解を追う者
霧のような細い雨が、王都エーデルブルクを静かに濡らしていた。
重厚な石造りの校舎が立ち並ぶ王立魔道学園の広大な講堂にて、今まさに入学式が挙行されている。
「——若葉が茂り、爽やかな風の吹くこの季節に、我々は……」
壇上に立ち、新入生代表として堂々と挨拶を述べているのは、アルデン王国第二王子、フェリクス・フォン・ローゼンシュタインだった。
完璧な姿勢、一切の淀みもない洗練された声、そして王族としての圧倒的な威厳。 昨日、図書室で目を輝かせながら
「拡張命令の順番が…」
と夢中で魔法オタク談義を交わしていた彼とは、まるで別人だった。
(ふふっ……さすがに王子様だなぁ……)
列の端で聞いていたユイは、心の中で思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえていた。
式が終わり、次はクラス発表だった。
掲示板の前で教師が淡々とクラス分けを告げていく。Aクラス、Bクラス……と名前が呼ばれていき、ユイの名が呼ばれたのは一番最後のSクラスだった。
「——以上です。AからEクラスは本校舎2階へ。Sクラスの生徒は、渡り廊下を渡った先の別棟へ移動してください」
別棟は本棟の端、緑豊かな庭園を挟んだ静かな場所にあった。
一階にあるSクラスの教室からは、大きな窓越しに学園の広大な敷地が一望できる。教卓の前に集まった生徒たちを見回しながら、ユイは隣に並んだフェリクスへ話しかけた。
「挨拶、学園長先生より長かったよ?」
「ふん、我ながらいい出来だったさ」
胸を張って自慢げな顔をつくるフェリクスに、ユイは耐えきれずに吹き出した。
「あはは!……あ、そういえばさ、Sクラスって人数少なくない?」
「……?」
フェリクスは不思議そうに首を傾げる。
「だって、Aクラスは20人以上いたのに、ここは10人ちょっとしかいないじゃん」
「なんだ、そんなことも知らなかったのかい? Sクラスは成績上位者、わずか12名のみで構成される特別クラスだよ」
「えっ!? じゃあ私、全受験者の中の上位12人に入ってるの!?」
「当たり前だろう」
呆れたように肩をすくめ、お手上げだと言わんばかりのジェスチャーをしてみせるフェリクス。
「君は特待生合格だ。実質、筆記と技術の総合で言えば、君が首席なんだよ」
「ええっ、私が首席!? すごい……!」
知らなかった事実に目を丸くしつつも、ユイの胸の奥から湧き上がるような歓喜が溢れ出した。自分が地下書庫で積み重ねてきた努力と、祖父母から受け継いだ魔法の理が、この最高の学園で認められたのだ。
感慨に浸る間もなく、ガラリと教室の扉が開き、気難しそうな年配の教師が入ってきた。 黒板に大きく踊る文字は——『魔導力学基礎』。
「はぁ……合否発表の翌日に入学式で、そのまま一限目から授業なんて、息つく暇もないよ……」
「本当にお堅い学校だ……」
教室のあちこちから、慣れない制服に身を包んだ生徒たちの不平不満が漏れる。
だが、ユイは違っていた。
机に両手を突き、目をキラキラと輝かせて教壇を見つめる。
(やっと学べる……! おじいちゃんたちの本以外の、新しい魔法が、ここで始まるんだ……!)
「——では、教科書32ページ。現象型魔法における『風の流動摩擦』と、それに対する魔力干渉の基礎から始める」
教師が黒板に複雑な数式と幾何学模様を描き始めてすぐのことだった。 ユイの斜め前の席に座る、癖のある黒髪にそばかすの少年が、小さな声でぼそりと呟いた。
「……違う。…式だと、風の摩擦……の計算が…ズレる……」
「ん……?」
ユイは耳を澄ませた。
その少年は、教師が黒板に書く「正しいとされる公式」を見つめながら、自分のノートに猛スピードで別の数式を走り書きしていた。
「流動性を……魔力を乗せる…干渉係数をかける前に……固定しなきゃいけないはず……そうか……これじゃ実際の出力の3割が……」
小さな呟き。断片的にしか聞こえないが、魔法という奇跡を力学として示す圧倒的なロジックだった。
(……すごい。教科書の公式をそのまま覚えるんじゃなくて、『なぜそうなるか』を頭の中で完全に分解して計算し直してる……!!)
ユイの心臓がトクンと跳ねた。
フェリクスとはまた違う。彼は感覚や魔力量ではなく、圧倒的なロジックの力だけで魔法の真理を解明しようとしている。
授業が終わりの鐘を告げ、教師が教室を出て行った瞬間。 ユイは待ちきれないと言わんばかりに自分の席を立ち、一直線にルーカスの机へと向かった。
「ねえ!!」
「うわっ!?」
ノートに没頭していたルーカスは、いきなり身を乗り出してきたユイに驚き、跳び上がった。
「さっき言ってた『密度を固定する〜』ってやつ! それって命令型魔法の初期定義に近い考え方だよね!? 君、教科書と違う術式を書いていたけど、どうしてその方が良いと思うの?! 名前なんていうの!?」
目を爛々と輝かせ、怒涛の勢いで詰め寄ってくるユイ。
ルーカスは
「な、なんだこの人は…」
と圧倒されながら、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
「…あ、あの……ノルトブルク男爵家の次男……ルーカス・ノルトブルクですけど……」
「ルーカスね! 私、ユイ! ねぇねぇ、さっきノートに書いてたあの式、詳しく教えて!!」
隣でその光景を見ていたフェリクスが、「また始まったよ」と言わんばかりに額を押さえてくすくすと笑っていた。
こうして、ユイの好奇心に巻き込まれる二人目の「天才」との出会いが果たされたのだった。




