04.街
馬車に揺られて街の入り口に近づいていくと人や他の馬車が並んでいるのが見えた。
順番待ちだろう。私たちの馬車はその最後尾に着く。
順番の流れを見る限りそんなに待つ必要はなさそうだ。
ほどなくして自分たちの番となった。
「カルラ、門番への説明があるから前にいくぞ。」
カイルさんが声をかけてくれる。
私は返事をしてカイルさんについていく。
馬車の前に向かうとポルカノさんと話している二人の門番が目に入った。
一人はおじいさん。兜の隙間から見える髪は白く、肌にしわも見られるが背筋はまっすぐで体も
がっちりしているように見える。
もう一人は若く、カイルさんと同じく二十歳前後に見えるが無精髭に兜の顎ひもを留めていないなど
全体的にだらしない印象を受けた。
「こちらはカルラさん、身分証がないので一時入場を希望します。保証人は私でお願いします。」
ポルカノさんが私のことを説明して銀色の硬貨をおじいさんのほうの門番に渡す。
あれが銀貨なのだろう。
「あいよ、まぁわかっとると思うが身分証を作るまでに街で問題が起こせば全責任は保証人にいくからね。
あと一時入場は五日以内に身分証を作って報告しに来ないとダメだからね。」
初耳だがそりぁそうか、期限や罰則がなければ悪事を働き放題だもんな。
「はい、大丈夫です。出会ってまだ間もないですがカルラさんは信用に足る方だと思っています。」
ポルカノさん、そのセリフは他者には騙されているようにしか聞こえない気が…
「ポルカノさんがそう言うならそうなんじゃろう。あんた、期待を裏切らんようにな。」
他人に借りは作りたくないし極力迷惑はかけたくないので全力で対応しよう。
「はい、すぐに身分証を作って報告しにきます。そしてポルカノさんお金を支払っていただきまして
ありがとうございます」
ポルカノさんは微笑みながら頷く。
その後カイルさんの身分証の提示も終わったので再び馬車に乗り込み街に入る。
門をくぐるとそこには密集した街並みがあった。文明を感じる。
初めての街なので規模については判断できないが栄えている印象だ。ここがオツサの街。
建物は自分の思い描くファンタジー的な、詳しくないが西洋?みたいな感じである。
そして周りに見えるのは人間が大半だがその中に獣的特徴を持った人たちも見えた。
俗にいう獣人ってやつかな。レイさんもそうだったがこの世界では一般的なのだろう。
そんな風に観察しながら移動していると馬車は広い道の端で止まった。
「みなさんお疲れさまでした。依頼はここで完了です。」
ポルカノさんが声をかけみんなで馬車から降りる。
「カイルさん、レイさん、今回も護衛をありがとうございました。途中トラブルもありましたが積み荷も人も
無事に到着できてよかったです。」
「ポルカノさんには世話になってるからな。荷物を置き去りにしなくてよかったぜ。」
ポルカノさんとカイルさんは言葉を交わしながら書類のやり取りもしていた。依頼完了の手続きかな?
「そしてカルラさん、短い間でしたがありがとうございました。あの場で出会ったのは何かの縁だと
思っています。そういえば言っていませんでしたね、私はメグオルという商会をやっております。
小さな商会ですが何かご入用の際はよろしくお願いします。」
「こちらこそ、私のような見ず知らずの者を信用してくださりありがとうございます。私はこれから
カイルさん達と一緒に冒険者ギルドに行き身分証を作ろうと思っております。諸々の必要なことが
終わったら商会の方にご挨拶に伺わせていただきます。」
メグオル商会覚えておこう。
その後ポルカノさんは馬車にて去っていった。
「さてギルドに向かうか。こっちだ。」
「よろしくお願いします。」
カイルさんとレイさん付いて冒険者ギルドに向かう。
道すがらカイルさんが話しかけてくる。
「そういえばちゃんと自己紹介してなかったな。今更といえばだが改めて、俺はカイル、
Dランクパーティー守りの大木のリーダーだ。パーティーと言っても俺とレイの二人だけなんだがな。
あとパーティー名は育った村の木が由来だ。ダサいって言わないように。」
ダサいとは微塵も思わない。これはカイルさんなりに場を和ませようとしてくれたんだな。
「ほれ、レイも。」
カイルさんがレイさんに促す。
「レイだ。」
一言で終わる。寡黙な方なんだな。
「それだけかよ…。すまんなカルラ、こいつは悪い奴ではない、むしろいい奴なんだ。それは保証する。」
