19.魔法の稽古
目が覚める。眠気眼ながらふと考える。
B級サメ映画ってどんどんくだらなくすればいいって風潮になってない?、気のせいか?。サメを題材にしながらアクション、恐怖、物語性、メッセージ性とかなんかそこら辺をいい感じにした映画を作ればいいのにと思う。まぁ言うは易しだけどね。…そうか、私の好きな声優、浪川さんが言っていたな、”オタクに優しいギャルがいねェなら、オタクに優しいギャルになればいい”ってな。…いや、ロビンフッドだったか。ともかく文句があるなら自分で作れってことだな。まぁこの世界じゃ映画なんて見ることはないだろうが。…なんで寝起きでこんなことを考えているのだろう?。覚えてないが夢でも見たか?。…よし、そろそろ起きるか。
ベッドの上で身を起こすとハクがすぐ隣で私の服の裾を掴んでいることに気づく。昨日のようにアイテムボックスに収納からの取り出しでハクを寝かせたまま私の服から離す。
私はのんびりストレッチと魔力循環をして体をほぐしていると少ししてハクも目を覚ましたので一緒に魔力循環をする。
ハクがベッドに座って目を瞑ったので2人で朝の静かな時間を過ごす。ふとハクの方に目を向けると彼女はこくりと船を漕ぎ二度寝に突入しようとしていた。
「もう少し寝るかい?」
私が聞くとはっと目を開き首を横にぶんぶんと振るハク。
まだ朝の鐘には時間があるので大丈夫なのだがハクはベッドから飛び降り体を動かし始める。
魔力循環は退屈そうだな。まぁ魔力循環が何かも分かってないだろうし眠くなるのも当然か、ただ目を瞑っているだけだしな。
「よし、ちょっと早いけど広場で買い物しようか。」
私の言葉にシャドーボクシングらしきものを止めて頷くハク。ナイスパンチじゃん。
部屋を片付けてマントを羽織ってから下の階に降りる。おばちゃんに挨拶して
透過魔法をかけてから宿を出る。
広場近くで魔法を解除してから屋台を見ていく。買っておきたいのはハクのご飯、飽きないように色々な種類を買っておきたい。
ご飯についてハクに話しかける。
「ハク、私は屋台で今後のご飯を買っていくから朝ごはんで食べたいものがあれば言ってね。」
頷くハク。
広場の屋台に野菜や肉などの食材は見当たらないのでご飯を買うついでに聞いてみよう。話を聞くなら顔見知りである特製タレの肉串を売っている屋台のおっちゃんがいいので探してみる。おっちゃんはいい匂いの方に向かうと見つかる。
「おはようございます、肉串を10本いただけますか。」
おっちゃんは肉を焼きながら笑顔で答えてくれる。
「おう、らっしゃい!。10本で大銅貨2枚だ。」
お金を渡し袋に詰めてもらった肉串を受け取る。
「すみません、この時間帯に食材を売っていておすすめのお店はありますか?」
「食材か、前にも言ったと思うが肉は自前で確保しているからな、俺が利用するのはもっぱら野菜を扱う店だな。その店は鮮度も味も申し分ないからおすすめと言えばおすすめだな。場所はあっちの農業地区に行った方の2つ目の曲がり角を左に行くと野菜を並べている店があるからそこだ。羊人族のばあさんがやってるから行けば分かると思うぜ。」
私も肉は自分で手に入れることができるので野菜の方が助かる。あとは調味料が欲しかったが、まぁ塩はあるし大丈夫か。
「ありがとうございます、後で行ってみます。」
「おう、その店は昼前には閉まるからそれだけは気をつけてな。」
おっちゃんに別れを告げて他の屋台を回って食べ物を買う。パン、肉サンド、焼きトウモロコシ、オークバラ串と気になったものを買っていった。
ハクの興味を示す食べ物はなかったようなので私の気になったコーンスープを買って一緒に飲んだ。コーンスープはそんなに美味しくはなかった。ハクには足りないかと思い追加で魚サンドを食べてもらった。
食べ物は買い終わったのでおっちゃんに教えてもらった野菜の売っているお店に向かう。農業地区の方に行くのは2度目だが以前ほど奥には行かないのでまだ建物が多い場所だ。
お店に着いたので外から中を覗く。そこには朝に収穫したであろう野菜が店頭から店内まで並んでおり、他のお客さんがカウンターに座っている羊頭のおばあさんのところで購入していた。
以前も別の町で野菜を買ったが改めてのんびり野菜を眺めていると前世の野菜と見た目の似たものが目立つ。もちろん形は似ているが色が全然違うものもあればまったく見たこともないものもある。興味はあるが買ってまで確認しようという気は起きないので以前他の町で買った物と前世の見た目と同じものを買うことにする。
ふむ、まとめて買っておきたいのだがカウンターに持っていくのは手間がかかるな。
少し考えてカウンターのおばあさんに聞くことにする。
「すみません、まとまった量の野菜を購入したいのですがこちらに持ってくればよろしいのでしょうか?」
「はいはい、それなら裏に息子がいるからそっちに言ってみておくれ。」
私は言われた通りに一度店を出て裏に回ってみる。店の裏は倉庫となっており、そこでは数人が野菜を箱に詰めたり箱詰めの野菜を馬車に運んだりと作業をしていた。
私は近くにいた羊頭の男性に話しかける。
「すみません、こちらで野菜をまとめ買いできると聞いて来たのですが。」
「はいよ、必要な野菜と数を言ってくれば箱に詰めるよ。配送は事前の予約が必要だから今日は難しいね。」
「自分で持って帰るので大丈夫です。それでは欲しい野菜は、」
私はこの世界の野菜の名前は分からないのであれとか指差しで選んでいく。すると対応してくれている男性が親切にも1つずつ野菜の名前を教えてくれる。
…驚いたことに前世の野菜の名前と同じだった。これは奇跡的に同じ名前が付いたのかそれとも私のような転生者の仕業か、はたまたご都合主義かは分からないが個人的には新しく名前を覚えなくて済むので深く考えずに受け入れる。
最終的にはニンジン、タマネギ、ジャガイモ、ピーマン、ナス、カボチャ、トマトを10こずつ購入した。箱に詰めてもらい箱代込みで大銅貨4枚と銅貨6枚となった。
羊頭の男性にお礼を言って店を後にする。人目につかないところで野菜をアイテムボックスに収納して買い物が完了したのでギルドに向かう。
「お待たせハク、買い物が終わったからギルドに向かおうか。」
私の言葉にずっと無言で付いて来ていたハクは頷く。親の買い物に付いて来る子どもは退屈で自由に動きそうなものだがハクはずっと離れずに静かに後ろを付いて来てくれていた。ホンマええ子やで。
アローザさんとの待ち合わせの朝の鐘にはまだ余裕がある。ギルドで依頼を探そう。
ギルドに向かって歩きながらハクに話しかける。
「ハクは食べ物の好き嫌いはある?、あとはどうしても食べれないものがあれば教えてほしいな。」
アレルギーなどはもっと早くに聞いておくべきだったがこの世界にアレルギーが存在するか分からないし、ハクに嫌がる素振りや変な症状は出ていなかったので聞いていなかった。子どもを預かる身としては失格だな。
気持ちを切り替えてハクの返事を待つ。
「…今までは狩った肉を食べるのが普通だったから食べ物の嫌いとかは分からない。好きな食べ物は…、カルラと会ってから食べたものは全部好き。」
うれしいこと言ってくれるじゃないの。まぁ考えてみれば食べるものを選べるというのは贅沢なことだったな。そこは前世の認識からアップデートしなければ。
「…どうしても食べられないものはない…と思う。」
歯切れが悪いな、もう少し聞いてみるか。
「言い方が悪かったね、食べて気分が悪くなったりとか体が変になったものはないかい?」
確かイヌ科に食べさせてはいけないものがいくつかあったな。そう考えると以前ハクにタマネギを食べさせたが不味かったか?
