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夕凪学園・最後の同窓会 後編 ──みんなで帰る日──

第四回 夕凪学園・最後の同窓会 後編


――みんなで帰る日――


 床に落ちた古い集合写真を、金目はしばらく黙って見下ろしていた。


 写真には旧校舎を背景に、多くの生徒が並んでいる。その中で中央付近にいる一人だけ、顔の部分が何度も擦られたように白く曇っていた。周囲の生徒との間隔も不自然で、一人分の場所に無理やり誰かを押し込んだようにも見える。


 足元に置かれた札には、辛うじて「旧校舎 西側──」と読めた。


「これ、さっき落ちた音だったんですかね」


 隣にいた男性職員が額縁を持ち上げる。


「かもしれませんね」


 金目はそう答えながら、額縁の裏側から細い紙の端が覗いていることに気づいた。


「あの、裏に何か挟まってます」


「本当ですね。かなり古そうなので、破らないようにお願いします」


「はい」


 男性職員はただ、古い資料を確認する取材に同行しているだけだ。


 金目がここで何を調べているのか。


 旧校舎で何が起きているのか。


 生徒手帳を返したことで、水瀬千景や榊原千鶴という存在が名前を取り戻したことも、当然知らない。


 むしろ知られないほうがいい。


 金目は慎重に紙片を引き出した。


 かなり長い時間、額縁の裏に押し込まれていたらしい。紙は茶色く変色し、文字も薄れている。


『この写真にいる子を、名前で呼ばないこと』


 最初の一文を読んだ瞬間、金目の指が止まった。


 続ける。


『写っているからといって、在籍していたとは限らない』


『名前を知っても、本人に返すまで呼ばないこと』


 そして最後。


『あの子は、最初から一人ではなかった』


「……一人じゃなかった?」


 金目は思わず呟いた。


「何か書いてありますか?」


 男性職員が覗き込もうとしたので、金目は咄嗟に紙を少し下げた。


「あ、昔の資料整理についての注意書きみたいです。ちょっと調べたいので、後で展示資料と照合してもいいですか?」


「構いませんよ。終わったら元へ戻してください」


「もちろんです」


 男性職員は特に疑うこともなく頷いた。


 金目は小さく胸を撫で下ろした。


 ポケットの中でSIDE Bが僅かに擦れる。


『ひとりじゃない。』


「みたいですね」


 金目は誰にも聞こえない声で答えた。


 窓ガラスには千鶴の姿が映っている。


『かなめ。さっきみたいに、名前だけ先に呼ばないで』


「はい。ちゃんと確認してからにします」


 それはもう、嫌というほど学んでいる。


     ◇


 集合写真と一緒に保管されていた資料を確認すると、「高梨」という名前が何度か出てきた。


 旧校舎西側で起きていた異常を、教師の立場から長年記録していた人物らしい。


 金目は男性職員の許可を得て、同じ棚にある古いファイルを何冊か開いた。


 高梨先生が残した注意書きの大半は、怪談について書いたものには見えなかった。


『西側資料管理について』


『氏名照合不能資料は移動させないこと』


『対象者本人を確認できない場合、呼名を行わない』


 普通の学校事務の記録に見える。


 その中へ時折、明らかに普通ではない一文が混ざる。


『写真は記録ではない。“残ろうとした結果”である可能性』


 金目はその一文を二度読んだ。


「残ろうとした結果……」


 写真に写っているから、その人がそこにいた証拠になる。


 普通ならそう考える。


 だが夕凪学園では違う。


 名前を失い。


 記録から消え。


 それでも学校に残り続けた人間が、最後の痕跡として写真へ現れることがある。


 さらにページをめくる。


『学校を離れた記録を持たない者は、写真の中で“在籍を続ける”ことがある』


『名前だけを返しても離れられない者がいる』


『必要なのは、ここを離れてよいという区切り』


「……区切り」


 金目はそこへ指を置いた。


 千景のことを思い出す。


 生徒手帳を返した。


 名前も戻った。


 旧資料室からは出られるようになった。


 けれど、学校そのものからは離れられない。


「名前だけじゃ足りないんだ」


 高校生が学校を離れる時の、正式な区切り。


 卒業。


 あるいは転校。


 退学。


 何にせよ、「もうここの生徒ではない」と学校と本人の双方に残る手続きが必要なのかもしれない。


「草壁さん?」


「あ、いえ。記事に使えそうだなと思って」


 職員へ笑顔を向ける。


 当然ながら、今考えていた内容をそのまま記事へ書くつもりはない。


     ◇


 しばらくして男性職員は、別の来校者へ対応する必要があるため旧校舎を離れることになった。


「草壁さんも、ここはそろそろ切り上げてくださいね。床も傷んでいますから」


「はい。ありがとうございました」


「鍵は私が閉めますので」


「分かりました」


 男性職員が先に廊下へ出る。


 金目も素直についていった。


 彼が角を曲がって見えなくなるまで待つ。


 それから千鶴を見る。


「……もう一回戻ります」


『やっぱり』


「でも今度は、ちゃんと別の先生に話を聞いてからです」


