#56-2 港湾新都心・遊園地デート大作戦! ②
こうして僕らはジェットコースターの乗り場まで来た。のだが。
「……並んでるね」
目の前にはだいぶ長い行列。
苦笑する僕に、マーキュリーは力なく笑った。
「並ぼ。並ばなきゃいつまでも乗れないし」
「えと、大丈夫? 無理してたり——」
「大丈夫だからっ!」
声を張り上げる彼女に、僕は冷や汗を流し……しかし、「う、うん」と列の最後尾に並んだ。
「……あのバカ、流されるのも大概にしなさいよ……」
「まあまあ、一発目ですしね? ついでに一緒に並んじゃいましょうよ! ジェットコースター楽しそうですし!」
「え、待ってこういうの苦手なんだけど! というかあんた大丈夫? まえに汽車乗ったとき、あんた酔って……やめて! 押すなーっ!」
後ろから聞き覚えのある声がした。けど本人たちの名誉的なものを鑑みて言わないことにした。
で。
「……長くない?」
「長いねぇ……」
だいたい三十分は並んだだろうか。おおよそ半分くらいは進んだと思うが、まだあと半分くらいはある。
隣を見ると、マーキュリーはソワソワしていた。
「ほんとに大丈夫? トイレ行きたいんなら、一度抜けて——」
「大丈夫だからっ! ……あとちょっとだし……また並び直すのヤでしょ?」
「……それは」
そうだけど、そこまで無理してまでやることでもないと思う。けど、言い出すこともできなくて。
何も言えないまま、もう三十分程度時間が過ぎて。
「ついたぁ……」
目の前はジェットコースターの乗り場。けど。
「……マーキュリー、大丈夫?」
隣に立つ彼女は涙目で震えていた。
「だ、だいじょうぶだからぁ……」
見ればわかる。おしっこを我慢している。絶対大丈夫じゃない。
「えっと、トイレ——」
「あっ、もう案内されるよ。行こ!」
言葉を遮られ、手を引かれ。
乗り込んだジェットコースター。マーキュリーとは隣の席で。
「……うぷっ」
「ちょ、アリア! あんた動き出す前から酔うってどういう体質!?」
「ふへへぇ……こわいですぅ……あはっ、たのしみ……」
「心神喪失しかかってんじゃないの! こら、起きろーっ!」
後ろからがたがた言う声が聞こえるが、気にしないことにする。
それよりもマーキュリーだ。明らかに顔色が悪い。どうしよう……もう手遅れかもだけど……と、考えているうちに。
『ジェットコースター、まもなく発車しまーす。安全バーが降りてきますので、しっかり身体に密着させてくださーい』
アナウンスが流れ、上から上半身を抑えるように棒のようなものがおりてくる。しまった、動けない!
ちらっとマーキュリーの方を一瞥すると……何かもう悟ったような表情をして、唾を呑んでいる。
「……あは、一緒に楽しも」
「そ、そうだね……」
『発車しまーす! 良い旅をー!』
アナウンスとともに、車体はがたっと動き出した。
コースターは一定速度でゆっくり坂を登っていく。キリキリと音を立てながら。
……一体どんな魔法を使っているのだろう。あるいは機械仕掛けなのかな。
じわじわ上昇していく高度。恐怖のようなものから気をそらすように考え事をして。
けれど、いつまでも終わらない坂に、思わずキョロキョロ周りを見てしまい——息をのむ。
周りにはほとんどなにもなかった。あんなに高かった高層ビル群の屋上が、かろうじて視界の下の方に見えて。
そして、直前には「なにもなくなっていた」。
——登りきったんだ、坂。
コースターは一時停止していた。そして、恐怖をあおるだけあおって……それは、突然だった。
ずっ、と押し出されるような感覚。そして、重力で座席に押し付けられるような感じがして——本番が始まったことを悟った。
超高速ジェットコースターを名乗るだけある。
凄まじい速度で、風が顔面に直撃する。絶えず変化する重力方向とぐるぐる回る視界。そして、悲鳴。
「うわあぁぁあぁああぁ……」
僕も、思わず反射的に悲鳴を上げていた。
「……楽しかったね……」
