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『三十六人目』〜脇 薬壱の記録〜

数日後。


 朝凪団地の記事を編集部へ納めてから、何日かが過ぎていた。


 怪異のことは書かなかった。


 解体を控えた古い団地。そこに暮らした人々の記憶。退去した住民の表札を捨てずに残す風習と、送り出す人にも迎え入れる人にも使われていた「おかえりなさい」の札。


 少なくとも記事の上では、それだけだ。


 そして幸いなことに、記事を出してから現在まで、朝凪団地から妙な話が舞い込んでくることもなかった。


 久しぶりに、何も起きていない数日間だった。


 昼過ぎ。


 草壁金目は自宅の机に向かっていた。


 パソコンの画面には、次の記事に使えそうな資料やメールがいくつか開かれている。部屋は相変わらずきれいに片付いており、机の上にも必要なものしか出ていない。


 近くには黒いレコードジャケット――東ビート。


 ちなつの写真も、いつものように手元にある。


 少し離れたところでは、千鶴と金鶴もそれぞれ好きに過ごしていた。


 そんな静かな午後、机の上に置いていたスマートフォンが震えた。


 画面に表示された名前を見て、金目はほんの少しだけ眉をひそめる。


 担当編集者。


 それでも通話をつなぐと、仕事相手へ向けるいつもの愛想のいい声で応じた。


「はい、お疲れさまです。草壁です」


『ああ、草壁さん。お疲れさまです。今、少しお時間大丈夫ですか? ちょっと次の記事のことで、ご相談したいことがありまして』


 聞き慣れた声だった。


『今回ですね、ちょっと面白そうな取材先が見つかったんですよ』


 その言葉を聞いた瞬間、金目の笑顔がほんのわずかに固まった。


 この編集者が持ってくる「面白そう」という言葉に、最近あまり良い印象がない。


「……面白そうって、何です?」


『いやいや、そんな警戒しないでくださいよ。今回はちゃんとした取材ですよ。少なくとも、最初から怪談を取材してくださいとか、そういう話じゃありません』


 ――最初から。


 千鶴の眉がぴくりと動いた。


 編集者が説明したのは、来月一般公開される小さな天文資料館だった。


 新しく建てた施設ではない。


 かなり古い私設天文台を改修したもので、正式オープン前に報道やライター向けの内覧日が設けられている。


「へえ……」


 今のところは、ずいぶん普通の文化取材に聞こえる。


「それって、結構人がいるってことです? 内覧会なら、他にも取材に来る人とか」


『いますよ。地元紙が一社と、地域情報誌。市の広報関係が何人か。テレビ局も取材申請を出してるみたいですね。施設側のスタッフも当然います』


 少なくとも、金目一人だけを人気のない建物へ放り込む仕事ではないらしい。


『内覧自体も昼間です。館内を案内してもらって、展示を見て、写真を撮って、館長さんあたりに話を聞く。基本的にはそういう取材ですね』


 そこまでなら、何の問題もない。


 だが編集者は、そのあと少しだけ声の調子を変えた。


『……まあ、一個だけ、ちょっと気になる話はあるんですけどね』


 金目はにっこり笑った。


「じゃあ、追加報酬、期待してますね」


『……はい?』


「だって、最初から“気になる話”があるんですよね? 前回は、普通の取材として受けて、実際に怪異だったら三倍でしたよね」


『いや、まあ……そういう約束でしたけど』


「今回は依頼を持ってきた時点で、もう変な話が付いてるじゃないですか。じゃあ今回は、四倍でいいですかね?」


『なんで上がるんですか!?』


 千鶴が口元を押さえ、東ビートのジャケットには『よんばい』と白い文字が浮かんだ。


 編集者は慌てて否定した。


『まだ怪異だと決まったわけじゃありません。施設側からそういう取材を頼まれてるわけでもない。ただ、改修工事をしてた人たちの間で、妙な噂があったらしくて』


「妙な噂?」


『天文台の中で、誰もいないはずの観測室から人の声がするって』


 名前を呼ばれたという者。


 何かを数えている声だったという者。


 女の声だったという者。


 子供の声だったという者。


 さらに一度だけ、夜間警備員が誰もいない時間に観測ドームが開いていたと報告した。


『……念のため言っておきますけど、噂ですからね? これだけで四倍は認めませんよ』


「そうなんですか」


 金目は素直に頷いた。


「じゃあ、これで四倍を認めてもらえないんでしたら、私、今回の取材はお断りしても大丈夫ですかね?」


『…………』


 電話の向こうが静かになった。


『草壁さん、交渉の仕方が強くなってません?』


「そうですか?」


『そうですよ!』


 やり取りの末、編集者は、普通の取材で終われば通常報酬、現地で怪異もしくはそれに準ずる異常事態へ巻き込まれ、通常取材の範囲を超えて対応することになった場合は追加報酬を出すと提示した。