『別の先生?』


「この学校のことを知ってる人」


 金目は公開資料へ戻り、高梨先生の記録と旧校舎管理に関わった職員名を照合した。


 そこで一人の名前に辿り着く。


 真壁先生。


 金目が在学していた頃から夕凪学園にいた古参教師で、現在は現役を退いているが、最後の同窓会には学校関係者として来校していた。


     ◇


「草壁?」


 真壁先生は、最初こそ現在の金目を見て首を傾げた。


「草壁金目か?」


「はい。お久しぶりです」


「ずいぶん変わったな」


「よく言われます」


 高校時代とは、髪も服装もまるで違う。


 それでも真壁先生は、しばらく顔を見ているうちに昔の生徒と現在の金目を結びつけたらしい。


「先生、一つ聞きたいことがあります」


「何だ?」


「卒業式の日、私が旧校舎へ行こうとしたのを止めましたよね」


 真壁先生の表情が僅かに変わった。


「……思い出したのか」


「今日、ようやく」


 金目は頷いた。


「あの時、私は友達に会いに行こうとしてました」


「そうだったな」


「先生は、その友達のことを知ってたんですか?」


 沈黙。


 やがて真壁先生は小さく息を吐いた。


「榊原に頼まれた」


「……千鶴に?」


 今度は、金目が驚く番だった。


「窓や鏡に、あの子が映ることがあった。最初は自分の目がおかしくなったと思ったよ」


 真壁先生は苦笑する。


「『かなめを止めて』とな。旧校舎西側は、当時から危険だった。床もそうだが、それ以外にもな」


 金目は横を見る。


 窓に映る千鶴は、少し気まずそうに視線を逸らしていた。


「……本当に昔から私を守ってくれてたんですね」


『かなめが危なっかしかったから』


「それは否定できません」


 真壁先生は当然、千鶴の返事までは聞こえていない。


 だが金目が誰かと話しているように見えても、驚きはしなかった。


「先生。旧校舎では昔から、何か決まりみたいなものがありましたか?」


「決まりというより、安全手順だな」


「安全手順?」


「ああ。声に返事をするな。名前を聞かれても名乗るな。『貸す』『返す』という言葉へ応じるな。それから、自分の名前を忘れ始めた人間を一人で帰すな」


「……一人で?」


「誰かが付き添って、本人の名前を呼び続ける。帰り道まで、自分が誰かを忘れないようにな」


 怪異を祓う方法ではない。


 何十年にもわたって教師たちが積み重ねた、事故を増やさないための対処法。


 金目は改めて、高梨先生のメモにあった「区切り」という言葉を思い出した。


「先生」


「うん?」


「昔、旧校舎で名前が消えた生徒が、今も学校から出られずにいるとしたら」


 真壁先生の目が細くなる。


「その子たちに必要なのって、卒業じゃないでしょうか」


     ◇


 真壁先生はすぐに肯定しなかった。


 だが、否定もしなかった。


 金目は千景のことを、説明できる範囲で話した。


 名前が記録から消えたこと。


 本人の生徒手帳が欠番資料として残っていたこと。


 手帳と名前を本人へ返したことで、旧資料室の外までは出られるようになったこと。


 しかし、校門へ向かおうとすると離れられない。


「その子には、卒業した記録がないんです」


「……なるほど」


「在籍したまま、学校から消えたことになってる」


 真壁先生は長く考え込んだ。


「なら、最後に送り出すべきなのかもしれんな」


「できますか?」


「校長にも話してみる。怪異の話をそのままする必要はない。閉校前の記録整理で、送り出せなかった生徒の名が判明した。それなら学校側としてできることはある」


「ありがとうございます」


 金目は深く頭を下げた。


 ここで初めて。


 学校側に、事情をある程度理解した正式な協力者ができた。


     ◇


 しかし、卒業させるべき生徒が千景と千鶴だけとは限らなかった。


 古い集合写真。


『あの子は、最初から一人ではなかった』


 あの一文が残っている。


 真壁先生の許可と立ち会いを得て、今度は正式に旧校舎の資料を調べる。


 古い卒業関係記録から、一人目の名前が見つかった。


 三枝美琴。


 名札。


 卒業確認書類。


 卒業式で使われる胸花。


 記録には、


『校内所在不明』


『証書未交付』


 そして。


『写真にはいる』


 と記されている。


「写真にはいるって、記録として変じゃないですか」


「当時の職員も、正常な記録として書いていないんだろう」


 次に見つかったのが、早川澄香。


 こちらには生徒手帳と、普段使っていたと思われる小さな髪留めが残っていた。


 高梨先生の注意書きをもう一度読む。


『呼名によって反応するものが、本来の持ち主とは限らない』


『複数の記録が、一つの人物像として現れる場合がある』


『ひとつの名前だけで呼び戻してはならない』


「……危なかった」


 金目は心底そう思った。


 写真に一人しか見えないからといって、最初に見つけた名前を呼んでいたらどうなっていたか分からない。


 教室へ戻る。


 美琴の名札と胸花を右側の机。


 澄香の生徒手帳と髪留めを、数メートル離れた左側の机へ置いた。