ジェットコースターを降りてふらふら千鳥足で歩く僕の肩に、手が置かれる。
……マーキュリー? なんか、声に鼻水すするような音が混じってたような……。
振り向くと、そこには。
「うぅ……ひっぐ……だのじ、がっだ、ねぇ……っ」
泣きながら僕の方につかまるマーキュリーがいた。そして、僅かな水音が耳朶を打って。
彼女の全身を見回してみると——スカートが、濡れていた。
「……マーキュリー、大丈夫?」
「っ……ぅ、ん……だいじょうぶ……だい、じょ……ごめ、なざ……い……」
自分に言い聞かせているのだろうその言葉。……僕は軽く深呼吸して、軽くその頭を撫でた。
「気づけなくてごめん。……とりあえず、着替えよ」
「……でも、着替え……」
「大丈夫。とりあえず、トイレ行こ」
しばらく、彼女の手を引いて歩いた。
「あの子おもらししてるー」「コラッ、言うんじゃありません!」「おねえちゃん、だいじょうぶー?」「あたしだってもうしないのにー」
遊園地は子供連れが多い。たぶん学生とかだったらもう少しは分別をわきまえて遠巻きに見たりするんだろうけど、幼子だとそうもいかない。
子どもたちの注目に、マーキュリーは更に涙を流す。
「……っ」
僕は軽く深呼吸して——「急ぐよ」一言だけ声をかけた。
「……ふぇ?」
一瞬遅れて聞こえた声を了承とみなし、僕は繋いだ手とは反対の手で軽く指を鳴らした。——瞬間。
「ひゃっ」
「うそ……マーキュリー!?」
「消えちゃいましたね……」
*
広いトイレ。
「……いまの、なに?」
「姿くらまし。周囲の光を歪ませて、僕らの姿を透明に見せた。そのうえで、高速移動する魔力の塊——いわば魔力式スケートボードを作って乗って」
「そうじゃなくて……その」
マーキュリーは顔を真っ赤にしていた。
「……わたしを、その」
「抱き上げたこと?」
「お姫様抱っこ……うん」
彼女の身体を下から支えるように抱き上げた。
もちろん自力じゃ無理なので、魔力で筋力を補いつつ支えなども作ってやっとではあったけど。
「嫌だった?」
「そうじゃないけど……」
もじもじして、彼女は目を伏せ。
「……そっちこそ、やじゃなかったの?」
「なんで?」
「その……だって、おもらしして、汚くて……あと、重かったでしょ? ……それなのに……」
「関係ないよ。……だって、君は、僕の大切な——」
「大切な、なに?」
親友だ。そう答えるのは容易かったけど。
彼女の顔を見て、息が詰まった。
——彼女は僕に向けて、まっすぐに視線を向けていた。
その頬は薄ら赤く染まっていて、潤んだ瞳はなにかを期待するようにしかと僕を見つめる。
「こんな、わたし……なのに。……なんで、あなたは——」
溢れる言葉。僕は軽く目を伏せた。
「……着替えようか。服、貸すよ」
亜空間収納魔法。そのゲートを手元に出し、僕の私服の中から少し大柄なマーキュリーでも着れそうなものをピックアップして渡す。
「……ありがと」
「可愛くないのは許して」
「うん。……いいの。ありがと」
僕は振り向いた。できるだけ、着替えを見ないように。
その間、たびたびすすり泣くような声が聞こえて……苦しくなる胸を押さえ、待った。
——彼女は、いつかドラマで見たような顔をしていた。
恋。しかし——あの青春ドラマで見たようなものじゃなくて、もっと切羽詰まったような顔。
どこか、諦めたような、悟ったような……まるで、なにかをわかっているかのような。
——悲しい顔だった。
「着れたよ、ソーヤくん」
振り向いた。
彼女が着たのは、グレーのパーカーに紺のプリーツスカート。あと黒のストッキングにスニーカー。だいぶ地味な服だけど、他はきっと彼女には小さすぎるだろう。
「……次、どこ行こっか」
彼女は微笑んだ。僕は少しうつむいて、掌を軽く握って、開いて——また握った。
「観覧車とか、どう?」
面白かったら、ぜひ下の星マークやハートマークをクリックしてくださると作者が喜びます。ブックマークや感想もお待ちしております。