私はハラハラしながらハクの答えを待つ。
「…昔食べた虫の魔物はお腹が痛くなった。」
それは毒とか食あたりかな。狼人族は狼と付いているが体の構造は人間と同じと考えていいのか?。うーん、今度ポルカノさんかレイさんに聞いてみよう。
答えてくれたハクに教えてくれてありがとうと伝えてその後はのんびり歩くとギルドに到着する。
ハクに離れないように伝えて依頼ボードを見に行く。
アローザさんは街の外で魔法の稽古と言っていたが初日だし草原ですると考えよう。ハクの稽古とはいえ話には興味あるので耳はそちらに意識を割きつつ片手間でできる依頼…、そんなものはないな。…うん、深く考えるのはやめよう。受注依頼ではなく常時依頼の薬草の納品にしよう。これなら依頼失敗もないので他人に迷惑は掛からないし感知魔法の設定で自動収納にしておけば片手間でできるな。
依頼については考え終わったので人のいる依頼ボードの周りから離れて部屋の隅に移動する。あとはアローザさんが来るのを待つだけだ。
やることもないのでギルドに入ってくる人を何の気もなしに眺めていると見覚えのある蜥蜴人族の2人が入り口の扉から入ってくる。ふと考えが脱線するが蜥蜴人族なのかリザードマンなのか種族としてはどっちが正しいんだ?。脱線終わり。
確かあの2人は蜥蜴頭の方が兄セデクで人の顔に頬まで鱗のあるのが妹ルトラだったか。色々あったから人の名前を思い出すのも大変だ。…そういえば関わらないでくれと言ったんだったな。まぁ元々仲良くなれそうな性格の2人じゃなかったし別にええか。
ぼんやり考えていると妹の方が私に気づきこちらに向かって来ようとする。しかし兄の方も私に気づくとすぐに妹を止める。2人は何やら話し合うと妹の方が折れたようで大人しく窓口の方に向かっていった。
私の言ったことをちゃんと守ってくれているんだな。関心関心。
その後少しすると地味なローブに地味なとんがり帽子を目深にかぶった人に声を掛けられる。
「お待たせ。」
確かに私は待ち合わせをしているが…、もしかしてアローザさんか?
昨日含み以前のアローザさんはなんかキラキラした服にローブで帽子は被っていなかった。
私の考えが顔に出ていたのか声をかけてきた人は笑顔で疑問に答えてくれる。
「私よ、アローザ。ほら、私ってBランク冒険者だし、この街じゃ要塞蜜蜂の討伐で有名人だからね、それにハクちゃんの件で目立ちたくないだろうからいつもとは違う格好で来たのよ。」
有名なのも大変だね。でもハクの事を考えてくれたんだな、マジ感謝。
「それとこの格好の時は私の事はあーちゃんって呼んでね。」
まぁ人の呼び方は指定してくれた方が助かる。前世では友人の奥さんをなんて呼べばいいか分からなかったからな。
どうでもいい考えは置いておいてお世話になる相手に挨拶する。
「分かりました。今日はよろしくお願いします。」
私が頭を下げるとハクも真似する。
「ふふ、こちらこそ。それじゃあ早速街の外に行きましょうか。」
アローザさんに付いて行きながら街の外に向かっていると彼女に話しかけられる。
「そういえばパーティーの子たちも興味があるみたいで見に来ることになってるけど大丈夫だったかしら?。目立つ子もいるから街の外で合流、1日に1人だけなのだけれども。」
こちらがお願いした立場だ。否も応もない。
「まぁあーちゃんの信頼するパーティーの人ですから大丈夫ですけど。」
1人面倒なのもいるがな。
「そう言ってくれると助かるわ。」
そんなことを話していると門に着く。アローザさんは変装の説明と口止めのために門番と少し話していた。
大変だね。おっと、ハクの為の変装でもあるんだった。マジ感謝マジ感謝。
問題なく門をくぐり街の外に出る。
「広い場所がいいから少し歩きましょう。」
アローザさんに従い歩いて移動する。
「それじゃあ歩いている間にハクちゃんとお話ししましょうか。」
アローザさんがハクに顔を向けるとハクは頷く。
「それじゃあまずは魔力についてね、私やハクちゃん、カルラちゃんや他の人、誰にでも魔力はあるの。人によって魔力の多い少ないはあるんだけどね。それで自分の中の魔力を精霊さんに渡してお願いすると魔法が発動するの。これが一般的な魔法について言われていることね。」
以前ポルカノさんに魔法について聞いたがこんな話だったな。
「魔法を発動するには呪文の詠唱が必要なんだけどハクちゃんはお父さんかお母さん、他の白狼の人が何か言って魔法を発動しているのを見たことない?」
ハクは少し考えて答える。
「…お父さんが魔法で狩りをしていた。」
「そうそう、その時になんて言ってたか覚えてる?」
ハクは更に考えて答える。
「…確か、”氷の精霊よ、私の呼びかけに答えよ。敵に刺さるは氷の針。アイスニードル”だった、はず。」
「うんうん、呪文はそれでオッケーね。あとは魔力を込めれば発動するわ。魔力の知覚についてはあとで実際に触れて感じてみましょう。」
呪文と魔力があれば発動できるのか、簡単だな。それに魔力って触れることのできるものなのか。
私が新たな知識について考えているとアローザさんが立ち止まる。場所は街からも街道からも程よく離れた短い草が広がる草原。
「ここでいいかしらね。ハクちゃん、ちょっと手を握るわね。」
アローザさんはしゃがんでハクの両手を握り目を瞑る。
「あら?」
アローザさんは不思議そうな声を出して目を開く。
「ハクちゃんって魔法を使ったことないのよね?」
「そのはずです。」
私がアローザさんの質問に答えると彼女は続ける。
「魔力量もこの歳の子どもにしては十分だし身体強化とは違う魔法を発動する為の魔力の通り道が出来ているわ。これは白狼だからかしら?、面白いわね。」
そうなのか、これは私との毎朝の魔力循環の成果かな。…な訳ないか。魔力循環を始めて2日目だし。アローザさんの言った通り白狼だから、いや、ハクだからだな。
「これなら魔法発動はすぐにできそうね。ハクちゃん、今から私の魔力でハクちゃんの魔力に干渉するから自分の体の中に集中してみて。最初はゆっくりやるから自分の体の中に熱いものを感じたら教えてね。」
アローザさんの言葉にハクは頷く。
ふむふむ、魔力は他人が干渉できると、身体的接触が必要なのかな?