 中央には古い集合写真。


「最初は名前を呼びません」


 金目は自分にも言い聞かせるように呟く。


「まず、どっちが誰の物か確認します」


 右側の机を見る。


「これは、あなたのものですか?」


 しばらく何も起こらない。


 やがて。


『……うん』


 小さな声。


 同時に、集合写真の擦れた人物像が僅かに揺れた。


 次に左側。


「こちらは?」


『……わたしの』


 声が違う。


 二人。


 本当に二人いる。


 金目は緊張で乾いた唇を一度舐めた。


「右にあるものは、三枝美琴さんのものです」


 写真の中から、一つの影がゆっくり離れていく。


「あなたが、三枝美琴さんですか?」


『……はい』


 少女の輪郭が現れた。


 次。


「こちらは、早川澄香さんのものです」


 もう一つの影が揺れる。


「あなたが、早川澄香さんですか?」


『……はい』


 二つの像が、完全に分かれた。


 別々の髪。


 別々の顔。


 別々の人間。


 今まで一人に重なっていた二人が、初めて互いの姿を見た。


「私……」


 美琴が自分の手を見る。


「一人じゃなかったんだ」


「ずっと誰かと重なってた」


 澄香も呆然と呟く。


 二人は少し距離を取って向かい合った。


 やがて美琴が、ほんの少し笑う。


「こっちの方がいいね」


 澄香も頷いた。


「うん」


 その瞬間金目は大きく息を吐いた。


「よかったぁ……」


 その場にへたり込みそうになる。


『かなめ、大丈夫?』


「緊張してたんですよ!」


 千鶴へ小声で返す。


「失敗したら二人ともどうなるか分かんないんですから!」


 少し笑いが起こった。


 それでようやく、肩の力が抜けた。


     ◇


 二人にも聞いた。


「学校から、出たいですか?」


「出たい」


 美琴は即答した。


 澄香も続く。


「出たい」


 やはり。


 同じだった。


     ◇


 そこで金目は、一つ別の疑問を持った。


「……生徒には卒業が必要」


『うん』


「じゃあ、先生だった人は?」


 教職員が学校との関係を正式に終えるもの。


 退職。


 離任。


 真壁先生へその仮説を話すと、過去の職員記録を調べてもらうことになった。


 すると奇妙な一致が見つかった。


 旧校舎の異変が強かった時期。


 氏名誤記などの異常が出た後、短期間で正式に退職した職員が数名いる。


 そのうち二名は、その後も住所や年金などの記録が普通に続いていた。


 一方。


『旧校舎西側担当補助』


『氏名欄欠損』


『退職届受理なし』


『最終勤務日不明』


 そう記された人物が一人。


 残っていた。


     ◇


 真壁先生立ち会いのもと、職員用の旧保管室を調べる。


 棚の奥。


 埃を被った革製のカメラケース。


 金目は何気なくそれを開いた。


 中にあったのは古いカメラと、一枚のメモ。


『草壁。卒業写真未撮影』


 金目の指が止まる。


 次。


『榊原、反射内に確認』


『二人とも残す』


『あの子まで忘れられる前に、写真にしておく』


「……」


 卒業写真。


 自分。


 その右下に写った黒い髪。


 千鶴。


「あの写真を撮った人……」


 さらに探す。


 革製のネームホルダー。


 擦れた文字を光へ傾ける。


『久世 直人』


 職員証。


 万年筆。


 最後に一通の便箋。


『もし私の名前まで消えた場合、カメラと職員証を残す』


『写真は、忘れられた者がいた証拠になる』


『草壁と榊原の写真も同じ理由で撮った』


『あの二人は、互いを覚えていた』


『私自身が忘れられたなら、誰かが名前を呼んでくれることを願う』


『旧校舎西側 最終確認へ行く』


「……先生」


 金目は便箋を握りしめた。


     ◇


 教室の机へ、一つずつ置く。


 カメラ。


 職員証。


 万年筆。


 便箋。


 いきなり名前は呼ばない。


「これは、あなたのものですか?」


 窓際。


 ぼんやりとした男性の姿が現れた。


『……カメラ』


「はい」


『私のだ』


 職員証。


『それも』


 万年筆。


『使っていた』


 最後に便箋を見る。


『私が書いた』


 これでいい。


 金目は男性を見つめた。


「あなたは、久世直人先生ですか?」


 男の輪郭が一度揺れた。


 少しずつ。


 顔が戻る。


 声も。


 記憶も。


「……はい」


 久世先生は、ゆっくり頷いた。


「私は、久世直人だ」


 同時に。


 金目の記憶にも光景が戻った。


     ◇


『草壁』


「はい」


『卒業写真、まだ撮ってなかっただろ』


「……そうでしたっけ」


『そこ座って』


 高校時代の自分。


 黒髪。


 丸眼鏡。


 落ち着かない。


 視線を彷徨わせる。


『こっち見て』


 その横。


 ガラスへ映った千鶴。


『大丈夫だから』


『すぐ終わるよ』


 千鶴の声だった。


 久世先生は、カメラの向こうから窓を見る。


『榊原』


