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侯爵邸へのお誘い

 あれから一度アゾレアの街に向かい、ロットに会った。

 銀の剣は打っているが少々時間が掛かる。しかし短剣だけなら完成は近いらしい。


「お前は会合にも来ねえし、逃げたのかと思ったよ」


「出て欲しいなら早朝にしてくれ。……夜間の会合には出られないが、私なりに計画は進行中だ。何かあれば報告する」


 立場上外出が難しくなったことは理解されたし、受け入れてもらえた。リルからも私がフリック・レイノールと出歩いていたことは情報が入ったらしい。もちろん復讐したいと訴えたこともだ。


「情がうつりすぎて刺せないなんてことはやめてくれよ。……復讐者としてのお前を引き入れたんだ、裏切らせるわけにはいかねえ」


「ないな。情が移っているのなら、銀の剣を求めるものか。いずれ刺すからこその注文だ」


 恋に落としてやった先も、犯行の証拠や命を求めるため。それ以上でもそれ以下でもない。

 工房を後にしたが、次は修道院長のオルグに会おうと小高い場所に聳える修道院に目を向けた。

 街道の先に進むと、笑顔で手を振る伯爵家の侍従を見つける。

 フードを深く被って知らないふりで通り過ぎようとするが……残念なことに声を掛けられた。


「フォーリー、無視されると流石に傷つくな。今日はロットにだけ会いに来たの?」


 いつもの旅装に外套だから、バレないはずもない。

 諦めてフードを外したが、睨みつけても嬉しそうに隣にくるのだからたまったものではなかった。


「なぜ私が来ていると分かるのですか。……いつも目的を一つ果たした頃に現れますよね。次の目的地に向かえないので困っています」


「実は動物が教えてくれるんだ。もう理解してもらえると思うんだけど、小鳥たちがみんな『フォーリーが来てるよ、会いに行かないの』って伝えに来てくれる。今日は会いたかったから来ちゃった」


 来なくていい。

 しかし空を飛ぶ鳥から私は丸見えだろうし、子猫のリックのことで鳩にも便宜を図ってもらった身だ。鳥たちが主人に気になって伝えることに悪気はないのだから、諦めるしかない。

 共に歩いていても、今は理由もあって少々向き合いづらい。

 目標である修道院を目指しながら、沈黙を保つ男のせいでますます居心地悪くなって話しかけた。


「招待状はまた送ります。お父様も張り切ってしまって、日取りを決めるのが難航しているだけですからね。

 ……私がお前を誘いたくないのが理由ではないことだけは、伝えておきます」


 顔も見ずに言い放ったが、会いづらいのは約束が果たせていないことも要因だった。

 手紙にもしたためたが、侯爵令嬢が婚約者の元へ少々遊びに出るのと違い、領内に伯爵本人をお招きすることになるとお父様が張り切っている。

 晩餐会まで計画して準備が始まったから、私も気軽に誘えない状態だ。下手をすれば侯爵としての父に怒られる。


「俺はそんなに大袈裟な人物じゃないって伝えておいて。ハルカンサス侯爵も分かっておいでだと思うけど、あまり派手なことは好きじゃないんだ」


「知っています。ただ滅多に社交界にも姿を現さないレイノール伯爵を招くのだからと、皆が色めきたっているんです。……お前のどこが良いのでしょうね」


「うーん……見たことのない動物に会える、くらいの感覚じゃないかな。

 そう言うフォーリーはどう? 俺の良いところは見つけられた?」


「さあ。仕事はせずにこうして遊び歩くし、私の邪魔ばかりするし、実力を認めず護衛なしでは一人にしようともしない過保護男です。良いところなんて、……動物と話せるくらいです」


