第5話 不法侵入者めぐる
「じゃねっ、アルド」
二方向へと延びる分かれ道で立ち止まって向き直った。
ひなたが宿泊している宿と俺の家は別方向にあるので、ここでお別れをしなければならない。
「ああ。また明日な」
これといっておかしなところはない。
なんでもない別れの言葉だったはず。
それなのに、ひなたは頷くでも言葉を返すでもなく俺の顔をひたすらに見てくる。
視線が一向に俺の顔から外れてくれない。
まるで何か続きの言葉を待っているかのような……。
「…………うん」
かと思えば、背を向けて宿屋の方へと歩き始める。
一歩ごとにこちらをチラチラと振り返りながら。
……挙動不審にもほどがあるだろ。
一体、これ以上俺に何を言ってほしいのだろうか。
というか、これだけアピールしてくるなら口ではっきり言えばいいのに。
「えーっと、その……おつかれ?」
「は? は? は? ち・が・く・ない!?」
「うおいっ! 急に近づいてくんなよ!」
ってか違うって何が?
俺が頭をフル回転させて捻りだした、ひなたが言って欲しかったであろう言葉なんだけど。
夕暮れを背負ったひなたの頬はぷっくり膨らみ、俺に対する苛立ちや怒りがそれはもう簡単に読み取れた。
「な、なんだよ」
「今日一緒にご飯食べない? って言ってよ!」
「宿屋で食えるだろうが」
ひなたが泊っている宿は安いにもかかわらず、朝昼晩の飯が無料で食えるという破格のサービスがある。
さすがに利益どころか赤字だろうし、どうやって経営を成り立たせているのかは謎だ。
公営だから助成金でも出ているのか……?
……そんな話はどうでも良くて。
「わざわざ俺の家で食う理由がないだろ」
「アルドと食べたいもん」
「…………」
魔法の指導を申し込んできたときも同じようなことを言っていた気がする。
ひなたは自分が可愛いことを理解し、それを有効活用しようとしている。
その心意気は俺も評価したいが、ここで押し負けるほど弱くはない。
なんせ基本一人分であると想定して食材を仕入れているんだからな――。
「ダメ……?」
空のせいで顔色までは分からない。
それでも恥ずかし気に顔を下に逸らしながら、上目遣いで俺の顔を見上げてくる。
あざとい。
あまりにもあざとすぎる。
わかってはいるのに……!
「………………しょうがないな」
「やったー!」
今までのしおらしい態度なんて存在しなかったかのように顔をパァッと明るくさせるひなた。
そんなに俺と食えることが嬉しいのだろうか。
いや、一人の寂しさは俺が一番わかっているはずだ。
「先に言っておくが、そんなに食料は残ってないぞ」
「いいよーいいよー! 私はそんなの気にしないし!」
「そもそもお前が連日うちまで飯を食いに来ているのが原因なんだけどな」
「私にとって都合の悪いことは言わないで!」
「なんて勝手なやつなんだ」
「にひひっ」
俺たちはまた並んで歩き始める。
腕同士が時折ぶつかるくらいの距離感。
まったく。ひなたといると心臓に悪い。
――――――――
家が見えてきたところで俺は足を止めた。
楽しそうに喋っていて、それに気づかなそうだったひなたの腕を掴んで止める。
「あ、アルド? どしたの――」
不思議そうに尋ねてくるひなたに、人差し指を立てて静かにするよう合図を出す。
その意図に気が付いたひなたは、すぐさま口をつぐんだ。
理解能力が高くて助かる。
もちろんこうしているのには理由がある。
家の中だ。家の中から人の気配がする。
もう外は暗くなっているのに、家に明かりはついていない。
だが微かに、それでも確かに感じ取れる。
耳を澄ませば小さな物音さえも聞こえてきた。
動物ではなさそう。
少なくとも人型ではあるから、人間か人型モンスターのどちらか。
どちらにせよ害を成してくる可能性がとても高いのは確かだ。
「……ねね」
小声でひなたが話しかけてくる。
「なんだ?」
「鍵ってかけてなかったの?」
「いつもかけてない。この村では滅多に犯罪は起こらないし、盗られるような貴重品もないからな」
「防犯意識の欠如……」
「静かにしろ」
俺にとって都合の悪いことを言うな。
とはいえ、鍵をかける習慣を身に着けてこなかったのを後悔はしている。
「何かいるんだよね……?」
ひなたの質問に俺は黙って頷く。
同時に携帯していた木刀を右手に持ち替える。
