Ⅲ 白ひげ
「お茶会の目的を知ってる?」
「それは……」
貴族の社交……だろうか?
けれど、フローラ先輩は首を横に振り、白百合のような美しい微笑みを浮かべた。
「おいしい紅茶と、お菓子を楽しむこと。そうでしょう?」
わたしはうなずいた。
そのとおりだ。
きっとフローラ先輩は、わたしとサグレス王子の経緯も噂で知っていて、その上で余計なことを考えないほうが良い、と忠告してくれているのだと思う。
わたしは紅茶のティーカップにふたたび口をつけた。
たしかにサグレス王子のことなんか考えて、この上品な味わいを楽しめないなんて、もったいない。
お茶会用の三段のティースタンドが、銀色に鈍く光っている。部屋を借りたとはいえ、人数に対してそれほど広いわけでもないし、テーブルは手狭だ。
だから、狭い空間にたくさんのお菓子をおけるように、ティースタンドを用意してそれぞれの段にお茶菓子が入れている。
下の段から上の段へと食べていくのが、作法ということになっている。
これは海の向こうのアルビオン王国の作法で、出されているお菓子もアルビオン風のものになる。
お茶会の本場はアルビオンなのだ。
最下段には、バゲットパンがいくつかある。そのパンのなかにキュウリのはちみつ漬けが挟まれていた。
アルビオンのお茶会の定番の食べ物だ。
フローラ先輩は、パンを食べると、真紅の瞳を輝かせた。きっと美味しかったんだろう。
わたしも一つパンを手にとって、口に入れる。
キュウリ、はちみつ、パン、というのは不思議な取り合わせのような気もするけど、これが不思議と美味しい。
わたしもぱくぱくと食べてしまい、隣のフローラさんがくすっと笑う。しまった。食べすぎたかも。
フローラ先輩は、悪い人じゃなさそうだ。
ただ……。
「フローラ先輩は相変わらずお美しいですね」
とサグレス王子が微笑みながら言い、フローラ先輩はむせると、顔を真っ赤にした。
「先輩はおやめください。殿下」
「そういうフローラ先輩こそ、殿下はやめていただけませんか。ここは学園で、オレとあなたはただの後輩と先輩なのだから」
「それは……そうですが。」
フローラ先輩は真紅の瞳を泳がせた。うろたえているのと……照れているのだと思う。顔が赤いのは、サグレス王子に対する憧れと好意の現れだ、と思った。
こんな気取った王子のどこがいいんだろう? とわたしは思うけれど、サグレス王子は学園では大人気だし、フローラ先輩もそういうサグレスのファンの一人なんだろう。
二人は昔からの知り合いのようだし、フローラ先輩の家自体、サグレス派なんだと思う。
ただし、この場ではフローラ先輩は、わたしにも好意的なようだし、あくまでお茶会は「おいしい紅茶と、お菓子を楽しむ」ためと割り切っているんだと思う。
そのサグレス王子も、決してわたしを敵視するような視線は向けていない。
「いや、あの決闘のときは驚かされた。あんたの強さは素晴らしいものだった」
「いえ……」
「学園じゃ、あんたの評判はかなり上がっているしな」
「そうなんですか?」
と思わず聞き返してしまう。
サグレス王子は面白そうに笑みを浮かべた。
「知らないのか? 『リアレスの剣姫』だなんて呼ばれて、騒がれてるぜ。そりゃこれだけ美しい姫が剣を振り回して、強敵に勝ってしまえば、人気も出るわな」
わたしは「美しい」という部分を聞き流し、フローラ先輩からの軽いヤキモチの視線も受け流し、考えた。
前回の人生では、わたしは学園で剣術を披露することはほとんどなかった。
学園では剣術大会もあって、かなり盛り上がるイベントだ。けれど、王太子殿下の理想の婚約者として控えめに振る舞うべき、ということで、わたしは参加を見送った。
今回は……どうすればいいだろう?
わたしはちょっと考えて、剣術を披露することに問題はないと結論づけた。未来の王妃になるつもりなんかないし、控えめに振る舞うなんてまっぴらごめんだ。
「剣術大会、参加するんだろう? オレと当たるかもしれないな」
前回の人生では、剣術大会ではサグレス王子が優勝していた。ちなみにアルフォンソ様はサグレス王子と試合して負けていたと思う。
よし!
