空の星を見上げて
戻ってきた静寂が耳を刺す。
ひんやりとした古い紙の匂い。散らばった書物。 閉架書庫の床に、四人は大の字になって倒れ込んでいた。
「はぁ……はぁ……死ぬかと……思いました……」
ルーカスが胸を押さえ、途切れ途切れに息を吐く。
「ふふ……制服が、ぐしゃぐしゃですわね……」
クララが力なく笑い、フェリクスは天井を見上げたまま「二度と御免だ」と吐き捨てた。
ユイは荒い息を整えながら、ゆっくりと身体を起こした。 崩れ落ちた書棚の隙間、破損した窓枠から、深く澄み渡った秋の夜空が見えていた。
そこには、変わらぬ眩い光を地上へ投げかける、恒星ノヴァリアが浮いていた。
「……なあ」 フェリクスが静かに口を開いた。その声は、かすかに震えている。
「さっきの……魔力吸収パターン。魔力を吸い上げ、循環させ、内側で膨張し続けるあの挙動……」
ルーカスが眼鏡を押し上げ、青ざめた顔で窓の外の星を見つめた。
「……ええ。僕たちが計算した数式の巨大化モデルと……空に浮かぶノヴァリアの魔力放射周期は、完全に一致しています」
誰も、言葉を発することができなかった。
「そんな、まさかだよ……はは」
ユイは誤魔化すように笑うが、現実に起こり得た暴走を前に誰も「そんなわけない」と同意することができない。
自分たちが生きるこの世界。温かな恵みを与えてくれる神の星。
それが——かつて誰かが作り出し、制御不能になって空へと捨てられた「巨大な失敗作」かもしれないという、恐ろしい真実。
「つまりは……」
張り詰めた空気を割ったのはルーカスだった。
「僕たちは巨大な魔力循環装置から漏れ出た放射的魔力を受けて、身体に保有し、魔法を操っていた。ということですよね……」
「でも、まってそうしたら古代にはノヴァリアが存在していなかった?」
ユイはルーカスの言葉に付け加えるように疑問を口にした。
「ノヴァリアが人工物だとすると、古代の魔法は、どこから魔力を得ていたんだ…?」
フェリクスも首を傾げる。
「いえ、そもそも、そうだとしてしまうとこの国に根付く、ノヴァリア信仰が真っ向から否定されてしまいますわ」
クララの一言によって再び沈黙が広がる。
「……この秘密は」
フェリクスがゆっくりと立ち上がり、3人を見回した。
「僕たち4人だけのものだ。絶対に、誰にも口外してはならない」
「……ええ。国家を揺るがすどころの騒ぎではありませんわ」
「僕も……ノートの計算式はすべて焼却します」
固く頷き合う仲間たち。
ユイはそっと自分の手元を見つめた。自分の指先が、世界の根幹にある恐怖に触れてしまった感触が、まだ残っている。
(おじいちゃん……おばあちゃん……二人は、このことを知っていたの……?)
——その頃。
王都の喧騒から遠く離れた、第一魔導主義派の本部。 月光が差し込む暗い執務室で、ハルトヴィック・シュヴァルツは静かに窓の外を見上げていた。
学園の方向から一瞬だけ放たれた、異様なほど純粋で莫大な魔力の拡散反応。
「……ふっ」
ハルトヴィックの薄い唇が、静かに歪んだ。 彼の傍らに控える弟子、レヴィンが息をのむ。
「ついに開けたか、ユイ・ベルナー。ルーナが遺した、古代の遺産を……」
ハルトヴィックは漆黒のローブを翻し、暗闇の奥へと消えていく。
学園の古い書庫で、ユイは静かに立ち上がった。 恐怖はある。けれど、胸の奥で燃え上がる「知りたい」という炎は、消えるどころか一層強く、大きく燃え上がっていた。