『もう少し草壁の横』


『……私、写る?』


『分からない』


 久世先生。


『でも撮る』


 そして。


『二人とも、入るよ』


 シャッター。


     ◇


「……先生」


 金目は目元を押さえた。


「あなたが撮ってくれたんですね」


「思い出したか」


「はい」


 涙を拭う。


「私と千鶴が一緒にいたって」


 卒業写真。


 学校の正式記録としては「欠」。


 撮影者不明。


 同席者不明。


 それでも。


 一枚だけ。


 二人が確かにそこにいたことを残した写真。


「ありがとうございました」


 深く頭を下げる。


「先生自身も名前が消えかけてたのに」


「二人が確かに一緒にいた」


 久世先生は穏やかに答えた。


「それを、なかったことにしたくなかっただけだ」


 その言葉が。


 フリーライターの金目には、妙に強く残った。


 誰かがいたことを。


 何かが起きたことを。


 記録へ残す。


 今の自分がしている仕事も。


 形は違っても。


 同じなのかもしれない。


「先生」


「何だい」


「この学校を、正式に辞めたいですか?」


 久世先生は少し驚いた。


「退職でも、離任でも」


 金目は続ける。


「ちゃんと夕凪学園を離れたいですか?」


 久世先生はしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。


「……退職したい」


 長い時間。


 ようやく口にしたような声だった。


「ちゃんと、この学校を離れたい」


「分かりました」


 金目は笑った。


「先生も一緒ですね」


     ◇


 生徒。


 教師。


 それぞれの帰るための道筋が見えてきた。


 でもまだ一人残っている。


『かなめ』


 旧資料室からついてきた、あの声。


 名前を借り誰かを呼び。


『貸して』


『返して』


 を繰り返していた存在。


 金目と話し。


 自分がしていたことを理解し。


 借りた名前を返すと決めた子。


 今はもう、人を縛るために名前を使おうとはしていない。


 でも名前を全部返した結果。


 その子自身には何も残らない。


『みんな』


「うん?」


『名前ある』


「ありますね」


『わたしには』


 少し間が空く。


『ない』


 金目は何も言えなかった。


『返したから』


『また、ない』


 生徒だった記憶も。


 教師だった記憶も。


 自分が元々何者だったのかさえ分からない。


 学校に残った記録や感情が積み重なって生まれた存在なのかもしれない。


 でも確かなことはない。


「じゃあ」


 金目はしゃがみ込んだ。


「新しい名前、作りません?」


『作る?』


「はい」


『借りる?』


「借りません」


 金目は笑う。


「もうそれ禁止です」


『……』


「誰かから取るんでもなくて」


 周りを見る。


 美琴。


 千景。


 澄香。


 千鶴。


 そして自分。


「みんなから、一文字ずつプレゼントしてもらうのはどうです?」


『プレゼント』


「そう」


 紙を出す。


「三枝美琴さんから」


 美。


「水瀬千景さんから」


 景。


「早川澄香さんから」


 川。


「私から」


 金。


「それから千鶴から」


 鶴。


 一字ずつ。


 紙へ並べる。


 美。


 景。


 川。


 金。


 鶴。


「名字が、美景川」


 そして。


「名前が、金鶴」


 金目は紙を見せた。


「美景川金鶴」


 その子は。


 長い間。


 何も言わなかった。


「……変だったら言ってくださいね」


 金目が少し不安になる。


「読みづらいとか」


『違う』


「嫌?」


『違う』


 やがて声が。


 少し嬉しそうになる。


『美景川金鶴』


 初めて。


 自分だけの名前を。


 自分で口にする。


『わたし、それがいい』


「本当?」


『みんなの名前が入ってる』


『好き』


 金目の顔が綻んだ。


「じゃあ」


 改めて。


「美景川金鶴さん」


『はい』


 返事。


 すぐに返ってきた。


 誰を呼ばれたのか。


 迷わない。


 自分だと分かっている。


「金鶴ちゃん」


『はい』


 また返事。


 今度は少し笑っていた。


 そして彼女は少しずつ。


 存在が初めてちゃんと形になるように。


 一人の女の子として立っていた。


     ◇


「歩いてみます?」


 金目が手を差し出す。


 金鶴は少し迷ってから、その手を取った。


 指先は冷たい。


 でも。


 確かに触れている。


 一歩。


 旧資料室の外。


 さらに廊下へ。


『……』


「戻りたい感じします?」


『ない』


「本当に?」


『前みたいに、戻らなきゃって感じがしない』


 もう一歩。


『ここを離れても』


 自分の名前を。


 もう一度。


 確かめるように。


『金鶴のままでいられる気がする』


 金目は少し安心した。


 けれどこれだけで大丈夫なのか。