「いえいえお気になさらず。」
正直私が部外者だ。あまり気を遣わせるのは忍びない。
「うーんやっぱ大人びてんなぁ。言葉遣いとかなんかキレイだし俺より年上なんじゃないか。
実は長命族系だったりして。」
「おいカイルあまりずけずけと質問するな。相手によっては聞かれたくないこともある。」
レイさんが軽くたしなめる。
「そうだな、悪い。」
カイルさんは素直に受け止める。そういう関係性ね。把握。
「いえいえ、調べたことはないですけどただの人間ですよ。本当。
それとお気遣いありがとうございます。レイさん。」
「いや、俺が種族のことを細かく聞いてくる奴が嫌いなだけだ、気にするな。」
自分のことを相手に置き換えて気を遣える。好印象です。
そんな会話をしているとひと際大きな建物に到着した。看板には冒険者ギルドの文字と
交差した剣に盾の絵。わかりやすい。そして文字がなんの違和感もなく読めた。
長年読み書きしていた文字のように。
はて、アイテムボックスのリスト表示は日本語だったはず。これは自分のイメージで作成したから
その影響か?リスト表示はそうだとしてこの世界の言語は?最初から普通に会話はできていた。
文字も読めることからこの体、脳みそ自体に備わっている?ということは私は誰だ?、ミュウツーか?
やべ、いらんこと考え始めた、やめよ。
とりあえずはそういうものだとして考えるのをやめる。
「ここが冒険者ギルドだ。この街には一つしかないから冒険者は自ずとここに集まる。今の時間だと
依頼達成報告で人は多めだな。」
夕方は人が多い、街によっては複数の冒険者ギルドがあると、承知。
「じゃあ入るか。」
三人でギルドに入る。
ギルドの中は広いが人も多かった。4つある窓口らしきところに列を作っているのが大半で
別にある端の窓口は呼び出し用のようだ。壁の近くにあるテーブルと椅子には話をしている
人たちが少しといった具合だ。
「報告だろうが登録だろうがどの窓口でも対応してくれるから好きに列に並んでくれ。
俺は報告だからレイはカルラに付き添ってやってくれ。」
「わかった。」
付き添いまでいいんスか。
「ありがとうございます。」
レイさんに感謝を伝える。
「ああ。」
どう思われているかはわからないがいい人だと感じる。
列に並ぶとすいすい進んでいく。待ち時間が少ないのは素晴らしいことだ。
ほどなくして自分の順番となる。
「いらっしゃいませ。本日はどうされましたか。」
笑顔の似合う背の高い女性職員が対応してくれる。頭の上部には小さめの獣耳。
動物に詳しくないがイタチ?っぽい。胸にあるネームプレートにはギルド職員:コルルと書いてある。
「冒険者登録をお願いします。」
「かしこまりました。ではまずこちらの魔法版に登録情報の記入をお願いします。代筆が必要な場合は
お申し付けください。」
そう言われて灰色の板と棒を受け取る。見た目は金属のようだが軽い。とりあえず記入欄を埋める。
名前はカルラ、年齢は15歳にしとくか、出身は…飛ばそう、特技は身体強化があるから体力には自信あり、
狩猟経験は角ウサギはノーカウントだからなし、算術はこの世界の基準がわからないから少しとしておこう。
出身の欄で悩んでいるとコルルさんが声をかけてくれた。
「書けなければ空欄でも大丈夫ですよ。冒険者にはいろいろな方がいらっしゃいますから。」
いろいろな方とは何だろう?訳アリな人とかか?それならばまさに私のことだ。
職員さんがそういうのであればありがたくそうさせてもらおう。
「ではこれで全てです。問題ないでしょうか?」
記入した板を返し内容を確認してもらう。
「はい、問題ございません。ありがとうございます。それでは次は適性検査となりますが実施は
朝の鐘から夕の鐘までとなっておりますので明日にまた来ていただくことになります。」
そうなのか。まぁもう日も暮れているしな。
「本日の宿はお決まりでしょうか?お決まりでなければご案内やギルドの一般用休憩室であれば
無料でお泊りいただくことも可能です。」
冒険者ギルドはしっかりとした組織のようだ。
「ギルドの休憩室をお願いします。」
「かしこまりました。一般休憩室は有事の際などギルドの都合で急遽空けていただく場合がございますので
その点はご了承ください。」
「わかりました。」
「それでは登録について本日は以上となりますがなにか質問などございますでしょうか。」
「いえ、ありません。」