 だが金目は、そこで一つだけ念を押した。


「編集者さん、一応言っておきますけど。私だって、お金だけが目的でこんなこと言ってるわけじゃないですからね?」


『……はい』


「何度も言ってますけど、オカルト系に遭わなければ、それでいいんです。というか、それが一番いいんですよ。だって、私が目指してるのって普通のライターなんですから」


 最近、自分が現地でやっていることはどう見ても普通の取材ではない。


 怪異を見つけ、状況を調べ、ときにはその場で対処までしている。


「今のところ、本当に死にかけるところまではいってないからいいですけど。一歩間違えたら危ないようなの、結構ありましたよね? まあ、展示会は違いましたけど」


『…………』


「だから別に、四倍じゃなくてもいいんですよ」


『え? じゃあ三倍で――』


「編集者さんが代わりに行ってくれるなら」


『嫌ですよ!?』


 返答は即答だった。


『私は編集者ですよ!』


「私はライターですよ?」


 千鶴が吹き出した。


 編集者は長いため息を吐いたあと、とうとう言った。


『……分かりました。最近の案件が妙な方向に偏ってるのは認めます。それでも草壁さんが嫌なら、別のライターを探します。無理に受けてもらうつもりはありません』


 金目の表情が、ぱっと明るくなった。


「お、本当ですか?」


『…………』


「だったら、ぜひ別のライターさんにお願いしますね」


『えっ』


「よろしくお願いします。では、お疲れさまでした」


『いや、ちょっと待っ――』


 プツッ。


 金目は晴れやかな笑顔のまま通話を切った。


 千鶴が目をぱちぱちさせる。


「……かなちゃん、本当に断っちゃった」


 東ビートのジャケットには、『おわった』と文字が浮かんだ。


 ちなつも写真の中から、


「……終わったね」


 と呟いた。


     *


 一方、編集部。


 担当編集者はスマートフォンを耳から離し、しばらく無言で画面を眺めていた。


「…………」


 そして椅子の背もたれへ深く身体を預ける。


「そりゃ断るよなぁ……」


 オカルト嫌いを公言しているライターへ、妙な噂の付いた天文台の取材を持っていったのだから、改めて考えれば当然だった。


 しかし取材そのものを取りやめるわけにはいかない。


 編集部として内覧会への参加枠はすでに確保している。


 題材そのものも悪くない。


「……別の人、探すか」


 編集者はパソコンを開き、これまで仕事を依頼したフリーライターの一覧を眺め始めた。


 堅実な人。


 文化記事が得意な人。


 地域取材の経験が多い人。


 だが今回の案件には、最初から妙な噂が付いている。


 そこを伏せて頼むのは、さっきのやり取りでさすがに懲りた。


「最初から全部話して、それでも行くって人……」


 何人かの名前を飛ばしていく。


 そして。


 マウスを動かしていた手が止まった。


「…………あ」


 一人いた。


 安全第一とは、お世辞にも言えない。


 怪異そのものが好きなわけでもない。


 だが仕事になる。


 金になる。


 そう判断すれば、多少胡散臭い案件でも平然と食いつく。


 その代わり、取材内容を盛る。


 証言を勝手に足す。


 取材対象からクレームが来る。


 できれば通常案件では頼みたくない男。


「……まあ、この人なら話くらいは聞いてくれるか」


 編集者はスマートフォンを手に取った。


 連絡先に表示された名前。


 脇薬壱。


 通話ボタンを押す。


 数回の呼び出し音。


     *


 担当編集者からの電話が鳴ったとき、脇薬壱は吸いかけの煙草を、吸い殻で山になった灰皿へ乱暴に押しつけた。


 机の上に転がっていた空のビール缶を腕で払いのけ、うるさそうにスマートフォンを掴む。


「ああ、もしもし?」


『……脇さん? お疲れさまです。今、大丈夫ですか?』


「ああ、あんたか。久しぶりやな。最近俺んところに全然仕事回してこんかったやろ。どういう風の吹き回しや?」


 電話の向こうで、わずかな沈黙があった。


『……その理由、本当に私から説明した方がいいですか?』


 前に依頼した取材で、取材相手が「そんなことは言っていない」と編集部へ直接抗議してきたこと。しかも一度ではなかったこと。そのたびに編集部が謝罪し、原稿を修正し、先方へ説明する羽目になったこと。


