XXⅢ お料理しましょう!
ともかく、わたしとフィルは洞窟から無事に戻ってきた。
シアが公爵家にやってきたのは脅威だけれど、すぐにどうこうなる話でもない。
いまのところ、シアも可愛いだけの少女で、なぜかわたしの妹(?)になって、わたしを慕ってくれている。
ああ、平和だ。
そんな日々が数日続いたある日、わたしとフィルはふたたび屋敷の厨房に立っていた。
「今日は特別に厨房を使う許可をもらってきました」
わたしが自慢げに言うと、フィルがくすっと笑う。
「……なんで敬語なの?」
「なんとなくです。ともかく、これでフィルの料理の腕を存分に振るってもらうことが可能です」
もういっぺん、フィルにお菓子を作ってもらおうと思ったのだ。
ああ、甘いものが食べたい……! とつぶやいていたら、フィルが笑いながら、「またお菓子を作ってあげる」と言ったのが、きっかけだ。
そういうわけで、屋敷の料理人の許可をとり、食材も用意してもらって、わたしたちは厨房にいるわけだ。
屋敷であんまり甘いものが出されないという事情もあるけれど、それ以上に、フィルがわたしのために作ってくれるというのが嬉しい。
フィルが出してきた食材はシンプルなものだった。
砂糖、牛のミルク、それに少量のレモンの果汁。
そして棒状のニッキだ。東方の島国でとれるというこの香辛料は、カロリスタ王国の料理でも広く使われている。
海向こうのマグレブ連邦の影響で料理にとりいれられたと聞くけど、船や飛空艇の発達でさらに入手が簡単になった。
今は大航海時代だ、とよく言われる。どんどん新しいことが起きて、世の中は変わってきている。
わたしはこの国がどうなるのか、それを見ることができずに、前回は死んでしまった。 今回の人生では何歳まで、わたしは生きられるのだろう?
フィルは最後に古い穀物を引っ張り出してきた。
「……お米?」
「うん」
フィルはこくりとうなずいた。
カロリスタ王国の二大穀物は麦と米だ。北のアレマニアでは麦から作ったパンしか食べないけど、カロリスタ王国は温暖な気候だから米も育つ。
ただ、北方のリアレス公爵領では、あまりお米を食べることはない。
「何を作るの?」
「それは……できてからのお楽しみだよ」
フィルは柔らかく微笑んだ。
フィルは火を起こすと、赤い銅の鍋にミルクとレモン果汁、そしてニッキを放り込んだ。
「えっと……わたしが手伝えそうなことってある?」
「お姉ちゃんは見ててくれればいいよ」
「でも、それだとフィルに悪いもの」
フィルは首をかしげ、そして考え込んだ。
そして、ぽんと手を打つ。
「それなら、お米を研いでおいてくれる?」
「お米を?」
「うん」
米は食べる前に研ぐもの、という知識はあるけれど、当然、貴族の娘のわたしは、実際にやったことはない。
フィルもそのことがわかっていたのか、わたしに方法を教えてくれた。
フィルの言う通り、米と水を一緒の容器に入れて、混ぜていく。
冬の水はとても冷たくて、ちょっと泣きそうになる。
わたしの様子を見かねたのか、フィルが「えっと、ぼく……代わるよ?」と言ってくれる。
でも、わたしは首を横に降った。
「わたしがやりたいって言ったことだもの」
「……ありがと、クレアお姉ちゃん」
「こっちこそ、ありがとね、フィル」
わたしが研ぎ終わったお米は、いつのまにか沸騰していたミルクの鍋に入れられた。
そして、煮込まれていく。
ここから、結構長い時間がかかるという。
フィルとわたしは厨房の椅子を持ってきて、腰掛けた。
そして、とりとめもないことを話しながらくすくすと笑っていた。
ときどき、フィルが鍋をかき混ぜる。
やがて、鍋の中身が固まってきた。フィルは火を止めると、その真っ白などろどろのお米をお皿に盛り付ける。
不思議な見た目だ。
フィルは綺麗な笑みを浮かべた。
「どうぞ……食べてみて」
わたしはさじを持って、おそるおそる、それをすくって口に運んだ。
熱さのなかに、上品な甘さがあった。
「不思議な感触……でも、柔らかくて……とってもおいしい」
「乳粥っていうんだ。王都のお屋敷で、ときどき作ってた」
「こっちでは聞いたことのない食べ物だと思う。おいしいのに、なんでだろう?」
「あまり貴族の人たちは食べないかも。古くなっちゃったお米をおいしく食べる方法だから」
そういうフィルも、王族で、貴族のなかの貴族のはずなんだけど。でも、フィルには良い意味で、貴族らしい雰囲気があまりない。
わたしがぱくぱくと食べていると、フィルはくすくす笑った。
「冷めてもおいしいから……少し、残しておかない?」
「う、うん……」
ちょっと勢いよく食べすぎたかも。フィルのまえで恥ずかしい。
でも、フィルはそんなわたしを見て、幸せそうだった。
「お姉ちゃんがおいしそうに食べてくれると、ぼくも嬉しいな」
「わたしも……フィルがわたしのために、またお菓子を作ってくれて、すごく嬉しい」
……今度はわたしの番だ。いつか料理をできるようになって、フィルに食べてもらおう。
公爵の娘には、王太子の婚約者にはいらないスキルかもしれないけど。でも、わたしもフィルに同じことをしてあげたい。
そんなことを考えていたら、厨房に足音が響いた。
誰だろう?
アリスやシアだったら、乳粥をわけてあげようかな。
と思ったら、そこにいたのは、まったく別の人物だった。
金髪の幼い少年。わたしよりも年下で、上級使用人の服を着ている。
青い瞳は生意気そうに輝いていた。
「何してんですか……クレアお嬢様?」
呆れ顔で言ったのは、レオンという名前の子だった。
レオン・ラ・マルケス
マルケス男爵の子息で、今は10歳のはず。
そして、前回の人生でのわたしの従者で……わたしの敵だった。
もうひとりのショタです。
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