XXXXI 王太子殿下も歓迎しますね
お茶会の場での王太子の登場に、みんな、どうしようか、という顔をしている。
王太子は、わたしを監禁している。
だから、わたしたちにとっては敵みたいなものだ。特にフィルとシアの視線には、王太子に対する敵意がこもっている気がする。
アリスだけは楽しそうな目をしていたけれど、それでも王太子を歓迎してもいいものかどうか、決めかねているといった感じだった。
みんなの視線はわたしに注がれる。
王太子は、五人の人間を相手に、居心地が悪く感じみたいだった。
彼は「悪い、邪魔したね」と言って、立ち去ろうとした。
けれど、わたしは後ろから声をかけた。
「殿下……お茶、ご一緒しませんか?」
「え?」
「ちょうど一人分の椅子もありますし、お菓子もお茶もまだありますし」
「だけど……」
王太子はわたしたちをちらちらと見た。
「私がいたら、君たちも居心地が悪いだろう?」
王太子は自分が敵視されていることをよくわかっているみたいだ。
そのとおり。私は王太子に、フィルたちに対するのと同じような、親しみは持っていない。
今は、まだ。
でも、これからもそうとは限らない。
前回の人生では、わたしは王太子に片思いしていた。王太子は、わたしのことを利用しようとしかしていなかったと思う。
王太子の手で、わたしは破滅させられた。
だから、王太子には複雑な思いがあるけれど、わたしだって、王太子のことを何も理解していなかったんだから、責任はゼロじゃない。
今回は、わたしは王太子の婚約者で居続けるつもりもない。だから……王太子との関係もやり直せるかもしれない。
わたしは微笑んだ。
「素晴らしい音楽を聞かせていただいたお礼です」
とわたしが言うと、王太子はきょとんとして、それからみるみる顔を赤くした。
照れて、恥ずかしがっているんだと思う。
王太子という立場を離れて、王太子という仮面を外せば、アルフォンソ・エル・アストゥリアスは、ただの12歳の少年にすぎない。
そう。わたしより五つも年下の男の子だ。
王太子は、うろたえ、わたしたちを見回し、そして、結局うなずいた。
「ご一緒させてもらうよ」
「はい! こちらへどうぞ」
王太子は椅子に腰掛けた。
他のみんなは、やっぱり王太子を警戒していた。アリスだけは何か別のことが気になるようで、ちらちらと王太子を見ていた。
アリスが王太子にジャムとチーズ、そして紅茶をサーブする。
王太子は「ありがとう」と言うと、「いえいえー」と微笑んだ。
そして、みんなそろって、紅茶を口にした。
南方のグレイ王国産の紅茶は、綺麗に澄んだオレンジ色で、なんとも言えずよい香りが素晴らしかった。
王宮の茶葉が高級なのもあるだろうけれど、紅茶を淹れたレオンの腕が良かったのもあると思う。
わたしがレオンに「おいしく入ってる」と耳打ちして褒めると、レオンはぷいっと顔をそむけて「大したことじゃないです」と言ったが、その口調は柔らかかった。
お待ちかねのはちみつ漬け果実をチーズと一緒にパンに薄く塗る。
はちみつ漬け果実は控えめな甘さだけど、果実感たっぷりで、ジャムなのに新鮮さを感じさせた。
塩辛いチーズによくあっていて、紅茶の香りを引き立てる。
わたしたちはしばらくのあいだ、お茶とお菓子を堪能した。
最初にあった緊張した空気は薄れ、わたしもフィルも王太子も他のみんなも、穏やかな表情になっていた。
アリスが突然、口を開いた。
「あの……王太子殿下の素晴らしい音楽って何のことですか?」
そういえば、王太子が鍵盤楽器を演奏したとき、アリスはその場にいなかった。
わたしはくすっと笑う。
「王太子殿下の楽器の腕は素晴らしいの。本物の宮廷音楽家みたいで……」
「クレア……私にそんな腕はないよ……恥ずかしいから……」
やめてくれ、ということだと思うけど、わたしは無視して、詳細に、王太子の音楽への造詣の深さをアリスに語った。
監禁されているんだし、このぐらいの意地悪は許されるだろう。それに、本心から褒めているんだし。
アリスは「へええ」と感心して、うなずくと、立ち上がって王太子に迫った。
「……殿下! あたしも殿下の演奏を聞いてみたいです!」
もともとアリスは人との距離感が近くて、王太子のかなり至近距離に顔を近づけている。
そして、アリスはわたしたちより年上の、とても可愛い女の子だった。
当然、王太子は顔を真赤にして、「い、いや……それは」と言って、うろたえていた。
アリスが可愛いから、可愛い女の子に迫られてうろたえているんだろうけど……いちおう、殿下はわたしの婚約者で、だからわたしを監禁しているんですよね?
べつに王太子に未練はないからいいのだけど、そんな顔を他の女の子にされると、やっぱり浮気者だなあ、と思ってしまう。
わたしはフィルをちらりと見た。フィルは首をかしげて、宝石みたいな黒い瞳でわたしを見つめ返す。
「お姉ちゃん……どうしたの?」
「ううん……フィルなら、わたしだけを見ていてくれるのになあ、って思って」
「うん……だって、ぼくのお姉ちゃんはクレアお姉ちゃんだけだものね」
そう言って、フィルは嬉しそうに微笑んだ。
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