 薬壱には、どれも心当たりがあった。


 それでも悪びれず、へらへらと笑う。


「オカルト系? ああ、あの捏造のやつ?」


『自分で捏造って言わないでください』


「ああ、悪い悪い。あの記事のことか?」


『どの記事を指してるのか分からないのが一番怖いんですけど』


 編集者は深いため息を吐いてから、本題に入った。


 来月、一般公開される天文資料館。


 昔の私設天文台を改修した施設で、正式オープン前に報道関係者向けの内覧会が開かれる。


 そこまでは普通だった。


 だが、改修工事中、誰もいない観測室から人の声が聞こえたという。


 名前を呼ばれた者。


 何かを数える声を聞いた者。


 女の声だったという者。


 子供だったという者。


 夜間、誰もいないはずの観測ドームが開いていたこともあった。


 さらに二十年以上前、この天文台を取材したライターが撮影した集合写真には、五人しかいなかったはずなのに六人写っていたという。


 薬壱は吹き出した。


「ハハハッ! なんやそれ。五人撮っとるつもりで六人写っとった? そんなん、どうせ撮った本人が一人覚えてへんかっただけちゃうんか。しょうもな」


『……脇さん、一応オカルトライターですよね?』


「せやから分かんねん。こういう話なんて、だいたいそんなもんや」


『あなた普段、それを怪異みたいに書いてるでしょう』


「そっちの方が売れるからな」


 それでも薬壱は、報酬の話になると身を乗り出した。


「受けてもええけどな。で、いくら出すんや?」


 最近、仕事は減っていた。


 捏造混じりの記事を何本も出し初めこそ金になったが、取材相手からの苦情も重なった結果、声をかけてくる編集部そのものが少なくなっていた。


 たまにまとまった金が入っても、パチンコ、競馬、酒、煙草。


 そんな生活をしていれば、手元に残るはずもない。


 今の薬壱にとって、通常の施設取材の報酬ですら喉から手が出るほど欲しかった。


 だが、編集者が少し条件を上乗せしたのを聞いた瞬間、薬壱は別のことを考えた。


 ――まだ出せるんちゃうか。


「もう一声やな」


 薬壱は粘った。


 編集者は、施設紹介の通常報酬に加え、噂について追加取材できた場合の上乗せ、さらに独自記事として一本成立するなら別稿扱いで買い取ると提示した。


 裏付けの取れる写真、録音、複数証言、記録などを持ち帰れば、取材手当も付ける。


『これ以上は出ません』


 そう言い切られ、薬壱は頭をガリガリ掻いた。


「ああ、くそ。分かったよ」


 そして受けた。


 ただし、最後に一つだけ文句を付けた。


「またこういう仕事入ったら、ちゃんと俺にも回せよ。あの顔だけのへぼライターの女にばっか優遇してんの、知ってるからな」


『……草壁さんのことなら、顔だけではないですよ。少なくとも、取材相手が言ってないことを勝手に記事へ足したりはしませんし』


「……チッ」


『写真も上手いですし、記事もちゃんと売れてます』


「分かった分かった。説教はいらん」


『それに、今回この仕事が脇さんへ回ってきた理由も、草壁さんが断ったからです』


「…………は?」


 薬壱の顔から笑みが消えた。


 電話が切れたあと、薬壱はスマートフォンをベッドへ放り投げた。


「クソが。あの顔だけの年下女以下ってことかよ……」


 冷蔵庫に残っていたビールを掴み、その場で一気に飲み干す。


「……気分悪ぃ。寝る」


 そう言って、そのままベッドへ倒れ込んだ。


内覧会当日。


 脇薬壱は、ヨレヨレのスーツに、だらしなく着崩したカッターシャツという格好で天文資料館へ現れた。


 片手には、何度も折り曲げられ、角の潰れた古いメモ帳。


 肩には、長年雑に使い続けてきたデジタルカメラをぶら下げている。本体には細かな傷が走り、背面液晶の縁には赤茶けた錆まで浮いていた。


 入口前では、地元紙らしい記者と施設スタッフが話し込んでいた。


 薬壱は声をかけるでもなく、その間へ大柄な身体をねじ込んだ。


「……あ、ちょっと」


 スタッフが一歩退く。


 薬壱は気にも留めず、そのまま館内へ入った。


 中には、すでに何人もの報道関係者が集まっていた。


 受付付近には施設スタッフ。


 少し離れた場所には、カメラを首から下げた記者や、配布資料に目を通す取材者たち。


 受付の女性が薬壱に気づき、戸惑いながらも仕事用の笑顔を向けた。


「本日は内覧会へお越しいただきありがとうございます。報道関係の方でしょうか?」


 薬壱は、女性の手元にある参加者名簿へちらりと目を落とした。


「お、脇や。脇」


 ぶっきらぼうに名乗ると、いきなり本題へ入った。


「姉ちゃん。ここの天文台で、なんか変なことが起きたって噂、聞いてんねんけど。ほんま?」


「え……?」


 女性が目を丸くした。


 周囲のスタッフも、何人かがこちらへ視線を向ける。


「その……工事中の噂のことでしょうか?」


「そうそう、それ」


「私は直接見たり聞いたりしたわけではないんですけど……作業員の方たちの間で、そういう話があったとは聞いています」


