XI 信じてほしいな
決闘の場。
学園の広場に、わたしはレオンと一緒に立っていた。フィルはわたしたちの少し後方にいる。
「いよいよね、レオン」
「はい。……お嬢様、ご武運を」
レオンが青い瞳でじっとわたしを上目遣いに見る。
わたしは微笑んだ。
「ありがとね、レオン」
わたしがぽんとレオンの肩に手を置くと、レオンは恥ずかしそうな顔をした。
フィルは決闘の本人、わたしが代理人、レオンが介添人だ。
そして、相手方は、まず、決闘を申し込んだコンラド・ラ・バリエンテがいる。くすんだ茶髪と茶色の目の平凡な見た目だ。
セレナさんに好意を持っていて、フィルに対抗心と敵意をもって決闘を申し込んだはず……なのだけれど。
まったく覇気がなく、ぼんやりとした目つきでわたしたちを眺めている。
フィルを見る目にも、まったく敵意がなかった。
……? どういうことだろう?
コンラドという男子生徒の様子に違和感を感じた。けど、それより問題だったのは残りの二人だった。
決闘の代理人は、背の高い一年生の男の子だった。
フィルと同じ黒髪黒目だけど、雰囲気はまるで違う。目つきが鋭いし、にやりと笑うと、獰猛とも言えるような威圧感を放つ。
南方の血が混じっているのか、顔つきも外国風で、肌の色も褐色だった。
十二歳にしては体格もがっしりしているし……これは強敵かもしれない。
「私はカルメロ・ラ・フランコです。次の王妃様とお手合わせ願えるとは光栄ですな」
「え、ええ……」
手強そうな相手だ。警戒しないといけない。
でも、わたしの注意を引いたのは、最後の一人。相手方の介添人だった。
その男子生徒は、わたしも名前を知っていた。同学年の生徒だ。
赤髪に、金色の輝く瞳。とても目立つ容姿だ。
背もスラリと高くて、かなりカッコいい。
ただし、着ている服は、学園の標準服ではない。
白を基調にしたマントを羽織り、澄んだ青色の豪華な服を着ている。
それは……アルフォンソ様の着ている服の、赤と青を入れ替えたような服だった。
その服には、王家の証である金色の模様が織り込まれていた。
彼は、わたしににっこりと、無邪気な笑みを向けた。
「やあ、知っていると思うけど、オレはサグレス・エル・アストゥリアス。あんたの婚約者の弟だ」
ははは、と笑った彼は、第二王子サグレスだった。
……わたしは驚きで声をも出なかった。
たしかにバリエンテ子爵は、第二王子サグレス派の貴族だ。
だからといって、有力な貴族というわけではないし、その子息がサグレス王子と特段親しいという話も聞かない。
まさかサグレス王子が出てくるなんて、夢にも思わなかった。
サグレスはわたしに片目をつぶってみせる。
そして、見物人たちに、軽く手を振った。
そう。
サグレス王子は人気者だった。
アルフォンソ様も人望がないわけじゃないし、優秀で完璧だけど、大人気というわけじゃない。
それはわたしも同じで、有名人ではあるし、一部に慕ってくれる人もいるけど、でも学園の生徒のあいだで熱狂的な支持を受けているかといえば、そうではない。
けどサグレス王子は、崇拝者ともいうべき生徒たちがたくさんいる。
生まれついての魅力なのか、サグレス王子には不思議なカリスマがあった。
アルフォンソ様が、後継者の地位を奪われると恐れるのも、わかる気がする。
「どうして……サグレス様が……」
「友人が困っていると聞けば、一肌脱ぐのが世の習いってわけでね。本当はオレ自身が戦うつもりだったんだが……止められてしまったからな」
それはそうだろう。
子爵の子息の代理人に、王子が立つなんて前代未聞だ。
それに、友人、というけれど、コンラドとサグレス王子がそんなに仲が良いなんて話は聞かないのだ。
弟のために戦うわたしとは事情がまったく異なる。
わたしは頭を回転させた。
このカルメロという強そうな生徒も、サグレス王子が手配したに違いない。
なら、何のために?
