俺、父親と旅に出ることになりそうだ。
「じゃあ、行くか。息子よ」
授乳室から帰ってくると、父親が言った。
「へっ!?」
「へっ!? じゃない。お前は勇者なんだぞ。だから早い内から体を鍛えて、経験を積んでおく必要がある」
「いやいや、俺まだ生まれて二日だから。ありえないから。つーか、これ俺の前いた世界だったら確実に虐待だから」
「そ、そうなのか!?」
父親が急に弱気になった。
「うん。本当だよ。生まれた直後の赤ん坊を連れだすなんて、まだ首もすわっていないのに。脳だってまだ出来上がっていなくて、高い高いとかしたら俺、脳内で出血してたぶん死んじゃうよ」
すると、それを聞いていた医者が「それは興味深い話ですね」と言った。
「どういうことですか?」
「いえ、私達の世界とはどうやら、というかやはり違うというのが、私にもようやく実感として理解出来てきたものですから。たぶんあなたは驚かれると思いますが、あなたの首はもうすわっています。そして、脳も大人と大差ありません。さらにあなたは後、数日もすれば歩けるようになりますし、一か月すれば走って、ジャンプをして、遊園地でウォータスライダーを滑れるまでになることでしょう」
「そんな、馬鹿な!」
「いえ、本当です。この世界の住人はどうやらあなたの依然いた世界よりも成長が早いようですね。あなたのいた、世界では何歳から大人ですか?」
「二十歳からです」
「へえ、それは同じなんだ。なるほど、だんだんと分かってきましたよ。たぶんこの世界はあなたの元いた世界よりも体の成長が早い、ということです。それ以外の知性に関してはほぼ同一と言っても差支えないでしょう」
「体の成長が、早い、か」
「ええ、先ほども言ったように、この世界では小学生を卒業すると、お酒を飲むことが出来ます。あなたのいた世界では二十歳からなのですよね。つまり体の成長が早いのです」
「ああ、そうか。確かにそうかもしれないな。だから、お母さんの妊娠も早いのか」
「たぶんそうです。あなたの世界の妊婦はどのぐらいの期間を経て、子供を生まれるのですか」
「一年ですね」
俺が言うと、三人は「一年!!」と本当にびっくりしたように言った。
「まさか一年もかかるとはのう。それは奥さんは大変じゃのう」
「うん。だけど、その分子供に対する愛情が湧くんだよ」
「子供を宿した期間は関係ないわ。私だってあなたのことをあなたの世界の母親と同じぐらい、いやそれ以上に愛しているわ」
母親がそう言ったので俺は嬉しくなって、涙ぐんできた。
「泣かないで。でも本当のことよ。期間は関係ないわ。母親の子を思う気持ちはどこの世界でも同じよ。信じて」
「うん。ありがとうお母さん」
俺は素直に感謝の気持ちを告げた。
でも、じゃあこの世界の母親は子供をどのぐらいの期間、お腹に宿すのだろうか。俺はお母さんに聞いてみた。
「ねえねえ、お母さん」
「なあに、坊や」
「お母さんはどのぐらいの期間俺をお腹の中に宿していたの?」
「私? 私は約三か月よ」
三か月かー。
やはりずいぶんとお腹にいる期間は短いようだ。と、そこで医者が話に入って来た。
「あなたのお母さんは、ずいぶんとあなたを生むのに時間がかかりました」
「えっ! 三か月で?」
「ええ、三か月というと、本当にギネスに載るぐらいの遅さです。いえ、もしかしたらギネス新記録かもしれません」
「それ、本当? っていうか。この世界にもギネスブックって存在しているんだ。そっちの方が驚きだけど」
「ええ、この世界にもギネスブックはあります。それでさっきの話の続きですが、早い人は体内に赤子を宿してから三日で赤ん坊を生みます」
「マジで?」
「ええ、マジです。大マジです。ですので、あなたがなかなか生まれてこなかったので、私は医者としてとてもとても焦りましたよ。なんせ、今までに経験したことない事例ですからね」
「それはそうですね。でもどうしてお母さん、俺を生むの遅かったのだろうか」
「それは、医者にも分かりません」
言って医者は笑顔を見せた。
「もしかしたら、推測ですが、あなたをお腹の中で肌身離さず、大事に育てたかったのかもしれないし、あなたのお母さんは魔法使いだから、あなたに魔法能力を授けようとしたのかもしれません。母心から、あなたを強くするために。ですが、今言ったように、それらの話しは全部私のただの推測です。気に止めないで下さい」
「そっか、そっか」
医者は推測だと、言ったけど、俺はその医者の意見は正しいのではないか、と思った。なぜならば、母親の愛情が俺の心のに流れ混んできたからだ。
そこで俺は気づいた。母親の愛情が、あるいは父親や医者の感情が俺の心に伝わるということは、その逆もまた可能なのではないだろうか。つまり俺の感情を相手の心にダイレクトに伝えることも俺の能力で可能なのではないだろうか。そう思った。だから俺は試しにそれをやってみることにした。
母親に向かって、心の中で気持ちを込めて「ありがとう」と言った。
すると、母親が突如涙を流し始めた。
「ど、どうしたんだぞい。急に涙を流し始めて。どこか痛い所があるぞい?」
「いいえ、違うの、違うのよ。ただ、この子から感謝の気持ち、感情が伝わってきたの」
母親が言った。
伝わった俺の気持ちが母親に伝わった。どうやら俺のこの感情を感じる、伝える能力は本物のようだ。しかし、俺はその能力の本物か嘘かどうかよりも、母親に感謝の気持ち、感情をダイレクトに伝えることか出来たことが嬉しかった。だって俺のいた世界ではそれはなかなか難しいことだったからだ。
だから俺は今度は医者と、父親にも感謝の感情を伝えることにした。
すると、その感情を受け取った医者と、父親は驚いた表情を浮かべた後、感慨深げな表情を浮かべた。
「感謝の気持ち確かに受け取ったよ」
「うむ。わしも受け取った。それにしても息子がこんなに優しい奴だったとはな。まあ、わしの子供だから当然か」
言って、父親はがっはっはと笑った。そして笑った後、生まれた初日俺のことを疑ったことに関して俺に謝罪をした。
「いいよ。父さん。全然気にしていないよ。俺だって逆の立場だったら、疑うもん」
「そうか。許してくれるのか、我が息子よ。ありがとう。本当にありがとう」
父親も、涙を流し嬉しそうに何度も何度も頷いた。




