同じ熱を宿す者
――命令型魔法の最大の利点を述べよ。
「…利点?」
不思議そうに呟いた。ユイにとって命令型は便利な魔法ではなかった。ただ、もっと知りたいと思ったから学んでいる魔法だった。少し考えたのち、ペンを走らせる。
「現象型の構造を理解し、その構造そのものに干渉できること」
「…」
ユイは答案を見つめる。
(…違う)
また少し考え込み、その文字を消した。
(命令型魔法は、「何かをするため」の魔法じゃない)
ユイはもう一度、これまでの研究を思い返す。
(火を四角くする。熱の方向を変える。水の形を固定する。術式の一部だけを切る……)
どれも、魔法を最初から生み出したわけじゃない。現象を発生させ、理解して、その後からルールを書き換えている。
「…そうか」
何度も書き直しを重ねた末、ユイは完成した解答を前に満足そうに頷いていた。
「…これが私にとっての命令型魔法なんだ」
――命令型魔法の最大の利点を述べよ。
「魔法そのものの理を書き換えられること。
現象を構成する条件を理解し、その一部を書き換えることで、通常では成立しない現象すら成立させられる。」
そして、その下に少しだけ迷いながら書き加える。
「……だから、命令型魔法は『魔法を使うため』のものではなく、『魔法がなぜそうなるのかを知るため』の魔法だと思う。」
数日後。
エーデルブルク王立魔導学園の巨大な掲示板の前は、受験生たちで埋め尽くされていた。
ユイは人混みの隙間から、つま先立ちになり、大きく張り出された「通常合格」の番号一覧に目を凝らす。 びっしりと並ぶ数百の数字。一桁ずつ追っていくが、自分の番号は見当たらない。
「……ない」
心臓が嫌な跳ね方をした。 冷や汗が背中を伝う。不合格の文字が頭をよぎった、その時。すぐ隣に設置された小さな貼り紙が目に入った。
【特待生合格】
そこに記された数字は、わずかひとつ。 ユイの胸が高鳴る。
『0505』
「……あった」
ユイは自分の受験票を二度、三度と見返した。間違いなく、彼女の番号だった。
「……あった!!」
思わず両拳をぎゅっと握りしめる。 周りの視線も気にせず、広がる青空を見上げた。これで、あの広大な図書館に入れる。もっとたくさんの本が読める。世界の理を、もっともっと知ることができるんだ。
「おい、君」
不意に、背後から凛とした声がかけられた。
「え?……あ」
振り向いたユイは、一瞬で固まった。 そこに立っていたのは、実技試験の日、圧倒的な光魔法を放ち、そして暴走させかけた少年――アルデン王国第二王子、フェリクス・フォン・ローゼンシュタインだった。
「君なのか? 僕の魔法を消したのは」
フェリクスの視線が、真っ直ぐにユイを射抜く。 ユイの背筋に冷たいものが走った。
(怒られる……絶対怒られる! 他人の試験に勝手に割り込んで、魔法を解体しちゃったんだから!)
試験妨害で合格取り消しになったらどうしよう。
冷や汗を流しながら視線を泳がせていると、フェリクスは掲示板の【特待生合格】の欄を顎でしゃくった。
「特待生合格者は、君だけだ。そうなんだろう?」
観念するしかなかった。怒られる時は、下手に言い訳せず素直に謝るのが一番だと、母のアンナからも教わっている。
「……はい。ごめんなさい」
ユイはキュッと目を閉じ、肩をすぼめた。 だが、返ってきたのは怒声でも冷ややかな拒絶でもなかった。
「そうか! やっぱりか! 君、すごいじゃないか!!」
「……え?」
恐る恐る目を開けると、フェリクスは破顔していた。王族らしい気品を漂わせながらも、その瞳は少年らしい無邪気な興奮でキラキラと輝いている。
「あんな一瞬で、僕の魔法を解体するなんて! 一体どうやったんだ? 名を何という!」
「あ、えっと……ユイ・ベルナーです……」
「ユイか! 僕はフェリクスだ。……で、ユイ、君はどこで命令型魔法を学んだんだ? どこの名家の家庭教師に師事した?」
食いつくように尋ねてくる王子に、ユイは拍子抜けしながら答えた。
「本、です」
「本?」
「はい。古本を読んで……独学で」
「独学!?」
フェリクスは絶句し、大袈裟なほど頭を抱えた。
「信じられない……僕は幼少期から宮廷魔導士の家庭教師について指導を受けているというのに! あのレベルの精密な命令型魔法を、本だけで習得したというのか!?」
「あ、でも…」
ユイはふと思い出したように顔を上げた。
「実技試験のとき、フェリクス様が使っていた光の術式もすごかったです」
「……見ていたのか?」
「はい。命令型魔法の『拡張』を組み込んでいましたよね?」
「そこまでわかるのか?」
「え?はい。」
「普通なら魔力が拡散して霧散するのに、光の輪の形状を維持させたまま広げようとしていて…」
ユイが何気なく口にした解説に、フェリクスの目が丸くなった。
「光の輪の拡散性を抑えようとしたんだ。現象型へ流す魔力と、周囲へ干渉する命令を組み合わせて……」
「…なるほど」
ユイは少しだけ考え込んだ。
「それ、きっと『命令の順番』が逆だったんだと思います!」
ユイの瞳に、パッと探求心の火が灯った。 大好きな魔法の話ができる。それも、命令型魔法の高度な術式について語り合える相手が目の前にいるのだ。さっきまでの畏まりはどこかへ吹き飛んでいた。
「光の拡散を抑える前に『拡張』の命令を入れると、魔力が膨張する勢いに制御領域が追いつかなくなっちゃうはずです。だから先に『領域の固定』を命じてから、その枠組みごと押し広げるように『拡張』を上書きすれば――」
「……待って。それなら拡張する対象は『光の輪』じゃなくて、『固定された領域』になる」
「……!」
「そうか!だから領域そのものを押し広げられるんですね!」
ユイは目を輝かせた。フェリクスも頷く。
フェリクスは頭の中でユイの言葉を反芻し、術式を組み立て直す。――通る。完璧に理が通るのだ。ずっと宮廷魔導士たちと悩んでいた課題の答えが、目の前の少女とたったひとこと会話しただけで鮮やかに解き明かされてしまった。
「すごい……なんて分かりやすいんだ! じゃあ、もしそこで光魔法の性質を、命令型でさらに増強するには?熱量を持たせずに光量だけを上げるには……」
「光属性は使ったことないから自信ないですが…それなら拡散係数の代わりに『照度』の定義だけを抽出して命令を組むとどうでしょうか?」
「でもそれだと精神負荷が大きくなるから、あらかじめ…」
掲示板の前で、二人の会話は止まらなくなった。 周囲の受験生たちが
「なんだあの二人は……」
「王子と特待生が魔法の議論をしてるぞ……」
と遠巻きに見守る中、ユイとフェリクスは時間を忘れて、ノートすら使わずに空中に指で術式を描き合いながら夢中で語り続けた。
「なぁ、ユイ。どうか敬語を使わないでくれ」
「え、でも、フェリクス様は王子で…」
「はは!知らないみたいだな、この学園では身分は関係ないんだ。フェリクスとで呼んで欲しい」
「わかった!よろしくねフェリクス!」
「はやいな」
「ねえフェリクス、それならこの術式はどうなるの?」
「待て待て、まだその話をするのか?」
「だって気になるんだもん」
フェリクスが半ば強制的にユイを帰らせるまで、2人の魔法談義は終わらなかった。