私が2人を観察しながら色々考えていると何かを感じたハクが口を開く。
「…感じた。胸の奥に、変な感じ。」
アローザさんは笑顔で答える。
「そう、それが魔力よ。すぐに分かるなんてハクちゃんはすごいわね。」
教えているアローザさんの方が嬉しそうだ。
「それじゃあその胸の奥に感じるものを意識して動かしてみましょう。まずは右手の方に。」
アローザさんは握っているハクの右手を少し上げる。こう見ると小学校の先生と生徒みたいだな。なんとも微笑ましい。
「はい、次は左手に。」
魔力の移動は問題なくできているようだ。これなら魔法発動に時間はかからなさそうだな。
私は一先ず安心したがふと暇だなと思う。アローザさんの話は聞きつつ何かやることはあるかと考えると今朝買った野菜を栽培空間で育てておこうと思いつく。ハク用に買った野菜だが私も野菜が食べたくなるだろうし作れるものは作っておこう精神である。ついでにアイテムボックスに保存していた薬草各種も育てておく。現状栽培空間で育てていたのは木苺とコムの木だけだったので一気に種類が増えた。私は収集癖があるのでいい気分だ。やったぜ。
もちろん栽培空間で増やしたものを食べるのは私だけだし納品や販売はしない。以前も思ったが私はこの世界に極力影響を与えたくない。ただ静かに何不自由なく暮らしたい、それだけなのだ。
自分のやりたいことを優先する杜王町の殺人鬼みたいなことを考えながら2人に視線を戻す。
「もう魔力の感覚を掴んだみたいね。それじゃあいよいよ魔法を発動してみましょうか。」
どうやら他の事を考えている間にハクは成長したようだ。子どもの成長があっという間というのはこういうことかとしみじみ思いながらハクを見守る。
「ハクちゃん、手に魔力を込めてその魔力を手の先に出す感覚でさっきの呪文を詠唱してみて。目標は…、あの岩にしましょうか。」
アローザさんが少し先の岩を指差すとハクは頷く。
私がワクワクしながらハクの魔法発動を待っているとハクは手を降ろして耳をぴくぴくさせ始める。
「あぁ、多分うちの子ね。」
アローザさんがそう言うとこちらに近づいてくる人影が遠くの方に見えた。少しするとそれはネルケさんということが分かった。近づいて来て分かったがネルケさんも普段とは異なる格好をしてる。普段は地味目なザ・魔法使いという格好だがあれは…、白のゆったりとした上に水色のロングスカート。清楚な町娘…、いや、都会の女子大生のような格好だ。眼鏡も外しておりめちゃくちゃオシャレな雰囲気を醸し出していた。
…えぇ、変装で目立ってたら意味なくない?
私が疑問に思っていると近づいてきたネルケさんにアローザさんが声をかける。
「あらー、今日は一段とカワイイ恰好ね。」
ネルケさんは照れながら答える。
「これはビスコさんが選んでくれまして、あっ、ちゃんと認識阻害の魔法がかかってますので私とは思われないですよ。」
ネルケさんは私に説明してくれる。
そうか、ネルケさんの新たな一面を知れたことよりもビスコさんの洋服センスの高さに驚いている自分がいる。あの人、筋肉でオカマとキャラが濃いのにさらに魔法も使えて服にも強いと…、最強だな。
そんなことを考えているとアローザさんが口を開く。
「丁度良かったわ、今からハクちゃんの初めての魔法なのよ。ネルケちゃんも見ておいて。」
アローザさんの言葉にハクは再び準備する。岩に向かって片手を突き出し小さな声で呪文を唱える。
「…氷の精霊よ、私の呼びかけに答えよ。敵に刺さるは氷の針。アイスニードル。」
ハクが呪文を唱え終わっても何も起こる気配はない。
「大丈夫よ、私が教えたのはあくまで一般的なことだからハクちゃんには違う方法が必要みたいね。」
アローザさんはハクを安心させるように話しかける。
「ハクちゃんの魔法を使っていたお父さん、あとは家族や周りの人が大切にしていたものだったりお祈りしていたものってなかったかな?」
「…狩りで獲物が取れた時は火を灯した台にお供えしてた。」
「うんうん、いいわよ。それじゃあその台には何が祀ってあったか、うーん、何にお供えしていたか分かる?」
ハクは思い出そうと少し考えて答える。
「…透明の、キラキラしたやつ。多分、氷でできてた。」
「いいわよ、それじゃあ呪文の”氷の精霊”の部分でその氷でできたキラキラしたものを思い浮かべてもう一度試してみましょうか。」
ハクは頷き岩に向かって再び片手を向ける。
「…氷の精霊よ、私の呼びかけに答えよ。敵に刺さるは氷の針。アイスニードル。」
ハクが呪文を唱えると今度は手の前に氷が現れ細く尖った針の形となっていく。そしてある程度の大きさとなったところでハクの手の前から飛んでいき狙った岩に突き刺さる。
「おめでとう、成功よ。」
アローザさんの言葉にハクは私の方を向きこちらに駆け寄ってくる。そしてハクはそのまま私の胸に飛び込んで張り付き頭を擦り付ける。
ハクはあまり感情を表に出さないが時々行動が過激になるんだよな、これはクーデレってやつか?、知らんけど。
私はハクの頭を撫でて声をかける。
「よくできたね、えらいぞ。」
魔法が発動できたのはめでたいことだ。いいことをしたなら褒める、子どもには大事なことだ。
ハクの顔は見えないが私が褒めたことにご満悦のようだ。ハクのマントの下で尻尾の部分が大きく揺れている。
「よし、ハク、先生の稽古はまだ終わってないよ。この調子で頑張ろう。」
私の言葉にハクは素直に離れてアローザさんの下に戻る。
「ハクちゃんは魔法の発動自体は何の問題もなくできるみたいね。注意として魔力は使いすぎると気を失うから気をつけてね、一度安全な場所で自分の魔力量がどれくらいか確認した方がいいわ。どの魔法を何回使ったらとかで確認できるわよ。何度か魔力枯渇を経験すると感覚で分かるようになるのだけれど、まぁそこは人それぞれね。魔法の使い過ぎが死因になることはないけど戦闘中だと…ね、危ないわ。」