「ほう」


 女性は周囲を気にしながら、声を落とした。


「二階の観測室で、誰もいないのに人の声が聞こえたとか……」


 名前を呼ばれた。


 何かを数えていた。


 そんな話が、確かにあったらしい。


 薬壱はメモ帳を開き、雑な字で書き留めていく。


「あと……これは、あまり外では話していないみたいなんですけど」


 女性が二階へ続く階段を見た。


「工事をしていた方が一人、観測室の中で気を失っていたことがあったそうです」


「へえ」


「怪我はなかったそうです。でも、目を覚ましたあと……」


 女性は言いにくそうに口を開いた。


「『一人多かった』って、そればかり言っていたって……」


 薬壱はメモ帳に、


 一人多かった


 と書いた。


 そして。


「……はぁ」


 露骨につまらなそうな顔をした。


「そんだけ?」


「え……」


 女性の表情が固まる。


「す、すみません。私が知っているのは、それくらいで……」


「ふーん」


 薬壱が顔を上げた。


 少し離れた場所で、一人の男性スタッフが、何とも言えない表情でこちらを見ている。


 目が合った瞬間、男は視線を逸らした。


 薬壱の口元が、にやりと歪む。


 のっそ。


 のっそ。


 大柄な身体を揺らしながら、薬壱は男へ近づいていった。


 男性スタッフは一歩下がる。


 さらに一歩。


 そのまま離れようとした。


「ああ、待ってくれや、おい!」


 薬壱の大声が館内に響いた。


 男の肩がびくりと跳ねる。


「……な、なんでしょうか」


「なんや、あんた。いろいろ知ってそうやな」


「……何のことでしょう」


「さっきからこっち気にしとったやろ。知ってること、全部話してほしいんやけど。ええかな?」


 薬壱が半歩近づく。


 男はしばらく黙ったあと、小さく息を吐いた。


「……大声は出さないでください」


 その男は施設管理のスタッフだった。


「さっき受付が話していた、倒れた作業員の件ですよね」


「おう」


「私、そのとき現場にいました」


 去年の十一月。


 二階の観測室を改修していた最中のことだった。


 休憩時間になっても戻らない作業員が一人いて、男は作業責任者と一緒に探しに行った。


 作業員は、観測室の床に倒れていた。


 意識はあった。


 だが、呼びかけてもまともに反応せず、同じ言葉を繰り返していた。


「『六人いた』」


「六人?」


「『五人だったのに、六人いた』って」


 薬壱の手が止まった。


 五人だったのに、六人。


 二十年以上前の写真に残っていた言葉と同じだった。


「でも、その日、二階で作業していたのは――」


 スタッフは一度言葉を切った。


「四人なんです」


「…………」


 薬壱はメモ帳へ目を落とした。


「一人減ってるやん」


「……はい?」


「そこの作業員、数も数えられへんの?」


 男の顔から、さっきまで浮かんでいた恐怖が消えた。


 代わりに、露骨な不快感が浮かぶ。


「……あのですね。その人、本当に様子がおかしかったんですよ」


「ふーん」


 そのとき。


「すみません」


 横から別の声がした。


 カメラを首から提げた、四十代ほどの男性記者だった。


「今の話……四人だったんですか?」


 薬壱はじろりと男を見る。


「……は? あんた誰やねん、いきなり」


「え?」


「今、俺がこの人と話してるんやけど。横から急に口出さんといてくれへんか?」


「いや、別に邪魔するつもりは」


「ああ、まあええわ」


 薬壱は記者へ顔を向けた。


「ただ、あんた今、聞いてた話と違う言うたな。何が違うんよ。言うてみいや」


 地元紙の記者は少しムッとしながらも、鞄から薄いクリアファイルを取り出した。


「私は地元紙の記者です。今回、この天文台の再公開について、昔の資料も少し調べてきました」


 そこから一枚の紙を抜く。


 工事会社の記録。


 その日の作業日報。


 薬壱が覗き込む。


 二階観測室。


 作業人員──五名。


「……五人や」


 もう一度見る。


「え、五人やん」


 薬壱は施設スタッフを見た。


「四人って……え? 五人って書いてるやん。どういうことや」


「……私は、四人だったと記憶しています」


「でも日報は五人」


 地元紙の記者が言った。


「作業責任者も、五人だと答えたそうです」


 施設スタッフの表情が険しくなる。


「そんなはずないんです」


「なんで」


「その人が、適当な人数を書くような人じゃないからです」


 薬壱は紙を指で叩いた。


「ほな、責任者はちゃんと数えて五人って書いたんやろ?」


「…………」


「倒れたやつも五人おったって言うた。日報も五人。責任者も五人」


 薬壱はスタッフを見る。


「で、あんただけ四人」


 少し首を傾げた。


「疲れとったんちゃうん?」


「…………」


 薬壱は男の肩へ大きな手を置いた。