 学校の外へ。


 境界を越えた時。


 消えないのか。


「……」


 前髪へ手が伸びた。


 今日。


 一房だけ細く三つ編みにして。


 先へ付けてきた小さなリボン。


「あ」


『?』


 金目はリボンを外した。


 三つ編みが解ける。


「金鶴ちゃん」


『なに?』


「これ」


 手のひらへ載せる。


「よかったら、あげます」


『……わたしに?』


「はい」


『かなめが、つけてたもの』


「まあ、そんな高いものじゃないですけど」


『……』


 金鶴はとても慎重に。


 壊れ物でも受け取るように。


 リボンを手にした。


『うれしい』


 自分の髪へ結ぶ。


 それが。


 彼女が初めて持った。


 誰かから借りたものでも。


 誰かへ返さなければならないものでもない。


 自分だけの所有物になった。


「名前もできたし」


 金目は金鶴の様子を見る。


「私からリボンも渡して、金鶴ちゃんだけのものを少しずつ増やしてみたんですけど」


「何か変な感じとかしません?」


『前より』


「はい」


『はっきりする』


「はっきり?」


『ここにいるから“わたし”なんじゃなくて』


 名前。


『名前があって』


 リボン。


『かなめにもらったものがあって』


 そして。


『だから、“わたし”って感じがする』


 金目は少しだけ目元を緩めた。


「そうですか」


『違和感ない』


『むしろ安心する』


 横から千鶴が尋ねる。


『少なくとも、前みたいにここへ戻らなきゃって感じはもうないんでしょ?』


『うん』


 金鶴は廊下の先を見る。


『外に行ってみたい』


「じゃあ」


 金目は手を握り直した。


「卒業式の後」


「みんなで行きましょう」


     ◇


「あ、その前に」


 金目が突然足を止めた。


「写真」


「写真?」


 久世先生が聞き返す。


「撮ってもらえませんか」


 千鶴。


 千景。


 美琴。


 澄香。


 金鶴。


 全員を見る。


「今の皆を」


「卒業する前に」


「ちゃんと残しときたいです」


 久世先生は少しだけ笑った。


「悪くないな」


     ◇


「では草壁」


 カメラを構えた久世先生が言った。


「君が中心に」


「わ、私?」


「そう」


「私が中心ですか?」


 金目は明らかに困った。


「あ、あの!一番前がいい方いたら全然譲りますけど……!」


『かなめ』


 千鶴。


「草壁さんでいいと思う」


 千景。


 美琴も澄香も頷く。


 金鶴。


『かなめ』


「……満場一致」


 逃げ道がない。


「じゃあ千鶴」


『何?』


「横にいてくれますよね」


『もちろん』


「金鶴ちゃんも」


『うん』


「さっき私と一緒にいてくれるって言いましたもんね」


『言った』


「よし」


 右に千鶴。


 左に金鶴。


 その外側へ千景、美琴、澄香。


 六人。


 並ぶ。


「それじゃあ」


 久世先生がファインダーを覗く。


「──今度こそ、みんな入るよ」


「……」


 高校時代。


 同じ声。


 同じ言葉。


 でもあの時とは違う。


 今度は全員。


 自分の名前を持っている。


「笑顔」


 金目が呟く。


「笑顔の作り方……どうやるんでしたっけ」


『かなめ?』


「こう?」


 ぎこちなく口角を上げる。


 千鶴が吹き出した。


『何その顔』


「笑ってるんですけど!」


 千景が笑う。


 美琴も澄香も。


 金鶴まで。


 釣られて笑った。


「ちょっと!」


 恥ずかしくなって。


 金目自身も笑う。


「そのままでいい」


 久世先生。


「作った笑顔より」


「今の方がずっといい」


 シャッター。


 カシャ。


     ◇


 写真を見る。


 誰も擦れていない。


 誰も欠けていない。


 誰も他人と重なっていない。


 千鶴。


 千景。


 美琴。


 澄香。


 金鶴。


 そして金目。


 六人。


 それぞれ一人分。


 そこに写っている。


「……」


 金目は写真を見つめた。


「ちゃんと」


 小さく。


「みんないる」


 ポケット。


『いる。』


 SIDE B。


「うん」


     ◇


「じゃあ」


 写真撮影が終わると。


 金目は盛大に息を吐いた。


「ふーっ」


『写真撮られただけでしょ』


「撮られるの苦手なんですよ!」


 少し雑談した後。


 金目が久世先生を見る。


「じゃあ次は先生の番ですね」


「私?」


「撮るだけ撮って自分だけ写らないのはダメです」


 カメラを受け取る。


 久世先生に簡単な操作を教わり。


 今度は久世先生も列へ。


「もうちょっと右」


 金目はファインダーを覗く。


「千景さん半歩前」


「はい」


「金鶴ちゃん、そこ」


『ここ?』


「そう。そのまま」


 誰かが端へ追いやられない。


 誰かだけが大きすぎない。


 全員が同じ一枚の中へ。


 自然に収まる。


「じゃあ」