「承知しました。では休憩室の方はあちらの奥にございます。扉のベッドのマークが目印です。
その奥に行くと中庭に出れますので水が必要な場合はそちらの井戸がご利用いただけます。」
「わかりました。ありがとうございました。」
笑顔で感謝を伝える。素晴らしい対応だった。
窓口を離れる。
「レイさん付き添いありがとうございました。」
「俺は後ろにいただけだ。」
ただそこにいる、それだけでも安心するってもんよ。
壁際の方でカイルさんが待っていた。
「終わったか、カルラはこの後予定はあるのか?」
日が落ちているから街の探索もできないしなぁ。
「いえ、ありません。」
「そうか、なら飯でもどうだ?せっかく知り合ったんだしここでお別れってのも味気ないだろ。」
この世界の食事については知りたい。…が、
「お誘いは大変ありがたいのですが無一文ですので…」
カイルさんは笑って言う。
「ははっ、金がないのはわかってるよ、もちろん奢りだ。」
世の中には奢られるのが嫌だと感じる人がいるという。私は全然そんなことはないが。
カイルさんは続ける。
「まっ、無理強いはしないけどな。だが冒険者としてやっていくなら最初は何かと金がかかるからよ、
たかれるときはたかっといた方がいいぞー。」
「遠慮はいらない。」
「ほら、レイもこう言ってるしな。」
レイさんまで…、俺ってチョロいな。
「わかりました。ではお言葉に甘えさせていただきます。」
親切にされっぱなしだと疑いたくもなるが騙す理由も考えられない。荷物がないことは知っているはずだし、
人身売買…は、ありえるな。でもそのレベルに治安が悪いならどうしようもないな。あきらめよう。
「よしっ、じゃあ行きつけのところがあるからそこに行こう!」
二人に連れられて外に出る。すでに空は真っ暗だが街灯で明るく夜でも活気があった。
向かった先はギルドからそう遠くなく、大通りからは少し外れたところにある店だった。
「ここだ。ギルドから近いし安いし、なによりうまいからな。なのに客が少ない理由は、
…まぁ入ればわかる。」
衛生的に汚くなければ大丈夫だが、どうなのだろう。
二人に付いて店に入る。
「おーい、ダンさん3人だけど入れる?」
カイルさんが声をかける。
「見りゃわかんだろ。好きな席に座りな。」
ドスの効いた声が返ってくる。声のした厨房の方に目を向けるとそこにはでっかい熊がいた。
いや、鋭い目つき、シュッとした輪郭、茶色の毛皮の下の筋肉、イケメンだ。イケメンのでっかい熊だ。
言われた通り店の中は空席が目立っていた。
カイルさんとレイさんがテーブル席に着いたのでそれに続く。
「いらっしゃい。2人ともしばらくぶりね。それとこちらの方は初めてね。」
水の入ったコップを3人の前に置きながら話しかけてきたのは白い髪に黒くて丸い獣耳の女性。
「どうもシオンさん、依頼で街を出てて今日帰ってきたんですよ。こいつはカルラ、道中で出会った
冒険者志望。」
「はじめまして、よろしくお願いします。」
基本の挨拶。
「あら、ご丁寧にどうも。私はシオン。夫のダンと娘のマオの3人でこの熊猫亭をやっているわ。
よかったら贔屓にしてね。」
笑顔がまぶしい。イケメンと美人の夫婦すばらしいね。
「ここは肉の定食がおすすめだ。そうだ、カルラは酒は飲めるのか?」
この世界で目覚めて自分自身をわかっていないので今はやめておこう。酒の失敗は恐ろしいからね。
「いえ、お酒は飲めません。料理はおすすめの肉の定食にします。」
「そうか、じゃあ果実水にしとくか?」
「いえ、水が好きなんで大丈夫です。」
料理を味わいたいしね。
「わかった、じゃあ肉の定食3つにエール2つお願いします。」
「はーい。」
シオンさんは厨房の方に消えていく。
「さて、そういえばカルラのことを聞いてなったな。修行の旅だとか言っていたがそこんところ
聞いてもいいカンジ?」
カイルさんが砕けた口調で聞いてくる。よし、考えた設定がいこう。小出しで。
「そんな大層な話ではないですよ。育ての親に世界を見て来いといきなり追い出されて、
まぁ外の世界に興味はあったので前向きに修行と称して歩いていたらカイルさん達に出会ったと
いうわけですよ。」
「えっ、いきなり?訓練とかはしてないのか?」
「育ったところが森の中だったので自分の身を守るくらいはできると思います。ですが人との接点が
ほぼなかったので一般常識などの知識の方が皆無ですね。」
