XXⅣ レオン少年
前回の人生で、レオンという子は、わたしと仲が悪かった。わたしとは主従関係なのに、互いに顔も見たくないと思っていた。
理由はいろいろとある。まず、レオンは生意気だ。幼かったわたしに、レオンはいつも楯突いて馬鹿にするようなことを言った。
それでも、わたしがレオンを従者とし続けたのは、お父様の命令だったからだ。
マルケス男爵の子息であるレオンは、公爵の娘のわたしの従者にふさわしい生まれだ。もしそうじゃなかったら、わたしはすぐにレオンを首にしていたと思う。
もう一つは、わたしの側に問題があったと思う。レオンは、死んだアリスの後任だった。
アリスが死んで悲しくて、わたしはついレオンにつらく当たってしまった。そのうえ、いつも優しかったアリスと、レオンを比べて愚痴を言っていた。
そうすれば、レオンからも嫌われて当然だ。
わたしは、いま、目の前にいる11歳のレオンの青い瞳をじっと見つめる。
レオンは気味悪そうに後ずさった。
「あー、お嬢様?」
前回のレオンはわたしと一緒に学園に入学した。そして、やっぱり、レオンもシアに好意を持った。
わたしが殺されたとき、大勢の人たちがわたしに殴る蹴るの暴力を振るったけど、レオンもその一人だったと思う。
まあ、わたしはレオンに嫌われていたから。
とはいえ、今回の人生でわたしが破滅を回避するには、レオンに好かれておいた方が良さそうだ。
シアやフィルほどの重要性はないけど、破滅はどこからやってくるかわからない。
わたしはにっこりと微笑んで見せる。
「あら、レオンじゃない。元気?」
「それなりには」
むすっとした表情で、レオンが言う。
……可愛くない。
顔立ちは端正だし、幼いながらに美少年なんだけど。
「こんなところで油売ってると、旦那様に叱られますよ」
「大丈夫。やるべきことはやってるから、いいの」
勉強も行儀作法の練習も、前回の人生で経験済みのことばかりだし、簡単にこなせてしまう。
浮いた時間は……フィルとの時間に使える!
なんて幸せなんだろう。
レオンは呆れた様子だった。
「だからって、なんでお嬢様が厨房なんかに……」
そこでレオンはぴたっと足を止めた。
鍋から漂う美味しそうな匂いに気づいたんだろう。
まじまじと鍋の中身を見つめていた。
フィルが首をかしげて、レオンを見つめている。
「……食べる?」
「べ、べつにいりません……!」
と、そこでレオンのお腹がぎゅぎゅっと鳴った。
わたしとフィルに見つめられ、レオンが顔を真赤にする。
「ち、違いますから……!」
と、またレオンのお腹が鳴る。
レオンも見習いとはいえ、使用人の一人だ。
勉強している時間の方が長いとはいえ、仕事だってしているから、それなりに疲れるし……お腹も減るんだろう。
彼は、頬を膨らませて涙目でわたしたちを上目遣いに睨んだ。
……お、ちょっとだけ可愛いかも。
フィルがお皿に乳粥をすくい、そして、レオンに手渡した。
「あげるよ?」
「ま、まあ、せっかくなので、頂いておきます」
というと、レオンはさじで乳粥をすくって、口に運んだ。
途端にぱっと顔を輝かせる。
美味しかったんだろう。
……年齢相応の子どもだなあ、と思う。
16歳になったレオンは、わたしにとっては嫌味なだけの少年だった。でも、それはそのときのわたしにそう見えていただけで、視点を変えれば、もっと違った風に見えていたのかもしれない。
「これを作ったのは……?」
「ぼくだよ」
おずおずとフィルが手を挙げる。
レオンはフィルをじーっと見つめると、ぽつりとつぶやく
「おまえ、すごいな……!」
と言ってから、レオンははっと口に手を当てた。
一つしか年齢の違わない子どもとは言え、フィルは王族出身の次期公爵。使用人がタメ口をきいていい相手ではない。
でも、フィルは首をふるふると横に振り、微笑んだ。
「おまえ、って呼んでくれていいよ?」
「ですが、フィル様は次の公爵様ですし……」
「でも、いまはただの10歳の子どもだから」
そして、フィルがわたしを見上げる。つられて、レオンがわたしを見る。
わたしは肩をすくめた。
「いいんじゃない。べつに、二人ともまだ子どもなんだし。子どもらしい話し方をすれば?」
「そういうクレアお嬢様も子どもですけどね」
とレオンが言う。
いちいち余計な一言を、と思ったけど、レオンが恥ずかしそうにぷいっと顔をそむけているのを見て、微笑ましくなった。
照れ隠しでそんなことを言っているんだ。
フィルは嬉しそうに、レオンに手を差し出した。
「よろしくね……えっと……」
「レオンです。レオン・ラ・マルケス」
「レオンくん、よろしく」
「……よろしく……お願いします」
レオンは乳粥の皿を置くと、おずおずと手を差し出して、フィルの手を握った。
フィルはくすぐったそうに笑い、レオンも顔を赤くしていた。
フィルに友達ができるのは、姉であるわたしとしても嬉しい。
けど……わたしがレオンに好かれようと思っていたのに、レオンとフィルが仲良くなっただけのような……。
ま、そのうち、なんとかなると思う。今回はアリスも死んでいないし、レオンとアリスと比べて不満を持ったりなんてこともしないし。
順調、順調、と思っていたら、レオンがわたしを振り向いた。
「あー、お嬢様。大事な用事を言い忘れるところでした」
「用事? なに?」
上機嫌に尋ねたわたしは、次の瞬間、凍りつくことになる。
「王太子殿下がいらっしゃってますよ。お嬢様の婚約者の、王太子殿下です」
レオンはなんでもなさそうに、そう言った。
ついに殿下の登場です。
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