言わんとしていることは分かる。魔法は便利だが考えることは多々あるってことね。…私は何も考えずに使っているけど。
「うん、それじゃあ魔法の発動は大丈夫ね。あとで私の知っている氷魔法の呪文をメモして渡すわ。ハクちゃんが使えるかは分からないけど試して使えたら教えてちょうだいね。これからは魔法を繰り返し発動して慣れていきましょう。慣れたら呪文の詠唱から発動まで素早くできるようになるわ。こんな風にね。」
アローザさんは聞き取れないほどの速さで何かを唱えるとハクが氷の針を当てた岩に小さな炎の球を飛ばす。炎の球は岩に風穴を開けたかと思うとすぐに消滅した。
うーむ、発動の速さは私の方が上かもしれないがあのコントロールは見習いたい。アローザさんはやはり尊敬できるな。
「あとは魔法の危険性についてね。これはお話が中心になるけど魔法を使いながら説明するからこのままここでしようかしら。…とその前にちょっと休憩しましょうか。ハクちゃんも魔法の確認がしたいだろうし。」
たしかにハクはそわそわしている気がする。自分が魔法を使えると分かって色々試したいのか。分かるぞその気持ち、私も異世界で目覚めて魔法の存在を知ったときは心が躍ったからな。
ハクは岩に向かって確認しながら呪文を唱えている。
「休憩ならお茶を入れますね。」
「ありがと。」
ネルケさんの言葉にアローザさんが感謝を伝える。
Bランク冒険者にもなるとこんな草原は余裕ってことですかね。やっぱすげぇぜ。
ネルケさんは腰に下げていた鞄から鍋と水の入った革袋を取り出す。
おぉ、あれは異世界でお馴染み収納機能の付いたマジックバッグというやつか。自分はアイテムボックスに収納しているがいざ他人が使っているのを見ると明らかに鞄のサイズに不釣り合いなものが取り出されると変な感じだ。
ネルケさんは鍋に水を入れ何かを唱えると一瞬で鍋の水が沸騰する。
ワァーオ、魔法かは分からないが何とも異世界っぽい。
私が見ていることに気づいたネルケさんが教えてくれる。
「この鍋は私が作った魔道具なんですよ。アローザ様が温かいお茶が好きなんで作っちゃいました。」
そう言って微笑むネルケさん。人のために何かをできる人を私は尊敬する。優しい世界、心も温かくなるね。
私がネルケさんを称賛しようとすると感知魔法に反応がある。形状からして角ウサギ、角度からして狙いはネルケさん。今はいい雰囲気じゃろがいっ。魔物はすっこんどれ!
私は角ウサギの後ろ首を掴むと即座にねじ折りアイテムボックスに仕舞う。
魔物の接近にはハクが気づきそうだが…。
ハクの方を見ると魔法に集中しているみたいだ。…うん、しょうがないね。
ネルケさんはお茶の準備をしながら話しかけてくる。
「それにしてもここの草原は平和ですね。凶暴な魔物もいませんし、あ、いけませんね、魔道具で装備を固めると緊張感が薄れてしまいます、気をつけないと。」
なんだ、魔道具で守りは大丈夫なのか。私が手を出す必要はなかったな。
私がそう思っているとアローザさんと目が合う。アローザさんはぐっと親指を立てた手をこちらに向ける。まるで”よくやった、私は分かっているよ”と言わんばかりだ。アローザさんはふんわり系のおっとりお姉様かと思ったが案外お茶目なのかもしれない。
私がそんなことを考えているとネルケさんから声がかかる。
「お茶が入りました。よかったらカルラさんとハクちゃんもどうぞ。」
私たちの分までとは、気遣いが眩しいね。この感覚は前世の国民性由来か?
考えの脱線を置いておいてせっかくの休憩なのに立ちっぱなしもな…、草原なので草の上に座ってもいいが敷くものが欲しい。手頃なものは…、マントでいいか。
私は着ているマントを脱いで魔法できれいにしてから地面に敷く。
「ハク、お茶を入れてもらったから休憩にしよう。ネルケさんにお礼を言おうね。お二方もよかったら座ってください。」
ハクは魔法を中断してお礼を言ってお茶を受け取る。
「カルラちゃんって冒険者なのに変なところに気を遣うわね。普通は地面に自分の着ているものを敷かないわよ。でもありがと、座らせてもらうわね。」
ふーん、そうなのか。まぁ私はしたいようにするだけだけどね。他人の普通とか知らんし。
私もお礼を言ってからお茶を受け取りマントに座るとすぐさまハクが私の膝の上に座る。
いや、逆に座りづらくない?
私の疑問はどこ吹く風でハクは体を預けてお茶を飲む。
草原の真ん中で4人で座ってお茶を飲んでいるとピクニックに来ているようだ。お茶はほんのり苦いが落ち着く味で美味しい。
私がのんびりとした空気を楽しんでいるとアローザさんが話しかけてくる。
「カルラちゃんってマントを脱ぐと冒険者に見えないわね。悪い意味じゃなくて魔物と戦う装備じゃないから心配って意味でね。」
まぁひのきの棒と革の鎧ですらないからね、布の服1枚で冒険していればそう思われても仕方ないね。
「攻撃が当たらなければどうということはない精神で冒険してますから。」
「そうなのね…、この街の近くで活動するならそれでいいかもしれないけど新しい場所に行くならちゃんと装備は整えてからにした方がいいわよ。これは冒険者の先輩として、そして年上としてのアドバイスね。」
アローザさんは優しく諭してくれるが防御に関しては透過魔法で間に合っているしな。そして一番は私が服に無頓着ということだ。服なんて着ていて不快でなければそれでいいしオシャレなんてものは面倒という認識しかない。あとはあれだな、自分の装備にお金を使うくらいならハクの装備にお金を使うね。まぁハクもオシャレに興味を示す年頃でないので2人揃って布の服にマントだが。
私が服についての言い訳を頭の中に並べながらアローザさんに適当な返事をしているとネルケさんが話に入ってくる。
「それならビスコさんに服を選んでもらって私が防御系の付与をしましょうか?。ビスコさんの服のセンスは私の今日の服を見てもらえれば分かると思いますし、付与は魔道具作りの応用でそれなりのものは付けれますよ。」
それなりのものとは?
