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午前二時の終点 中編 ──発車します──

 最終列車は、何事もなく夜の羽白線を走っていた。


 車内には仕事帰りらしい男性や、イヤホンをつけた若い女性、窓際で眠そうにしている老人の姿がある。頭上の照明は明るく、規則正しい車輪の音が床から伝わってきていた。


 金目は千鶴と並んで座り、膝の上に鞄を置いている。


 まだ怪異へ入ったとは限らない。


 だからカメラも出していた。


 廃止予定区間を走る最後の終電。その車内風景も、今回の記事に必要な写真だった。


「この時間でも、結構乗ってる人いるんですね」


「最後だから乗りに来た人もいるんじゃない?」


「ありそう」


 金目は何枚か撮影してから、液晶画面を確認する。


 普通だった。


 車内。


 吊革。


 座席。


 人。


 何もおかしなものは写っていない。


「このまま普通に白舟で着いてくれないかなぁ」


「まだ言ってる」


「最後まで希望は持っていいでしょう」


 千鶴が少し笑った。


 金目も笑い返す。


 ただ、白舟が近づくにつれて、笑顔は自然と少なくなっていった。


 スマートフォンを確認する。


 午前一時二十七分。


 もう事前調査で見つけた怪異発生例の時刻帯へ入っている。


「つるちゃん」


 金目が呼んだ。


 千鶴もそれだけで意味を理解した。


「うん」


 ここから本名は禁止。


 かなちゃん。


 つるちゃん。


 事前に決めた呼び方へ切り替える。


 金目はカメラの電源を切った。


「もう撮りません」


「うん」


 レンズキャップを閉じ、鞄へしまう。


 ここから先。


 記録より帰ること。


 それだけを優先する。


     ◇


 最初の違和感は音だった。


 金目が顔を上げる。


「……」


 さっきまで聞こえていた、列車の走行音。


 完全に消えたわけではない。


 でも妙に遠い。


 床から伝わってくる振動はある。


 なのに、レールを走っているはずの音だけが、何枚もの壁を隔てた向こう側で鳴っているように聞こえる。


 金目は口を開きかけやめた。


 千鶴を見る。


 千鶴も気づいている。


 二人とも黙ったまま、ゆっくり車内を確認する。


 先ほどまで向かい側にいた男性。


 いない。


 イヤホンの女性。


 いない。


 老人。


 いない。


 誰かが降りた記憶は。


 ない。


 扉が開いた記憶も。


 ない。


 ただ。


 気づいた時には。


 車内にいる乗客が。


 金目と千鶴だけになっていた。


 頭上。


 車内表示。


『次は──』


 一度。


 文字がちらつく。


『白』


 消える。


 もう一度。


『──』


 何も表示されなくなった。


「……」


 金目は無意識に千鶴の手を探した。


 千鶴の指が触れる。


 そのまま。


 二人の指を絡めた。


 恋人つなぎ。


 昨夜決めた安全策。


 今は恥ずかしいなどと思う余裕はなかった。


 スマートフォン。


 午前一時三十一分。


 金目は画面を千鶴へ見せる。


 千鶴が頷く。


 そして窓の外。


 見ない。


 ただ正面を向く。


 列車が。


 僅かに減速する。


 金目は思わず期待した。


 白舟。


 通常終点。


 ここで止まれば。


 何も起きなかったことになる。


 しかし。


 ホームの灯りらしいものが、視界の端を流れた。


 列車は止まらない。


 速度を落としたまま。


 その場所を。


 通り過ぎていく。


「……」


 金目の指に力が入る。


 千鶴も握り返す。


 白舟を。


 通過した。


 もう。


 間違いない。


 入った。


     ◇


 前方から。


 闇が近づいてくる。


 トンネル。


 車内灯が僅かに揺れた。


 列車はそのまま長いトンネルへ入る。


 窓。


 真っ黒。


 金目は正面だけを見る。


 トンネルを抜けるまで何分かかったのか。


 分からない。


 時計を見ればいい。


 でも。


 今は。


 何度も見る必要はない。


 体感時間を信用するな。


 調べた。


 覚えている。


 金目は千鶴の手だけを感じていた。


 冷たい。


 いつもの。


 千鶴の手。


 ちゃんと。


 ここにいる。


 その感触があるだけで。


