古代魔法
「……これ、見て」
放課後の放課後、旧館閉架書庫の奥。 机の上に広げられた『ルーナの魔法書』を指差し、ユイが小さく声を弾ませた。
羊皮紙に記されていたのは、古代語で記述された特殊な魔術回路の構造図。 解読を進めていたルーカスが、眼鏡の奥の目を丸くして身を乗り出す。
「『魔力循環装置』……? 魔力石の構造を着想元とし、外部から取り込んだ魔力を内部で永続的に巡らせ、保持し続ける術式……!?」
「魔力を保持し続けるだなんて、そんなことが可能なのですか?」
クララが胸元で手を組み、驚きを隠せずに首を傾げる。通常、人が放った魔力は現象を起こした後に空気中へ拡散し、消えていくのが世界の理だ。
「論理上は完璧です」
ルーカスが素早くノートに図解を書き加えていく。
「魔力を閉じ込める『包囲陣』と、中で魔力を加速させる『循環回路』を同時に組み込んでいる。ただし……構造があまりに過酷だ。装置自体へ莫大な負荷がかかるため、一度でも中に溜めた魔力を使って魔法を発動させると、維持回路が一瞬で破砕し、保有魔力が全開放されて霧散してしまう」
「使い捨ての超大型魔力電池……というわけか」
フェリクスが腕を組み、不穏な術式図を見つめる。
「だが、なぜこれが封印されていたんだ?」
「……記載があります」
ルーカスの指先が、ページの下部に刻まれた警告文をなぞる。
「『装置の規模——つまり保有魔力量の限界値を大きく設定しすぎた場合、周囲の環境から魔力を際限なく吸引し始める。一度膨張を始めた循環体は、人間の手には負えぬものとなる。』……」
言葉が途切れた。
部屋の中に重い静寂が落ちる。
「……ねえ」
静寂を破ったのは、ユイのどこまでも純粋な声だった。
「大きすぎるから危険なんだよね? だったら、消しゴムくらいの小ささで作ったらどうかな?」 「ユイ……?」
「もし、小さな魔力を安全に閉じ込められる装置ができたら……魔法を使えない人たちも、いつでもお湯を沸かしたり、明かりを点けたりできるでしょ? これ、すっごく素敵な魔法になると思うの!」
ユイの真っ直ぐな瞳に、フェリクスは思わず苦笑した。
「……やれやれ。君のその探求心と善意には勝てそうにないな」
「危険ですわ」と制しようとしたクララも、ユイの輝く顔を見て優しく微笑む。
「ですが……出力を極小に抑えるならば、検証の価値はあるかもしれませんわね。私が水魔法で遮断壁を張りますので、フェリクスが魔力圧を観測していてもらえますか?」
「わかりました。ユイ、少しでも魔力圧が上がったら即時に中断する。いいな?」
「クララ先輩、フェリクスありがとう!」
「僕が密度の計算を行います。出力の限界値を『豆粒大』に固定すれば、万が一暴走しても安全域に収まります」
四人は、ひとつのテーブルを囲むように立つ。 ユイが命令型の構造式を組み、ルーカスが極小の数式を弾き出し、クララが流し込む魔力の「弁」を微細に絞り、フェリクスが安定した光の核を供給する。
息の合った素晴らしい連携だった。 あまりにも、噛み合いすぎてしまったのだ。
「……いくよ。『命令——循環』」
卓上に置かれた小さなガラス玉の内部で、パチッと青白い光の粒が跳ねた。
実験は、完璧に成功した——はずだった。