 ウサギを見ながら伝えたから、それだけは事実だ。

 動物カフェもフクロウの部屋はまだだし、早く向かいたいのに誘えずにいる。


 ……次のデートは私が誘うと言ったのに、うまくいかない。

 今日だって、本当は会うつもりじゃなかった。伯爵領内に秘密裏に遊びに来ているみたいで、変に後ろめたくて……来ていないフリすらしようと思っていた。

 互いに言葉を慎んで歩いていると、背の高い男が突然立ち止まったのに気づく。


「じゃあ、今日は俺一人で街の様子見に行ってこようかな。

 フォーリーは忙しそうだし、フクロウの偵察も先にしてくるよ。またね」


「フクロウ!? 待ってください、どうして一人で行くんですか」


 私が行きたいことなど分かっているくせに、意地の悪い男だ。

 振り返って呼び止めると、侍従姿のリックは笑顔を浮かべている。


「過保護にしたいわけじゃないんだ。嫌われたくないし、今日はついて行くのを遠慮しておくよ。

 フクロウは安全管理のためにも獰猛な子がいないか、一度見に行こうと考えてただけ。

 それともどうする、一緒に行く?」


「……っ卑怯者め、私が行きたいのを知っているくせに」


「そう。君も知っての通り、俺は卑怯な大人なんだ。

 悔しかったら大人の仲間入りしない? 今日も一緒に遊ぼう、フォーリー。デートに行こうよ」


 修道院長に会う気で来たんだ。

 立派な自制心を持ち合わせている修道院の長が、お前を討ち果たしたい理由を聞きたいんだ。


 なのに、いつも中途半端に目的を果たせないまま道半ばで戻っている。

 侍従の男は明らかにサボりになる場所へ一緒に行こうなんて言うけれど、元から私が食いつくと分かりながら答えを待っている。


「次は自分から誘うと言ってくれたのを、俺も楽しみにしてるから……今日は一回目のデートに、ちょっとだけ思い出を付け足そう。

 あの日の続きだから、カフェも俺に誘わせてよ。ね?」


 悔しい。

 言いくるめられたくなんてないのに……それでもフクロウに会いたい気持ちも強くあって、渋々ついて行くことにした。

 二人で道を歩き始めると、隣から嬉しそうな笑み声が聞こえてくる。

 心折れたことが恥ずかしくなって睨みつけたが、端正な顔立ちの男は今まで向かっていた修道院を示している。


「ちなみにオルグは教皇のところに出張中だよ。帰るのは三日後」


 知っていて教えてくれなかったなんて、こいつはやっぱり意地の悪い男である。




 気を取り直して。

 動物カフェでは改めて、様々な種類のフクロウとの触れ合いや餌やりを満喫した。

 リックは鳥の気持ちも分かるから、いつ翼を広げて飛びかかってくるかも教えてくれる。だから飛行に驚くこともなく、お互いに心地よい時間を過ごせたと感じた。

 可愛いフクロウに野生的なフクロウ、大きい子も小さい子もいて、それぞれの特徴を飼育員から説明してもらえるからますます楽しい。リックの周りは話が通じるからか、特に賑わっていた。