知識がないのは事実。
「はぁー、そんなこともあるのか。じゃあ最初に出会ったのが俺たちでよかったな。運が悪けりゃ
死んでたぞ。」
冗談ではなさそうなのでこの世界では普通なんだろう。
「知識についてはなぁ、まぁ何とかなるもんだぞ。俺たちも自分の村を出て街に出たときは騙されて
金取られたり買った武器が粗悪品だったりしたがそれでもこの通り冒険者を続けているからな。
失敗から学べばいいんだよ。」
カイルさんもいろいろあったんだな。
「いや、その一度の失敗で人生終わる奴もいるからカイルのいうことは真に受けるなよ。これは成功例だ。
あと粗悪品掴まされるのは今もだ。」
「そうだ、俺にはフォローしてくれる相方がいたからここまでこれたんだったな。感謝するぜ。」
レイさんの言葉にカイルさんがガハハと笑う。二人は仲がいいな。
「お二人は昔からの仲なんですか?」
気になったので聞いてみたところで木のジョッキと小皿料理が二つずつ運ばれてきた。
運んできたのは制服にエプロンを着けた小柄な熊。厨房にいたイケメン熊の面影があり目がくりくりと
してかわいらしい熊だ。
「お待たせしました!お先にエールとお通しです!」
元気な声でテーブルに置いていく。
「おう、サンキュー。マオは今日も元気だな。」
カイルさんにマオと呼ばれた店員さん。さっきシオンさんが言っていた娘さんだろう。
「うん!私がこの店の看板娘だからね!新しい人もよろしくね!」
そう言って笑顔で厨房に戻っていった。獣人の方はタイプが分かれているようだ。
ほぼほぼ獣なタイプと耳などの一部が獣で残りは人間のようなタイプ。
なんにせよ情報がないので失言がないようにしよう。
「とりあえず乾杯するか。依頼の完了と新たな出会いに乾杯っ!」
ジョッキ2つとコップをぶつけ合う。乾杯の文化はあると。
カイルさんはエールを一口飲んだ後に答える。
「そういえば俺たちについてだったな。俺たちは同じ村の出身で冒険者目指して村から飛び出したっていう
そんなよくある話だよ。」
地元の幼馴染と上京した感覚かな。
その後も他愛のない会話を続けているとシオンさんとマオちゃんが料理が運んできた。
「お待たせしました、肉定食です。今日の肉はレッドボアとなっております。」
「そのままでもおいしいけど特製ソースをかけてもおいしいよ!」
目の前に料理が並べられる。食べ応えのありそうなパン。野菜がゴロゴロと入ったスープ。
そして前世だとデカ盛りグルメと言われそうなほどデカいステーキ。いや肉塊と言ったほうがいいレベル。
この肉はロマンだ。デカい肉を切り分けて口いっぱいに頬張るなんてそんな生き方とは無縁だったからか
夢であり憧れだった。それが異世界にて叶うとは。異世界万歳。
早速食べよう。
「いただきます。」
ナイフとフォークを手に取りステーキと対峙する。いざ。
ナイフで大きめに切り分けて口に運ぶ。一噛みした瞬間口の中に肉のうまみが広がる。うっ、美味い!
しっかりとした歯ごたえ。噛むごとに主張する肉のうまみの中に下味がしっかりしており、ただ肉を
焼いただけではないことが素人にもわかってしまう。脂身の部分は豚に似た甘みがありそれでいて重くない。
やばい、美味すぎる。人間美味い飯があれば生きていけると言うがまさにその通りだ。
これは食事の認識が変わるほど。
頭の中にテレビのコメンテーターや漫画の骨延長手術したキャラや井之頭五郎がよぎる。
夢中でステーキを半分ほど平らげたところで一旦冷静になる。
いかんいかん、忘れていた。ステーキという大物俳優に目がいってしまったが舞台にはこいつらもいる。
スープに手を伸ばす。脇役がいるから主役が光るんだ。フフッ、頭の中の五郎さん邪魔だな。消えろ。
スープにはジャガイモとニンジンらしき野菜が入っていた。まずはスープを一口。美味い。
体に染み渡る優しい味だ。これはステーキを際立たせる。次に野菜。ほくほくとしており、
食べ応えと箸休めを両立させている気がする。素人意見だけど。
ここまで来るとメインとスープだけで十分だと思ってしまうがあえてのパン。前世のパンは多種多様。
一般家庭に幅広く普及するほど。そんな私を唸らせることができるのかぁ。
パンを千切って口に運ぶ
…普通のパン、いや、ちょっと堅めのパンだった。勝手にテンション上げて勝手に期待したのは私だから
パンは悪くないのだが…。
少ししゅんとなりつつ小さめにステーキを切って口に運ぶ。ん?
