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反対派閥

 婚約が決まってから、十日が過ぎた。

 私もお父様と吸血伯爵の間で婚約話が進む間に、レイノール伯爵の反対派閥として聞いていた相手を調べた。


 鍛冶屋のロット。

 肖像絵師のライー。

 修道院長のオルグ。

 服屋のリル。

 

 信頼出来る情報屋を使ったが、名前が挙がった人物は伯爵嫌いで知られる者ばかりらしい。

 ……ただ街に流布されている吸血伯爵の噂もフリック・レイノール自身が仕組んだことだと聞いている。

 噂はどこまで本当なのか、分からない。


「アゾレア名物、葡萄のジェラートはいかがですかー!

 伯爵様のお墨付き、美味しいですよー!」


 そのため私は、再びレイノール伯爵領を訪れていた。

 徒歩で極秘裏の来訪なのだから、潜り込むという表現の方が正しいが……前回の失敗を活かして金髪も赤の瞳も窺い知れぬよう、外套のフードを深々とかぶって鍛冶屋に向かった。

 熱気の溢れる工房だった。

 入口には受付の女性がいるから、彼女へ声をかけた。


「ロットに会いたい。いるか」


「あ、はい。鍛治師指定のご依頼ですね?

 ロットは国王陛下の剣も任されたくらい良い職人なので、受注は本人の気分次第ですが……それでもよろしいでしょうか」


「構わない。呼んでくれ」


「ではお呼びします、少々お待ち下さい」


 お願いすると店内で商品を眺めるうち、年齢が五十くらいに見える禿げ上がった大男が出てきた。

 ……つい身体中に鳥肌が立つ。

 腕を握りしめて睨みつけていたが、相手も同じく私を見下ろして眼光鋭くしている。


「……」


「なんだ、お前が呼んだんだろうが。剣を求めてるって聞いたが、何を切るための剣だ」


「……吸血伯爵を切れる剣だ。作れるか」


 どう反応するのかを見ていたが、周囲は固唾を飲んでいる。

 自分たちの敬愛する伯爵を切りたいと聞こえたのかと受付嬢など他の鍛治師と話し合っているが、目の前のロットは口の端を上げている。


「なら銀で作る。吸血鬼には鉄も鋼も効かねえが、銀だけは効くらしい。

 ただ加工賃と材料費が高くつくぜ。払えるのか」


「金はある。出来れば短剣と合わせてニ本作りたい。刃渡は……」


 本気で吸血伯爵を屠るための注文を伝えると、上客と見たロットが奥の部屋を案内してくれた。

 腰の剣に手を掛けながら雑多に物が積まれた控室に入ったが、木の椅子に先に座ったロットはテーブルに腕を乗せ、私を見ていた。


「随分と伯爵を恨んでいるな。俺も乗ってやるから素直に話せよ、何があった」


「お前がまず話すに足りる同志なのか知りたい。なぜ伯爵を切れる剣を打つ。誰もが敬愛する伯爵様なのだろう」


「俺の理由なんて一つさ。解放のためだ」


 ……解放?


「まさか、誰かを人質に取られているのか」


 フリック・レイノールが私のように攫った人間を集めている可能性は考えてあった。

 吸血鬼は年頃の子女の血を好んで啜ると聞く。

 私は侯爵の娘であったゆえにすぐさま騎士に救われたけれど、ロットの知り合いであれば一般市民……まだ助けられもしていない民が囚われたままなのかもしれない。


「出会ったばかりのお前にこれ以上は話せない。どこで聞かれてるかもわからねえし、お前が伯爵側ではない証拠もないんだ」


 知らぬうちに震えるほどの怒りに腕を握りしめていたが、ロットは薄ら笑いを浮かべている。


「俺の理由は言ったぜ。お前は?」


「私は人攫いの伯爵を屠りたい」


 沈黙が、控室に落ちる。

 ロットが話を促すため首を振るから、明かした方が通りが早いかと口を開いた。


「数年前に起きた侯爵令嬢の誘拐事件の犯人を知っているか。

 レイノール伯爵だ。だから切る」


「……一時期裁判だなんだの騒がしかったが、証拠はなかったんだろう?