「危ないから、少し下がってろ」
「でも――」
「下がれ」
有無を言わさずに言い切ると、ひなたは一瞬だけ口を開きかけて、それから黙って数歩後退した。
もし本当に盗賊などだった場合、ひなたを守りながら戦うのは大変だ。
ゴブリンとはわけが違う。
ひなたが素直に従ってくれたことに安堵しながら、木刀を構えた。
足音を最大限殺しながら、静かに扉へと近づいていく。
気配は扉を挟んですぐ向こう側にある。距離にして一メートルもない。
そこで俺は何か違和感を覚えた。
待ち伏せをしているような敵意が全くないのに、扉のすぐ向こうにいて動く気配もない。
少なくともモンスターではなさそう。
俺は息を整えてから、思い切って扉の取っ手を引いた――。
「ひゃあっ!」
扉が開くのと同時に家の中から何者かが飛び出してきた。
俺は咄嗟に身体を引いて避ける。
勢いのついた小柄な身体が扉の縁につまずきながら転がり出てくる。
そのまま受け身を取る様子もなく、そのまま頭から地面に着地した。
痛々しくも鈍い音が俺の耳にまで届く。
「いったぁ~い」
強くぶつけたであろうデコをおさえながら、飛び出てきた女の子はうずくまっている。
「大丈夫か? ほら、立てそうか?」
「は、はい~。ありがとうございますぅ」
俺の差し出した手を握って立ち上がる彼女。
栗色のふわりとウェーブがかった髪が乱れて顔にかかっている。
その髪の奥に見える大きな瞳は、まず俺を捉え、次にひなたの方へと移動して、また俺の方へと戻ってきた。
きょとん、という擬態語がぴったり合うほど。
突然扉が開いたこと、転んだこと、目の前に知らない二人組の男女がいること、それらすべてをひっくるめてきょとんしているようだった。
「あなた、もしかして日本人なの?」
いつの間にか俺のすぐ隣に立っていたひなたが、唐突に質問した。
質問と表現するには、あまりにも確信に満ち溢れているようだが。
「はい~。でも、なんでそれを――」
「だって、それセーラー服じゃん」
「そ、そうですけど~」
ひなたは女の子の服を指さしてそう言った。
どうやら二人は同じ日本出身らしい。
女の子は白を基調とした服に紺色の短いスカートを履いている。
見たこともない服だが、ひなたも最初会った時は見たことのない珍しい服を着ていたはずだ。
うーん、情報量が多すぎる。
「お前、名前はなんていうんだ?」
「二条めぐるです~」
「そうか。俺の名前はステファン・アルドだ。アルドと呼んでほしい。こっちにいるのが……」
「鈴木ひなたよ。よろしくね、めぐる」
「はい、よろしくお願いします~」
同郷の二人が握手を交わし終わるのを待ってから、俺は話を続けた。
「それで、めぐるは何故俺の家にいたんだ?」
「私も分かんないんです~。目が覚めたらここにいて……」
「そうなのか」
ひなたと似ているどころか、ほとんど同じだ。
ひなたが日本に帰るためのヒントはなかなか簡単に手に入らなさそう。
「見覚えのない家でしたので、混乱していたんですけど~。気持ちが落ち着いてきて外を見ようと思って扉を開けようとしたら~」
めぐるは俺とひなたを交互に見て、またきょとんとした表情を浮かべた。
「勝手に開いてしまいました~」
「俺が外から開けたからな」
「あ、そうだったんですね~。驚きました~」
びっくりしたのはこっちだ、と思ったが、口には出さなかった。
さて、この子をどうしてあげようか。
帰る手段なんて持ち合わせているわけない。
また村長に頼み込んで、ひなたと同じ公営宿の部屋を取ってあげなければいけなさそうだ。
「とりあえず、家の中に入らない? 私お腹すいちゃったし」
「は、はい~」
「おい、家主は俺だぞ。何を勝手に――」
待ったをかけるが、ひなたは扉を開けて、すでに家の中へと足を踏み入れている。
そんな彼女は口をへの字にひん曲げて、こちらを睨みつけてきた。
これ俺が悪いの……?
「まさか女の子を一人放り出すなんて言わないよね?」
「そんなこと言うわけないだろ」
「じゃあいいよねっ! ささっ、入ってよ。めぐるちゃん!」
「お邪魔します~」
「お前なぁ……」
俺の家はいつの間にか乗っ取られたみたいだ。
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