55:国境造営砦:機体整備職人見習い:カルマ(12)
カルマは額からこぼれる汗を顔を振って吹き飛ばした。いまきっとカルマの顔にまだら模様だ、乾燥著しいこの土地は、灼熱の陽光に晒された場所から汗が噴き出すが、その汗は滴り落ちている間に揮発してしまう、そして残るは肌に貼りついた土埃を押しのけた塩の跡の「まだら模様」という訳だ。乾燥が激しいのはヌアコットも一緒だが、ここの暑さは山育ちのカルマにとってなかなかにキツイ。それを「ふんぬっ」という掛け声で弾き飛ばしてカルマは仕事に戻る。
砦を奪回して3日が経過した。いま砦跡地には数多くの資材が運び込まれ続けている。今回の事でこの地が重要拠点となり得るとナイニタル側が確信したからだ。そのためカルマは資材の確認と仕分けに追われている。
砦を占拠していた敵大将はムグール本国に早馬を飛ばして増援を求めていた。その伝令はアルマムベトの采配でナイニタル領内において討ち取っており、その要請が本国へ届くことは無い。だが既にヌワコット攻略軍は瓦解し、敗残兵が数百名規模で出ている以上、やがては――いづれの時かは不明ではあるが――ムグールが再軍備の後に再侵攻という可能性は高かった。
此度の砦攻略でもそれなりの兵士を取りこぼした。100名はいただろうか。柵を破壊して3機の大鎧が飛び込み、騎兵が続き、村人が内部で暴れると、敵歩兵は雪崩を打ったように砦を放棄して道を下ってきた。麓で待機していたカルマは軽量獣機<ハンダル>に乗り込むと、逃亡を企てる敵兵を正面から押しとどめようとした。何しろ敗残兵は周囲の村々を襲いながら移動する、最終的には野党か山賊の出来上がりだ。ここでしっかりと押さえておかねばならなかった。伝令として残ってくれていたナイニタル騎兵2騎と共に奮闘の限りを尽くした。鬼気迫る表情で続々と現れる敵兵を、必死の覚悟で迎え撃った。全てが終わった時、カルマは間違いなく「何か」を得て「何か」を失っていた。何しろ<ハンダル>の下肢と両手は真っ赤に染まったのだ。味方の騎兵も全身を染めていた。そして互いに生き残ったことを称えあった。
あの時の激しい状況を思い出すと今でも恐怖で身体が震えそうになる。そして激しい感情に襲われる。目の前に繰り広げられる命と命のやり取り、肉体が潰れる音、雄叫びと断末魔の叫び、柔らかなものが潰れる感触――。
「とにかく今後は、ムグールとの交渉のための下地作りだ」制圧した砦でアルマムベトは言った。そのためには、前回捕虜とした総大将と、今回捕虜とした補給隊長、王族に連なるこの兄弟2名を使った「捕虜交換交渉」の手腕が問われる。そしてそれと並行してこの場所を「奪われないだけの陣地」に構築せねばならなかった。
現在ナイニタルの兵力は決して高くない。2度に渉るアルマムベトたちの活躍で、大量に鹵獲した機体をもって、やがてはナイニタルの武力は高まるであろう。ただそれは、機体の修理補修が全て終わってからの話だ。それを操る機士を揃えて、鍛えて、それからの話だ。それらが済んで初めてナイニタルの城壁都市と国境周辺までの国土保全が成る。充実する。そのためにもいまはこの場所を断固として確保しておけるよう、対処しなければならない。
そしていまのあわただしさの原因には、アルマムベト達の都合もあった。
この場所を奪還する際「10日後に来訪するであろうヌワコット正機士団本隊の到着」に間に合わせる事情があった。既に移動に1昼夜、奪回に4日、そして敵を捕虜とするであろうことを見越して飛ばした伝令騎兵が、物資を伴って帰参してきて3日が経過している。つまり明日にはアルマムベトたちはナイニタルへ向かって移動しておかねばならない。そしてナイニタルの外壁門にて、ヴォーロス率いる『セマルグル蒼穹機士団』の来訪に対峙しなければならない。あの、卑怯で卑劣なヴォーロスの鼻っ柱をへし折って、アルマムベトは胸を張って女王に謁見するのだから。
いま、アルマムベトとダクシャは物資搬入を指揮する兵に対して、この地形の特性と新たな国境砦として改築する案を伝達している真っ最中だ。なんて多才で博識なひとなのだろう。なんて立派な方なんだろう。
そして彼らの周りを続々と荷車が流れ、木材や道具や食料を始めとした資材が運ばれている。
しかし増員兵が来るまで、敵捕虜たちを空っぽにした岩山に閉じ込めておくのは難儀した。カルマは何しろこちらの人員の100倍近い数の捕虜を管理監督していたのだ。立場が逆だろうという戦果であった。