 恐怖で錯乱したお嬢様が、助けに行った伯爵を犯人だと勘違いしたって聞いたぜ」


「私は見たんだ。あいつが私を攫った犯人だというところを」


 かぶっていた外套のフードを下ろして見せると、さすがのロットも少しばかり茶色の瞳を見張った。

 つるりとした頭を撫でると、その目が暗く沈んでいる。


「あぁ……お前、新しく奥方に迎えるって言ってた侯爵令嬢か。

 ……そうだな、懐に入って刺せるんだ。適任かもしれねぇ」


「剣の腕は騎士以上だと自負している。油断さえ誘えば屠れる」


 正面から向かい合ったから、今までフリック・レイノールは私の剣を止められた。

 しかし、振り返るなど一つ多めに動作しなくてはいけない状況に追い込めば、勝てるはずだ。


「卑怯な手段で私を貶めたのだから、私も背中から切ってやる」


 あの日燃え始めたドス黒い憎悪の炎は、いつまでも消えない。

 ロットは立ち上がると、棚に置かれた伝票へと何かを記した。


「いいぜ、俺たちの仲間に入れよ。作戦はあっても腕の立つ剣士がいなかったんだ。

 次の会合は五日後の夜九時だ、詳しい話は仲間にも聞かせてやってくれ」


 渡されたのは、伯爵を討伐するための会議を行なっているという組織の場所を記した物だった。

 ……これは、肖像絵師の工房か?

 以前案内された場所と照らし合わせたが、どうやらロットたちは工房の地下で作戦会議とやらをしているらしい。


「銀の剣は打っておく。もし作戦について聞きたいことがあれば、依頼した剣が注文通りか確認に来たついでに話してくれ。

 特注だから様子見に来たと言えば、会って話しても怪しまれない」


「……分かった」


 用紙を受け取ると、あらためてフードを深く被り直し、前金を支払って工房の外へ出た。

 肖像絵師のライーが場所を貸しているのであれば、伯爵本人も言っていた通り敵対者、つまり私の味方たる人物になるだろう。

 ライーとは次に会いたいと思っていたが予定を変更し、まだ未確定な修道院に足を向けた。


 ……道の少し先に手を振っている男がいたから、反対に向き直した。旅人が道を間違えたように見えたはずだ。


「フォーリー、早速アゾレアに来てくれたんだね。よければ一緒にお昼ご飯に行かない?」


 外を遊び歩く侍従がナンパまでしてくるなど、伯爵領はどうなっているんだ。

 無視して観光案内を見ながら逃げているのに、白銀の髪に青の瞳の男が後ろをついてくる。


「ハルカンサス侯爵からも早馬が来たんだ。フォーリーが家を抜け出て東に走るのが目撃されたから、アゾレアに行っていないかって」


「人違いではありませんか。憲兵を呼びますよ」


「かなり心配されていたんだ。俺に見つかったのは不本意かもしれないけど、来ていることは連絡しておくね。

 昼食を一緒にどうかな。無理強いはしないけど、オルグなら今日は巡礼者を迎えていて忙しいから会えないし、リルも夕方じゃないと戻らないって言っていたから、暇つぶしに」


 私が会いたい人物が外出中とは思いもよらなかった。

 修道院長のオルグと服屋のリルは、ともに伯爵に反発している。

 おそらくロットの仲間だが、確信もないし少しだけ話をしておきたかった。


 ……私がフォーリーだと確信しているのに、これ以上しらばっくれても無駄か。

 もはやフリック・レイノールは離れることはないと悟った足が止まってしまう。

 苛立ち紛れに振り返りざまの勢いを活かした短剣を振り抜いたけれど、刺さることはなく指でつままれていた。


「君はマグロが好きだって聞いたんだけど、アゾレアにはニンニクと合わせた絶品料理を出すお店があってね。よかったらどうかな」


「……? 吸血鬼はニンニクが苦手だと聞きましたよ」


「そう。だから俺に効くかどうかも確かめてみない?」


 興味深い提案だ。

 つい沈黙していると、微笑んだフリック・レイノールが腕を差し出した。

 空から舞い降りた一羽の鳩が留まったから目を見張っていると、知らない言葉で何かを伝えてそのまま腕を振り、勢いを活かして羽ばたき去るのを見ている。


「ハルカンサス侯爵にも無事で一緒にいるって伝えてもらったから、行こうか」


「……まさか、動物も呼べるのですか」


「ん? うーん……フォーリーが自分で聞いてくれるなんて、興味がありそうだからまだ秘密にしておこうかな。

 もしかして、動物が好き?」


 行儀が悪いのは分かっていても、舌打ちが漏れたのは仕方がない。

 私の好みなど、憎い相手に誰が教えるものか。

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