第4話 夕陽に照らされた君
乾いた土を一定のリズムで踏みしめて歩く。
ちょっと前までは風で揺らぐ葉っぱの音を聞きながら足早に歩いていた道。
当然のことながら、歩いている最中に喋ることなんてない。
なんせ一人だったから。
「でねっ、私の住んでた国では……ねぇ? ねぇアルド、聞いてる?」
「ああ。もちろんだ。確か、日本にあるハンバーガーという食べ物についての話だよな?」
「むむっ……ぼーっとしてるように見えたんだけど、意外にちゃんと聞いてるみたいだね」
「当たり前だ。ひなたの話なんだからな」
「――――そういうのをサラッと言うのズルい……」
「え、なんて?」
「何でもないっ!」
ひなたが肩から俺に体当たりしてくる。
本気の体当たりではないので、ダメージは全くない。実に可愛いものである。
魔法練習中の接触も含め、思春期ハートに大ダメージを与えてくる点を除けば……だが。
日本という国ではこの距離感が当たり前なのだろうか。
とはいえど、これまで俺が同年代の女子と関わった経験があまりにも無さすぎるので、どの国でも共通の常識として存在していることなのかもしれない。
だから気にしない。
…………気にしないようにした。
「……さっきの剣、アルドはどう思った?」
「素人が出せていいものじゃない」
「そんなこと言われても出せちゃったものは仕方ないじゃん――――」
「それと……美し……かった」
少し素直になりすぎた、と言い終わってから思う。
肩が擦れる位置で歩いていたひなたが、目を細め口角を上げて、俺の顔を下から覗き込んできたから。
まるで格好の獲物を見つけた捕食者の表情だった。
「…………ふぅん」
「な、なんだよ」
「いやぁ? 別にぃ?」
「はっきり言え」
軽めの手刀をひなたの頭頂へ見舞う。
ひなたは「いてっ」と声を上げて、すかさずブーイングで仕返しをしてきた。
「暴力反対! しかも私はか弱い女の子!」
「か弱い女の子なら稽古などをしてる場合では無いな」
「いやぁぁぁっ! ごめんってアルドぉ!」
本当に騒がしいやつだ、と思う。
でも……こんな騒がしさも悪くは、ない。
――――――――
時間は少し遡って、ひなたが光の剣を出した直後のこと――――。
「試し斬りをしたい!」
好奇心旺盛な少女は急にそんなことを言い出し始めた。
本音を言うと、何が起きるか分からなくて怖かった。
出す方向を間違えたり、少しでも暴走すれば余裕で死ぬ可能性がある。
しかし、そんなことを言っていたら「魔法の習得と上達」というひなたの目標は、いつまで経っても達成されえない。
だから了承したのだが……。
「き、消えたんだけど…………」
今の今まで手元にあったはずの剣は、光の粒子となって雲散霧消してしまった。
風に乗って空気の中に溶けていくように。
ひなたは状況が飲み込みきれていないようで、空になった手のひらをじっと見つめていた。
その横顔には、さっきまでの興奮の色がまだ残っている。
「なるほど」
「何がなるほどなのっ!?」
俺の言葉を聞き逃すことなく食いついてくる。
せっかく立派な剣をだすことができたと思えば、すぐに消えてしまったのだから納得の反応ではある。
「一つずつ順番に説明していくから大人しくしろ」
「ふぅーふぅー」
「さっきまでのお前はどこに行ったんだよ……」
鼻息荒く俺の解説を待つひなた。
剣を顕現させたときの可愛らしい彼女はどうやら消えてしまったらしい。
「まず。さっき剣を出すことに成功したと思うんだが、あれは魔法の一種になる」
「うん。それはわかるよ。だって魔力を放出させようとしたら、剣が出てきたんだもん」
「それが分かっているなら話は早い。俺が言いたいのは、魔力を使って出したものを出したまま維持するのにも魔力が必要だということだ」
「じゃ、じゃあ私には魔力が少ないってこと?」
