#56‐3 告白、観覧車にて
観覧車は待たずに乗れた。
二人乗り。狭い部屋。
「ぐらぐらするねぇ」
マーキュリーの微笑みに、僕は軽く頷く。
小さな二人きりの個室。ゴウンゴウンと音を立ててゆっくりと上昇するこの空間で、僕は彼女を見つめる。
「ど、どうしたの、ソーヤくん」
少しだけ頬を引きつらせる彼女に、僕は少し目を細めた。
「それはこっちのセリフだよ、マーキュリー」
「っ……」
冷や汗をかいて、彼女は僕の対面のベンチに腰掛け。
「……どういう、ことかな」
訊く。僕は軽く深呼吸して、問い詰める。
「今日のマーキュリー、おかしいよ。……なんか、無理して笑って、僕を楽しませようと必死になってるように感じた」
「えと、何がおかしいの? みんなと来たんだから、みんなを楽しませるのは当然じゃ——」
「その『みんな』に、君は入ってるの?」
「……入るわけないじゃん」
「そっか」
悲しげに目を細める彼女に、僕はぽつりと返し。
それからしばらく、沈黙が漂って。
「あのね」
やがて、マーキュリーは優しげな声で告げた。
「わたしね、ソーヤくんが好き、なんだ」
「…………」
僕は何も言うことが出来なかった。
何故か。——きっと、彼女の雰囲気に飲まれていたんだと思う。
「なにも言わなくていいよ。……わかってるから。わたしには、分不相応な想いだって」
本当は、その言葉を否定したかった。
けど、できなかった。——彼女そのものを否定してしまうような気がして。
僕には、そんなことをできる強さはなくて。
「あは。……言えて、よかった。…………伝えられた。——……これでやっと、さよならできる」
「……さよなら、って」
かろうじて口から漏れた疑問に、彼女は今まで見たこともないような笑みで告げたのだ。
「学校、やめるの。パパとママには、迷惑かけちゃうな」
「…………それから、どうするの?」
「決めてない。……でもきっと、わたしがいなくなったところで誰も困らないだろうし。……ああ、もういいや」
言いながら、彼女は観覧車のドアに手をかけた。——扉の鍵は、魔法製だった。
「鍵開けの魔法、習っておいてよかったぁ」
朗らかに口にする彼女。吹きすさぶ風。空中。上昇は、終わっていた。
ひゅっと息を潜める。彼女は僕の方を向いて——開いた扉、空を背にして、目を細めて、告げた。
「じゃあね、わたしの愛しい人。……大好き、だったよ」
後ろに倒れる。マーキュリーが。
頭が真っ白になる。助けようとすればきっと助けられる。いくらでも助けようがある。でも。でも。
——体が動かない。手が動かない。——動かしてしまったら、きっと、彼女を——。
「バカぁ————ッ!」
瞬間、マーキュリーの体が勢いよくこっちに押された。思わず目をつぶる。
ドスッと音がして、強い衝撃と柔らかさ。ドタドタと二人ほどの足音。そして、風が止み、ガチャッと鍵の音がした。
「さっきから盗聴魔法で聞いてれば……なによアンタ! 煮えきらない態度ばっか取ってッ! 挙句の果てになに身投げしようとしてんのよバカ! 誰が……誰が『困らない』のよ……ッ、ばか!」
怒鳴る声。薄ら目を開けると、そこには。
「……クリスちゃん。あと、アリアちゃん」
「そうですよ。あなたがいなくなって悲しむ人だっているんですよ? ……おんなじようにわたしを助けてくれたのを、忘れたなんて言わせませんよ」
二人はマーキュリーの方をしかと掴み、その目をしっかりと見て問い詰め。
「それは……でも、わたしなんていなくたって、きっとなにも変わらないでしょ?」
「やっぱいつも変なとこで強情ねアンタ!」
「走馬灯なら早く消え去ってくれると助かるんだけど……」
「なに言ってるんですかこの子! 現実ですよ! ぺちぺち」
マーキュリーに寄ってたかる二人に、僕はあっけにとられて。
「ソーヤも、なんで止めないのよ!」
その叱責に、僕はひゅっと息を呑んで。
「止めたかった!」
叫んだ。……マーキュリーのビクリとする気配が、音がなくても伝わる。
「けど……」
僕は言い淀んで、俯いて、告げた。
「……怖かった。これでもし、無理やり止めても……本当に、本当の意味で、君を救えるだなんて……思えなかったから」
「なに言ってるのよ、ソーヤ。いま止めなかったら——」
「わかってた。……けど……それで助けても、きっと彼女は救われない。また同じように、繰り返すと思った。……だから、どうすれば良いのかわからなかったんだ」
きっと、彼女にとってはその決断さえ救いになりうる。そう理解してしまったから。
アリアのときはがむしゃらで、力でねじ伏せればなんとかなると思ってた。ただ勝てばよかった。勝って、洗脳を解いて、それでどうにかなった。
けど——僕は、魔法を使う以外にはなにもできない。だから、彼女の悩みを解くことなんてできない。——僕じゃ、彼女を救えない。はっきりわかってしまった。
場が静まる中。
「……なんで」
マーキュリーが、ポツリと口にした。
「なんで、みんな、わたしなんかのために、こんなにしてくれるの?」
どこか震えた声で。
「わたしなんか……わたしなんて、みんなの足を引っ張るお荷物でしかないのに!」
叫ぶように告げた言葉に、僕は目を見開いた。
「なにもないわたしなんて……きっとみんな、疎んでるんでしょ? 嫌ってるんでしょ?
