デートのお誘い
昼食も一緒にしたいと伝えていたが、今日は街に降りることを提案された。
「伯爵邸の中にお招きいただいたことがありませんね」
見取り図はロットが持っていたが、あれも古い設計図や侍従の証言から起こしたものらしい。
場合によっては、私も邸宅内を駆け回って伯爵の命を狙うことになるかも知れない。
一度は実際の内部を確かめてみたかったが、伯爵自身が招くと言わない限りは住居不法侵入になるため、割り込むわけにはいかなかった。
「え。公の場所じゃなく、邸宅内なんて場所に招かれたらそれこそ嫌がると思ってたんだけど……入りたいの?」
……まあ、そう改めて現実を突きつけられると、確かに今は嫌かも知れない。
婚約者の邸宅内に招かれるなど、男の家に無防備に入るのと同じことだ。
服屋の父親は伯爵邸内に閉じ込められている様子だし、一度狙われた私が敷地内に入って何があるのか分からないと思えば、今日は一人なのだから警戒心が先に立ってしまう。
「婚姻に向けての話が本格化して、控え室として使う場所を見ておかないといけない時期になってからでいいと思ってるよ。
その時は侍女も一緒に来るだろうし、君一人の今日は無理せずおすすめのお店に行こう」
……今はまだ、単身で敵地に乗り込むには早いか。
納得して頷くと、馬車は伯爵邸に停めさせてもらい、いつもの店で服を変えてから街に出た。
お昼ご飯は賑わうオープンカフェのパスタにしたけれど、領内で豊富に取れるらしいトマトがふんだんに使われていて赤が目につく。
……そもそもフリック・レイノールはいつ血を吸うのだろう。
吸血鬼だと言われているが、私はこの男が血を吸う姿を見たことがないし、お父様も知らないそぶりだった。
もしや私が攫われた時、前後の記憶が失われている間に吸われたのだろうか。
一体何のために血が必要なのかも調べたところで伝承程度しか出てこなかったし、気になっていたから上品に付け合わせのサラダを口にする男を見つめた。
「吸血伯爵は、いつ血を吸うんですか」
「ん? 内緒。少なくとも普段はしないよ」
「つまり邸宅内に捕えている人間から、夜な夜な吸うのですね。
地下に秘密の牢があって、捕えている人間がいるのでしょう」
吸血鬼の好む血はうら若き女性の印象が強いが、服屋の父親が代わりに捕まっているのだとすれば、こいつは男性でも良いのだろう。
……実は夜だけ人格が変わるのか?
他国の伝記にある狼男など、神秘の力には月の有無が関係しているなどよくある話だ。
……いや、待てよ。
しかし先日は月のある夜中に会ってリックを探してもらったが、恐ろしいそぶりは一つとしてなかった。夜が契機ではないのか。
考え込んでいる私の前で、フリック・レイノールは顰めっ面をしている。
「フォーリーの想像が怖いね……俺ってそんなに悪者に見えてる?」
「私を捕えて酷い目に遭わせておいて、今更聖人ぶるのですか」
吸血伯爵がことを起こさなければ、私は普通の侯爵令嬢として生活していたはずだ。
剣も握らず、平穏に生きて誰かの元へ嫁いでいた。
私の指摘に白銀の髪の男は少しだけ息を呑むと、悲しげに瞼を閉じて首を横に振った。
「……邸宅内に捕えた人なんていないよ。地下の部屋も、ワイン保管庫だとか一定の温度と湿度が必要なものを置いているだけだからね」
見取り図も同様の内容になっていたし、隠し通路などもなさそうだった。
証拠を握るためにもやはり邸内に侵入する方が良いかと考えながら食事を終えたが……美味しいパスタを食べ終えて店を出れば、今日の用件は終わってしまう。
約束の刻限を守らせるため寄り道させず、馬車に乗るまで見送る算段なのは、伯爵邸までの道を示す男を見れば分かる。
「さ、明るいうちに帰ろうか」
先導する男と共に歩きながら、街に目を向ける。
今までに案内された以外にも賑わう店は多くあり、中には動物と触れ合えるカフェなるものまであった。
「……次は早めに来ます。デートに行きませんか」
少しくらいは勇気を出して話しかけると、背の高い男が振り返ったのが目に入る。
動揺したのか口をつぐんでいるのを見ながら、憎い男相手だから誘っているのだと、変な恥ずかしさを押し殺して向き合った。
「あなたが人間に恋をすることは分かりました。
恋した相手になら命を捧げても良いと考える可能性が高いとも聞きましたから……結婚までに日もあるので。試しても良いかと思ったんです」
私の役目は油断を誘ってフリック・レイノールを丸腰にすること。
また、背中を向けて簡単に切りかかれる状況を作ることだ。恋心を向けさせるのは作戦の一環としても良い。
今だって混乱と動揺に青の瞳を瞬いている背の高い男を見上げれば、効果があることなども分かる。
「リックを助けていただいたお礼に、遊びに行くくらいは付き合ってみる気になったんです。
あの動物カフェにも、一人ではなく二人の方が入りやすいですからね」
目的のために手段は選ばない。それだけだ。
天を仰いだ侍従姿のリックも懸命に考えていたが、深く頷いて私を示した。
「分かった。恋をすれば本気で俺が刺されると思ってる?」
「もちろんです。是非とも最後は私の望み通り、リックは子猫のリックだけにしてください」
「うーん……君が少しでもアゾレアでの生活に前向きになるのは良いことかな。
分かったよ。まずはハルカンサス侯爵に許可を得よう。俺からも招待状を送る」
受け入れてもらえたのは確かだが、変にくすぐったい気持ちになるのはなんなんだ。自分から誘ったせいか。
感情が胸の中でごちゃ混ぜになるから、大きく息を吐くといつもの私らしくそっぽを向いて見せた。
「二つ返事で受け入れるとは、暇人ですね。
いつも返事が早いですが、仕事をする者は簡単に時間を取れないはずですよ。伯爵様のお仕事は良いのですか」
「君に領内を案内するのも俺の役目だからね。遊ぶのも立派なお仕事だよ。
……憎しみにばかり囚われるのも辛いだろうし、少しずつフォーリーの心に整理がつくのなら、俺もその方が良いと思ってる」
「? 何か言いましたか」
「なんでもないよ。そうだ、動物カフェはウサギとフクロウがいるけど、一回につき片方しか入れないんだ。入るならどっちがいい?」
どちらも好きなのに、難問すぎる。
伯爵邸へ戻る道すがらも話したが、フリック・レイノールはどこまでも朗らかだった。
……やはり二面性を窺わせる場面は出てこない。
廃工場で自分が犯人だと宣言して笑った、私を害した残忍な男にはどうして変化するのだろう。
お父様との約束通り昼過ぎには馬車を出して夕方には侯爵邸へ到着したが、部屋に戻って白猫のリックを撫でながらも気になって……剣の練習時間になっても、彼が変質する条件が頭を離れなかった。




