Ⅵ 全学舞踏会
そして、いよいよ舞踏会が始ろうとしていた。
華やかな音楽が流れはじめ、着飾った在校生と新入生のどちらもがそわそわする。
普通なら、ダンスのパートナーは、親しい異性ということになる。
婚約者がいれば、当然、少なくとも最初と最後はその人と踊るというのがマナーだ。
わたしの場合だったら、アルフォンソ様になるわけだ。
でも、今回はちょっと事情が違う。
あくまで新入生と在校生をはじめ、全学の親睦を深めることが目的になる全学舞踏会だ。
だから、最初から上級生・下級生のペアで組むことになる。この舞踏会をきっかけに、先輩・後輩のカップルが誕生することも珍しくないとか。
ともかく、わたしも下級生と踊ることになる。
アルフォンソ様が、恥ずかしそうにこそこそとわたしの方にやってくる。
「クレア……僕と……踊ってくれないか?」
「ありがとうございます。でも下級生と踊るのが決まりでしょう?」
うっ、とアルフォンソ様は詰まり、そしてしょんぼりと帰っていった。
……ちょっと悪いことをした気もするけど、ルールだし。
それに……下級生と踊れるということなら……フィルと踊りたい!
いちおう学内の有名人であるわたしと踊れば、フィルも良い意味で注目を浴びるだろう。
わたしはフィルに声をかけようとして、思いとどまった。
ダンスの誘いは男性から女性に申し込むもの。
面倒なことだけど、これも舞踏会の決まりの一つだ。女性は誘いを受けるか断るかの選択肢はあるけれど、自分から声をかけることはしないのが原則。
わたしはちらっとフィルを見る。
フィルは首をかしげる。
もう一度、ちらちらっとわたしはフィルを見た。
そして、フィルは頬を赤くして、くすっと笑った。
「クレアお姉ちゃん……ぼくと一緒に踊ってくれる?」
「もちろん! 喜んで」
「よかった」
フィルは嬉しそうに、天使のように微笑んだ。
やがてフィルはわたしの手をとる。
音楽が穏やかで明るい雰囲気のものに変わる。
これが一曲目だろう。
舞踏会定番の、特に春によく用いられる曲だ。
フィルがステップを踏み始める。
わたしはフィルのリードにあわせて、軽やかに踊る。
自慢じゃないけれど、わたしのダンスの腕前はなかなかのもので、相手の力量に多少の問題があっても、なんとかしてしまえる。
一方のフィルは、とても頭が良くて、なんでも優秀な子だ。でも、ダンスは同い年の子の平均よりはずっと得意だと思うけど、わたしには及ばない。
フィルが「うーん」と困った顔をして、ダンスのステップを続ける。わたしはさりげなくフィルをフォローしながら踊っていたけど、そのことにフィルも気づいたようだった。
「……お姉ちゃん……ぼくなんかが相手でよかったの?」
「もちろん! フィルより素晴らしいパートナーなんていないわ」
「でも……ぼくよりもっと上手い人と組めば、お姉ちゃんだってもっと実力を発揮できると思う……」
わたしは微笑んだ。
「そんなことは大事なことじゃないの。わたしはフィルと一緒にいられて楽しいもの」
「けど……」
あくまで心配そうなフィルに対して、わたしはとびきりの笑顔を見せる。
「そんな顔しないで。楽しい舞踏会なんだから。もしフィルが自分のダンスに不安があるなら、これから毎日でも練習に付き合ってあげる」
ダンスは貴族のたしなみの一つで、それが得意で損することはない。
それに単純に、フィルに何かを教えてあげられるというのは、わたしにとっての喜びだ。お姉ちゃんらしいし。
「これからは毎日一緒にいられるものね」
フィルはぱっと顔を輝かせ、ようやく明るい表情を見せた。
「ありがとう。お姉ちゃん」
そして、曲が終わり、ダンスは一区切りとなる。
わたしたちを見ていた人たちから、拍手を受けて、フィルは恥ずかしそうにうつむいた。
書き下ろし4万字弱のある書籍版が予約受付中です。
また、続きが気になる方は、ブックマークやポイント評価で応援ください!







