだ。」
ゴッツさんは何でもないように言う。正直殺気と言われてもまったく理解できないんだよな。
前世は平和ボケだったし。魔力とかこの世界特有のものであればそのうちわかるかもしれないが。
「冒険者は危険を伴う、体がすくんで動けないや気づかないは通用しない。自分だけではなく
一緒にいるものを危険にさらすからな、二人はそこんところを考えたほうがいいぞ。」
マジか。まぁ誰かと一緒に行動する気はないし、…おっといかん前世のような考えはやめよう。
自分で殺気を感じないなら仲間に頼むか道具で対策すればいい。よし解決。
「では最後は俺との模擬戦だ。各々そこにある訓練用の武器を持って広いところに移動だ。」
そう言うと訓練場中央に移動する。ゴッツさんが声をかけると中央付近にいた人たちは場所を開けてくれる。
兄妹の二人は槍、私は武器なんて触ったことがないので無難にナイフを選択。刃渡り15センチほど。
一番なじみのある刃物は包丁だからね。パッと見て似ているものを選んだ。
手に取ってみると刃はしっかりと潰されているのが見て取れた。
「では誰から始めるか。」
ゴッツさんが問う。
「俺からだ。」
答えたのはセデク。こういうときオラオラ系は助かるね。
「よし、手加減してやるからどこからでもかかってきな。」
「なにもかもムカつくぜ。ぶっ殺す。」
余裕そうな男と物騒な男。いったいどうなってしまうのか。外野も集まってきており盛り上がりそうだ。
ゴッツさんは剣と盾という派手さはないが堅実な装備。なんか兵士とか勇者が頭に浮かぶ。
二人の戦いが始まる。
先に動いたのはセデク。雄たけびとともに槍で高速の連続突きを繰り出す。
それに対してゴッツさんは小さな動きで避け、剣と盾で弾いてすべてに対応していた。
いやー、格闘ゲームを見ているようだ。ここでうれしいのが戦っている二人の動きが目で追えること。
身体強化のおかげだと思うが何をしているかわかると勉強になるし見ていておもしろい。
セデクの突きは見切られているようだがどうするのだろう。
そんなことを思っているとセデクが動きが変わる。突きに加えて払い、そして体を回転させて
尻尾と槍で上下段時間差横薙ぎ。へー、尻尾があるとあんな攻撃ができるのか。
ゴッツさんはバックステップで躱すがすぐに間合いを詰めて一定の距離を保っていた。
あの距離は槍では戦いづらそうだ。その後もセデクの猛攻は続くがゴッツさんにすべていなされていた。
「よし、そろそろこちらから攻撃するぞ。」
ゴッツさんはそう言うと今までの守りの姿勢を解いて攻めに転ずる。
攻めと言っても一方的なものではなく適度に指摘しながら、しかし確実に攻撃を当てていく。
「力押しが過ぎるぞ。」「フェイントも入れろ。」「動きをよく見ろ。」
ゴッツさんの指摘に対してセデクの動きが荒くなってくる。自分の攻撃は当たらず相手の攻撃は的確に入り
指摘という名の小言を言われている状態だ。あれは頭に血が上っているな。
「クソがぁ!」
セデクは罵声を響き渡らせ持っていた槍を手放し両の鋭い爪で襲い掛かる。あれでは獣だ。
「兄さん!」
ルトラさんが心配そうに声を出すが次の瞬間にはセデクが床に倒れていた。
あれは一本背負い。ゴッツさんも武器を捨て一瞬で懐に入り相手の力を利用して投げ飛ばす。
そしておまけに鳩尾に一発。流れるように美しい動き。
まぁ実際に一本背負いを見たことはないから知らんけど。
セデクは声にならない声を出してのたうち回っている。
「熱くなるのは構わんがこれは模擬戦だ。怒りで我を忘れるのはいただけんな。まぁ体が丈夫なのは
評価点だ。気絶させるつもりだったんだがな。」
ゴッツさんは笑顔だ。生意気だが骨のある新人を見つけた優しい体育会系上司みたいだ。こわ。
ルトラさんは兄に駆け寄り声をかけている。あれは少し落ち着く時間が必要かな。
どんな戦い方か参考にしたかったが仕方ない。最後の人の方が印象に残るから目立たないようにするには
丁度いいと考えよう。
「では次は…」
ゴッツさんが私とルドラさんを見たので目で合図する。
「よし、カルラ。」
私はゴッツさんの前に立つ。
「まずは好きなように打ってこい。セデクを見て気後れする必要はないぞ。あれは昔から訓練している奴の
動きだ。種族的特性もあるしな。」
戦いに関して素人ということはわかるのだろう。気遣ってくれるとはいい人なのだろう。