パンを口に運ぶ。もう一度ステーキを切って口に運ぶ。こっ、これは調和!
肉のガツンとした味とふんわりと香る小麦。互いを引き立て合い一つとなる。
これがマリアージュってやつか。
ここで気づく、もしや店員さんの言っていた特製ソース!?
ステーキにかけて口に頬張る。ーーッ!、圧倒的味変!!
今までは肉本来の旨味を感じる料理だったのが一変、料理人というプロが手を加えることによってしか
生まれない複雑な味という迷宮に現れた一つの道しるべ。
もう何言ってるのかわかんねぇや。
とりあえず美味い。特製ソースの材料はわからない。焼き肉のタレだってりんごが入ってるって
わかんないしな。特製ソースを絡めた肉をパンに挟んで食べても美味しかった。
前世でテレビ見ながら嫌なことを忘れるために酒と一緒に流すものだったただの習慣と化した食事ではなく、
食べることで幸福を感じられることを思い出した気がした。
最後の一口まで美味しさと幸せを感じることができるとは恐るべし異世界。
願わくばこの幸福に慣れませんように。
「いい食べっぷりだな。」
気づけば厨房にいたイケメン熊ことダンさんがテーブルの近くにいた。
「どれもすごくおいしかったです。夢中で食べてしまいました。ごちそうさまでした。」
感想を伝える。ありきたりな言葉だが頭の中で考えていた要領を得ないコメントよりかはマシだろう。
「そう言ってくれる奴は歓迎する。」
ダンさんがフッと笑う。ケモナー大歓喜ですわ。
「そういえばこのお店に客が少ない理由って何なんですか?」
カイルさんに尋ねる。
「おまっ、本人の前で聞くか?」
少し焦っている。本人の前ということはダンさんに関係あることか。
「別にいいぞ、俺は気にしてないし、こいつはそういうのないみたいだしな。」
そういうのとは?
「ダンさん知ってたんだ。あぁ、こいつはカルラ。」
「よろしくお願いします。」
紹介されたので挨拶。
「ああ、シオンと話してたのが聞こえてたよ。俺はこの店の店主でダンだ。料理が気に入ったのなら
いつでも来な。」
気楽に入れる個人飲食店ゲットだぜ。
「いやー、カルラは気にしないタイプなんだろうが冒険者ってプライドが高い奴が多くてな。
ダンさんって顔が怖いから冒険者向きの店なのに冒険者が来ないという状態なんだよ。」
「お前も最初はビビッてたしな。」
「あの時は若かったですからね、マジで喰われると思いましたもん。レイがいなかったらダッシュで
逃げてましたよ。」
「ホント仲いいなお前ら。」
3人ともワハハと楽しそうだ。
「ちなみにダンさんも冒険者だ。依頼はあんまり受けないがこの店の食材を自前で調達してるんだよ。
細かくはギルドで聞けると思うが冒険者にもいろいろいるんだ。」
カイルさんが教えてくれる。
その後2人の食事も終わり店を出る。
「食った食った、やっぱダンさんの飯は美味いね。」
「当たり前だ。会計はまとめてか?」
もう他に客がいないようでダンさんが対応してくれる。
「3人一緒で。」
「なら大銅貨2枚と銅貨6枚だな。」
この世界の価値がまだわかっていないが定食×3、エール×4でカイルさん曰く安い店らしい。
参考にしよう。
カイルさんがまとめて支払ってくれた。
「じゃあダンさん、また来ます。」
「美味かったです。」
「ご馳走様です。」
それぞれ挨拶して店を出る。
後ろでシオンさんとマオちゃんの「ありがとうございました。」の声が聞こえた。
「カイルさんレイさんありがとうございました。とても美味しかったです。」
店先だがまずは感謝を。
「おう、ここは俺らも金がない頃に世話になったからな。ダンさんに気に入られたみたいだし
連れてきてよかったよ。」
レイさんも笑顔で頷いている。足取りはしっかりしているがほろ酔いのようだ。
歩きながら大通りに向かう。
「カルラはギルドに泊まりか?冒険者になったらまた会うこともあるだろうしそん時はよろしくな。」
