魔力の流し方
入学式から数日後、ユイたちSクラスの生徒は演習場に集まっていた。
「では、今日の実技課題を発表する」
教壇に立つ教師が、黒板へいくつかの条件を書き出していく。
「魔法の属性は問わない。灯火や流水などの初級魔法を指定した範囲、威力、持続時間に正確に維持すること」
ユイは黒板を見つめた。
(……命令型魔法……やっと授業で使える!)
「二人一組で行う。互いに魔力を補いながら、一つの魔法を完成させろ」
生徒たちの間に、少しだけ緊張した空気が流れる。
「指定する範囲は直径三メートル。威力は基準値の五十パーセント。持続時間は三十秒。どれか一つでも大きく外れた場合は失敗とする」
ユイは隣のフェリクスを見る。
「簡単そうだね」
「……君がそう言うと、少し不安になるな」
「どうして?」
「昨日の実技を思い出してごらん」
「あれはちょっとだけ多かっただけだよ」
「その『ちょっと』が問題なんだよ」
教師の合図とともに、生徒たちは各々魔法を発動する。
ユイとフェリクスも同時に声を合わせた。
「「灯火」」
一輪の火が生まれる。
その火に、命令を重ねていく。
範囲を指定。
威力を指定。
持続時間を指定。
理論上は、何も難しいことはない。
——だが。
「……あ」
炎が一気に膨れ上がった。指定した範囲を大きく超え、威力も基準値を遥かに上回る。
フェリクスが慌てて魔力を抑え込もうとする。しかし、今度は魔力が足りなくなり、炎が一瞬で消えてしまった。
「失敗だ」
見回りに来た教師が淡々と告げる。
ユイは炎の消えた場所を見つめた。
「……なんで?」
「命令が間違っているわけではない。だが、魔力の供給が一定していないな」
教師は二人を見た。
「君たちは流す魔力が大きすぎる。次の講義までに、自分たちだけで調整できるようにしておきなさい」
「はい」
「……絶対できるようになる」
放課後。二人は演習場に残っていた。
「もう一度やろう」
「うん……灯火」
魔法を発動する。
範囲を指定し、威力を指定し、持続時間を指定する。
しかし——
「まただ」
炎が一瞬だけ激しく揺れて膨らむ。
「今度は少し抑えたつもりだったんだけど」
「僕もだ。魔力を少なく流そうとすると、今度は途切れてしまう」
「……二人とも」
振り返ると、同じSクラスのルーカスが立っていた。
「さっきから見ていたんですけど」
「ルーカス!」
ユイが駆け寄る。
「どうだった?」
「理論そのものは合っているはずです。問題は、魔力の量じゃなくて供給の仕方だと思うんですよ」
「供給の仕方?」
「はい。二人とも、一度に流す魔力が大きすぎます」
「だから、それを小さくしたいんだけど……」
「なら、魔力を一定量ずつ流す方法を考えればいいんです。一秒あたりに流す量を固定して、その値を維持する。そうすれば命令で指定した持続時間も安定するはずです」
ルーカスは持っていたノートを開き、手早く計算を書き込んで見せた。
「なるほど……!」
ユイが身を乗り出す。
「じゃあ、その一秒あたりの量をもっと細かくすれば——」
「理論上は、いけるはずです」
三人で試してみる。
少しずつ魔力を減らそうとするが、なかなか安定しない。多すぎれば炎が膨らみ、少なすぎれば消えてしまう。
「……難しい」
ユイが唸る。
そのときだった。
「まあ、ずいぶんと賑やかですね」
演習場の入口から、優しく澄んだ声が響いた。 三人が振り返ると、そこには胸元にヴァイセンベルク伯爵家の紋章を差した一人の上級生——クララが立っていた。
「見ていて少し気になりましたの。おふたりとも、魔力の『粒』が大きすぎますわ」
「粒……ですか?」
フェリクスが問いかける。
クララは二人の手元にある不安定な炎を見つめながら、静かに首を振った。
「ええ。もっと小さな穴を通すように出力してご覧なさい。今の貴方たちは、蛇口を全開に捻りすぎているのです」
「蛇口……?」
ユイが首を傾げると、クララは自分の指先で、小さく何かを捻るような仕草をして見せた。
「お水を少しだけ汲みたいのに、勢いよく蛇口を捻ったらお水が一気に溢れ出てしまうでしょう? 今の貴方たちの魔力の流し方はそれと同じです。出す『量』ではなく、魔力を通す『弁の開き』を小さく抑えるのですわ」
ユイは自分の手元をじっと見つめた。
(弁の開きを小さく……押し出すんじゃなくて、細く、通す……!)
「……やってみる!」
もう一度、魔法を発動する。
「灯火」
炎が生まれる。そして——魔力を流す。
今までのようにドカンと流し込むのではなく、細く、一定に。小さな穴をそっと通すように。
炎は指定された範囲から一ミリもはみ出さない。威力も、完璧な一定値。三十秒。
炎は最後まで暴れることも途切れることもなく、美しく静かに燃え続けた。
「……できた……っ!」
ユイが歓喜の声を上げる。ルーカスが驚きで目を見開いた。
「魔力の総量はほとんど変わっていないのに……完璧に安定した……!」
「ふふ、見事ですわ。出力の最小単位を細かく整えただけですけれど、飲み込みが早くて感心いたしました」
クララは嬉しそうにパチパチと小さく拍手を送る。その姿に、ユイは目を輝かせて駆け寄った。
「ねえねえ先輩! お名前なんていうんですか!?」
「あら。ヴァイセンベルク伯爵家長女、クララ・ヴァイセンベルクと申します。……そんなに勢いよく迫らなくても、逃げたりいたしませんわ」
ユイの勢いに少したじろいだクララだったがすぐに穏やかに微笑んで見せた。
ユイは「クララ先輩、すごい……!」と一瞬で目を奪われたのだった。
その日。
ユイは新しい魔法の感覚を知った。
ルーカスは、自分の考えていた理論が実際の魔法にどう作用するのかを知った。
フェリクスは、自分の魔力を制御する方法を知った。
そしてクララは——自分にとって当たり前だった「整える」という感覚が、他の誰かにとっては特別な才能なのだと、初めて知った。




