XIV 勇気
ということで、リアレス公爵家の身内の生徒を集める必要がある。
そして、誰がフィルに申し込まれた決闘の代理人をするか、対策を話し合おう。
具体的にはわたしとフィルのほかに、アリス、シア、そしてレオンの五人だった。
わたしは不安そうなセレナさんの肩をぽんぽんと叩くと、別れを告げた。そして、フィルを連れて、みんなを集める。
アリスもシアもレオンも、すぐにみんな来てくれた。校舎二階の隅の空き教室に入る。
ほとんど授業でも使われていない場所で、埃っぽいけど仕方ない。わたしたちは夕日を背にしながら、教卓を囲むように位置する。
わたしが事情を説明すると、みんな深刻そうな顔をした。
「本当はぼくが戦うべきなんだろうけど……」
とフィルが小声で言う。
でも、それは現実的じゃない。わたしだけじゃなくて、アリスもそう言った。
「次のリアレス公爵として、フィル様に万一のことがあってはいけませんから」
そのとおり。
前回の人生では、フィルは誰も代理人を立てることができなかった。
それはフィルが孤立していて、しかも、公爵家のわたしが冷たい態度を取っていたからだ。
でも、今回は違う。
このなかの誰かが、フィルの代理人になれる。
適任者は……。
アリスとシアの目線が……レオンへと向く。
レオンはびくっと震え、そして、顔を赤くして言う。
「お、俺が……代理人になりますよ!」
「たしかにレオンくんが代理になるのが一番かもね」
とアリスがふふっと笑って言う。この二人はどちらも下級貴族出身の公爵家の使用人だ。
アリスが先輩、レオンが後輩、という間柄で、レオンはアリスに頭が上がらないらしい。
フィルはレオンの主人でもあるし、レオンが主人のフィルの代わりに決闘に出るのが王道だとは思う。
レオンは剣術の心得もある。レオンの生まれたマルケス男爵家は武門の家柄だ。
公爵家の屋敷でも、剣術をみっちり仕込まれていると聞いている。
シアも目を輝かせて、レオンを見た。
「家臣が主人を守る騎士道という感じがして素敵ですね!」
アリス、シア、そしてフィルが期待のこもった目でレオンを見つめる。
三人はとてもレオンに期待している。
レオンは胸を張った。
「お任せください……必ずや俺がフィル様の敵を倒してご覧に入れます。……お嬢様も、それでいいですよね?」
黙ったままのわたしに、レオンが尋ねる。
その青い瞳はかすかに揺れていた。
途中まで、わたしもレオンに任せるつもりだったけど……気が変わった。
わたしは微笑んだ。
「せっかくだけど、代理人はレオンじゃないほうがいいわ」
「え?」
「フィルの代理として決闘するのは……フィルの姉であるわたしの役目だと思うから」
みんながぽかんとするなか、レオンが顔を真赤にした。
「お、お嬢様……俺には任せておけないということですか!?」
「そういうわけじゃないけど」
わたしは肩をすくめた。
アリスが頬に指を当てて、「えーと」とつぶやく。
「たしか、お嬢様とレオンくんなら……お嬢様のほうが剣術の腕は上ですねえ」
「だいぶ前の話をしないでください!」
そう。
お屋敷にいた頃、わたしはレオンと剣術の試合をした。
フィルがわたしの剣術の腕前を褒めてくれていて、それを聞いたレオンが「お嬢様には負けない!」と言って勝負を挑んだったんだ。
あの頃はレオンはもっと生意気だった。
それで、結果はわたしの圧勝だった。
わたしはこれでも剣術は大の得意だった。
リアレス公爵家は武勇で身を立てた家で、その娘であるわたしも一通りの訓練を受けている。
もちろん実戦経験なんてないから、模擬試合のみの強さだけれど十分だ。
何でも卒なくこなすことができた前回の人生のなかでも、剣術は得意な方だったし、今回はやり直した分、経験値も上がっている。
いくらレオンも剣術の修練を受けているといっても、まだ十二歳の少年だ。
わたしには勝てない。
「い、今はお嬢様よりも俺のほうが……」
とレオンは強がってみせる。
べつにわたしのほうがレオンより強いと証明したいわけじゃない。
そして、それが理由で、わたしがフィルの代理人をするわけじゃない。
「もしかしたら、強いかもね。でも、わたしがフィルの代理をしたいの」
「ですが、お嬢様が万一怪我をされては……」
「大丈夫。死ぬわけじゃないし。それに、レオンなら怪我をしてもよいというわけじゃないでしょう?」
レオンはぐっと言葉に詰まった。
もともと公爵家の次期当主であるフィルに怪我を負わせないために代理人を立てるわけで。
そこでフィルの姉で、王太子の婚約者が代理人になっても、ある意味本末転倒なのだけれど。
実際に、シアはすごく心配して反対してくれた。フィルも「お姉ちゃんが危ない目にあうぐらいだった、ぼくが出る」と言い張ってくれて嬉しい。
アリスだけは、わたしと同じことに気づいたのか、何も言わずに微笑んだ。
結局、わたしは無理やりみんなを納得させて、その場を解散させた。
そう。
これでいい。
決闘なんて……ちょっと怖いけど。
でも、前回の人生みたいに、破滅して、処刑されて、誰からもいらないなんて言われることに比べれば……ちっとも怖くない。
わたしが自分の部屋へ戻る途中、レオンだけがわたしを追いかけてきた。
振り返り、わたしは廊下でレオンと向き合う。
「どうしたの、レオン?」
「どうしたもこうしたもないですよ! どうしてあんなことを言い出したんですか?」
青い瞳を怒りに燃やし、レオンがまっすぐにわたしを見つめる。
わたしはレオンの端正な顔を見て、微笑んだ。
「だって、レオン、怖がっていたもの」
「え?」
「足が震えていたし、瞳も揺れていたし……表情もとっても怯えていたから」
「ど……どうしてわかったんですか?」
「レオンとは長い付き合いだから。気づかないほうがおかしいと思うの」
フィルやシアは気づかなかったみたいだけど、わたしはレオンが恐怖していることに気づいた。
レオンは十二歳の子どもで、そんな子が決闘に参加するとなれば怖くなって当然だ。
しかも、フィルの名誉をかけて戦うわけだから、もし万一負けたら……とも思うだろう。
「そんな子を無理やり戦わせるわけにはいかないもの」
「無理矢理なんかじゃ……」
「でも、わたしがあそこで強引に主張していなければ、レオンは断れなかったんじゃない?」
うっとレオンが言葉に詰まる。
あれだけフィルやシア、アリスの期待の視線を受けていれば、きっとレオンは断れなかったはずだ。
レオンは責任感の強い……良い子なのだから。
「余計なことをして、レオンの気持ちを傷つけたなら、ごめんなさい」
「……謝らないでください。俺が……怖がっていたのは本当ですから。自分が……情けないです」
レオンは、小さくつぶやいた。
いつもは生意気で、わたしに楯突くレオンが、弱々しくうつむいている。
わたしはそっとレオンのきれいな金色の髪を撫でた。
レオンが驚いたように、跳ねるように顔を上げる。
「安心して。わたしが必ず決闘には勝つから」
「ありがとうございます……お嬢様」
「それでね、レオンにはやってほしいことがあるの」
レオンは首をかしげ、そして、わたしはそんなレオンに微笑んだ。







