母親のお腹には新たな赤ちゃんが宿っていた。
それからしばらく経っても先生は帰って来なかった。
一体どうしたというのだろうか。
すると、廊下からドタドタというあわただしい音が響いて来た。嫌な予感がした。
バタン!
先生の顔は青ざめていて、悲壮な顔を浮かべていた。やはり何かあったのだ。
「私の父が魔物によって連れ去られたようです。今、父のいる自宅に電話をしたら、軍の方が電話に出て、現状を今聞かされました」
「それで、お父さんは今どこに?」
「それは分かりません。しかし、方向から推測するに富士エベレスト山の方と思われます」
「富士エベレスト山。あの世界一けわしい山か……。まさか魔王の差し金か? 魔王はそこにいるのか?」
「それは分かりません。しかし、もし仮に魔王のいる所に連れて行かれたら父は殺されてしまうでしょう。だから何としても、その前に、父を見つけなければ!」
「協力するぞい」
「で、ですが。いいんだ、いいんだ。その変わり、もし父親を救出したら、奥さんの面倒を頼むぞ」
「は、はい。喜んで」
「私も行くわ。もう体の方は大丈夫だから」
「馬鹿野郎! 大丈夫な訳ないだろう。お前はまだ赤ん坊を生んだばかりなんだぞ」
「あなた」
怒鳴るお父さんだが、それは心配の裏返しでもあった。
それを理解したのであろう、俺の母親は「分かったわ」と納得した。
「でも、行く前にあなたに保護の、祈りの魔法をかけさせて、それならばいいでしょう? 低級魔法だから」
「それならば、いいだろう」
「ありがとう。あなた」
「それに、お前にはまだ言っていなかったけど、お前のお腹には二人目が宿っているんだぞ。お前はまだこの子を産んだばかりだったから、言わなかったけど、なあ先生?」
「はい。そうです。セレナさんのお腹の中には次の子供が宿っています」
「ちょ、嘘だろ。もう? もう次の赤ちゃんがお腹にいるの? っていつの間に宿したんだよ。お父さん。ってそんなことあり得るの?」
「息子の前の世界ではあり得なかったのか?」
「あり得ないよ。ありえない。生んだ直後に妊娠するだなんて。一体どういうことなの?」
「この世界では比較的一般的な事象です。お腹の中には次に生まれるのを待つべく順番に行列を作っているのです。まあ、とはいえだいたい、連続しては二人までですね。三連続妊娠は世界でもあまり例がありません」
「と、いうことは三連続妊娠もあったことはあるんだ」
「ええ、ですが、今までの歴史の中で数件だけです。でも、二連続妊娠も一般的とは言え、珍しいのですよ! だいたい一万人に一人ぐらいの割合です。流石お二方と言った所でしょうか」
「ふふっ、ありがとう。でも、私のお腹の中に二人目かあ。一体どんな顔をしているのでしょうね。早く見てみたいわ」
うわぁ。すげえ嫉妬感。嫉妬感が半端ない。だって俺まだ生まれて二日だぜ? それなのに次の赤ん坊が宿っているって俺、何この消失感。
「大丈夫よ。あなたのことをおろそかにするわけないでしょう」
母親が優しい目で見つめながら言った。
「ありがとう」
「それに、このお腹の子が生まれたら、あなたの旅の心強い仲間にきっとなるわ」
「きっとなるか。きっと、きっとキットカット。ああ、キットカット食べたいなあ」
「キットカットってそれは一体何だい? どんな食べ物なんだい?」
「うん。割って食べるチョコレートだよ。受験シーズンになると、きっと勝という意味で、売れ行きが延びるんだって」
「へえ、息子がいた世界でもゲン担ぎがあるんだ。意外だったな。わしのいるこの世界と、息子がいたその世界はまるで姉妹都市のような関係だな」
「そうだね。言葉も一緒だしね。そういえばこの世界にチョコレートは存在しているの?」
「チョコレート? ああ、あるさ。だが、息子のいた世界のチョコレートと味は一緒とは限らんが」
「あるんだ! 食べたい! ぜひ食べたい! へえっ、どんな味がするんだろうか。わくわく」
「ふふ、でももう少し大きくなってからね。甘い物は」
「うん。分かったお母さん。そういえば俺、すごいお腹すいたよ」
「あらあら、おっぱいのお時間でちゅか? 飲みまちゅか?」
「う、うん」
俺は戸惑いながらも、本当にお腹が空いていたので言った。
「じゃあ、授乳しましょうね」
お母さんは言うと、俺をケースから取り出し、授乳室へと連れて行った。
俺は授乳室で、おっぱいを見まいと思いながらも、薄目で見てしまった。
「あらあら、エッチな坊やでちゅね」
俺は薄目で見ていたのがばれて、恥ずかしくなって、顔を真っ赤にさせて両目をぐっと閉じた。
母親が俺の頭を優しくなでなでしてくれた。
俺のいた世界ではどうだっただろうか、生まれたばかりの赤ちゃんに授乳はしていたのだったっけ。思い出せない。というかそんなこと普段の生活で考えたこともなかった。でも、母親にはもう次の赤ん坊が宿っている。俺のいた世界とはやはり違うのだ。だからこの違いに意識を向けて、違いを常に観察して、この世界を生きていかなければ。この世界に順応する為にも。俺はそう思うのであった。