「そういう場合もあるが、ひなたは違うな。単純に魔力を使うのに慣れていないだけだ。練習を重ねることで問題なく使いこなせるようになるだろう」
「なーんだ。そういうことだったんだね」
荒ぶっていたお嬢さんは、理由を知ることができて安心したようだ。
ただどこか名残惜しそうな様子。
自分の手のひらを何度も開いたり閉じたりしている。
俺は次に何を言われるのか容易に想像できた。
「ねぇ――」
「満足するまでやればいい」
言い切る前に返答が返ってきたことで、ひなたは目を見開いて息をのむ。
難しい予測ではなかったと思うのだが……。
それでも直後には満開になった花のような笑みで、
「うんっ!」
と大きく頷いた。
わずか数分後――。
肩を激しく上下させて呼吸をするひなたがそこにいた。
「全っ然出ないっ!」
「だろうなぁ」
「なんで……? 魔力が尽きているわけじゃないんでしょ……?」
「あー……うん。俺の言い方が悪かったな」
これで全て理解できた。
なお、ひなたの方は頭の上で?マークが旋回している。
これは詳しく説明してあげなければいけなさそうだ。
「さっき魔力を使うのに慣れていないって言っただろう?」
「だから、別に私の魔力が尽きた訳じゃないんでしょ?」
「それが尽きているんだよ」
「はぁ……ん? えぇっ!?」
ひなたの素っ頓狂な声が森に響く。
近距離で叫ばれたせいで、耳の中がキーンとして痛い。
「慣れていないから『全魔力を使いきれていない』んじゃない。慣れていないから『必要以上に魔力を使っていた』んだよ」
「必要以上に……」
「ああ。熟練の使い手は効率よく魔力を使うことができる。剣を出したり、維持したりするのにも、だ」
ひなたが黙りこくったことで、やけに風の音が強く聞こえる。
夕暮れを告げる冷ややかな風が俺たちの身体を撫で上げて、すり抜けていく。
その風にひなたの黒の髪の毛が乗って、橙色の光の中でふわりと舞い上がった。
「…………」
――儚い。
そう思ったのは、単に端正な顔立ちや俺よりも小柄な体つきからだけではない。
普段喋っている時は明るく元気なひなたが静かになった時だけに現れる雰囲気を感じたから。
所詮、俺が勝手に思っているだけだから、特になんだと言うことではないのだが。
「……私、明日も練習するから」
「当たり前だ。そもそも魔法を教えてくれと言ったのはそっちなんだからな」
「うん。そだね」
「それに……」
表情は至っていつも通りだが、きっとリベンジの炎を燃やしているに違いない。
よく知らない土地に放り出されて、知り合いや同郷の者一人すらいない中で、よくここまで強く生きられるものだ。
かつて一人で放り出された時の俺は――――。
「それに、今日は剣を出せただけでも十分すぎるくらいだ。…………十分という言葉では表しきれないほどに素晴らしい」
必要以上に話しすぎてしまったかもしれない。
けれど、俺の目を顔をじっと見つめてくるひなたを見て……いる……と……。
なんでこいつは真顔で一言も発さないのだろう。
そう思っていると、ひなたは急にふっと力を抜いて笑った。
「……アルドってさ」
「なんだ」
「怖いのか優しいのか分かんないね」
「少なくとも怖くはないだろう」
「じゃあ優しいってこと?」
「……さっさと帰るぞ。日が暮れる」
会話の流れ的に、不利になった気がしたので、切り上げて歩き始める。
これは逃げたわけではなく、戦略的撤退というやつだ。
ふと横に視線をやれば、もう隣にひなたが並んでいた。
「もしかして照れてる?」
「……照れてない」
「えー! 絶対に照れてるじゃん!」
執拗な追撃をかわしていると、ひなたが「にひひっ」と笑った。
その笑い声が夕暮れの空気に溶けていく。
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