胸を借りる気持ちでやらせてもらおう。
「よろしくお願いします。それではいきます。」
いろいろ試そう。全力を出して「あれ?俺なんかやっちゃいました?」な展開は大嫌いなので
慎重に確かめる。これは振りではないぞ。
さて、まずは相手の動きを考える。私の好きな映画シャーロックホームズ、ロバート・ダウニー・Jr.主演の
やつでは相手の恰好、体格、癖などから推理して相手はどのように動くか、それに対してこちらが
どのようにすればいいかをシミュレートする。頭の中ですでに勝敗は決していてその通りに動くだけなのだ。
まぁそんな能力はないので現実的に考える。
剣と盾を持った相手にナイフで挑む。防御をかいくぐって急所に当てるのが目標かな。
ナイフの扱いなんてわからないので純粋に刺すと切る。シンプルにいく。
こちらができるのは足を使ってのかく乱と動体視力での見切り、反応。
相手の力量は不明のため対応されるかも含めて確認していこう。
近づいてナイフを振るう。当然簡単に防がれる。盾のイメージが攻撃を防ぐというのもあるが
パリィ。すなわち弾いたり受け流したりでこちらの体勢を崩すというものがあるため攻撃を躊躇してしまう。
「どうしたどうした。腰が入ってないぞ。ビビってないでドーンと来い。」
ゴッツさんが来い来いと手招きしている。挑発なのだろうがその通りだ。模擬戦なのだから当たって砕けろ。
痛いのは嫌だけどね。
私は気持ちを切り替える。今度は防がれること前提でひたすら攻撃する。
ゴッツさんは剣で防ぎ、盾で防ぎ、必要最小限の動きで躱していく。よし一つ試そう。
顔を中心に攻撃を続ける。盾で防ごうとしたところでナイフを左手に持ち替え右手はそのまま盾を
殴りつけて左手のナイフで右脚の太ももを狙う。防ぐ盾で死角を作っての攻撃。
太ももは太い血管があるというし最悪でも機動力は落とせると考えたためである。
だがゴッツさんは防いだ盾の感触がナイフのものではないと気づいたのだろう。
後ろに飛んで視界を確保し即座に体勢を立て直した。
「いいぞ。その調子だ。ナイフのような間合いの短い武器は距離を離されると厄介だ。
俺が後ろに飛んだ後も追撃するというのも一つの手だ。」
思いつきの攻撃でも褒められるとうれしくなる。体を動かして温まってきたのもあり気分の高揚を感じる。
テンション上がってきたー、というやつだ。
今度は足も合わせて使う。背後を取るように動き攻撃を重ねる。自分のやられて嫌なことを積極的にやる。
勝負事はこれが大事。合わせて先ほどの盾死角攻撃も狙う。しかし今度はナイフを持った右手の拳で
そのまま殴り攻めを継続する。フェイントが有効かはわからないが相手に考えさせるのは大事だと思う。
しばらく攻撃を続けたが結局すべてに対応されて一撃も当てることはできなかった。
「ナイフは攻撃を当てるのが難しいな。防げない攻撃を混ぜることができれば選択肢も増えるんだが。
まぁ武器を変えるのも手だ。いろいろ試すといい。今度はこちらの攻撃だ。うまく対応しろよ。」
アドバイスについては後で考えようと飲み込み、向かってくる相手に対応する。
ナイフで受けるのはまずい気がするので受け流すことを意識する。刃が交わる瞬間体に当たらない方に流す。
向きは反発しないように緩やかな角度で。感覚も強化されているのでタイミングはわかる。うまくいった。
ゴッツさんが「お前やるな」みたいな顔で見てくる。
連続して受け流していたが途中からタイミングがズレることがあり、そのたびに攻撃がかすめる。痛い。
今は相手の攻撃が当たったことに反応して行動しているから連続すると遅れることがある。もっと相手から
情報を読み取り適切なタイミングに合わせなければ。
…情報の読み取りか、スキャンして筋肉の動きとかから予測するか。それはズルいか。
そんなことを考えていると顔面に衝撃が走る。どうやら盾でぶん殴られたようだ。
私は後ろに吹き飛ぶ。頭に浮かんだのは「これがシールドバッシュか」だった。
「おーい、集中しろ。魔物相手だったら死んでるぞ。」
痛い。人から殴られるなんて子どものころ以来だ。痛みをこらえて一言伝える。
「ありがとう…ございました…」
無念。
「おう、じゃあ最後はルトラ。」
落ち着いたのかルトラさんが前に出る。情報は武器。少しでも情報を得なければ。
顔と体のいたるところが痛むがとりあえず我慢して立ち上がる。身体強化は痛みを軽減しない?