わかってる! ……なにもかも、才能も努力も実力も足りないわたしが悪いんだって。
なのに、何をどれだけやったって何も変わらない。頑張ればがんばるほど、わたしはずっとお荷物なんだって手に取るようにわかった。
なんで……わたしがいなくなるのさえ、そんなに迷惑なの?
いてもいなくても迷惑なんて……わたしはいったい、どうすればいいの?」
吐き出された悩み。僕はすうっと息を吸って、それから吐き出して。
「なんだ、そんなことだったんだ」
「そんな……こと、って」
信じられないものを見たような目で、マーキュリーは声を震わせる。
「ちょ、ソーヤ」
「だって、みんなだってあるでしょ? ……出来ないこと、劣ってることの一つや二つくらい」
室内を見渡すと、クリスはドヤ顔をしようとして口端をピクピクさせているし、アリアは俯いて固まっていた。
「で、でも、ソーヤくんには——」
反論しようとするマーキュリーに、僕は力なく笑って。
「——なんで僕が魔法学校にいると思う?」
「え、魔法が使えるからじゃ……」
「……なんで『冒険者学校に行く選択肢がなかった』と思う?」
「なんで、って……もしかして」
「そう、僕は体力がほとんどないんだよ」
僕の告白に、マーキュリーは口をあぐあぐさせて。
「じゃ、じゃあ、さっきわたしを抱っこしたのって……」
「魔法で支えを作ってた。僕の腕だと簡単に折れちゃうからね」
ニコっと笑う僕。クリスはため息をついた。
「剣を振れないって聞いて察してはいたけどね……どのくらいなの?」
「魔法を縛ったらクリスどころかアリアにも殴り飛ばされるんじゃないかな。マーキュリーは言わずもがなだ」
「もやし過ぎません……?」
ドン引きするアリアをよそに、僕はマーキュリーに手を伸ばした。
「僕だって、全知全能の神様なんかじゃないよ。他の人より出来ないことがあったっていいし……それをいなくなる言い訳や嫌われる理由になんてしてほしくない」
そのまま彼女の頭をゆっくりと撫でる。
「ひゃっ」
「さっき、君はみんな君のことを嫌ってる、なんて言ってたよね。実際、そんなことないのに」
そして彼女に目線を合わせ、目を細めた。
「僕が君をこんなにも愛してるのが、その一番の証拠だ」
マーキュリーは目を丸くして、その頬を涙が伝った。
……自分が何を言っているのかはわかっている。でも、もう止められやしなかった。
「僕はみんなが好きだ。これが、ライクなのかラブなのかは、わからないけど……けど、僕は、愛してる。クリスも、アリアも……そして、マーキュリーも」
優劣はなく、ただ三人全員が……僕にとって、特別な存在だった。
これは本心以外の何物でもなくて。
「だから……マーキュリー。君だけが嫌われてるなんて、そんなわけない。……僕は、君が大好きなんだから」
言って、僕は彼女を抱きしめた。
肩が濡れていくのを感じる。腕の中の温もりは、わずかに震えながら嗚咽を漏らしていた。
*
「……ねぇ、マーキュリー? なんかソーヤにべったりしすぎじゃない?」
観覧車を出たあと、僕らは食事でもしようと歩いていた、のだが。
「ちょっと歩きにくいかなぁ」
マーキュリーは僕の腕にしがみついていた。
「だっこ、してもいいんだよ?」
「マーキュリーさん? 落ち着きましょう? ね? ソーヤさんは逃げるわけじゃありませんし——」
「やーだ! ……安心できる場所を、離したくないの」
彼女は頬を膨らまし。
「あはは……嬉しいけど……なんだろう、周囲からの視線が痛い」
なんか周りからヒソヒソ噂されてるのが聞こえる。……いまあの子供、僕らを指さして「おんなのこかっぷるだー」って言おうとして口ふさがれてなかった?
「……クリスさんクリスさん。さっきしれっと『私達全員に』告ってませんでしたかこの人」
「そうねアリア。さすがに聞き間違いだとは思うけど——」
後ろでヒソヒソ二人が話してるのを聞いて、僕は振り向いた。
「どうしたの、ふたりとも」
「えっとぉ……私達も愛してるって言ったのは、聞き間違いで」
「そんなわけないでしょ。……大好きだよ、クリス。アリア」
二人はみるみるうちに顔を赤くした。
「バカッ! バカ、ばか……っ、こういうのは……その、寮で言って……」
「そそそ、そうですよぉぅ! だから、えっとぉ……」
しどろもどろになった二人に、キョトンとする僕。なにか変なこと言ったかな。
その様子を見つつ、マーキュリーは一段と僕の腕を抱きとめた。
「じゃあ、ソーヤくんひとりじめだっ」
その、胸があたってるんですが。
「マーキュリーさん! 『あててんのよ』って何をですかぁ!」
アリアの珍しいツッコミに、マーキュリーは「じょーだん。みんなで幸せになろうよ。……わたしだけが幸せなんて、わたし自身が許せそうにないから」なんて笑う。
けど、そんな言葉とは裏腹に彼女は僕の腕を強く抱きしめたままで。
彼女はえへへと笑って告げたのだった。
「でも……今日だけは、わたしの……わたしだけのソーヤくんでいてほしいな」
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