私は疑問に思ったことを聞いてみる。
「以前素材から装備を作ってもらえるお店に行ったときに付与は補助的なものと聞いたのですがそれとは違うんですか?」
「そうですね、お店の付与ではそこまで強力な効果は見込めませんね。すごい付与の装備が出回っても問題ですし。でも個人で付与をする人は研究して効果を高めてたりするんですよ。」
ほほう、付与は個人でもできるのか。やり方が分かれば自分でもできるかな?。とりあえずそこまで世話になるわけにはいかないな。
「そうなんですね、でもそこまでお世話になるわけにもいかないので大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」
「いえいえ、もし必要になったら言ってください。蜂蜜のお礼もありますので。」
恐るべき蜂蜜パワー、好きな人は好きだな。もしくは甘味好きかだな。
少しのんびりした後アローザさんが口を開く。
「せっかくだからこのまま魔法の危険性についてお話ししましょうか。ハクちゃんは魔法が使えるようになったけど同時に簡単に他人を傷つけることができる力を手に入れたの。」
ハクは真剣は表情で聞いている。
「だからいっぱい練習して魔法を正確に操る方法を身に着ける必要があるわ。ハクちゃんも助けたいと思った人を間違って傷つけるのは嫌でしょう?」
ハクはちらと私を見てから頷く。
私の場合は誤射上等で魔法をぶっ放してもらっても構わないのだがな。むしろ俺ごとやれー!的な。まぁ私以外の事を考えるならその方法を覚えるのは問題か。
アローザさんは続ける。
「あとは他人を傷つけるのもそうだけど魔法によっては自分にも被害が出るからね。だから自分の使える魔法をよく知って研究するのが魔法使いには大切なの。まぁ考えるのが嫌で魔法は使えるけど簡単なものしか使わない人もいるからそれも一つの手ね。」
ハクが頷くとアローザさんは話の締めに入る。
「色々言ったけどハクちゃんに覚えておいてほしいのは魔法は便利だけど使う人によっていいものにも悪いものにもなるわ。そしていいものでも練習しないと悪いものになるってことかしらね。」
魔法は日々の研鑽が大事でそれができないなら危ないから大人しく諦めろってことね。言われれば何を当たり前のことをと思うがこの世界では言ってくれる人は貴重だし知らずに死んでいく人も多いんだろうな。
「最後に実際に見てもらいましょうか。」
アローザさんは立ち上がり手を胸の前にあげて何かを唱える。すると手のひらからソフトボールくらいの火の玉が現れる。
「これはファイヤーボール、火魔法の適性がある人なら大体の人が使えるわ。これを練習していない人が使うと…」
アローザさんはそう言いながら反対の手をファイヤーボールに近づけると奇麗な手が焼け爛れていく。
「と、こんな風に自分が痛い思いをするの。」
アローザさんが焼けた手をファイヤーボールから離すといつの間にか隣にいたネルケさんがすかさず瓶に入った液体をかける。
「ネルケちゃんありがと。」
アローザさんの手を見ると何事もなかったかのように奇麗な手に戻っていた。
「でもちゃんとコントロールするとね。」
再びアローザさんがファイヤーボールに手を近づけるが今度は手が焼けることはない。隣にいたネルケさんも手を近づけるが何ともないようだ。
「よかったら触ってみる?」
アローザさんの言葉にハクと一緒に立ち上がりファイヤーボールに触れてみる。熱くない。ボール自体は触れるのに熱さは感じない。何とも不思議な感覚だ。
「これがコントロールの重要性ね。」
アローザさんは笑顔でファイヤーボールを消す。教えてくれるために自らの体を張るとは、頭が下がるね。
私は疑問に思ったことを質問してみる。
「アローザさん、魔法のコントロールって距離は関係ありますか?」
アローザさんは少し悲しそうな顔をする。
「あーちゃんね。」
いや、ネルケさんもアローザ様って呼んでたし周りに誰もいないからよくない?、純粋に呼ばれたいのか?
私は改めて質問する。
「あーちゃん、魔法のコントロールって距離は関係ありますか?」
アローザさんは笑顔に戻る。
「そうね、魔法をコントロールするには魔力で繋がっている必要があるから距離が離れれば魔力使用量が多くなるし難しくなるわ。」
ん?、私の魔法は有効範囲から出ると急にコントロールが効かなくなるが魔力切れを起こしたことはないから魔力は足りている気がする。根本的に違うとなればそれまでだがアローザさんの言う原理で考えるなら魔法は魔力が繋がる限り操れる。私は範囲が決まっている。有線と無線的な?、よく分からんが私の場合は有効範囲を広げることを考えた方がいいか?。魔法の事は分からないことだらけだが1つずつ地道に分かることを増やしていこう。
「ありがとうございます。」
アローザさんにお礼を言う。
「ハクちゃんは何か聞きたいことはある?」
アローザさんが聞くとハクは首を横に振る。
「なんでも聞いていいからね。それじゃあお話は以上ね。カルラちゃんにお願いされたことはできたと思うけどハクちゃんの経過を見たいから数日おきに同じように見させてもらうわ。ギルドに伝言かいつものお店に顔を出すからそれで日程を決めましょう。2人ともそれでいいかしら?」
私は問題ない、ハクを見ると頷いているので異論はないことを伝える。
「うんうん、あとはのんびりしましょうか。今日はとことんハクちゃんに付き合うつもりだったから予定を入れてないのよね。ハクちゃんが優秀だからすぐ終わっちゃったけど。」
アローザさんはそう言って再び座る。ネルケさんはその隣に座り、ハクは岩に向かって魔法を撃ち始める。
私はどうしようかと思ったがせっかくの機会なので自身の魔法について考えてみる。気になることがあればすぐに聞けるしな。
まずは私のできることだが範囲内であれば火、水、風、土を発生させることができる。水を氷にすることも可能。アイテムボックスのような空間に物の出し入れ、人の出入りが可能。透過や感知と範囲内の自身や相手を対象とする魔法。…うーん、考えてみると色々な属性が使えるというより自分の空間内で好き勝手できるって感じか?。…まぁどうでもいいか、それよりも新しくできることを考えよう。必殺技か、便利技か、うーん、異世界ならではのものか、それとも男の子が憧れるやつか…、クラッシャーボールってどんな技だったっけ?。おっと、いかんいかん、また脱線するところだった。
そんなことを考えていると魔法を放っていたハクがふらつく。
私は一瞬でハクのそばに移動し受け止める。
ハクは目を瞑り消え入りそうな声で聞いてくる。
「…私の魔法、見てくれてた?」
もちろんさ。
「19回撃ててたね。すごいぞ。」
ハクは私の言葉を聞くと満足そうに微笑んでそのまま気を失った。
私はハクをアローザさんたちの座っている横に寝かせようとするとアローザさんが受け取るような仕草をする。
まぁ草原にマントを敷いているとはいえ地面は固いからな、人に抱っこされている方がいいか。
私がハクをアローザさんに渡すとアローザさんはハクの寝顔を見て微笑む。慈愛を感じさせる表情だ、眩しいな。ハクがダウンしてしまってアローザさんには申し訳ないと思ったがこの顔を見る限り楽しんでいるようだ。
邪魔するのは悪いのでネルケさんに少し離れることを伝えて周りを歩く。1人行動は久しぶりだ。ハクと一緒が嫌というわけではないが元々私は1人が好きなのでこういう時間はいい気分転換になる。鼻歌なんかも出てしまう。
「たなかっのっかみはー、ふふふっふっーぼうずー。」
