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久方ぶりの顔合わせ

 吸血伯爵ことフリック・レイノールの邸宅は花と緑に溢れていた。

 齢千歳を超えているなどとも噂される吸血鬼は長く生きてきたことで、俗な世間とは離れて景色こそ愛でることが楽しみになったらしい。


 嘘だ。

 世間体の良い言葉を並べ立てて、社会と離れていることで無害を装っているだけだと私には分かっている。


「フォーリー、久しいな。君と会うのは五年前の法廷ぶりだと思うが……息災で何よりだ」


 白銀の髪に、青の瞳。

 庭園の東屋に設られた茶会の席で、あの日見たのと同じ顔が穏やかな笑みを浮かべている。


 剣を取り上げられ、数年ぶりに着た侯爵令嬢としてのドレス姿で私は目の前に敵を迎えていた。

 お父様が睨みつけるばかりの娘の無礼を謝っているが、まずは敵の観察に終始する。

 隙だらけに見えるが、斬りかかろうと命を落とすことはない相手だ。……やはり作戦通りにすべきかと所作を確かめ、機を伺った。


 長く伯爵として生きてきた礼服姿の男は落ち着き払い、人の良い父と話し合っている。

 紅茶を口に運んで優雅に味わう姿を見たから、今こそはと目の前に包みを差し出した。


「おや、これは?」


「本日は婚約顔合わせという良き日です。

 伯爵様のために焼き菓子を作りました。紅茶に合うのでどうぞお召し上がりください」


 白く清潔感のある布を開くと、中にはクッキーが入っている。

 吸血伯爵は食生活も普通の人間と同様に送ると調べたからこそ仕込んだ。

 無骨だがなんの変哲もないように見えるクッキーをつまんだ男は、青の瞳を輝かせた。


「まさか、フォーリーが作ってくれたのか」


「手作りです。侍女からひと通り習いましたので、味は保証します。

 お優しい伯爵様は、婚約者の初めての手作りを断りませんよね?」


「もちろんだ。早速いただこう」


 特に甘いものが好きらしい伯爵が手にし、形の良い唇へと運び入れた。

 ……作戦の成功を示すくらい、小気味よいクッキーの咀嚼音が響いている。

 さあ飲み込めと念じながら見ている私の前で、嚥下のため白い喉が確かに動いた。


「これは……美味しいな。何か香草でも入れてあるのだろうか、懐かしい香りがする」


「ティルウッドです」


 お父様が思わず振り返っているが、婚約者を今日で亡くす私は口の端が上がるのが止まらない。


「世界最強の毒草とも名高いティルウッドをわざわざ山から採取し、乾燥させて粉にしたものを使用しています。

 成分が凝縮されている根を刻んだものもアクセントに入れました」


 クッキーは毒を焼き固めたようなものだ。

 剣で切っても突いても伯爵はびくともしないらしい。

 ならば体内から腐らせてやろうと、料理の腕も上げてきた。

 不老不死と呼ばれようと、服毒させられたことはそうそうないはずだ。


「人間の致死量の百五十倍以上を入れています。

 レイノール伯爵は毒にも耐性があるとは知っていますが、世界最大の生物すら命を落とす毒は耐えられないでしょう」


 銀の髪に青の瞳の男も、私を見ながら目を瞬いている。

 勝った。

 とにかく復讐さえ果たせば後は何でもしてやるのだと、毒が効く瞬間を今か今かと待ち侘びた。


 ……しかし残りも口にして味わい、紅茶を飲んだ男は鮮やかに微笑んでいる。


「なるほど、ティルウッドか。出回らないが好物なんだ。噛むほど芳しい香りがする……根まで入れてくれたから、苦味のおかげで甘みが引き立つのも素晴らしい」


 作戦の失敗になど、平気そうに微笑む伯爵ですぐに気づいた。

 歯を噛み締めて睨みつけると、フリック・レイノールはおかしそうに笑い始めた。


「俺は不老不死なせいか、毒でも命は落とせないんだ。

 それでも俺のために摘んでくるのは苦労しただろう、ありがとう」


 ドレスの内側に隠していた短剣を利き腕で握ると、最速で目の前の男に突き立てた。

 復讐の日を夢見ながら毒を幾重にも塗り込み、殺傷力を高めた黒の剣だ。

 しかし……これも胸部に付く寸前、指のみで止められてしまう。

 間髪入れずにもう一本も抜き放つと切り付けたけれど、同じく指に挟まれて睨み合うことになった。


「フォーリー、こちらにも毒を仕込んでいるのか。

 ……誰かが触っては危ないな、無毒化しておこう」


 言葉と同時に、黒の短剣が新品同様の白銀に戻る。

 仕組みは分からないが、どうやら毒が効かないというのは真実らしい。


「君のお父上もこの場にいる。ティルウッドの毒液を塗り込んだなら、人間に誤って擦りでもしたら命を落としてしまう。

 狙うなら俺だけを狙える状況で……」


 びくともしない剣を引き抜くため、靴底で蹴りを入れる。

 しかし、ハイヒールの足は膝に阻まれて止められてしまった。

 骨すら砕いてやろうと鋭い踵に力を込めるけれど、涼しい顔が動くことすらなかった。


 ……今の私では勝てない相手だと悟った。

 父が目を白黒させているのへと微笑んだ伯爵は、何も起きていないかのように涼やかな声を掛けている。


「ハルカンサス侯爵、他の娘はどうかとご相談も頂いていたが、俺はやはりフォーリーをこそ妻にしたい。

 きっと彼女との生活は楽しくなるはずだ」


「私は楽しくなどありません。

 ですがお父様、私も改めて嫁ぐ意思が固まりました。

 この男こそが事件の真犯人だと証拠を集め、前回の判決は誤審であったのだと再び法廷へ差し出し、伯爵家を乗っ取ります」


「フォ、フォーリー、だからレイノール伯爵はお前を助けてくれたのだと、何度言えば良いのか……」


 恰幅の良いお父様が泣きそうになっていたって、私は本気だった。

 余裕ぶっているフリック・レイノールを必ず屠る。


 こうして、私は吸血伯爵の正式な婚約者となった。

 ……つまり日常的に、かつ大々的に犯人を狙うことが出来る立場へ、私はこの日を境に変わったのだった。

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