 金目は自信を持って。


「撮りますよー」


 カシャッ。


「……」


 画面を見る。


 少しだけ。


 口角が上がる。


「我ながら」


 金目。


 得意顔。


「会心の出来だった気がします」


 久世先生も確認する。


「うん。いい写真だ」


「でしょう?」


 胸を張る。


「これでもフリーライターの端くれですからね」


 SIDE B。


『写真は。』


「そこ文章と比較しない!」


 小さな笑い。


 そして。


 金目は写真を見ながら。


 少しだけ寂しそうに笑った。


「これでもう」


「心置きなく卒業式に進めますね」


     ◇


 真壁先生へ最終報告。


 榊原千鶴。


 水瀬千景。


 三枝美琴。


 早川澄香。


 四人が。


 卒業を望んでいる。


 久世直人先生は。


 正式に離任したい。


 金鶴は生徒ではない。


 でも今は旧資料室の拘束からほぼ外れ。


 自分の名前と。


 自分の持ち物を持っている。


 皆と一緒に。


 学校の外へ出たい。


 真壁先生は一つずつ確認した。


「ああ」


 最後に。


「分かった」


 四人の卒業について。


 学校側で簡素ではあるが正式な形を整えてくれた。


 久世先生には。


 現校長と学校側から。


「もうこの学校に勤務する必要はない」


 そう正式に告げる。


「金鶴さんについては」


 真壁先生が彼女を見る。


「卒業を強いる必要はないだろう」


 金鶴。


 少し不安そう。


「ただ」


 真壁先生は穏やかに。


「みんなと一緒に送り出すことはできる」


 金目は深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


     ◇


 夕凪学園。


 最後の卒業式。


 大きな体育館を使った。


 何百人もの。


 卒業式ではない。


 旧校舎西側近く。


 小さな部屋。


 並べられた椅子。


 机。


 そして。


 四枚の。


 卒業証書。


『榊原千鶴』


『水瀬千景』


『三枝美琴』


『早川澄香』


 名前。


 欠けていない。


 擦れていない。


 読める。


 久世先生には離任を示す書類。


 金鶴に卒業証書はない。


 それでも。


 皆と同じ場所に立っている。


     ◇


 真壁先生が前へ出る。


「夕凪学園はまもなくその歴史を終えます」


 静かな声。


「ですが」


「学校が終わる前に送り出さなければならない生徒がいました」


 千鶴。


 千景。


 美琴。


 澄香。


「記録から名前が消えても」


「写真の中に取り残されても」


「卒業したという記録が残らなくても」


「君たちがこの学校にいたことまで」


「消えるわけではありません」


 金目。


 後ろで聞いている。


「今日、夕凪学園は改めて君たちを送り出します」


     ◇


「榊原千鶴」


 名前。


 はっきり呼ばれる。


『はい』


 千鶴は、一歩前へ。


 卒業証書を受け取る。


 一瞬。


 輪郭が明るく見えた。


 千鶴はすぐに金目を見る。


『……かなめ』


「はい」


『卒業』


 小さく笑う。


『できたよ』


 金目の目元が少し潤む。


「おめでとう」


     ◇


「水瀬千景」


「はい」


 今度は千景。


 証書。


 自分の名前を見る。


「……ある」


 両手が震える。


「ちゃんと」


「私の名前がある……」


 胸へ抱く。


     ◇


「三枝美琴」


「はい」


 一人


 前へ。


 一枚。


 証書。


「早川澄香」


「はい」


 次。


 別の一人。


 二人はもう重ならない。


     ◇


「久世直人先生」


 真壁先生。


「長い間ご苦労さまでした」


 静かに立っている。


「あなたは今日をもって」


「夕凪学園を離任します」


 久世先生は深く頭を下げた。


「……はい」


「お世話になりました」


 その顔。


 長い間、背負っていたものが少し軽くなったように見えた。


     ◇


 最後。


「美景川金鶴さん」


 名前が呼ばれる。


 金鶴の目が一瞬見開く。


 それから。


『はい』


 迷わない。


 自分。


 呼ばれた。


 分かる。


「あなたには」


 真壁先生。


「卒業証書はありません」


 金鶴。


 頷く。


「ですがここにいなければならない理由も、もうないのでしょう」


『……うん』


「なら今日皆と一緒に旅立ちなさい」


 金鶴は顔を上げる。


『外に』


 一拍。


『行きたい』


 その瞬間。


 遠く。


 旧校舎の奥。


 ──カタン


 扉が閉じる音。


 それだけ。


 金目は耳を澄ませる。


 何も聞こえない。


『貸して』


 も。


『返して』


 も。


 もう。


 聞こえなかった。


     ◇


 卒業式を終える。


 ここから最後の確認。


 学校の外へ本当に出られるか。