上機嫌で歩いていると背後から石が飛んでくる。頭部を狙ってこのスピード、普通の人なら痛いじゃ済まないな。
私は石をアイテムボックスに収納し同じ角度とスピードで射出する。射出した石は遠くに飛んでいきそこにあった茂みを大きく揺らす。
「ちっ、やっぱりこの程度じゃ死なねぇか。」
茂みから姿を現したのは体の大きな男、そいつはハクを探していた男を追った時に地下にいた見張りの男だった。
どうやら私のお願いは聞いてもらえなかったようだ。残念。
「どうやら足はすっかり治ったみたいですね。」
これ嫌味ね。
「へへっ、あんなもん屁でもねぇ。獣人の野郎が騒いでたが俺はあれがお前の仕業とは思ってねぇ。」
じゃあ誰の仕業なんだよ。
「そうなんですか、それで私がお願いしたことを無視すると。」
「そうだ!、お前を気が済むまで痛めつけた後に殺してからあのガキを連れて行く。女もいたから楽しませてもらうぜ。」
見張りの男は下卑た笑みを浮かべている。
こいつは逆に心配になってくる、こんなに短絡的でよくこの世界を生きてきたな。
「お仲間も連帯責任になりますがいいですね?」
「あんなカスども仲間でも何でもねぇ、ガキの報酬は俺のもんだ!」
見張りの男は持っていた石を握り潰しこちらに向かってくる。私の飛ばした石を掴んでいたのか。…なぜかゴリラっぽいと思ってしまった。ごめんね。
いつも通り首を落としてもいいが今日は魔法を試してみよう。ハクの初めての魔法発動記念だ。…関係ないか。
さて、魔法についてだが土と水と氷は生成した時点で魔法判定でなくなるから私の魔法範囲外に出ても残る、あとは物理法則で飛ばすだけだ。水は攻撃力がないし氷は水から作る手間があるから石を使っている。氷も作り置きしておけばいいだけなんだけどね。それはいいとして、なので試したいのは火と風、おそらく維持するのに魔力が必要で私の魔法範囲外に出ると威力が弱まり消えてしまうもの。まずは何も考えずに火魔法を試すか。
私は見張りの男から距離を取り火の玉を作って飛ばしてみる。火の玉は私の魔法範囲外に出ると途端に小さくなり見張りの男の腕の一振りで簡単に消されてしまう。
「やっぱりEランク冒険者だなぁ!、こんな魔法、何発撃たれても何ともないぜ!」
見張りの男は今の魔法で格下と判断したのか余裕の笑みで足を止める。
魔法を試させてくれるとはいいやつだな、チュートリアルキャラか?。まぁ試させてくれるのならありがたく。
今度は風魔法を放つ、こちらも同じように消される。うん、最初に試した時と同じだな。ここで魔法が弱まる理由を考えてみる。魔法が弱まるってことは魔力が減っているのか、うーん、考えれる対応策は魔力が減っても弱まらない程大量の魔力を込める、もしくは弱まらないように魔法を固める、かな?。…前者だと威力が上がってしまうか、やるなら後者だな。
魔法を発動して固めるイメージをしてから飛ばしてみよう。今更思ったが石の槍を飛ばすのはアイテムボックス内でコピー君に投げてもらってそれを取り出す形で飛ばしていた。だがアイテムボックス内は私の魔法範囲内なのでコントロールできるのでは?、アイテムボックス内で速度、方向、回転など何度も試射して弾道を記録、撃ち出す時に自身の視界に弾道を重ねれば狙い撃ちもできるのでは?。うんうん、やってみよう!。撃ち出して魔法範囲外に出るともうコントロールできないから魔法を消したりはできないからそこは注意だな。…いや、それも元から進んだ距離で消えるように設定しておけばいいな。よっしゃー!、いっちょやってみっか!
私は火の玉を固めて弾道を設定、狙いは腹、威力は最弱、見張りの男を過ぎたくらいを消滅距離にして撃ちだす。ふぁいやーしゅー!
「ぐっ!?」
男は先ほどまでの弱い魔法と油断したのか火の玉は男の腹に直撃した。
おお、威力を弱めずに撃てたぞ。それに狙ったところにも飛んだ。これはいいぞ。
続けて火の玉を撃つが男は考えを改めたのか避けながらこちらに近づいてくる。
結構な速度で撃ち出したのだか避けるのか、チュートリアルゴリラは伊達じゃないか。
私は距離を取りながら今度は風の玉を撃ち出す。風は火と比べて視認しづらいので当たると思うのだがどうだろう。ういんどしゅー!
「ぐおっ!?」
チュートリアルゴリラ、略してTGは風の玉を腹に受けて膝を折る。意識してないところに攻撃を受けると結構くるよね。
「てめぇっ!」
TGは近づければなんとかなると思ったのか立ち上がって腕で前方を守りながら走って向かってくる。
よし、チュートリアルはこれくらいでいいな。この男は殺してもいいがちょっと愛着が湧いた。脳筋なので罠とか面倒なことはしないと判断して生かしておくことにする。…死ななければね。
私は近づいてきた男をアイテムボックスに収納してボックス内で撃ち出すために加速させる。十分加速したところで街とは反対側、森の方の空に射出する。
「無限の彼方へ、さあ行くぞ!」
所ジョージ(激似)で高らかに叫ぶと男は悲鳴を上げながら空の彼方に飛んでいく。
もし生きて再び出会うことがあれば友達になろう。そうしよう。
私は適当なことを考えながら3人のところに戻ることにする。
3人のいる場所に戻るとハクはまだアローザさんの腕の中で眠っていた。
そういえば子どもの頃はお昼寝の時間があったな。ハクにも毎日お昼寝させるか。
そんなことを考えているとネルケさんが話しかけてくる。
「おかえりなさい、先ほどカルラさんの向かった方から男性の悲鳴が響き渡ったのですが大丈夫でしたか?」
あれは体を張って私に魔法の使い方を教えてくれた男の生きた証です。とは言えないので適当に知らないフリをする。
「私も聞こえましたが何だったのですかね?、よく分かりません。」
「そうですか…。」
ネルケさんの疑問顔に私も疑問顔で返して煙に巻く。私は隣に座りちょうどネルケさんの聞きたいこともあったので話題を変えるという意味でも質問してみる。
「そういえばネルケさんは魔道具を作っていると仰っていましたが私は魔道具がどういったものかまったく知識がありません。よろしければ簡単にでも教えていただけないでしょうか。」
「はい、大丈夫ですよ。」
ネルケさんは笑顔で答えてくれる。
「魔道具とは簡単に言えば色々な効果を持った道具ですね。見た目以上のものを収納できる鞄だったり、記入した文字を記録して紙に転写する板だったり。元々は遺跡やダンジョンで発見されるものの事でしたが最近では研究も進んで人の手で作れるようになりました。」
へー、私がギルドとかで見た板は魔道具だったのか。それよりもダンジョンという異世界お馴染みの単語が気になるがここはぐっと我慢しよう。
「作るのを簡単に説明すると…、うーん、魔法を付与…、その道具に魔法を閉じ込める感じですかね。細かく言うと魔法の組み合わせだったり素材や魔石の親和性だったりとあるんですがそれは話が長くなるのでやめておきます。」
うんうん、私は集中力がないからね。気遣い、助かります。
「ありがとうございます、ちなみに魔道具って買えるものなのですか?」
便利なものは是非とも欲しい。私は人間はひたすら楽をするために頭を使う生き物だと考える。正確には頭を使って楽してできた時間で更に頭を使う生き物だが。だって楽するのはよくないなんて言う人も移動するのには車ですとか電車ですだし、連絡手段は電話やメールを使ってますだもんな。楽がよくないなら歩けよ、手紙書けよ。それで電脳世界で会えるとか瞬間移動の技術が出てきたら当然のように使うんだろ。ダサいわ。
…また脱線したな。落ち着け、話を戻そう。
魔道具の効果と値段が釣り合うならお金を貯めて買うことも検討するがどうなんだろう?