「あんた、疲れとったんやな。しゃあないやろ。工事中でバタバタしとって、それで五人やったのに四人しかおらんかったって、思い違いした。そういうことちゃうん」


「いや、私は──」


「だってここに五人って書いとるやん。責任者も適当なこと書かへん人なんやろ?」


 薬壱は男を見据えた。


「それともあんた、ほんまに四人しかおらんかったって証明できるもん、なんか持ってんの?」


 男は黙った。


 数秒後。


「……あります」


 薬壱の表情が変わった。


「その日、改修工事の記録用に写真を撮ってるんです」


「写真?」


「はい。倒れた人が見つかる一時間くらい前です」


 男は声を落とした。


「そのとき、二階の観測室で作業していた人たちも写っています」


 一拍。


「……四人です」


 薬壱の目が光った。


「……あんた、それ」


 一歩近づく。


「それ、話変わってくるやん」


 声に、隠しきれない興奮が混じった。


「日報は五人。責任者も五人。倒れたやつも五人おった言うてる。せやのに、写真には四人しか写ってへん?」


 口元が吊り上がる。


「それ、ほんまに言うてるんやったら──」


 薬壱は笑った。


「マジモンのオカルトやんけ」


 スタッフが事務室へ確認に行き、しばらくして分厚い工事記録のファイルを持って戻ってきた。


「責任者に確認しました。工事記録として閲覧するだけなら構わないそうです。ただし、写真そのものの撮影や記事への掲載は、今の段階では許可できません」


 ページをめくる。


 そして。


「……これです」


 一枚のカラー写真。


 改修途中の観測室。


 資材。


 工具。


 作業着姿の男たち。


 一人。


 二人。


 三人。


 四人。


 確かに、四人しか写っていない。


「…………」


 薬壱は写真を凝視した。


 これまで、腐るほど見てきた。


 安っぽい合成。


 わざとらしい心霊写真。


 後付けの怪談。


 自分自身も、それらしく見える話を散々作ってきた。


 だからこそ分かる。


 これは、簡単に笑い飛ばせるものではない。


「……これや」


「え?」


「これやんけ」


 薬壱は写真から目を離さなかった。


「マジやんけ、これ」


 背筋に寒気が走る。


 だが、それは恐怖だけではない。


 興奮。


 金。


 スクープ。


 ──これ、公開したらいくらになる。


 薬壱は口元へ指を当て、にやにや笑いながら考え続けた。


     *


 その後、地元紙の記者から、この天文台には昔から人数が合わなくなる噂があったと聞いた。


 夜間観測会。


 予約名簿では十人。


 受付でも十人。


 しかし観測室へ入ると、十一人いる。


 帰る頃には、十人に戻っている。


 余分な一人が誰だったのか、顔も服装も思い出せない。


「一人増えたところでさ」


 薬壱は聞いた。


「なんか実害とかあんの?」


 死亡者も怪我人も、昔の記事には載っていなかった。


 ただ、参加者の一人が翌日になっても、「十一人いたはずなのに、余分な一人が誰だったか思い出せない」と話していた。


「うーん……」


 薬壱は腕を組んだ。


「そんな気味悪いところ、ようまた使おうと思ったな、あんたら」


 施設スタッフが困った顔をする。


「ああ、まあ俺はええけどな」


 薬壱はにやりと笑った。


「飯の種になるから」


 やがて、内覧会の正式な館内説明が始まった。


 さすがの薬壱も、そこでは黙った。


 旧・星ヶ丘天文台。


 約二十五年前に閉鎖。


 改修され、来月から一般公開。


 古い星図。


 観測記録。


 望遠鏡の部品。


 子供向け観測会。


 薬壱は必要そうな単語だけを、乱雑な字でメモ帳へ書き込んでいく。


 カメラも構えた。


 カシャ。


 展示室。


 カシャ。


 古い観測機器。


 カシャ。


 星図。


 ヨレヨレの男が持つには不釣り合いなほど、写真そのものは一応まともだった。


 そして一行は二階へ向かった。


 旧観測室。


 作業員が倒れていた、その場所。


 中央には大型の天体望遠鏡。


 頭上には、巨大な観測ドーム。


 薬壱は、何の変哲もない室内を見渡した。


 ──まさか、ただの熱中症とか、そんなアホなオチはやめてくれや。


 カメラを構える。


 カシャ。


 望遠鏡。


 カシャ。


 ドーム。


 カシャ。


 壁。


 床。


 入口。


 他の記者。


 スタッフ。


 片っ端から撮っていく。


 何十枚か撮ったところで、ふと背面液晶を見た。


「……そういや、人数増えるとか言うとったな」


 口元が緩む。


「増えとったら、おもろいんやけどな」


 写真の中の人間を数える。


 一人。


 二人。


 三人。


 ──。


 十八。


 十九。


 二十。


「…………」


 薬壱は顔を上げた。


 今度は、現実の観測室を数える。


