XIII 決着
「ぼく……あの剣術、知っているかもしれない」
「本当に!?」
フィルがカルメロの剣術を知っているといって、わたしは身を乗り出した。
けど、フィルはびっくりしてしまったみたいだった。
……いけない。フィルを驚かせないようにしないと。
フィルはどぎまぎした様子で、とつとつと語りはじめた。
「あれはシルヴァニアの剣術だと思う」
「シルヴァニアって……西方の島国の?」
「うん。剣術の本で読んだことがあるんだ」
シルヴァニア流剣術というのは、円を描くように移動して、防御に徹するらしい。そして、相手の隙を見て、反撃に転じる。
フィルは詳しく説明してくれた。
「さすがフィルね。本の内容をそんなに正確に覚えているなんて」
「王家の屋敷にいたときに読んだ本なんだ。そのときは……他にすることがなかったから」
フィルは王家の屋敷にいたときはひとりぼっちで、誰も味方がいなかった。
だから本にのめり込んで、普通は読まないような本も屋敷に置かれていれば読んでいたという。
何気ない一言で、フィルが孤独だった頃の、嫌な記憶を思い出させてしまったかも。
わたしは心配になったけど、フィルは微笑んでくれた。
「今はいっぱいすることがあるから。だって……お姉ちゃんがいてくれるし」
フィルが目を輝かせて、そう言ってくれる。
うん、やっぱり……フィルは可愛い。
わたしはフィルを抱きしめようとして……かわされた。
「お、お姉ちゃん。こんなみんながいるところで抱きしめたりしないでほしいな」
「……ごめんなさい」
フィルはくすっと笑った。
剣術の正体はわかったけど、でも、どう対策すればいいのだろう?
それも、フィルが教えてくれたt。
フィルはそっとわたしに耳打ちした。
本に書かれていた内容によれば……。
わたしはその対策を聞いて深くうなずいた。
うん。その方法でやってみよう。
「ありがとう、フィル。おかげでたぶん勝てるような気がする」
そして、わたしはレオンを向く。
「さあ、次の戦いね」
「はい。お嬢様」
レオンの青い瞳は、わたしをまっすぐに見つめていた。
そして、わたしは立ち上がった。
カルメロは「へえ」とつぶやく。
「戦うんですか」
「最初からそう言っているでしょう?」
「意外だな。だが、あなたでは私には勝てない」
「やってみなければわからないと思うのだけれど」
カルメロはにやりと笑みを深くした。
わたしはその黒い瞳を見つめる。
大丈夫。
勝てるはずだ。
ふたたび、決闘が始まる。
カルメロは剣をさっきと同じようにかまえ……。
そして、わたしは決闘開始すぐに、カルメロのそばへと飛び込んだ。
「なっ……」
懐に飛び込まれたカルメロは身を守ろうと剣を引く。
だが、それより先に、わたしの剣が、カルメロの剣を捉えた。
力いっぱいにわたしは剣を叩き込む。
カルメロは剣を取り落した。
慌てて剣を拾おうとするカルメロの首筋に、わたしは剣を突きつける。
「勝負あり。そうでしょう?」
決闘のルールでは、首筋に剣を突きつけられたら、負けである。
わたしは短時間でカルメロに勝利した。
シルヴァニア流剣術は、防御の剣術だ。独特の足さばきで、持久戦に持ち込むことを目的としている。
その対策は……先手必勝。相手が防御の流れを組む前に、剣自体を攻撃すればいい。
わたしは身のこなしも速いし、カルメロを倒すことができた。
フィルの知識とわたしの剣術の両方があってこその勝利だ。
カルメロは呆然としている。
わっ、と観客の歓声が湧いた。
わたしの勝利で決闘はとても盛り上がっていた。
ふふっとわたしは笑う。
「あんなに自信たっぷりだったのに、負けたわけね」
わたしが意地悪にカルメロに言うと、彼は悔しそうにした。
次に、サグレス王子に視線を移す。てっきり慌てているかと思ったけれど、サグレス王子は平静で、むしろ面白そうに、わたしを見つめていた。
サグレス王子は、カルメロに近寄る。
「いやあ、いい負けっぷりだった。カルメロ」
「も、申し訳ございません。しかし、次は必ず……勝ってご覧に入れます」
そう。三戦目がある。
ここで勝たなければわたしの勝利は決まらない。
カルメロの剣筋もわかったし、勝てるとは思うけれど、絶対ではない。さっきみたいな先手必勝にも対策してくるだろうし……。
サグレス王子は、わたしに問いかける。
「次も勝つつもりかい?」
「もちろん」
「あんたは強いな。その強さはどこから来る?」
「わたしはフィルの最強の姉だもの。だから、負けないの」
わたしはサグレス王子の金色の目を見つめ、そう答えた。
サグレス王子は、「そうか」とつぶやく。
その金色の目は、何か深く……とても昏いものを宿しているように見えた。
やがて、サグレス王子はにっこりと笑った。
「今回はオレたちの負けだな」
わたしは一瞬、サグレス王子の言葉が飲み込めなかった。
降参、ということらしい。
信じられない。
もちろん、わたしは負けるつもりはない。でも、客観的にみれば、最後の戦いでカルメロが勝つ可能性は十分にあった。
なのに、サグレス王子は、あっさりと負けを認めてしまった。
「帰るぞ、カルメロ、コンラド」
「しかし、殿下。私はまだ……」
反論しかけたカルメロを、サグレス王子はちらりと見た。その目はひどく冷たくて……恐ろしかった。
口答えは許さない、ということだろう。
カルメロはぴたりと口を止め、冷や汗をかいていた。
それまで、黙っていたコンラド少年は、うやうやしく胸を手に当て、「すべては殿下の意のままに」と述べる。
サグレス王子は満足そうにうなずくと、わたしに手を差し出した。
「あんたには敬意を表するよ。オレ自身もあんたと戦ってみたいものだな」
「そんな機会があれば、ですけど」
わたしはサグレス王子の手を握る。その手はとても冷たかった。
「機会はすぐにあるさ」
そう言うと、サグレス王子はわたしの手を離し、微笑んだ。
そして、立ち去っていく。
わたしは勝った、ということみたいだった。
そんなわたしの胸に訪れた思いは……。
「つ、疲れた……」
わたしはへなへなとその場に倒れ込んだ。
心配したレオンがわたしのもとに飛んでくる。さらにシアやアリス、アルフォンソ様たちも、わたしに駆け寄ってきてくれた。
決闘は終わったから、介添人のレオン以外も、そばに来られるようになったのだ。
見物人たちも次々にわたしを褒め称える言葉をかけてくれる。
でも、わたしにとってのもっとも嬉しい称賛は……。
「お姉ちゃん……すごくかっこよかったよ!」
「ありがとう、フィル。でも、勝てたのはフィルのおかげね」
フィルはふるふると首を横に振った。
「お姉ちゃんが強かったからだよ。……今度は、ぼくも強くなって、自分で勝てるようになりたいな」
「フィルならきっとなれるわ。だって、わたしの弟なんだもの」
そう言うと、フィルはとても嬉しそうに微笑んだ。
「……ぼくのために戦ってくれてありがとう、お姉ちゃん」
そして、フィルは天使のような、屈託のない笑みを浮かべた。
これからも……わたしは、フィルにとっての最強で最高の姉でいられるだろうか。
それはこれからの学園生活にかかっている。
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