このあいだの仕返しもしないといけないし。剣術大会でサグレス王子に勝つのを目標にしよう。
「楽しみにしています」
わたしは初めてサグレス王子に微笑んでみせた。内心では「絶対に倒す!」と思いながらの笑みではあったけれど……。
そんなとき、フィルがとてとてとわたしのもとにやってきた。
フィルがわたしをちらりと見上げる。
「どうしたの? フィル?」
「あのね……クラスメイトの子が、お姉ちゃんに挨拶したいって」
そっか。なるほど。
そういえば、サグレス王子の言葉によれば、わたしはさらに有名人になったらしいし。
フィルのクラスメイトの子に興味は薄いけれど、でも、フィルにわたしを紹介するようにお願いしたのだから、ここはフィルのためにも知り合いになっておこう。
わたしが立ち上がりかけたとき、セレナさんがやってきた。皿に乗せて、わたしたちのテーブルに追加のお菓子を運んできた。ティースタンドの上段が空なのでそこに乗せるんだと思う。
ビスケットのなかにたっぷりの生クリームを挟んだもので、とても美味しそうだ。わたしもフィルも思わずじーっと見つめてしまう。
なんて名前のお菓子なんだろう? あとでセレナさんに聞いてみようかな。
と思っていたら、セレナさんの身体がふわりと宙に浮いた。
……なにかにつまづいたみたいだ!
とっさにフローラ先輩がセレナさんを抱きとめる。なのでセレナさんは無事だけれど、その手から、お菓子をのせた皿が空を舞い……。
このままだとフィルに激突してしまう!
びくっと震えるフィルをとっさに抱き寄せ、なんとかフィルに皿が当たるのを回避した。
……良かった……。
ほっとするわたしは、腕の中のフィルを見る。
「お、お姉ちゃん……ありがとう」
「どういたしまして」
「で、でも……恥ずかしいな」
たしかにみんなの前で、フィルをぎゅっとしている格好になるわけで……。
わたしは慌ててフィルから離れた。フィルは顔を赤くして、わたしを上目遣いに見ている。
可愛い……。あのまま抱きしめていても良かったかも……。
と、そんなことを考えていたら、目の前のセレナさんが顔を青ざめさせているのに気づく。
どうしたんだろう?
わたしはセレナさんの視線の先を見て……固まった。
皿は床に落ち、割れるだけで済んだ。セレナさんも無事。
ただ……。
生クリームたっぷりのお菓子は、サグレス王子の顔に直撃したらしい。
サグレス王子の美形の顔に、生クリームが一面についていて、まるで白ひげのようだ。
サグレス王子は困ったように、変な笑を浮かべる。
わたしは思わず、くすっと笑ってしまい、そして、しまった、と思う。
サグレス王子にお菓子が直撃したのは、たぶん、わたしがフィルをかばったからだ。
セレナさんとサグレス王子のあいだにフィルはいて、そんなフィルをわたしが抱き寄せたから、サグレス王子は、生クリームの白ひげをつけることになったわけで……。
あれ? もしかしてわたしのせい?
セレナさんはますます顔を青くしていた。それはもう、怯えるのも当然だと思う。相手は王子。しかも自分の家ともつながりがあるのだから。
わたしも困ったことになったな、と思う。王子に恥をかかせ、しかもくすっと笑ってしまった。
サグレス王子が、決闘のときに見せていた冷たい目を思い出す。
なにか、仕返しをされるかもしれない。そのときはわたしが、自分とセレナさんを守らないと……。
ただ……わたしがもっと気になったのは……。
せっかくあんなに美味しそうなお菓子だったのに、もったいない! 食べられなくて残念だ。
「も、申し訳ございません、殿下!」
ほとんど悲鳴のような謝罪の声をセレナさんが上げる。
どれほどサグレス王子は怒るだろう? わたしは想像もつかなかった。
けれど、サグレス王子は、そのままの状態でくすくすと笑いはじめた。
「せっかくのお菓子が台無しになってしまって残念だね。あんなに美味しそうだったのに」
それは……わたしの考えていたことと同じだった。そして、サグレス王子はわたしに目を向ける。
「あんたは、やっぱり弟のことが大事なんだな」
「はい。ですが……その……申し訳ありません」
サグレス王子より、わたしはフィルを守ることを優先してしまったわけだ。けれど、サグレス王子は、首を横に振った。
「気にしなくていい。ああ、セレナ。君も許すよ。それより、他にもお菓子があると嬉しいね。オレも、この食いしん坊の『リアレスの剣姫』も、それを望んでいるからね」
食いしん坊の姫……。わたしが最初のお菓子をたくさん食べただけで、食いしん坊呼ばわりされるのは、ちょっと不本意だ。
ただ、サグレス王子は怒っていないみたいでほっとする。
やっぱり、学園中で支持されているだけあって、大物感があるなあ、と思う。ここで感情的に怒るより、寛大に許したほうが周囲の評価は上がるだろう。
実際、フローラ先輩たちは「さすが殿下。お優しいですね」と言って、憧れの眼差しで見つめている。
でも、わたしはこの王子のことを信用することはできなかった。決闘のこともあるけど、それを抜いても、なにか胡散臭い。
「さて、リアレスの剣姫。剣術大会で戦えることを楽しみにしているよ」
サグレス王子は、生クリームの白ひげをつけた面白い顔で、そんなことを言った。
そろそろ新キャラ登場です……。
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