 まだ。


 大丈夫だった。


     ◇


 列車が減速した。


 ブレーキ音。


 不自然なほど。


 小さい。


 やがて。


 止まる。


 扉が開いた。


 金目はすぐには動かなかった。


 前編で調べた通り。


 知らない駅へ着いた後、車内に残り続けるのも危険。


 降りる。


 でも。


 何を見るかは最低限。


 まず。


 床。


 ホーム。


 ある。


 扉の向こう。


 ホームの縁。


 白い線。


 古いコンクリート。


 金目は千鶴を見る。


 千鶴も頷いた。


 二人。


 手をつないだまま。


 列車から降りる。


     ◇


 ホームは。


 小さかった。


 一面だけのホーム。


 古い屋根。


 小さな待合室。


 その隣に改札。


 さらに奥に。


 駅員室。


 昨日。


 ネット上の記録で読んだ通りの構造。


 金目は壁時計だけを確認した。


 午前一時四十三分。


 まだ。


 二時前。


 そして。


 駅員室。


 人。


 いる。


 濃紺の。


 古い制服。


 帽子。


 男性のように見える。


 こちらへ。


 顔を向けている。


 金目は。


 顔を見なかった。


 視線を胸元より上へ上げない。


 聞こえた。


「切符を見せてください」


 普通の声だった。


 だからこそ。


 怖かった。


 古い駅。


 終電。


 駅員。


 切符確認。


 何も知らなければ。


 普通に。


 出してしまう。


「……」


 金目は反応しない。


 千鶴も。


 そのまま。


 二人で。


 待合室へ向かう。


「切符を見せてください」


 同じ声。


 少し。


 近い。


 金目は歩く。


 急ぎすぎない。


 走らない。


 転ぶのも怖い。


「切符を見せてください」


 三度目。


 今度は。


 明らかに。


 背後に近い。


 待合室。


 もう少し。


「切符を」


 扉。


 開く。


 二人で入る。


 閉める。


 金目は。


 すぐに鍵を探そうとした。


 やめた。


 調べた中に。


 鍵をかけろとはなかった。


 余計なことをしない。


 向かい合う。


 座る。


 手を握る。


 それだけ。


     ◇


 待合室。


 古い木製のベンチ。


 壁。


 掲示物。


 時刻表。


 ポスター。


 全部。


 見ない。


 金目は千鶴だけを見る。


 視線を。


 そこから。


 動かさない。


 千鶴も同じ。


 二人の間。


 絡めた指。


 それだけ。


 外。


 足音。


 コツ。


 コツ。


 駅員。


 だろうか。


 扉の前。


 止まる。


「切符を見せてください」


 金目の肩が僅かに跳ねた。


 千鶴の親指が。


 金目の手を。


 ゆっくり撫でる。


 大丈夫。


 声にはしない。


 それだけで。


 伝わった。


「切符を見せてください」


 同じ。


 声。


「切符を見せてください」


 同じ。


 高さ。


 同じ。


 速さ。


 まるで録音。


 でも。


 少しずつ。


 扉の向こうからではなく。


 耳の近くへ。


 寄ってきているように感じる。


 金目は。


 千鶴の顔を見る。


 見ろ。


 ここだけ。


 それ以外は。


 見るな。


     ◇


 壁。


 視界の端。


 何か。


 動いた。


 金目は目を向けない。


 紙。


 掲示物。


 昨日。


『壁の紙を読むな』


 と書かれていた。


 だから。


 読まない。


 でも。


 文字が。


 視界の端へ。


 入り込む。


『白――』


 目を閉じる。


 それも。


 駄目かもしれない。


 すぐ開ける。


 千鶴。


 いる。


 手。


 ある。


 金目は。


 一度。


 深く。


 息を吸った。


 その時。


 外から。


「かなちゃん?」


 声。


 金目の背中が固まる。


 千鶴の声。


 完璧。


 でも。


 千鶴は。


 目の前にいる。


 口を閉じている。


「かなちゃん」


 外。


「こっち」


「もう大丈夫」


 千鶴。


 目の前。


 金目の手。