「リック。お前はどうやって動物の気持ちを知っているのですか。羨ましい……私にも出来ませんか」


「うーん、俺は遥か昔の言葉を使ってるんだ。でもフォーリーが習得するのはかなり難しいかもしれない」


「なぜですか、やってみなければ分かりませんよ。言葉くらい覚えて見せます」


「それがね、実はフォーリーとこうして話すように鳥とも共通の言語があって、まず相手の言葉を聞くことが重要なんだ。

 毎日鳥の声を聞いて、それが言葉に聞こえるよう耳を鍛えるにも時間がかかるから、百年程度じゃ育ちきらない。……残念だけど、こればかりはどうしようもないかな」


 悔しい。子猫のリックの言葉も分かりたかったのに、人間では一つも習得出来ないと宣言されてしまった。

 お昼は憎い侍従と一緒に食事を囲んだが、昼過ぎにアゾレアの街を出発する約束を彼も分かっている。

 だから馬車まで送り届けられてしまって、やっぱり過保護に扱われることには眉間に皺を寄せてしまった。


「お前は私を侮っているようですね。言っておきますが、私は強いんです。もう一人にして大丈夫です、仕事に戻ってください」


「信じてるよ。だけどこうして送っていけるのも、婚約中の特権かなって。

 結婚したら毎日同じ場所で暮らすし、俺は基本的に領内から出ない。君を馬車に乗せて送り出す機会もほとんどないだろうから、今を楽しもうよ」


 む。

 卑怯な大人にまた丸め込まれてしまいそうなのが悔しいが、今の方が珍しいのだと論理をすり替えられては敵わない。


「またね、フォーリー。次は君に案内してもらえる日を楽しみにしているよ」


 馬車まで送り届けられたことで少々『口づけおねだり疑惑』を招いたことまで思い出してしまったが、今回こそ一分の隙もないくらい丁寧に礼をして乗り込んだ。

 ……馬が進み始めると、つれなくしすぎているのも気になってこっそり窓から顔を出してみる。

 去り出しても手を振っている男がいるから指先だけ振ってみたが、恥ずかしくなって隠れた。


 ああくそ、私は何をやっているんだ。


 侯爵領にも無事に帰りつき、その後数日かけてお父様も予定がついて……ハルカンサス侯爵家としてレイノール伯爵をお招きする日も無事に決まった。

 ただし。


「お父様。私は二人で遊びに行く予定でお誘いしたのですよ。婚約披露がしたいわけではないのです」


「フォーリー、わがままを言わないでおくれ。初めてお招きする以上、仕方ないだろう。

 貴族家同士には礼儀というものがある。レイノール伯爵もご存じだから良いお返事をもらえている」


 婚約披露の宴席が長く組み込まれていて、遊びに出る隙など無かった。

 昼は近隣の親族や仲の良い家を招いての宴、夜は少し縁遠くても政治的に関わりを持ちたい家などとの宴だ。

 ……本人も言っていた通り、なかなか見ないフリック・レイノールを一眼見たいがための場になっている。

 仕方ないと思える内容ではなくて、抗議は続けたし部屋にも引きこもって抵抗の意思も示したけれど、無情にも日は進んでいく。


「姉様の婚約者、どんな方かしら。私たちも楽しみにしているのよ」


「吸血鬼ですって。うら若き乙女の血を啜る、イケメン伯爵……いいわね、今度のファッションショーに使おうかしら」


 無邪気な妹たちと、白猫のリックが私を癒してくれる。

 ついにやってきた訪問の日。……伯爵として誰にも立派に対応する男のそばに控え、やがて夫婦となる者としてお披露目を続けるのが私の役目だった。

 我が国で貴族の結婚とは、見栄と政治を意味する。伯爵領から出るのは珍しい男が侯爵家にいることこそがステータスだ。私だって役割くらい分かっているから、文句も言わずに静々と付き従った。


「姉様、吸血鬼って若い……綺麗な顔立ちって聞いてたけど、本当だったのね。

 あの人は本当に八百年も生きてるの? ヨボヨボのお爺さんの替え玉じゃないの?」


「しーっ、聞こえるわよ。

 でも、白銀と青……金と赤……なるほど、身長差が……フォーリー姉様、今度のお出かけの衣装はもちろん私に任せてくれるわよね?」


 興奮した家族に賑やかに祝福してもらえることは嬉しくて、それだけは良かったと思う。

 夜はますますお披露目色が強くなって、苦手な相手も多くなる。

 静々と従っていたけれど、立場が上の貴族は少々言動が嫌味っぽくなる。うん。偉いから仕方ない。

 気にせず置物として流していたけれど、話す相手が変わって、グラスワインを口にする大人の男が微笑んだ。


「フォーリー、そろそろ夜も遅くなってきた。君も妹君たちと一緒に部屋に戻っておいで」


「いえ、私もそばに控えております。婚約披露の宴でいなくなるわけには参りません」


「うーん……やっぱりだめ。体調が悪くなったことにして良いから、逃げて。

 そろそろお酒の量も増えてきたし、口さがないのが来るよ。……俺も君に聞かせたくないんだ。あと少しくらい、君がいなくても大丈夫だから。ね?」


 こっそりした話口調には、いつものリックが垣間見える。

 今日は一日中伯爵としての姿だったから、無性に胸の中が掻きむしられた気分になる。

 それでも本気で案じてくれるのも感じられたから、お父様にも気分が悪くなったことを伝えた。

 私の体調が夜間は特に優れなくなることも分かっているから、妹たちと共に部屋へ戻してもらえて……白猫のリックがみいみいと鳴きながらそばに来てくれたから拾い上げたけれど、しばらく撫でて癒してもらった。