「はい、何から何までありがとうございました。」
頭を下げる。他人の面倒を見れる人は尊敬する。
「おう、じゃあな。」
カイルさんとレイさんは軽く手を挙げて大通りの向こう側に消えていった。
この世界で目覚めてから初体験なことばかりだが正直、肉にすべてを持っていかれた。
味覚からの情報やべぇな。肉って一種の脳内麻薬が分泌される気がする。
建物の明かりは少ないが街灯があるので迷うことなく冒険者ギルドに戻ってこれた。
入り口から入ると受付に一人と奥で作業している人が数人見えた。夜も無人というわけではないようだ。
受付に話しかける。
「こんばんわ、一般休憩室に泊まる予定のカルラといいます。入っても大丈夫でしょうか?」
「あらーこんばんわー、カルラ君ねー、えーと…、はーい確認が取れたので入っても大丈夫ですよー。」
話し方がのんびりとしているような特徴的な人だ。目が糸目だからか眠たそうに見える。
受付の人に礼を述べて廊下を進む。教えてもらった通りベッドの絵がついた扉が見えた。
しまった、他に利用者がいるか聞いておけばよかった。
ドンマイと思いながら扉を3回ノックする。中に人がいて寝ている可能性もあるので少し小さめに。
部屋の中から返事はなし。
「失礼します。」
一応声をかけてから入る。
部屋は簡素なベッドが左右に4つずつあるシンプルなものだった。
そして部屋に入ってすぐ右のベッド2つにはそれぞれ人が腰かけており、こちらを見ていた。
一人は性別はわからないがトカゲの頭。見えるところは鱗で覆われ鋭い爪と太い尾が目立つ。
もう一人は女性っぽい。顔や腕には鱗が見えるが人間の容姿が強い。
「どうもこんばんわ、奥のベッドを利用します。」
特に返事はない。会釈して奥に進む。
2人はこちらに敵意がないと感じたのかそれとも興味がないだけなのかわからないが
こちらへの視線は外してくれた
私は左側の一番奥のベッドを使うことにする。
ベッド自体はフレームのみ、枕は無し。大人一人包まれるくらいの布が一枚置かれていた。
住むのは厳しいが雨風しのげて休むのには十分だ。無料万歳。
さて寝る前にいろいろやることがある。
まずは歯磨き。これはスキャンと同じように自分の口の中を対象にきれいな状態にする。うーん、すっきり。
次に体をきれいに。将来的にはのんびり湯船につかりたいななんて考えながら自分の体の表面を対象に
きれいな状態にする。よし。
そして最後は服。一度見回してみる。目立った汚れは無し。さすがに醤油のシミみたいなのが一瞬で消えたら
怪しいしな。来ている服を対象にきれいな状態に。これは繊維の中まできれいにするイメージで。
…うーん、あまり違いは判らないがまぁいいだろう。ついでにベッドに備え付いた布もきれいにしておこう。
よし、これで寝ることはできるが他にやることはあっただろうか。
そうだ、昼間森の中で見つけた木苺の果樹について試したいことがあった。
現在はアイテムボックス内で保管しているが時間や環境の調整が可能な別空間を作り、そこで栽培すれば
無限に量産可能なのではないかと。うん、物は試しだ。
植物の育成に必要なものは光、水、空気、温度、土。
光、水は魔法で出せる。空気は外部から取り込む。温度は魔法空間なので調整可能。土は…、ダメだ。
栄養のある土のイメージがないな。手に入ればスキャンで調べていけるか。
こんなことなら木苺が生えていたところの土を回収しておくんだった。残念。
まぁ今後よさげな土があれば回収して試してみよう。
頭を切り替えて明日のことを考える。
確か適性検査は朝の鐘から夕の鐘の間だと言っていた。鐘といったら時間を告げるものを想像できるので
日が昇って鐘の音が聞こえたら受付に向かおう。
そうと決まれば睡眠睡眠。明日もやることは多いだろう。
ベッドに横になり布に包まる。目を瞑り眼球をぐるぐる回す。こうするとすぐ眠れる。
こうして私は新たな世界の一日目を終えた。