 強く握る。


 金目も。


 握り返した。


 返事をしない。


「かなちゃん」


 外の千鶴。


「早く」


 一拍。


「帰ろう」


 金目の喉が。


 僅かに動いた。


 帰ろう。


 その言葉。


 嫌だ。


 使わないでほしい。


 二人で帰る。


 そのために来た。


 それを使わないで。


 金目は怖くて泣きそうになった。


 千鶴が目の前で。


 小さく首を横へ振った。


 分かってる。


 偽物。


 無視。


     ◇


 どれくらい。


 待ったのか。


 分からない。


 時計。


 見ない。


 体感。


 信じない。


 外の声は。


 いつの間にか。


 消えていた。


 代わりに。


 遠く。


 線路の方。


 金属を。


 叩くような。


 音。


 そして。


 ──カァン──


 ベル。


 二人の目が合う。


 一度目。


 動かない。


 金目は心の中で。


 強く言う。


 一回目。


 一回目。


 まだ。


 出ない。


 手。


 握る。


 そのまま。


     ◇


「かなちゃん」


 外。


 今度は。


 千鶴ではない。


 金鶴。


「かなちゃん」


 家で待っている。


 金鶴の声。


『帰ってきて』


 金目の胸が。


 痛い。


 金鶴。


 絶対帰ってきてね。


 今朝言われた。


 この声も。


 それを使っている。


 写真の少女。


『かなめ。』


 違う。


 全部。


 違う。


 家にいる。


 ここには。


 いない。


 金目は千鶴の手を見る。


 それ以外。


 信じない。


『かなめ』


 母親の声。


「……」


 次。


 知らない。


 男性。


 次。


 編集者。


『草壁さん』


『取材ですよ』


『写真を撮らなくていいんですか』


 金目の指が。


 僅かに動いた。


 カメラ。


 仕事。


 撮る。


 残す。


 でも。


 出さない。


 今は。


 ライターではない。


 カメラマンでもない。


 ただ。


 帰る人間。


 それだけ。


     ◇


 時間。


 長い。


 一分か。


 三十分か。


 分からない。


 待つ。


 ただ。


 待つ。


 外から。


 誰か。


 扉を。


 軽く叩く。


 コン。


 コン。


 金目の記憶が。


 一瞬。


 水月荘へ。


 飛ぶ。


 二度ノック。


 返事。


 するな。


 あの夜。


 同じ。


「……」


 声には。


 しない。


 でも。


 金目は。


 ほんの僅か。


 笑いそうになった。


 またこれ。


 何で私。


 こんな目。


 何回。


 遭うんだろう。


 でも。


 水月荘でも。


 帰った。


 SIDE Bとも。


 写真の少女とも。


 夕凪学園からも。


 帰った。


 今回も。


 帰る。


 それだけ。


     ◇


 ──カァン──


 二度目。


 金目の目が。


 少し大きくなる。


 千鶴。


 頷く。


 金目も。


 ゆっくり。


 頷いた。


 二人。


 立つ。


 手。


 離さない。


 扉へ。


 向かう。


 開ける。


     ◇


 ホーム。


 列車。


 いる。


 ちゃんと。


 線路の上。


 止まっている。


 扉。


 全て。


 開いている。


 金目は。


 それ以上。


 見ない。


 行先。


 見ない。


 時刻表。


 見ない。


 駅名。


 見ない。


 時計。


 見ない。


「切符を見せてください」


 駅員。


 いる。


 近い。


 二人へ。


 向かってくる。


「切符を見せてください」


 無視。


「お名前をお願いします」


 金目の。


 足。


 止まりそうになる。


 名前。


 言わない。


「お名前をお願いします」


 千鶴。


 手。


 握る。


 二人。


 列車へ。


 進む。


「お名前をお願いします」


 声が。


 すぐ後ろ。


 金目は。


 絶対に。


 振り返らなかった。


 開いている扉。


 入る。


 千鶴も。


 入る。


 扉。


 閉じる。