 疲れた。

 白い毛並みの子猫も寂しさが落ち着いたのかベッドの上でのんびりし始めたから、ドレスを脱いで動きやすい旅装に着替えると、腰に剣を佩き、窓の外を見て誰もいないことを確認してから飛び降りる。

 部屋の裏手はいつも武技の練習をしているが、今日は警備も厳しいし、篝火がそこかしこに焚かれているから明るい。

 ……冴えない気分も吹き飛ばしたくて、ひたすら剣の型をなぞり、基礎練習を重ねた。

 汗をかくほど、すっきりと気持ちが晴れていく。

 外が賑やかになったと思えばお見送りの声だと気付き、私も十分動いたからそろそろ戻るかと剣を腰に直すと、小さく拍手が聞こえた。


「……まさか見ていたのですか。悪趣味な。お見送りはどうしたんです」


「俺も休憩。爵位は伯爵位だけど、八百年以上同じ土地に生きてるからね。疲れたって伝えてお開きにしてもらったよ」


 国王陛下が望んで国に縛り付けている男だ。社交界に顔も見せない伯爵だと愚かに扱えば、陛下から苦言を呈されるだろう。時には大公以上の立場にもなるのが、この伯爵だ。


「酔っ払っていますか」


「ううん。フォーリーと遊びたくて来たから、無毒化してる。……っと」


 話の合間に腰に穿いていた剣を抜き放つと、目の前の男を薙ぎ払おうとした。

 当たることなく、避けられる。

 次は袈裟懸けに襲いかかったが、予想通り後ろに避けたから瞬時に突いた。

 素手で弾かれる。

 私も踵を入れてやろうと回る。剣技と体術で、次々と攻撃を加速させる。

 相手は腰の剣を抜かないが、抜く気にさせてやろうと、腰だめに見せた大振りで接近した。

 振りかぶった私の剣を掴んで止めた男に、すぐさまもう片手で隠し持っていた短剣を突き出した。

 止められる。

 両手とも止められ、睨みつけると余裕の伯爵が楽しそうに微笑んでいた。


「本当だ、強いね。俺じゃなかったら今のは確実に入ってた」


「当たらなければ、意味がないんです。……あなたが強いのは分かりましたから、離してください」


 戦意も失せた。剣と短剣の二刀で立ち向かう術を磨いてきたが、まだ私では倒せないらしい。

 悔しいけれど体を十分に動かして気も晴れたから、離してもらった剣を腰に収める。

 少しずつ喧騒が失せていく中で今日一日伯爵として活躍していた男を見たが、実剣で襲いかかったのは分かっているだろうになぜか嬉しそうだ。


「ようやくフォーリーに会えた気がする」


「……私だって同じ気分ですよ」


 今日は二回目のデートのはずだった。

 招いたのは私なのに、何もかもうまくいかなかった。


「……一つだけ、謝罪を」


「謝罪?」


「……見せ物にしたかったわけではないんです。招いてしまってすみませんでした」


 ただの面倒ごとに巻き込んだだけになった招待を、私だって恥じている。

 大人の男は何も気にせぬように立っているが、彼が私を婚約披露の場から逃した通り、口さがない者も多くいて……快い気持ちになる宴ではなかった。

 彼が領内から出てこないのは、人間の貴族と関わったところで意味がないと分かっているからだ。

 なのに……珍しい吸血鬼を引き出して見せ物にしてしまったのは、招待するなんて軽々しく約束した私のせいだと、反省くらいしている。


「フォーリー」


 情けないのに、普段通りの彼を前にしただけで……閉じ込めてきたモヤモヤも、悲しくて消化しきれなかった気持ちも全部溢れてくる。


「言っておきますが、うちの領内にだって良いお店はたくさんあるんですよ。

 美味しい食事に、最近出来た舞台劇場。カフェはどこが好みなのかも考えました。