 廊下を歩く。


 千鶴。


 千景。


 美琴。


 澄香。


 久世先生。


 金目。


 金鶴。


 真壁先生。


 昇降口へ向かう。


 金目はふと階段見る。


 昔。


 何度も千鶴と別れた場所。


『寄り道しないで帰りなよ』


『ちゃんと前見て歩きな』


 そこから千鶴は一度も下へ来なかった。


 今日。


 その千鶴が隣で同じ階段を降りる。


「……」


『何?』


 千鶴。


「いえ」


 金目は少し笑う。


「一緒に階段降りるの」


「初めてだなって」


 千鶴は少し驚く。


 そして。


『そうだね』


「はい」


『今日は』


 隣。


『最後まで一緒に帰ろう』


「……はい」


     ◇


 昇降口。


 校舎。


 外。


 千景。


 一歩。


「……出られた」


 美琴。


 空見上げる。


「外だ」


 澄香。


 風で髪が揺れる。


 久世先生。


 深く息を吸う。


 全員消えない。


 でも本当の境界はもう少し先。


     ◇


 校門。


 朝。


 金目が一人取材のためにくぐった。


 門。


 その時。


 こんなことになるなんて。


 全く思っていなかった。


 門の向こうはただの道路。


 学校の外。


 金鶴の足が止まる。


『かなめ』


「はい」


『行っても』


 少し不安そうに。


『いい?』


 金目が答える前に。


 千鶴が金目に声をかける。


『かなめ』


 手を差し出す。


『一緒に行こう』


「……」


 金目は笑う。


 右手に千鶴。


 左手に金鶴。


 二人の手を握る。


「じゃあ」


 後ろの全員を見る。


「みんなで一緒に」


 門の向こうへ。


「一歩を踏み出してみましょうか」


『うん』


『うん』


 三人。


 歩く。


 一歩。


 校門を越える。


 金目は本当は怖かった。


 千鶴の手が消えるかもしれない。


 金鶴が学校へ引き戻されるかもしれない。


 千景。


 美琴。


 澄香。


 久世先生。


 誰か。


 一人でも。


 越えられないかもしれない。


 でも靴底が道路へ。


 着く。


「……」


 右。


 千鶴。


 いる。


 左。


 金鶴。


 いる。


 振り返る。


 千景。


 美琴。


 澄香。


 久世先生。


 全員。


 門を越えている。


 誰も消えていない。


 誰も。


 学校へ。


 戻されていない。


『……出た』


 金鶴は足元を見る。


 そして金目を見る。


『かなめ』


 笑う。


『わたし』


『出られた』


「……はい」


 金目は笑う。


「出られましたね」


 千鶴。


 校門に振り返る。


『……本当に』


『卒業したんだ』


 ポケット。


 SIDE B。


『みんな いる』


 次。


『だれも のこってない』


 金目は少し目を細める。


「うん」


 学校を見る。


「誰も」


「残ってない」


     ◇


「今日は」


 校門の内側に残っている。


 真壁先生。


 学校関係者へ。


 金目は、深く頭を下げた。


「本当にありがとうございました」


 真壁先生は首振る。


「礼を言うのはこちらだ」


「草壁」


「え?」


「最後にちゃんと卒業生を送り出せた」


 金目は少し困ったように笑う。


「私は、同窓会ついでに取材に来ただけだったんですけどね」


「そうだったな」


 真壁先生も笑う。


「ずいぶん大仕事になった」


「……ほんとに」


 金目は遠い目をする。


「今回こそ」


「普通の仕事だと思ったんですけどねぇ」


 千鶴。


『かなめ』


「何です?」


『昔から』


 少し笑う。


『変なことに巻き込まれる子だったよ』


「初耳なんですけど」


     ◇


「ああ」


 久世先生。


 カメラを手にする。


「最後に一枚撮るか?」


 金目は皆を見る。


「はい」


 すぐ笑う。


「お願いします」


 今は。


 卒業生。


 先生。


 人間。


 人ではないもの。


 そんな区別どうでもいい。


 今日ここにいた人。


 全員が並ぶ。


「草壁」


「はい?」


「中央」


「またですか!?」


「今日一番走り回ったんだから」


「私は取材ですよ!」


 皆が笑う。


 金目は少し髪触る。


 前髪のリボンはない。


 そのリボンは金鶴の髪に。


 その結んだリボンを金鶴が軽く触る。


『かなめ』


「はい」


『似合ってる?』


「……はい」


 自然に笑う。


「すごく似合ってますよ」


『うれしい』


 千鶴。


『かなめも、そのままでいいんじゃない?』


「髪ちょっと崩れてますけど」


『高校時代より百倍マシ』


「最後まで辛口!」


 笑い声。


 久世先生がカメラ構える。


「それじゃあ」


 金目はもう笑顔の作り方を考えない。


 隣に。


 千鶴。


 金鶴。


 その周り。


 千景。


 美琴。