     ◇


 車内。


 空いている。


 二人で。


 並んで座る。


 手。


 つないだまま。


 金目は膝。


 見る。


 千鶴も。


 前。


 見る。


「……」


 ここから。


 人形。


 何も。


 反応しない。


 何も。


 判断しない。


 何が聞こえても。


 全部。


 偽物。


 朝まで。


 待つ。


 それだけ。


 列車。


 動き出す。


     ◇


 小さな音。


 チン。


 ベル。


 金目の肩が。


 僅かに。


 動く。


 でも。


 顔は。


 動かさない。


 帰りの列車では。


 ベルは。


 もう鳴らない。


 調べた。


 だから。


 偽物。


 チン。


 もう一度。


 無視。


     ◇


『次は――』


 車内放送。


 ざらついている。


『白舟』


 金目の心臓が。


 強く。


 鳴った。


『次は白舟』


 帰れる。


 その言葉。


 でも。


 降りない。


『お出口は左側です』


 普通。


 普通すぎる。


『白舟です』


 金目は。


 膝を見る。


 窓。


 見ない。


 扉。


 見ない。


『お忘れ物のないよう』


 知らない。


 信じない。


『白舟です』


 列車。


 減速。


 止まる。


 扉。


 開く。


 外。


 朝ではない。


 だから。


 動かない。


 誰か。


 ホームから。


 乗ってくる。


 足音。


 一人。


 二人。


 もっと。


 金目は。


 見ない。


 隣。


 千鶴。


 手。


 ある。


 それだけ。


     ◇


 扉。


 閉じる。


 列車。


 動く。


 少しして。


 向かい側。


 座席。


 軋む。


 誰か。


 座った。


 金目は見ない。


 息。


 聞こえる。


 ゆっくり。


 湿った。


 呼吸。


 真正面。


 近い。


 金目は。


 目線。


 膝。


 固定。


「かなちゃん」


 真正面。


 千鶴の声。


 でも。


 千鶴は。


 隣。


 手。


 つながっている。


「かなちゃん」


 真正面。


「私」


 一拍。


「こっちだよ」


 金目は。


 手を。


 強く握った。


 隣。


 千鶴。


 握り返す。


 見ない。


     ◇


「かなちゃん」


 今度。


 隣から。


 聞こえた。


 金目の心臓。


 跳ねる。


 千鶴?


 でも。


 事前に決めた。


 声だけは。


 信用しない。


 顔。


 見る?


 隣。


 視界。


 入る。


 でも。


 怪異が。


 似せるかもしれない。


 手。


 ある。


 指。


 絡んでいる。


 いつから?


 最初から?


 自分は。


 本当に。


 二人で来た?


 ──。


 金目の思考が。


 一瞬。


 空白になる。


 誰と来た?


 隣。


 誰?


 名前。


 言うな。


 本名。


 何だっけ。


「……」


 怖い。


 金目の呼吸。


 早くなる。


 手。


 その手を。


 千鶴が。


 ぎゅっ。


 強く握った。


 痛い。


 痛い。


 現実。


 触れている。


 昨日。


『痛かったら握り返す』


 冗談言った。


 覚えてる。


 つるちゃん。


「……」


 金目は小さく息を吐いた。


 声には。


 しない。


 手。


 握り返す。


 思い出した。


 二人。


 来た。


 二人で。


 帰る。


     ◇


 どれだけ走ったのか。


 分からない。


 何度。


 偽の駅へ止まったのか。


 分からない。


 そのたびに。


『白舟』


『終点です』


『お降りください』


『かなちゃん』


『草壁さん』


『かなめ』


 様々な声が。


 呼ぶ。


 金目は。


 人形。


 反応しない。


 ただ。


 指先。


 そこだけ。


 千鶴と。


 つながっている。


     ◇


 そして。


 しばらくして。


 車内。


 少し。


 明るくなった。


 金目の目が。


 僅かに。


 動く。


 朝?