「個人での購入は可能です。ですが粗悪品や偽物、大きい商会の同じ魔道具でも1つだけ効果が出ないということもありますので魔道具の知識がないのに購入するのはおすすめしないですね。」
人の手で作られるようになったのが最近と言っていたので新技術が世に出始めて無法地帯って感じかな?。法整備や規制が間に合ってない的な。
「そうなんですね、では魔道具の知識を得るにはどうすればいいでしょうか?」
「信頼できる人に教えてもらうしかないですね。有名な研究者がセミナーを開いたりしていますが貴族などのお金持ちが席を独占しているのがほとんどですね。」
出た、お貴族様だ。どうせ新技術を学ぶことがステータスだと思って参加するだけで実際に魔道具職人になる貴族はいないんだろうな。完全に偏見だけど。
「そうですか、ネルケさんはどうやって知識を得たんですか?」
「私は…、独学ですね。」
何や、独学かいな。ならわても独学でいかせてもらいまひょか。
「そうなんですか、すごいですね。」
とりあえず褒めとく。
「いえ、アローザ様の魔法知識と研究があってこそですね。なので私はアローザ様の苦労を減らせるような魔道具を作ってるんです。」
あのお湯をすぐに沸かす魔道具とかか、なんにせよ他人の為に行動できる人を私は応援するぞ。
ネルケさんとお話ししているとハクが目を覚ます。
ハクは自分の状況を確認するとアローザさんの腕の中から離れのそのそと歩いて私の膝の上に座り丸くなる。
アローザさんは残念そうな顔でハクを見ている。ハクの魅力にメロメロって感じか?
私はハクに声をかける。
「ハク、起きれそうかい?」
ハクは私の胸に顔をうずめながら首を小さく横に振る。
「初めての魔力切れで疲れちゃったのね、今日はお開きにしましょうか。」
アローザさんの提案に同意しお礼を言う。
「そうですね、今日はお忙しい中ありがとうございました。」
「いいのよ、貴重な白狼の魔法が見れたし、ハクちゃんはかわいいしね。」
アローザさんは微笑んでくれる。
「あとこれ、言っていた氷魔法の呪文をまとめたメモね。使えたら教えてね。」
アローザさんはネルケさんから受け取った紙を私に渡してくれる。その紙には数種類の呪文が記されていた。
「ありがとうございます、試してみます。」
紙を懐に仕舞いハクを抱えて立ち上がる。アローザさんもネルケさんも立ち上がったのでマントを魔法できれいにして羽織る。
「それじゃあ私はお先に失礼しますね。帰りも一緒に行動していると目立つかもしれないので。」
「ありがとうございました。」
「いえいえ、ご一緒できてこちらこそありがとうございました。」
ネルケさんとお互いにお礼を言い合って別れる。ネルケさんは駆け足で街の方に向かっていった。
「じゃあ私たちはのんびり帰りましょうか。」
「はい。」
ここでアローザさんも先に帰らないんですかとは聞かない。ハクを心配して最後まで護衛してくれるのだろう。いい人だな。
草原から街道に出て街に向かってのんびり歩く。日はまだ高いがこんな日もあってもいいだろう。
景色と天気を楽しみながら歩いているとアローザさんが話しかけてくる。
「カルラちゃん、カルラちゃんも今日何度か魔法を使ってたみたいだけど何をしたのか聞いてもいい?」
アローザさんの前で魔法は使ったが目に見えるものではなかったはずだ。何か感知できる方法があるのか?
「うーん、先になぜ私が魔法を使ったのが分かったのか教えてもらえますか?」
「前にも言ったかもしれないけど感覚的なものなのよね。魔法を使ったときの魔力の揺らぎというか何というか。あ、これはエルフの中でも私くらいしかいないから他の種族じゃ分かる人はいないんじゃないかしら?」
そうなのか、だが、
「それってネルケさんが魔道具を作ってたりしないですか?」
「よく分かったわね、まだ試験段階だけど魔法の検知や感知、視覚化とかができる魔道具を制作中よ。」
まぁ防犯面を考えれば魔法を使っていることが分かれば世紀の大発明になるな。私個人のバレたくないは我儘だな。
「そういうことなら分かりました。私が使ったのはきれいにする魔法ですね。マントに座る前と座った後にきれいにしました。」
「あら、それは何魔法になるのかしら?。面白いわね。」
分類は私にも分からない。私は空間魔法だと思っているが正しいかは不明だ。
正直お世話になっているので私の魔法の事を全部話してもいいのだがなんとなく面倒なのでやめておく。完全に私の気まぐれだ。この選択が後にトラブルになろうとも自分の選んだ道ということで甘んじて受けよう。うん。
「なんなんですかね、私にも分かりません。」
アローザさんは微笑みながら私を見ている。答えない私すらも面白いと本気で思ってそうだ。まぁその内気が向いたら話そうかな。
そのような話をしていると街に着き門をくぐったところでアローザさんとお別れとなる。
「ここまでで大丈夫そうね。ハクちゃんを宿に連れて行きたいだろうし私は行くわね。」
「今日はありがとうございました。」
頭を下げるとアローザさんは手を振って離れていく。
街の外で薬草は回収したが大した量ではないのでアローザさんの言う通り宿に向かうことにする。
適当なところで透過魔法をかけて街中を歩く。
いつもの宿に入り透過魔法を解除してカウンターにいるおばちゃんに話しかける。
「こんにちは、今日は早いのですがは部屋を借りることはできますか?」
「おや、いらっしゃい。うちに来てくれる客なんてそんなにいないから心配しなくても空いてるよ。」
おばちゃんはニコニコしながら対応してくれる。
「では部屋をお願いします。お金はこちらです。」
「はいよ、確かに。部屋はいつものところね。」
鍵を受け取る。
いつものところで分かるほど泊っているのか。なんだかんだで利用しているってことだな。
階段を上りいつもの部屋に入る。
ベッドにハクを降ろすがハクは私の服の裾を放さない。
「大丈夫だよ、一緒の部屋にいるからね。」
私がそう言うとやっと手を放してくれる。
魔力切れで気を失ったのがそんなにショックだったのか?、それとも体に不調が?