 あなたは甘いものも好きみたいだし、チョコレートが自慢のお店がいいはずだって……考えていたんです」


 喋るだけで、声が震える。

 子供みたいに甘えて駄々をこねていると分かっていたって、閉じ込めてきたモヤモヤも、悲しくて情けない気持ちも全部溢れてくる。


「もちろん、夕食くらいはうちに招こうかとは思っていました。

 家族も会ってみたいと言っていたし、少しくらいならあなたにも付き合ってもらえるかもしれないと、思って」


 たくさん考えたって、結局、相手は『伯爵』で。

 私だって侍従のリックと同じように楽しい思い出にしてやりたかっただけなのに、自分でなんとか出来るようなことにはならなかった。


 目の前が滲むのなんて見せたくないから、俯いて隠す。……泣いたってどうにもならないのに、目の前にいるのは憎い男のはずなのに、甘えている。

 早く悲しい気持ちを追い出したくて目を瞑ると、雫が落ちるのも悔しかった。


「……実はね。俺も二回目のデート楽しみにしてた」


 木々をざわめかせる風が吹く。

 諦めの声に顔をますます上げられなくなって、胸が変に痛んだ。

 口を開けば悔しさが溢れてしまいそうで言葉を慎んでいると、近づく足音が聞こえて、目の前にしゃがみ込んだ男がいた。


「というわけで、今から君のお部屋に招いて?」


 白銀の髪を風に揺らし、星を映した青の瞳でフリック・レイノールは私を見上げてくる。


「大人は仕事が終わった夜からでも会うものだよ。俺も伯爵としての仕事は終えた。

 別に今日帰るなんて一言も言ってないから、のんびり戻っても良い。なんなら予定変更だって鳩に伝えてもらうよ。今からだってデートは遅くない」


「……ばかなことを言わないでください。貴族子女が男性を夜間に招くことなど許されるはずがないでしょう」


「だからこっそり行きたいな。秘密でフォーリーがお部屋に招いてくれたなんて、最高のデートじゃない?」


 夜からなんて、考えたこともなかった。

 目元を微笑む男に示されたから拭ったが、自室は侍女が整えてくれている。見せて恥ずかしいわけではない。

 ……でも、良いことではない気がする。婚約者は、婚約者だ。身内ではない。


「ふしだらな行いです。出来ません」


「だめ? そっか……子猫のリックにも久しぶりに会いたいし、フォーリーの部屋が見てみたかったな。

 俺は父親がわりになるのを宣言してるし、誠実なつもりだったんだけど……仕方ない、諦めるよ」


 そうだ、恋させるのが目的の相手は、まだ将来の父親がわりのつもりでいる。

 私に何があったのかを知っているからこそ触れもしないし、今だって別れの言葉を口にして帰ってしまうかもしれない。

 顔を上げれば、私の部屋のバルコニーは間近くにある。内緒で招くことだって、出来ないことはない。


「それじゃ、心配されてるだろうし。またね」


「待ってください。……あそこまで飛べますか。無理だったら諦めます」


「バルコニー? これくらいの高さなら飛べるけど……あ、もしかして警備員室に招かれちゃう?」


「違います、私の部屋です。……少しだけお招きしますから、来てください。

 言っておきますが、何も面白いものなんてありませんよ。可愛いリックがいるだけです。私から誘ったわけではありませんから、がっかりしないでくださいね」


「いいの? ありがとうフォーリー。お部屋デート、楽しみにしてるね」


 私は内緒で招いてやるとしか言っていない。

 ……なのに嬉しそうな顔をするから、私も急いで部屋へ駆け戻ることになった。

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