今はもう大丈夫だ。資材を運んできた人員に命じて管理させている。
しかし伝令騎兵の持ってきた、領主ヴィシュヴァからの伝令筒に書かれていたことは、当事者たるカルマにとってもまったくもってそのとおりだった「望んでいた以上の戦果に、驚きと喜びを感じている」と書かれていた。常識を疑う戦果なのだ。そしていま、資材と荷馬車と人員に埋もれて天手古舞となっている。
だが明日の早朝には、アルマムベトとダクシャ、ヌワコットからの「先遣隊」として来訪していた我々全員は、ナイニタルに戻り式典に参加しなければならない。礼服と飾り布を纏って――そう我々――カルマもその一員である。
今回のことでカルマは充分な活躍をした。それはアルマムベトをはじめ、ヌワコットの機士に任命されたチェルノボグ殿にも、そして腕利きの機士スヴェントヴィト殿にも、ナイニタル領主補佐のダクシャ殿からも認められるほどの働きであった。だだひとりで3日間機体整備を万全に行い、斥候と偵察の役割を担い、最終戦では麓で奮闘した。もちろん初日の強行移動も含めた多種多様の働きが認められた結果であった。
チェルノボグ殿からは「傍仕えの機士見習いにならぬか? ひとまず我が一族に入り、私の槍持ちを願いたい」と言われ、ダクシャ殿からは「ナイニタルで工房を起こしてはいかがか? もちろん望むのであれば従機士の資格称号も与えるよう、私から領主に申し出よう」と声をかけられた。どちらもひと月前までは想像もしていなかった、現実離れをしたようなお誘いだった。もちろんそこまで評価をされることはカルマにとって嬉しいことであった。「いまは、アルマムベトさんの補助をしておりますので」と返すと、2人は「仕方がない」という表情で会話を終えてくれた。
しかし自分はこれからどうしたらよいのだろう? どうすればよいのだろう? ともかくはヌアコットに戻って親方に報告するのは必須だろう。ただ、その後は? また「機体職人見習い」に戻るのだろうか、正規職人の腕章を持たないあの見習いの身分に。――アルマムベトさんに、親方に相談してみよう。いまはそれが良い。カルマはそう決めていた。
やがてカルマからの視線に気が付いたアルマムベトは、ダクシャに目配せをした後に手招きをした。カルマが駆け寄る。
「届く資材がまだあるそうだ」
アルマムベトは嬉しそうに困ったようにカルマに言った。
「私に手伝えることはあるでしょうか?」
カルマはすぐに返答した。
「すまないが、もうひとつ機体整備台を伴った整備家屋を作ることになりそうだ。設置場所と資材保管の助言、そして用立てる品々についても、運んできた者に改めて伝えておいておいてもらいたい」
「喜んで」
得意分野ならなおのこと上手にアルマムベトの助けが出来る。そう思うと心が躍った。アルマムベトは「頼りになる」とでも言うようにダクシャに視線を送り、ダクシャは小さく頷き「なのでうちに頂きたい」という風に視線を返しているように見えた。カルマは笑った。2人の肩口から見える向こうでは、チェルノボグとスヴェントヴィトが、荷車に対して指示を飛ばしながら、資材の積み下ろしを手伝っていた。元気を取り戻した村人たちがそれを補助していた。
岩山の上部には新たな集落が出来上がろうとしていた。何かを作り上げる活気ある人の営みが、汗と声と混じりあっていた。
――そこに声が響き渡った。
「アルマムベト殿! アルマムベト殿はどこにおられるか!」
切羽詰まったものを含んだ物言いであった。いままでの、忙しくも良き知らせを含んだ、資材搬入や作業確認とは違った、切羽詰まったものを含んだ声が響いた。しかもその声はカルマの知ったものだった。カルマは振り返り、腕を上げて自身の存在をアピールした。
土煙と人垣の向こうから、がっがっがっという騎兵の歩脚が聞こえてきた。伝令騎兵の旗を差し――やはりそれはトリグラフだった。共にヌアコットよりナイニタルに至り、今回の砦制圧においては後詰めとしてナイニタルに残ってもらっていた、屈強な騎兵隊長の姿だった。
トリグラフはカルマの姿を確認し、そのすぐ傍にいるアルマムベトとダクシャの姿を見つけると、その場で下馬をした。素早い動きではあったが、かなりの疲労を伴っているようにカルマには見えた。
「急ぎ、申し上げる」
切り揃えた髭も髪も土埃にまみれ、汗でまだら模様になっている姿で、胸に手を当てる騎兵特有の略式敬礼をするとトリグラフは言葉を繋げた。
「ヌアコットが攻められております」
カルマはその言葉の意味が分からなかった。