それとも軽減してこの痛み?…疑問はあるが今は勉強に集中しよう。
ルトラさんは兄と同じく槍を構える。兄のセデクには及ばないが素人目から見ても動きに違和感はなかった。
彼女が踏み込む。力というよりしなやかさを感じさせる動きで攻撃する。
検査前のどこか弱々しい雰囲気は微塵もなくしっかりと相手を見据えている。
「いいぞ。どんどん攻撃してこい。」
ゴッツさんも骨のある雰囲気を感じ取ったのか楽しそうだ。
攻撃が加速していく。攻撃が連続しそのすべてが防がれるという時間が続いたがルトラさんが
後ろに飛んで距離をとった。槍の間合いよりもまだ遠い。何をするのか注目すると何やら言葉を発し始めた。
「火の精霊よ、私の呼びかけに答えて。炎を打ち出し、敵を討て、ファイアショット。」
ルトラさんが言い終わると火の玉が現れゴッツさんに飛んでいく。大人の拳ほどのサイズだが
かなりのスピードだ。例えるならバッティングセンターの最速設定ぐらい。
初めて他人が魔法を使っているところを見たが詠唱してたな。あれは必須なのか?
以前試したときは魔法を飛ばすと威力が落ちていたので関連性があるかもしれない。
ルトラさんから放たれた火の玉だがゴッツさんは盾を振りかぶり地面にたたきつけて消してしまった。
魔法って殴れば消えるんだ。それともあの人がすごいのか?
「蜥蜴人族で攻撃魔法が使えるとは珍しいな。だが周りに人がいるのに魔法は感心しない。
俺が避けてたら危なかったぞ。いや、狙ってやったのなら考えものか。」
ルトラさんはハッとする。
「あっ、すみません…、戦いに集中してて考えが足りませんでした…。」
少し前の感じに戻っている。
「まぁいい、とりあえず攻守交代だ。構えろ。」
そう言ってゴッツさんが距離を詰める。
ゴッツさんの攻めに対してルトラさんの守りはあまりうまくいっていないように見えた。
接近戦は苦手なのかな。
「槍は間合いの内側に入られた時の対処を考えておけ。」
そう言われたルトラさんは即座に行動する。
「火の精霊よ、…スパーク。」
短い言葉の後二人の間で火花が散る。その火花はまばゆい光となってゴッツさんの視界を塞ぐ。
「短縮詠唱か。やるな。」
とっさに盾を構えて防御の姿勢を取る。その間にルトラさんは自分に有利な距離にて突きを繰り出す。
狙っているは空いている腹。風を切る音とともに突きが襲う。
しかしゴッツさんは剣を手放し槍の刃元を掴む。
「いいぞ、最後まで俺を倒そうとする意志。戦いとなるとここまで変わるとは。有望だな。
それはそうと痛いぞ、踏ん張れ。」
そう言うと掴んだ槍を引っ張りルトラさんごと引き寄せる。そのまま彼女の体に肩をめり込ませて
吹っ飛ばした。
「ルトラっ!」
セデクが叫び駆け寄る。ルトラさんはどうやら気絶したようだ。
「ちょっと熱くなっちまったな。これにて適性検査は終わりだ。使った武器は元の場所に戻してくれ。
後は受付に言えば晴れて冒険者だ。お疲れさん。休みたければ休憩室を使ってくれ。」
ゴッツさんと周りで見ていた人たちは解散していく。
セデクは妹を抱えて急いで休憩室に向かっていった。
私は使った武器を元の場所に戻す。兄妹の使った槍はそのまま置いてあったのでこちらも元の場所に戻す。
ついでだ。
受付に行けば冒険者になれるということなので検査は合格ということなのだろう。
他人の戦っているところや魔法も見れたしよかったよかった。
受付に向かうがふと気づく、痛みがなくなっている。顔と体、確認のために触ってみても何もない。
ここまで来ると身体強化ではなく何か別のもの、人とは異なるものを想像するが。…まぁ別にええやろ。
自動回復とか再生ってやつよ。再生って言いうと化け物感が増すな。
改めて受付に向かうことにする。今日はまだやることが残っている。