 自分を含めて二十人。


 つまり、自分が撮影している以上、本来なら写真に写るのは十九人のはずだった。


 なのに、二十人いる。


 写真の中の方が。


 「……増えとる」


 一人、多い。


「増えとる!」


 薬壱の嬉しそうな声が、観測室中に響いた。


 周囲が一斉に振り返る。


「おいおいおい、誰が増えとるんや!」


 カメラを掲げる。


「知り合いおるんやったら、知り合い同士で確認し! 横におるやつ、知らんやつかもしれへんぞ!」


 さっきまで笑っていた人々の顔が、少しずつ変わっていく。


「……あなた、○○新聞の方ですよね?」


「はい。そちらは?」


「私は市の広報です」


「……あれ、あの人誰だ?」


 ざわめきが広がる。


 その中で、一人の女性記者が、隣に立つ男を見て顔を青ざめさせた。


「……この人」


 男が女性を見る。


「……?」


「私、この人……知らないです」


 観測室の空気が止まった。


 三十代ほどの男。


 黒っぽい上着。


 首から取材証らしきものを下げている。


 だが、誰もその男を知らない。


 薬壱は、のっそり近づいた。


「おい」


 男がゆっくり薬壱を見る。


「あんた誰や」


「…………」


「名前、言うてくれや」


 男は自分の取材証を見た。


 真っ白だった。


「……名前」


「おう」


「名前が……」


 男は額を押さえた。


「思い出せない」


 観測室のどこかで。


 カチッ。


 小さな機械音がした。


 頭上の観測ドームが、ほんのわずかに動く。


 薬壱は男の胸ぐらを掴んだ。


「お前、おちょくっとるんか?」


 ぐい、と顔を引き寄せる。


 近い。


 男の顔が、はっきり見える距離。


 目。


 鼻。


 口。


 眉。


 全部ある。


 なのに、覚えられない。


 目を見れば鼻が消える。


 口を見れば目が消える。


 顔全体を見ようとすると、何の特徴も残らない。


 薬壱の中で、単純な結論が出た。


 ──こいつ、ヤバい。


 そして。


 殴った。


 拳が男の顔面へ叩き込まれる。


 男がよろめく。


 だが、倒れない。


 もう一発。


 さらに一発。


 周囲の悲鳴。


 制止の声。


 薬壱には関係なかった。


 男の身体から力が抜け、膝が折れる。


 気を失った。


 その瞬間。


「……あれ?」


 誰かが周囲を数えた。


 二十。


 全員の人数が一致した。


 頭上の観測ドームも止まる。


 薬壱は男を床へ放り投げ、無言でカメラを構えた。


 カシャ。


 カシャ。


 カシャ。


「ちょっと、何撮ってるんですか!」


 施設スタッフの声など聞かない。


 背面液晶を見る。


 男の身体。


 服。


 床。


 周囲。


 全部写っている。


 ただ。


 男の顔だけが。


 真っ黒に潰れていた。


「……見ろ」


 薬壱はカメラを周囲へ向けた。


「顔だけ写ってねえ」


 声が震えている。


 嬉しいのか。


 怖いのか。


 本人にも分からない。


「……本物や」


 口元が歪む。


「これ、マジで本物やんけ」


     *


 そこから、何かがおかしくなった。


 ── 十九。


 数が聞こえ始める。


 「…なんや」


 どこからかわからない。


 ただ数を数える声だけが聞こえる。


 「誰や言うとんねん!」


 薬壱がそう叫んで周りを見渡した時。 


 気絶していた男が目を開いた。


「……二十三」


 薬壱は、さっきから数字を数えていたのはこいつだと思った。


「お前か。さっきから言うとったんは」


 また殴った。


 だが。


 観測室の奥から声がした。


「……二十四」


 別の場所から。


「二十五」


 さらに離れた場所から。


「二十六」


 人数が増えていく。


 見覚えのない男。


 知らない女。


 薬壱はカメラを向けた。


 顔が黒く潰れている。


 一人。


 二人。


 三人。


 四人。


 五人。


 そして、その中に。


 さっきまで普通に話していた施設スタッフの男がいた。


 薬壱の顔が歪む。


 のっそりと近づいた。


「お前も」


 胸ぐらを掴む。


「お前もやったんか!」


 拳がスタッフの顔へ叩き込まれた。


「ぐっ……!」


 男が床へ倒れる。


「脇さん!!」


 周囲が怒鳴る。


 だが薬壱はカメラを見た。


 さっきまで黒く潰れていたはずの施設スタッフの顔が、今は普通に写っている。


 代わりに。


 別の記者の顔が黒い。


「…………」


 顔が消える相手は、固定されていない。


 移っている。


 増えている。


 カシャ。


 カメラが勝手にシャッターを切った。


 写真の中で、顔が黒く潰れた人間は七人になっていた。


「…………」


 薬壱の呼吸が止まる。


 これまでなら。


