Ⅳ 暗い感情
書籍2巻が明後日発売です! 明日、明後日も更新します。
次の日の朝、シアが別荘のどこにもいない、と言ったのはアリスだった。
アリスがシアを起こしに行ったら、ベッドの上はもぬけの殻だったのだという。
早めに朝食代わりの軽食を作ろうとしたのかな、とアリスは思ったらしい。それで食堂を見てみたけれど、やっぱりいない。
これはおかしい、と思って、別荘の主人であるアルフォンソと、シアの姉であるわたしに知らせに来てくれた。
寝ぼけ眼をこすりながら、わたしは応える。
「シアなら、散歩に行くなら、一言なにか伝えておいてくれそうだけど」
「はい。だから……心配なんです」
徐々におかしい、とわたしは考えはじめた。
シアだって、貴族の子女だ。
それにあれだけ可愛い少女なわけで……。
誘拐されたという可能性に、わたしは思い当たった。
もしそうだとすれば……大変なことになる。
わたしは即座にバレンシアにいるリアレス公爵家の家臣に連絡をとった。捜索をしてもらうことにしたのだ。
さらにアルフォンソ様を通して、王家の直臣や、バレンシアの市参事会にも協力してもらうことにした。
そして時間が経った。シアがひょっこり戻ってくるんじゃないか、とわたしは期待していた。
帰ってきたら、「とても心配したんだからね」とわたしは姉らしく怒るつもりだった。
……わたしはシアの姉で、シアはわたしの妹だから。
けれど、シアは夜になっても戻ってこなかった。
みんな心配そうで、その日の夕食の席では重い空気が流れている。
そして、わたしの腕には、赤い魔女の刻印が刻まれてきた。
破滅が……また近づいている。
わたしは必死に考えた。
シアが心配でたまらないけど、それ以外にも考えることがある。
シアは……どうして姿を消したんだろう?
……あんなに、わたしと一緒に街をお出かけするのを楽しみにしてくれていたのに。
そして、それはわたしの破滅と、どうつながるんだろう?
前回の人生で、似たことがなかったかわたしは思い出そうとした。
そういえば、シアが寮に戻ってこなかったことがあった。談話室で一緒にお茶を飲む予定だったのに、シアが時間になってもやってこない。
心配になって、わたしが探すと、シアは寮の物置に閉じ込められていた。平民の子であるシアに、嫌がらせをした侯爵令嬢の仕業だった。
わたしはかんかんになってその令嬢たちに怒って、シアに「も、もう大丈夫ですから……」と止められたんだっけ。
その後、シアは「助けてくれて、とっても嬉しかったです」と愛らしく微笑んでくれた。
前回の人生は、学園で起きたことだし、すぐに解決した
でも、今回は学園のなかのことじゃないし、犯罪に巻き込まれた可能性もある。
今回の人生でも、わたしはシアを救えるだろうか?
ちくりと、胸に痛みが走る。
前回の人生で、わたしはシアを裏切った。その償いを……わたしは十分にできていない。
それなのに、わたしは今でも、シアに嫉妬し、恐れを抱いてしまう。いつかシアがわたしの居場所をすべて、奪ってしまうんじゃないかって。
夜の魔女の赤い紋章を、わたしは見つめる。
これは破滅を回避しなければならない、という印だ。
わたしがシアを助ければ、この模様は消えるんだろうか。
それとも……もしかしたら、シアを見捨てることで、わたしは破滅を回避できるんだろうか。
前回の人生で、わたしはシアを助けて、親友になった。それが破滅の発端だったとも言えなくもない。
シアがいなくなれば……わたしが破滅する理由はなくなるのかもしれない。
わたしは自分の恐ろしい考えに慄然とした。
顔色が悪くなったわたしを、フィルが心配そうに覗き込む。
「お姉ちゃん……大丈夫?」
「うん、平気……」
「すごく……シアさんのことが心配なんだね」
フィルは、わたしがシアのことを心配しているのだと思ったらしい。
もちろん、シアのことが心配だ。でも、同時に、とても醜い感情も抱いてしまった。
フィルには、絶対に話せない。
わたしはシアのことを心配する気持ちと、自分の心のなかの暗い感情を整理できないまま、フィルに弱々しく微笑んだ。