 澄香。


 真壁先生。


 久世先生は。


 タイマーをセット。


 そして列へ戻る。


「いくぞ」


 一拍。


「みんな」


「入るよ」


 カシャ。


     ◇


 その写真には全員写っていた。


 草壁金目。


 榊原千鶴。


 水瀬千景。


 三枝美琴。


 早川澄香。


 美景川金鶴。


 久世直人。


 真壁先生。


 誰も。


 擦れていない。


 誰も欠けていない。


 誰かの中へ。


 重なってもいない。


 全員。


 自分の一人分。


 そこにいた。


     ◇


 数日後。


 金目は自宅で、夕凪学園の記事を書いていた。


 題名は。


『閉校する母校・夕凪学園――最後の同窓会と、残された思い出』


 怪異については書かない。


 名前が消えたことも。


 旧資料室の声も。


『貸して』


『返して』


 も。


 記事へは載せない。


 学校の歴史。


 最後の同窓会。


 昔の校舎。


 久しぶりに母校へ戻った卒業生たち。


 そして。


 閉校するその日まで。


 学校を支え最後の生徒を送り出した。


 人たちのこと。


「……うーん」


 文章を少し消す。


 書く。


 また戻す。


「文章難しい……」


 SIDE B。


『写真は上手。』


「前も聞きました!」


 写真の少女。


『かなめ、しゃしんじょうず。』


「文章も褒めて!」


 千鶴。


『高校の頃よりは上手くなったんじゃない?』


「比較対象が高校生!」


 金鶴。


『かなめ』


「何?」


『ここにいていい?』


 金目の手が止まる。


「……」


 金鶴が髪のリボンに触る。


『これからも』


 金目は少し笑う。


「もうわざわざ聞かなくてもいいですよ」


『……』


「ここは」


 部屋見る。


「金鶴ちゃんの家でもありますから」


 金鶴。


『うん』


 嬉しそう。


 千鶴。


『私も?』


「当然でしょ」


『そっか』


「何です?」


『いや』


 千鶴。


 少し懐かしそうに笑う。


『本当に』


『かなめのところまで』


『帰ってきたんだなって』


「……」


 金目は少し照れる。


「私が」


「迎えに行ったんじゃないですか」


『そうだった』


     ◇


 パソコン横。


 一枚の写真。


 校門前で皆が笑っている。


 高校時代。


 卒業式の日。


 金目は千鶴に会えなかった。


 一緒に学校を出られなかった。


 千鶴は何年も残った。


 でも。


 今度は違う。


 名前を呼ばれた卒業証書を受け取った。


 階段を一緒に下りた。


 校門で手をつないで越えた。


 そして家へ一緒に帰ってきた。


「……」


 金目は写真の千鶴を指先で軽く触る。


「これなら」


 少し笑う。


「もう忘れませんね」


『忘れたら怒るよ』


「怖」


『昔からでしょ』


「はい」


 金目は笑った。


     ◇


 夕凪学園は閉校した。


 いつか校舎もなくなるだろう。


 でもそこにいた人がいなくなるわけではない。


 忘れられた名前。


 失われた記録。


 写真へ。


 取り残された人。


 誰かに呼ばれるということを知らなかった存在。


 そして最後までそれを残そうとした教師。


 最後の日。


 全員自分の名前を持った。


 卒業する者は卒業した。


 離任する者は学校を離れた。


 名前のなかった者は自分の名前をもらった。


 そして誰も学校へ残らなかった。


 金目は記事の最後の一文を書く。


『学校とは、建物だけを指すものではないのだと思う。そこにいた人がいて、覚えている人がいて、その記憶を持って次の場所へ進む人がいる。夕凪学園はなくなる。それでも、ここで過ごした時間までなくなるわけではない。』


「……」


 読み返す。


「……」


 少し不安。


「文章、大丈夫かな」


 SIDE B。


『いいと思う。』


「……」


 金目は止まる。


『かなめ?』


「今」


 振り向く。


「文章を褒めました?」


『うん』


 金目。


 小さく拳を握る。


「よしっ」


 千鶴。


『そんなに?』


「そんなにですよ!」


 記事を送信。


     ◇


「次こそ」


 金目は椅子の背もたれに身体を預けた。


「本当に普通の取材がいいなぁ……」


 SIDE B。


『むりかも。』


「何で!?」


 写真の少女。


『かなめだから。』


「理由になってない!」


 千鶴。


『昔からそういうところあるし』


「知らないよ!」


 金鶴。


『次もみんなで行く?』


「……」


 金目は皆を見る。


 少し考えて笑う。


「まあもしまた何かあったら」


 SIDE B。


 写真の少女。


 千鶴。


 金鶴。


 皆。


「今度もみんなで帰ってきましょう」


 誰も反対しなかった。


END「みんなで帰る日」

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