 本物だ。


 金になる。


 そう考えていた。


 だが。


 七人。


 さっきは一人だった。


 殴って。


 止まって。


 また増えた。


 誰が人間だ。


 何が移っている。


 何が増えている。


 次は誰だ。


「……あかん」


 薬壱の顔から血の気が引いた。


「……これ、あかん」


 拳を握る。


 床に倒れた男を見る。


 こいつが元凶。


 こいつを殴れば。


 そんな考えが浮かんだ。


 だが、すぐに理解した。


 分からない。


 何も分からない。


「……無理や」


 一歩下がる。


「無理無理無理無理──!」


 踵を返し、薬壱は観測室の出口へ走り出した。


     *


 階段を駆け下りる。


 一階。


 展示室。


 玄関。


 外。


「はっ……! はっ……!」


 道路脇まで走る。


 大柄な身体。


 重い足。


 それでも必死だった。


 ようやく足が止まる。


 天文資料館は遠い。


 戻ろうと思えば戻れる距離だった。


 薬壱は震える手でデジカメを持ち直した。


 写真を見る。


 顔のない男。


 顔が消えた七人。


 そして。


「…………?」


 一枚、自分では撮った覚えのない写真があった。


 観測室を、少し高い位置から見下ろした構図。


 そこには薬壱自身も写っている。


 右手には、今、手に持っているはずのデジカメ。


「…………」


 誰が撮った。


 次の写真。


 一階展示室を走って逃げる薬壱。


 その後ろ。


 黒い人影が、入口から顔を覗かせている。


「なんやこいつ……」


 薬壱の手が震える。


「なんやこいつ……」


 バッ、と後ろを振り返る。


 誰もいない。


 道路。


 草むら。


 駐車場。


 普通の昼間。


 だが。


 カシャ。


 デジカメが勝手にシャッターを切った。


「……は?」


 新しい写真。


 道路脇に立つ薬壱自身。


 その数メートル後ろに、黒い人影。


 薬壱が振り返る。


 何もいない。


 また写真。


 黒い人影が、さっきより近い。


「なんやねん!」


 薬壱が叫ぶ。


「なんやねん、お前!」


 遠く、資料館の入口前。


 黒い服の人影が一人、立っている。


 こちらを見ている。


 薬壱は声を張った。


「なんやねん! なんやねん、お前!」


 人影は動かない。


 やがて。


 一歩。


 こちらへ近づいた。


 カシャ。


 また写真。


 さっきより近い。


 薬壱は、何もいない空間へ拳を振り回した。


「来んな! 向こう行けや!」


 ブンッ。


 右。


 左。


 正面。


 手応えはない。


 そのとき。


「……二十九」


 耳元で声がした。


 薬壱は振り向きざま拳を振る。


 空を切った。


「うおっ――!」


 足がもつれる。


 縁石に引っかかる。


 大柄な身体が地面へ倒れた。


 デジカメが手から離れ、道路脇へ転がる。


 そして。


「…………三十」


 今度は、薬壱のすぐ真上から声がした。


「……っ、くそ……!」


 薬壱は上を見なかった。


 必死に這う。


 カメラへ手を伸ばす。


 掴む。


 再生。


 新しい写真。


 地面に倒れている自分。


 その横に、二人分の影。


「…………」


 薬壱の目が写真の影を追う。


 影の元。


 すぐそば。


「……そこか」


 薬壱はゆっくり振り向いた。


 黒い靴。


 黒いズボン。


 黒い服。


 誰かが立っている。


 顔を上げる。


 首が、ゆっくり薬壱の方へ傾いた。


「……っ!」


 薬壱は地面から、その脚を蹴った。


 手応えがあった。


 人影が一歩よろめく。


 だが、倒れない。


「……三十一」


 低い声。


 薬壱のカメラが勝手に鳴った。


 写真。


 人影が三人に増えている。


 一人は正面。


 一人は背後。


 そしてもう一人は、薬壱のすぐ隣にしゃがんでいた。


「──そこか!」


 薬壱はその位置へ裏拳を振った。


 何もない。


 空振り。


 カシャ。


 次の写真。


 さっきまでしゃがんでいた人影の手が、薬壱の肩へ置かれている。


 その瞬間。


 現実の肩に。


 ずしり。


 重みがかかった。


「──ヒッ!」


 薬壱自身も聞いたことのないような声が漏れた。


「うわぁぁぁっ!!」


 反対の手で肩を叩く。


 バシッ。


 バシッ。


「離れろ! 離れろや!!」


 何度も。


 何度も。


 スーツを掴む。


 擦る。


 爪が布へ食い込む。


 ビリッ。


 肩口が裂ける。


 それでも止めない。


「取れろや! クソッ!」


 やがて。


 ふっ。


 重みが消えた。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 薬壱は震えながら写真を見る。


