四角形の火
辺境の村を出てから数週間。
馬車を乗り継ぎ辿り着いた王都エーデルブルクは、ユイの知る世界とは何もかもが違っていた。
天を突くような白亜の建造物、街頭を照らす魔導具の灯り、そして行き交う人々が当たり前のように使う洗練された魔法。
そして今、ユイは「王立魔道学園」の広大な実技試験場にいた。
全国から集まった名門貴族や神童と呼ばれる受験生たちが、自身の魔力を誇示するようにド派手な魔法を繰り出している。
(すごいな......みんな、最初からあんなに大きな魔力を動かせるんだ)
祖父母の地下書棚で、ひとり蝋燭の火と向き合い続けてきたユイにとって、その光景は圧倒的でもあり、どこか大雑把にも見えた。
やがてユイの順番が巡ってきた。
測定台の前に立ったユイは、静かに息を整えると指先を立てた。
「灯火」
ぽっと小さな炎が灯る。それはありふれた生活魔法だった。けれど――
「命令」
炎がピタリと止まった。誰も見たことがない異常な火だった。
たった1センチの正四角形。まるで透明な定規で切り取られたかのように完璧な立方体の形を保ち、影すら微動だにせず静止している。
「......なんだあれ?」
「四角い......火?小さすぎだろ」
「まさかあれが最大出力か?なんだ、ただの雑魚が混じってるぞ」
受験生たちからクスクスと失笑が漏れる。
風が吹いても揺らめきすらしない炎に試験官は眉をひそめる。
「何をした?」
「炎の燃焼条件を固定しました。」
「……」
「あと、熱量の拡散方向を一方向に制限して、形状を正四角形に固定しています。」
「……何?」
試験官は目を見張った。まだ学園に入学してもいない、受験生の段階で命令型魔法を扱う者はそうはいないからだ。
ただ、周囲の受験生にはわからない。彼らにとって、魔法の強さとは「規模」と「派手さ」だったからだ。
だが、ユイにとってこれは「現時点で出せる最大出力の完璧な魔法」だった。
命令型魔法の威力と規模は、元となる現象型の規模と完全に比例する。
しかし、ずっと地下書庫の小さなロウソクの火でばかり練習してきたユイは、巨大な現象型魔法を練り上げる訓練を一度もしたことがなかった。
もし今、見栄を張って無理に広域の現象型魔法を展開しようとすれば、圧倒的な「精度の差」によって制御が追いつかず、かつて実家の居間を吹き飛ばした時のように一瞬で暴走してしまう。
ユイ自身の魔力量だけなら、もっと大きな炎を生み出せる。けれど、命令型魔法はそうはいかない。命令型が書き換えられるのは、術者が正確に認識し、制御できる現象だけだ。現象が大きくなればなるほど、必要となる命令も複雑になる。
魔力が多いことと、魔法を正確に扱えることは、まったく別の才能だった。
(今の私の精度で、絶対に壊れない完璧な命令を出せるのは、この大きさが限界......)
周囲の嘲笑など耳に入らないユイは、自身の完璧な1センチの正四角形を見つめて満足そうに頷いていた。
──ユイの実技試験結果。
魔力量;高
魔力出力量:32点
現象型魔法:30点
命令型魔法:測定不能──
「測定不能だと…」
試験官はつぶやく。
(信じられない。魔力保有量そのものは高い。だが、出力と現象構築能力は平均以下……。普通なら、魔力を持て余しているだけの受験生だ)
試験官を務めて数十年、これほどの命令型魔法を目にしたのは、ユリウス様以来だった。初めて対峙する、命令型魔法を使いこなす受験生を前に、唖然と立ち尽くす。
しかし、今は試験中。次の受験者を呼ばねばならない。
「次。フェリクス・フォン・ローゼンシュタイン、前へ」
「はい」
ユイが測定場を降りた直後、試験場が一際大きな歓声とどよめきに包まれた。
「キャー!第二王子のフェリクス様よ!」
「王室の宝だ!」
「王の証である光属性を持っているそうじゃない
か!」
「さすがは王立魔導学園だ。入学試験で光属性の魔法が見られるなんて......!」
黄色い歓声に包まれ、端正な顔立ちの少年、アルデン王国第2王子のフェリクスが中央の測定場へ進み出る。
「光の輪」
瞬間、フェリクスの元に光の輪が生まれ、柔らかく広がる。
「命令――拡張」
歓声を背に受け、フェリクスが誇らしげに放ったのは、光属性の中級広域魔法。空間に巨大な光の大輪を咲かせるように、圧倒的な輝きが広がっていく。
「綺麗......!」
「この世のものとは思えないな......!」
感嘆の声をあげる受験生たち。
「わぁ…光魔法初めて見た…!」
ユイもその迫力と規模、そして美しさに魅入っていた。
しかし、その光の輪は勢いを緩めることなく、観客席のすぐ手前まで膨れ上がっていた。
(しまっーー!?)
フェリクスの背筋に、凍りつくような悪寒が走る。
観客の歓声に応えようと、見栄を張って組み込んでしまった未完成の命令型術式。それが完全に裏目に出た。
膨大な魔力を吸い上げた光の輪は、すでにフェリクスの制御を完全に引きちぎり、暴走を始めていたのだ。
(止まれ!止まれ止まれ止まれ.....!!)
必死に魔力を引き戻そうとするが、術式の結び目が複雑に絡み合い、解くことすらできない。
視界の先では、自分の名を叫ぶ観客たちが、笑顔のまま目前に迫る凄まじい熱量に気づいていない。
あと数秒で、この光の大輪が破裂する。
大惨事になる。王室の威信も、自分の未来も、何より無抵抗な人々がーー。
「っ.....あ、.....」
喉からヒュッと掠れた音が漏れた。
額から溢れ出た冷や汗が目に入り、視界が滲む。
美しく整えられていた王子の顔は、血の気が引き、真っ青に強張っていた。
誇らしげに掲げていた右手が、恐怖でカタカタと震える。
誰もが美しさに酔いしれる中、ただ一人、フェリクスだけが「自分が引き起こす最悪の惨劇」を目前にして、爪がめり込むほど拳を握り込んでいた。
(まずいーーッ!!)




