魔力循環装置
——カチリ。
無音の空気に、硬質な音が響いた。 次の瞬間、ガラス玉の表面に亀裂が走り、中から溢れ出た光が卓上を包み込んだ。
「……え?」
ユイが漏らした声は、突如巻き起こった「風」にかき消された。 風は外から吹いているのではない。部屋の中心——あの小さな光の粒に向かって、全方向から空気が、空間が、目に見えない魔力が猛烈に引きずり込まれていた。
「しまっ……! 吸引が始まっている!?」
ルーカスが叫び、開いていた本が猛烈な勢いで光の核へと吸い寄せられていく。
「ルーカス、計算は完璧だったはずでは!?」
「完璧でした! ですが……僕たちの魔力の『質』の相性が良すぎた! 4人の魔力が干渉し合い、設定した限界値の枠組みそのものを突き破って膨張を始めています!」
バチン! と弾ける音がして、卓上のロウソクの火が一瞬揺れ、次の瞬間には弾けた。いや、消されたのだ。炎という「魔力現象」そのものが、光の球体へと呑み込まれた。
光の球体は、あっという間にリンゴ大、そして人の頭ほどの大きさに肥大化していく。 部屋の明かりが歪み、壁の影が引き伸ばされる。空間そのものが歪み始めていた。
「抑え込みますわ!『流動遮断』!」
クララが咄嗟に多重の魔力障壁を展開する。
しかし——
「だめ! 魔法を使っちゃダメだ!」
ユイの悲鳴が響く。 クララが放った魔力障壁は、球体に触れた瞬間にズルリと輪郭を失い、そのまま巨大な球体の「糧」として吸い尽くされた。障壁を喰らった球体は、一気に直径一メートルを超える巨塊へと跳ね上がる。
「現象型魔法は全部エサになる……! 攻撃すればするほど大きくなるんだ!」
フェリクスが顔を蒼白にして叫ぶ。
「このままだと学園中の魔力が吸い尽くされるぞ! いや……王都全体が飲み込まれる!」
吸魔の暴風の中で、ユイの思考だけが恐ろしいほどの冴えを見せていた。
(力で潰すのは不可能。外部からの魔力もダメ。打てる手はひとつだけ……)
「……解体する」
「何……!?」
「魔力循環装置、つまりあの球体の中に保有されている魔力を使って魔法を繰り出し、吸われる勢いが弱まったタイミングで、あの球体の中央にある『結び目』……ルーカスと一緒に書いた、循環の始まりの術式! あそこを命令型で一箇所だけ切り落とせば、装置そのものが成立しなくなる!」
「バカ言え! あの密度の魔力溜まりに命令を叩き込むなんて、生身の精神が焼き切れるぞ!」
フェリクスがユイの肩を掴む。
「やるしかないの! 大丈夫、四人ならできるよ。みんなを……王都を吹き飛ばすわけにはいかない!」
ユイは三人へ振り返り、力強く見つめる。
「フェリクスは、魔力循環装置から魔力を引き出して私が命令を通すための『道』を作って。クララ先輩は、私から絞り出す魔力の『弁』をギリギリまで細く固定して。ルーカスは……結び目の位置を正確に教えて!」
3人は一瞬だけ目を見合わせると、力強く頷いた。
「結び目は中心からやや右下、三次元座標で(12, -4, 8)の位置です!」
ルーカスが叫ぶ。
「任せなさい……あなたの魔力、一滴たりとも暴走させませんわ!」
クララがユイの背中に手を添え、極小の制御回路を構築する。
「道は僕が開く! 輝け……『光の楔』!」 フェリクスが命を削るような集中力で、狂乱する吸魔の嵐の中央へと、一筋の光の射線を穿った。
「——いっけぇぇぇぇッ!!」
ユイの指先が、光の道を駆け抜ける。 球体の核、恐ろしい密度の魔力が渦巻く中心点。そこに見えた、幾重にも絡み合う不可視の糸。
(あそこだ……! 世界を書き換えるんじゃない。ただ、間違えた結び目を……解くように!)
「命令——『打消』!!」
パシィィィィン……ッ!!
空間が、甲高い音を立てて爆ぜた。
次の瞬間、巨大な球体の表面に網目状の亀裂が走り、溜め込まれていた莫大な魔力が、攻撃的な波動ではなく、温かな無数の「光の粒子」となって天井を突き抜け、夜空へと一気に舞い上がった。




