街並み
アゾレアの街は広かった。
歩きやすい石畳の道がどこまでも続いているし、休めるベンチや公園などもあるからお年を召した方々がのんびりと散歩している姿も見られる。
商店などにも活気があって、近隣で栽培している青果や鉱山で採掘加工された宝飾品などの買い付けに商人が訪れている姿もあった。
「やあリック、今日は彼女と一緒かい?」
「旅の方を案内しているんだ。ロットの工房を見たいんだって」
「あぁーあそこ、入り口が分かりにくいからな。道案内頑張れよ」
こんな調子でリックは時折知り合いに話しかけられていたけれど、普段通りまた話せる相手だとでも思っているのか、旅人を案内していると断れば会話が伸びることもない。
お気に入りのアイスクリーム店を紹介されると、めざとい店主から試食を二つ渡されたから歩きながら一緒に食べることになったのは参ったけれど、葡萄を使ったジェラートは格別で悪くなかった。
「なるほど、長く生きすぎて暇を持て余しているから、こうして遊び歩いているわけですね」
わざわざハルカンサス侯爵領へ入り、私を攫ったのも遊びの一種だったのだろう。
斜め後ろを歩く私の指摘に、紙でできた器からジェラートを掬った男は、口にしながらうーんと唸っている。
「街遊びは、どちらかというと御用聞きが目的なんだ。
異変があれば情報通の誰かが知っているし、街の雰囲気も普段と同じか、俺も直接見て回ることで感じ取れる。
意見の吸い上げも定期的に行なってはいるけれど、それだと対応が遅くなることもあるから……出来る限りと思って」
「はん、立派な領主の演出ですか。
供血を願っても断って逃げられないよう、先んじて恩を売っているのでしょう。協力者は人間社会で生きるのに必要なはずです」
「……そうかもしれないね。土地も、守るべき人たちを与えられたのも最初は呪縛のためだったけれど、そばにいるのが楽しいから。俺はみんなに協力してほしくて、いい領主を演じようとしているのかもしれない」
淡く青の瞳を細めた銀の髪の吸血鬼は、元々他の国にいたらしい。
たまたま訪れた国の惨状を見かねて、戦乱に巻き込まれた民をフリック・レイノールは救って回った。
話の出来る吸血鬼を引き止めるため王家は土地と爵位を与えて、民を鎖に使って縛りつけたなどと言うのは有名な話だ。
「親しくなった人は百年もせずいなくなってしまうけれど、それでも関わるのは俺自身がやりたいからだ。
……ロットにもよく怒られるんだ。俺は人間と同じことをしなくてもいいのに、人間じゃない奴が人間らしく動くな、気味が悪いって」
どうやら鍛冶屋のロットとは話が合いそうだ。
街の中を案内され、さまざまな反対派閥の場所だけ聞いた私はお父様との集合場所へ向かった。
「ここから先は護衛がいるようだね。よかったらまた遊びにおいで、フォーリー。歓迎するよ」
別に遊んでいたわけではない、証拠集めの一環だ。
文句を言ってやろうと振り返ると、すでにそこに吸血伯爵の姿はなく……夕暮れの赤に染まる街並みだけが広がっていた。
……やはり、私の腕をみくびっていたから一人にしなかったのか。
胸に湧き上がる苛立ちに、憎しみに、絶対にあの男の尻尾を掴んでやると改めて怒りが湧くのを感じながら……お父様と合流した私は、隣接するハルカンサス侯爵領へと戻った。




