XX 決闘当日
いよいよ決闘の当日になった。
学生決闘のルールに従って、わたしと相手の子は、正午に学園の広場で戦うことになる。
立ち会い人だけじゃなくて、大勢の見物人も来るはずだ。
学生決闘は学園のちょっとしたイベントだ。みんな退屈しているから、良い娯楽になる。
自分でいうのもあれだけれど、王太子の婚約者であるわたしが戦うという時点で、話題性抜群だ。
相手はバリエンテ子爵家の次男コンラドという男子生徒。
一年生の子だ。
少なくとも事前に調べた限りは、剣の天才みたいな話は聞かない。
もしかしたら代理人を立てるかもしれない。
でも、バリエンテ子爵家自体、サグレス王子一派の宮廷貴族の一人だというけれど、新興の弱小貴族だ。
強い代理人を探してきて、立てる力はないと思う。
わたしは口笛なんて吹きながら、控室代わりの教室で待機する。
剣術の訓練用の木剣は、屋敷から持ってきたものがある。
剣といっても、とても細長くて軽い棒のようなものだ。ただ、これで戦っても怪我をするときは怪我をする。
そうならないためにも服装が大事だ。
剣術用の、動きやすくて、かつしっかりと体を防護できる服装も用意した。
普段はスカートの服ばかり着ているから、これはこれで新鮮だ。
あとはレオンが来るのを待つばかりだ。
レオンにはわたしの介添人を務めてもらう。
決闘は、決闘をする人間だけじゃなくて、それぞれに介添人がつく。
ルールどおりに決闘が行われていることを確認して、万一のときには決闘者を助ける役目だ。
それをわたしがレオンに頼んだのは……我ながら意外なのだけれど、レオンのことを信頼しているからかもしれなかった。
がちゃん、と扉が開く。
レオンがやってきたのかと思ったら、フィルだった。
「フィル!」
わたしは嬉しくなって、立ち上がる。
さっきまで、フィルやシア、アリスたちから励ましと心配の言葉を受けていたばかりだ。
それでもフィルに会えるというだけで嬉しくなってしまう。
フィルがとてとてとわたしのもとにやってきて、わたしを見上げた。
「どうしたの?」
「やっぱりお姉ちゃんが心配で……」
フィルはそう言って、顔を赤くして、視線をそらした。
自分の代わりに、わたしが戦うということで、罪悪感を持っているんだと思う。
フィルが心配してくれるのは嬉しいけど、そんなふうに暗い表情をしてほしくはない。
わたしはくすっと微笑んだ。
「大丈夫。わたしなら、楽勝だから」
「本当に?」
「ええ。フィルとセレナさんに文句をつけた敵なんて、一瞬で倒しちゃうんだから!」
「……うん」
そう言うと、わずかにフィルは顔をほころばせた。
さあ、フィルのために頑張らなくっちゃ。
そうしていたら、またノックの音がした。
どうぞ、というと、はいってきたのは、驚いたことに王太子のアルフォンソ様だった
急いでやってきたのか、息をきらしていて、ぜぇぜぇと荒い呼吸をしている。白いマントがめくれていて、金色の髪が揺れる。
だいぶ慌てた様子だけど……。
「どうしたんですか、アルフォンソ様?」
「どうしたもこうしたも……クレアが決闘に出ると聞いて慌ててやってきたんだ!」
あ……。
しまった!
アルフォンソ様には一言も相談していなかった。
「えっと……心配してきてくれたんですか?」
「当然だ!」
「そ、それは……ありがとうございます」
「一言、相談してくれても良かったのに……」
アルフォンソ様はすねたように、青い瞳でわたしを見つめた。
どうしよう……?
すっかりアルフォンソ様のことを忘れていたなんて、とても言えない!
わたしは微笑んだ。
「すみません。……でも、必ず勝ちますから、安心してください」
「だけど……」
「アルフォンソ様は、婚約者のわたしが勝つと信じてくださらないのですか?」
ちょっとからかうように、問いかけてみる。
アルフォンソ様は困ったような顔をして、うつむいた。
「その言い方は……卑怯だ。もちろん、僕はクレアが勝つと思っているさ。だけど万一怪我をしたらと思うと……心配でたまらないんだ」
そんなにアルフォンソ様がわたしのことを心配してくれているとは思わなかった。
わたしがそう言うと、アルフォンソ様は頬を膨らませた。
「当たり前だろう。……クレアは……その……僕の妻となる人なんだから」
アルフォンソ様は、頬をぽりぽりとかきながら、顔を真赤にしてうつむいた。
えっと……そうだ。たしかにわたしはアルフォンソ様の婚約者で、学園を卒業すればアルフォンソ様の妃ということになる。
前回の人生では、わたしはそうなることを疑わなかった。でも、実際にはそうならずに処刑されてしまったわけで……。
今回は、そのことをすっかり意識していなかった。
アルフォンソ様がわたしのことを心配してくれているのは嬉しいけど、でも、ちょっと気恥ずかしいな。
わたしがどう答えようか困っていると、フィルがわたしの袖を引っ張った。
フィルはじーっと黒い宝石みたいな瞳でわたしを見つめている。
「お姉ちゃんのことを心配しているのは、ぼくも同じだよ」
「えっと……うん」
フィルが何を言いたいのかわからず、わたしは首をかしげる。
アルフォンソ様に対抗しているんだろうか。
「ううん、弟のぼくのほうがずっとお姉ちゃんのことを心配しているんだもの」
やっぱり……対抗しているみたいだ。
アルフォンソ様がそれを聞いて、青い瞳を見開く。
「そんなことはないさ。婚約者の僕のほうがずっとクレアのことを心配している」
むっとフィルはアルフォンソ様を見上げる。
「ぼくはお姉ちゃんの家族だけど、殿下はお姉ちゃんの家族じゃありません」
「だが、いずれ家族になる」
アルフォンソ様は恥ずかしいことをさらっと口にして、わたしは思わず頬を赤くする。
その後もフィルとアルフォンソ様の二人は「弟のほうが」「婚約者のほうが」と言い争っていた。
この二人も……最初に会ったときと比べたら、ずいぶんと仲良くなったなあ。
その後も、シアやアリスたちがやってきて、急ににぎやかになった。二人ともやっぱり、わたしのことを心配してくれている。
フィル、アルフォンソ様、シア、アリス、それにレオン。
みんなわたしの味方だ。
前回の人生では、フィルとアルフォンソ様やレオンはわたしの敵だった。シアとは絶交してしまい、アリスはこの世にいなかった。
そう考えると、今はとっても、素晴らしい状況だ。
このまま……破滅も回避できるといいのだけれど。
まあ、ともかく決闘をなんとかしないとね。
わたしは、それほど深刻に決闘のことを考えていなかった。
対戦相手のことを知るまでは。