私はハクのベッドに座りながら気になったので聞いてみる。
「ハク、気分が悪かったりどこか体が痛かったりするかい?」
ハクは枕に顔を埋めながら首を横に振る。
「お腹がすいたらご飯もあるからね、必要なものがあれば言ってね。」
ハクは頷いたのでしばらくそっとしておこうとするとゆっくりと顔を上げてこちらを向く。そしてのそのそと動いたかと思うと私に抱き着きお腹に顔を埋める。
ホントにどうした?
とりあえず頭を撫でるとハクはぽつぽつと話し始める。
「…魔法を使えて、うれしかったの。これでカルラに喜んでもらえるって。でも、いっぱい魔法を使って、そしたら急に力が抜けて、胸の奥から何かが無くなって、分からなくなって、それで、…怖くなったの。」
そうか、私は魔力切れの経験がないから何とも言えないが経験したことない感覚に不安になったと。うん、よく聞くセリフだが私が言えるのはこれだけだな。
「大丈夫だ。」
何がとは言わない。ハクは賢いので説明すれば理解するだろうが私が説明する知識を持ち合わせていないので何がとは言えない。ごり押す。締まらないがこれが私だ。
ハクの頭を撫でながら頼むから何がと聞かないでくれよと願っていると静かな時間が流れていく。
しばらくするとハクのお腹から”ぐぅ”とかわいい音がする。
「ご飯を食べようか。」
私が聞くとハクは小さく頷く。
ハクが離れないのでアイテムボックス内の食べ物を出す。魚サンド、肉サンド、オークバラ串、汁物はないのでそれだけは作る。角ウサギの骨で出汁を取り小さめに切った野菜を煮込む。塩で味を整えて完成だ。店の味には及ばないが私は美味しいと思うから良しとする。
「ハク、準備できたから食べようか。」
私の言葉にハクは頷き顔だけ私のお腹から離して口を開く。
食べさせるのは構わないがハクの体勢がよくないな。
「座って食べようね。」
ハクを抱えて自分の膝の上に座らせる。口を開くハクに少しずつ食べ物を運ぶと次々に飲み込んでいく。食欲はあるので一先ずは安心かな。
準備した食べ物を全て胃に収めたハクは満足そうな顔をしている。
私は魔法でハクの全身をきれいにして食事は終了にする。
ハクを移動させるのも忍びないので今日は好きなようにさせる。するとハクは私の手をニギニギして遊び始める。
絶対面白くないと思うが考え方は人それぞれなのでまぁいい、今日はそういう気分なのだろう。
ハクをしばらく見ていたが飽きる様子はなさそうだ。せっかくなので魔法で遊ぶか、今日の経験で魔法が嫌いになってはせっかくの自衛手段が台無しだ。…まぁそれならそれでもいいけどね。
私は手のひらに水で小さな狼を作る。毛並みまでは再現できないが温水でぽかぽかにして適度な強度で触っても崩れない作りだ。
水狼を見たハクは少しびっくりしたが恐る恐るといった感じで手を伸ばしてくれる。私は水狼を動かしてハクの手を舐める。ハクは安心したのか水狼を両手で抱えて胸に抱く。
小さな動物を抱く少女、絵になるなぁ。
私はハクが警戒していないのを確認して声をかける。
「ハク、その狼は魔法で作ったんだ。」
ハクが頷いてくれたので優しく話す。
「今日の稽古でアローザさんが言っていた通り魔法は危ないものだ、でもね、こんな風に使い方次第で人を楽しませることもできるんだ。だから怖いのは魔法じゃなくて魔法を使う人っていうことを覚えておいてほしいんだ。」
今度はハクは頷かないが何か考えているようだ。
「それと今日の経験でもう魔法を使いたくないと思ったのならそれでもいいんだ。ハクが新しい事を知れたことが大事だからね。」
ハクは首を大きく横に振り小さな声で話し始める。
「…魔法を使いたくない訳じゃない、お姉さんやカルラが言ってることも、分かる。今日はびっくりしたけど明日から、また頑張る。…だから、」
ハクは一度言葉を区切り水狼をぎゅっとしてから続ける。
「…だから、今日は一緒に寝てほしい。」
ええでええで、朝にはいつもハクがベッドに潜り込んでいるがわざわざ突っ込まない。子どもだし甘えたくなる時もあるよな、大人の私でも時々無性に人に甘えたくなるし。…え、ない?。いやいや、他人に言わないだけであるもんだよ。
1人での問答は置いておいてハクに答える。
「いいよ。他にもしてほしいことがあったら何でも言ってね。」
今日はとことん甘やかしてやろう。一発ギャグでも何でもしてあげようじゃないか。腰の引っ越し!、つってね。
ハクからの追加の要望はないが嬉しそうに水狼をこねくり回している。
今更だがハクと話しながら水狼を動かし続けている。息遣いや尻尾の振り、狼というより犬だがこれがなかなか魔法コントロールの練習になる。魔法範囲内限定だがその内自動で動くようにしよう。…おや、それなら自分の空間でかわいい動物を作ってもふもふのもみくちゃにされるという夢が叶うんじゃないか?。…いや、紛い物で欲望を満たすのは空しいだけだなやめておこう。
その後ハクとのんびりとした時間を過ごしていると日が沈み夜になる。
ハクが私の膝の上でウトウトし始めたのでベッドに寝かせようとすると眠たそうにしながらも私の服を引っ張ってくる。
分かってます、分かっていますとも。
ハクを寝かせ私も隣で横になると安心したようですぐに寝息を立て始める。
私はハクの寝顔を眺めながら今後の事を考える。
ハクは特に問題なく魔法を使えるようになった。練習は必要だが流れは順調だ。愛すべき脳筋の訪問もあったがあれは単独犯だろう、今後はあれ以外のハク狙いを警戒しつつ両親の情報を待つと、待つだけというのは何とももどかしいがいい方法は思いつかないのでギルドや声掛けした人たちを信じるしかないな。あとはセイさんからの連絡待ちとポルカノさんのお店に珍しいものを卸すことだが、まぁこの2つはその時々で対応すればいいか、優先度は高くないな。
あとは…、明日からはアローザさんからの次の連絡が来るまではまた依頼を受けてって感じか。日常パートってやつだな。
…よし、そろそろ寝るか。
私は水狼を収納してから目を瞑り眼球の体操をして眠りにつく。