 でも。


 まだ。


 信用しない。


 薄い。


 青白い。


 夜明け。


 みたいな。


 光。


 調べた。


 朝っぽく。


 見せるかもしれない。


 待つ。


     ◇


 さらに。


 明るくなる。


 床。


 座席。


 千鶴の服。


 色。


 ちゃんと。


 見える。


 まだ。


 待つ。


     ◇


 もっと。


 明るくなる。


 車内灯。


 必要ないほど。


 自然光。


 差し込む。


 金目は。


 そこで初めて。


 窓そのものではなく。


 床へ伸びた光を。


 見る。


 黄色。


 朝の。


 光。


 それでも。


 すぐには。


 動かない。


 千鶴を見る。


 目。


 合う。


 顔。


 ちゃんと。


 千鶴。


 手。


 つながっている。


 千鶴が。


 ほんの少し。


 頷く。


 金目も。


 頷いた。


     ◇


 列車。


 減速。


 止まる。


 しばらく。


 何も。


 起きない。


 そして。


 扉。


 一つ。


 開く。


 最初に。


 開いた。


 扉。


 二人。


 立つ。


 まだ。


 手。


 離さない。


 ホームへ。


 降りる。


     ◇


 朝。


 だった。


 金目は。


 すぐには。


 喜ばなかった。


 ホーム。


 普通。


 空。


 明るい。


 鳥の声。


 遠く。


 車。


 聞こえる。


 列車。


 背後。


 扉。


 閉じる。


 二人は。


 動かず。


 そのまま。


 待つ。


 列車が。


 ゆっくり。


 ホームから。


 離れていく。


 遠ざかる。


 完全に。


 見えなくなる。


 そこで。


 ようやく。


 金目は。


 息を。


 吐いた。


「……」


 声。


 出ない。


 千鶴を見る。


「……つるちゃん」


「うん」


 返事。


 普通。


 金目の。


 目元。


 熱くなる。


「……帰って」


 声。


 震える。


「これた?」


 千鶴は。


 周囲を見る。


 それから。


「まだ」


 答えた。


「確認してから」


 金目は。


 一瞬。


 止まる。


 そして。


 笑いそうになった。


「……そうでした」


 最後まで。


 油断しない。


     ◇


 安全圏まで移動した後。


 金目は。


 鞄から。


 使い捨てのゴム手袋を出した。


「確認します」


 手。


 震えている。


 それでも。


 一本ずつ。


 指へ。


 通す。


 鞄。


 財布。


 ポケット。


 機材。


 カメラケース。


 一つずつ。


 調べる。


「スマホ」


「ある」


「カメラ」


「ある」


「財布」


「ある」


「……」


 鞄の底。


 カメラケースの横。


 見覚えのない。


 紙。


 ある。


 金目の手が。


 止まった。


「……ありました」


 古い。


 切符。


 色褪せている。


 文字。


 ほとんど。


 読めない。


 でも。


 明らかに。


 自分のものではない。


「触らないで」


「はい」


 千鶴。


 見守る。


 金目は。


 ジップ袋。


 開く。


 ゴム手袋。


 切符。


 直接。


 素手では。


 触らない。


 袋へ。


 入れる。


 閉じる。


「白舟駅」


 金目は。


 立つ。


「有人改札へ行きましょう」


     ◇


 そして。


 白舟駅。


 朝。


 普通の。


 駅。


 有人改札。


 普通の。


 駅員。


 金目は。


 ジップ袋に入った。


 古い切符を。


 差し出した。


「すみません」


 駅員が。


 少し不思議そうに。


 見る。


「これ」


 金目は。


 事前に。


 調べた。


 言葉。


 そのまま。


 使う。


「これは自分の切符ではありません」


 駅員。


 切符を見る。


「もう、この切符では乗りません」


「……」


 駅員は。


 特別驚かない。


「分かりました」


 切符を。


 受け取る。


 その瞬間。


 金目の。


 耳の奥。


 ずっと。


 残っていた。


 遠い。


 ベル。


 ──カァン──


 その残響がふっと消えた。


「……」


 静か。


 本当の。


 駅の音。


 アナウンス。


 鳥。


 人。


 足音。


 全部。


 普通。


 金目は。


 駅員を見る。


 そして。


 突然。


「おはようございます!」


 駅員。


 少し驚く。


「朝からご苦労様です!」


「あ、はい」


 駅員が困ったように笑う。


「おはようございます」


「……」


 金目の。


 顔。


 緩む。


 普通の。


 返事。


 ちゃんと。


 返ってきた。


「……よかった」


     ◇


 改札を離れたところで。


 金目は。


 千鶴を見る。


「つるちゃん」


「なに?」


「……」


 次の瞬間。


 金目は。


 千鶴へ。


 抱きついた。


「わっ」


 かなり。


 強く。


「よかったぁ……!」


 今まで。


 必死に。


 抑えていた。


 声。


 全部。


 戻る。


「帰ってこれましたね……!」


 千鶴も。


 少し驚いた後。


 金目の背中へ。


 腕を回した。


「うん」


 優しく。


「ちゃんと帰ってきたよ」


 一拍。


「かなちゃん」


「……はい」


 金目は。


 しばらく。


 離れなかった。


 怖かった。


 本当に。


 怖かった。


 でも。


 二人。


 いる。


 名前も。


 ある。


 記憶も。


 ある。


 手も。


 離れていない。


 帰ってきた。


     ◇


 それで。


 終わる。


 はずだった。


 普通なら。


 怪異から。


 生還した。


 帰る。


 記事を書く。


 終わり。


 でも。


 金目は。


 改札へ。


 振り返った。


「……」


「かなちゃん?」


「さっきの切符」


「うん」


「駅員さん」


 少し。


 眉を寄せる。


「全然驚いてませんでしたよね」


 千鶴も。


 改札を見る。


「……そうだね」


「自分の切符じゃありませんって言って」


「古い切符」


「朝から持ってきて」


「普通だった」


「うん」


 金目は。


 しばらく。


 考える。


「……前にも」


 その顔。


 フリーライター。


 戻る。


「いるんじゃないですかね」


 千鶴が。


 少し笑った。


「帰る?」


「……」


 金目。


 改札。


 見る。


 そして。


 深く。


 息。


 吐く。


「ちょっとだけ」


「話」


「聞いていきましょう」


 生還した。


 でも。


 夜白駅は。


 まだ終わっていない。

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