 人影は、六人に増えていた。


 そして。


「……三十二」


 六人分の声が、同時に聞こえた。


「もう……」


 薬壱が一歩下がる。


「もう嫌や……」


 そして。


「もう嫌やぁぁぁ!!」


 走った。


     *


 逃げる方向など考えていなかった。


 ただ、六人から離れたかった。


 その結果、薬壱はさっき逃げ出した天文資料館の方へ戻っていた。


「なんでやねん……!」


 そのとき、玄関が開いた。


 中から人が飛び出してくる。


「脇さん!」


 地元紙の記者だった。


 その後ろから、他の記者やスタッフも続いてくる。


 全員、顔を青ざめさせていた。


「中にいられない!」


 地元紙の記者が叫ぶ。


「人数が増え続けてる!」


「……なんやねん」


 薬壱の頭が混乱する。


「中におられへんって、なんやねん……人数増えてるって、なんやねんそれ……!」


 両手で頭を抱える。


 震える手でカメラを見る。


 最新の写真。


 資料館の玄関。


 飛び出してきた記者たち。


 スタッフたち。


 その後ろに広がる、暗い館内。


 そこに、黒い人影が何人も並んでいた。


 奥へ。


 さらに奥へ。


 次々と外へ出ようとしている。


「……三十三」


 資料館の中から、何人もの声が重なった。


 薬壱は目の前の人々を見る。


「お前ら……」


 顔から血の気が引く。


「お前ら、人間じゃねえやろ……!」


「は!?」


「来んな!」


 薬壱はまた逃げた。


 資料館へ背を向け、道路側へ走る。


 カシャ。


 カメラが鳴った。


 薬壱は走りながら写真を見る。


 自分の背中。


 後ろには資料館。


 黒い人影。


 そして、前方。


 道路の先にも、黒い人影が一人立っている。


「……三十四」


 進行方向から声がした。


 薬壱は見ない。


「知らん! 知らん知らん知らん!」


 走る。


 ドッ。


 ドッ。


 ドッ。


 ヨレヨレの革靴がアスファルトを叩く。


 息が切れる。


 肺が痛い。


 足が重い。


 それでも、今までの人生で一番速く走った。


 やがて、声が止まった。


 シャッター音も聞こえない。


「…………」


 薬壱の顔が、わずかに明るくなる。


「逃げれた……」


 走りながら呟く。


「逃げれた……逃げれたんや!」


 その瞬間。


 カシャ。


「……は?」


 薬壱の表情が固まった。


「逃げれたやろ……」


 カメラを見る。


「逃げれたんちゃうん……」


 写真。


 黒い人影はいない。


 だが、画面に文字が浮かんでいた。


 あと一人


「……あと一人?」


 薬壱は液晶を睨む。


「なんやお前。何言っとるんじゃ、これ」


 画面が真っ黒になる。


 白い文字。


 ひとり


 たりない


 あなたで


 薬壱の足が止まった。


「…………」


 最後の文字が、ゆっくり浮かび上がる。


 さんじゅうろく


 デジカメのスピーカーから、薬壱自身の声がした。


「……三十六」


 カシャ。


 写真。


 誰もいない山道。


 薬壱が立っているはずの場所。


 そこだけが、ぽっかりと空いている。


「…………!」


 薬壱は反射的に、その場から飛び退こうとした。


 だが。


 足が滑る。


「っ!?」


 身体が傾く。


 その瞬間。


 音が消えた。


 風。


 鳥。


 車。


 自分の呼吸。


 何も聞こえない。


「…………」


 動けない。


 指一本。


 目すら。


 ただ、意識だけがある。


 視界の端に、黒い靴が見えた。


 一歩。


 また一歩。


 黒い人影が、薬壱の正面まで歩いてくる。


 そして。


 初めて、その顔が見えた。


「…………」


 脇薬壱。


 破れたヨレヨレのスーツ。


 汗で濡れた髪。


 青ざめた顔。


 古いデジカメ。


 もう一人の薬壱。


 だが、そいつは震えていない。


 薬壱をじっと見つめ、口元だけをゆっくり持ち上げた。


「……三十六」


 カシャ。


     *


 世界に、音が戻った。


 山道には、一人の男が立っていた。


 脇薬壱。


 ヨレヨレのスーツ。


 破れた肩口。


 男は何事もなかったように顔を上げる。


 そして、天文資料館とは反対方向へ、ゆっくり歩き始めた。


 その場には、もう誰もいない。


 ただ、道路脇に一台の古びたデジタルカメラが落ちていた。


 液晶には、最後の一枚。


 山道に立つ、二人の脇薬壱。


 一人には、顔がある。


 もう一人は。


 顔だけが。


 真っ黒に潰れていた。


LOST END『一人、足りない』


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