わたしは理由に思い至った。
……客観的にみれば、わたしはアルフォンソ様の仲間だ。わたしはアルフォンソ様の婚約者だし。
フィルもアルフォンソ派と思われることは変わらない。。
リアレス公爵家は、アルフォンソ様が王位後継者となることを支持している。
つまり……。
サグレス王子はにこにことしていたけれど、金色の瞳で鋭くわたしを見つめた。
「そう。これは政治だ。オレたちが決闘で、リアレス公爵家をボコボコにすれば、あんたらは馬鹿にされることになるだろうな。武門の家の名が泣くことになる」
「そうすれば、アルフォンソ様の評判も落ちるということですね?」
「ああ、そうさ」
アルフォンソ様はあまり強い後ろ盾がない。そんななかで、リアレス公爵家は、アルフォンソ様にとって最大の味方だった。
そのリアレス公爵家の評判を落とせば、たしかにアルフォンソ様にとっても不利なことになる。
だけど……。
「そんな権力闘争を学園に持ち込む必要はないと思うのですけれど?」
「学園こそが、闘争の場なんだよ。オレも兄上も、この学園の生徒だからな。そして、ここの学園の生徒はみな貴族で、有力な貴族の子弟はたいていこの学園にいる。未来の王国の指導者が揃い踏みってわけだ」
たしかに、この学園はそういう場所だ。未来の王国を担う人々を集めて、教育を施す。
ここでの交流が、将来につながるのだ。
だからこそ、わたしはフィルにこの学園で友人を作ってもらわないといけないと思った。
逆に言えば、この学園で、サグレス王子とその一派がより一層の支持を受け、アルフォンソ様とわたしたちが評判を落とせば、サグレス王子が次の国王となる可能性は高くなる。
その政治抗争の一つとして、この決闘は仕組まれた。
コンラドの不自然な覇気の無さも当然だ。彼自身には決闘を挑む動機はなかったんだから。
ってことは……。
アルフォンソ様が王太子だから、わたしはこの決闘に巻き込まれたってことなんだ……。
いや、べつに……アルフォンソ様が悪いわけじゃないけど……微妙な気分になる。
サグレス王子はそんなわたしの内心を知ってか、知らずか、微笑む。
「あんたとは一度、じっくりと話してみたいと思っていた。面白そうな人だと思ってたからね。まさか決闘にやってくるとは思わなかったが……」
わたしとサグレス王子は、宮廷で一度か、二度顔を合わせて儀礼的な挨拶をした程度の交流しか無い。
それは前回の人生でも同じだった。
サグレス王子はちらりとわたしの背後を見る。
後ろにはフィルがいるはずだ。
「……弟のことが大事なんだな」
「はい。フィルは……わたしの最高の弟ですから」
「羨ましいよ。オレと兄上のあいだでは、ありえない関係だな」
サグレス王子は真顔で小さくつぶやくと、やがて笑顔を取り戻した。
「さて、クレア・ロス・リアレス嬢。オレの仲間のカルメロは強いぜ。なんといっても、俺にあと一歩で勝てるぐらいだった」
「さぞ優れた腕前を持っているのでしょうね。サグレス殿下が強いという前提があってこそですけれど」
「ははは。そのとおりだ。そして、オレは強い」
その言葉に嘘はないと思う。
サグレス王子といえば、前回の人生では、強豪揃いの学園の剣術大会でも優勝していたはずだ。
「逃げ出すなら今のうちだぜ? たぶん、あんたの腕ではカルメロには勝てないからな」
そう。わたしでも、きっと楽勝というわけにはいかないはずだ。
だけど、負けるとは思わない。やり直したわたしの経験値をなめてないでほしい、と心の中でつぶやく。
それに……。
わたしは首を横に振った。
「セレナさんのことが理由で、決闘を申し込まれたなら、まあ、仕方ないかなと思っていました。可愛らしい理由ですし、わたしのせいでもありますし……ですが……」
実際の決闘の理由は、サグレス王子が、コンラドを利用して、フィルを辱めようとしたことにあった。
アルフォンソ様との王位継承権争いのために。
そんなくだらない理由で……わたしの弟を傷つけようとしたのなら。
許せるはずがない!
「フィルのために、アルフォンソ様、そして、わたし自身のために。この勝負、勝たせていただきます」
「いい度胸だ」
サグレスの言葉と同時に、カルメロがにやりと笑い、細い木剣を構える。
わたしも、木剣を手にとった。
「レオン!」
わたしの言葉に、隣のレオンがはっとした顔をする。レオンには、介添人として勝負の開始を宣言してもらわないといけない。
レオンは剣呑な空気に飲まれたのか、青ざめていた。
レオンは小声でわたしに言う。
「ほ、ホントに勝てるんですか? 相手の人、めちゃくちゃ強そうですよ」
「大丈夫」
「ですが……」
「たまには主人のわたしのことを信じてほしいな」
わたしが冗談めかして言うと、レオンは口をぱくぱくさせ、こくりとうなずいた。







