54:国境造営砦:機士:チェルノボグ(7)
チェルノボグは操縦槽の正面扉を開けると、固定座席に座ったまま胸いっぱいに空気を吸いこんだ。熱気を払って飛び込んできた空気には土埃が含まれていたが、その冷涼さは心地よく、チェルノボグにとって軽やかに感じられた。
危険で無茶ぶりな作戦であった。が、蓋を開けてみれば此度の戦も大勝利であった。重畳だ。絆を深めた機体に機士、その誰も欠けさせることなく敵の砦を攻略せしめたのだ、何の不満も出ようはずもない。ましてや今回は真っ向から敵機と刃を合わせることも出来た。これで実家にも顔向けができるというものだ。やりましたぞ父上、やりましたぞ母上、あなたの息子は見事に機士としての仕事を果たしました。
しかしやはり、見込んだ通りあの広場で出会った口数少ない黒服の優男は腕が立った。今回の戦も彼と肩を並べることになり、出来栄えを競うつもりでチェルノボグは大いに意気込んだ。腕を振るった。ましてや此度の戦場が、難所・高地・岩場となれば「高地順応型」の愛機<セマルグル>に分があると、武具の出来にも頼った勝負を身勝手にも挑んでいた。だがこれがどうして、スヴェントヴィトの操る中型大鎧<ストリボグ>は「バランス型」ともいえる特性差をものともしない働きを見せた。流石はかの『ストリボグ黒鉄鎖』の機体と言うべきか。それともそれを使いこなすスヴェントヴィトを認めるべきか。たぶん間違いなく、その両方の力量を称賛するべきだろう。
いやいや世界は広い。本当に広い。正直チェルノボグは少し己の力量を過信していた。自身なら、生れの血流で、恵まれた体格で、あれほどの修行を積んだ技量で、比類なき戦働きが出来ると信していたのだ。そこいらにいる有象無象の機体乗りたちなぞには束になって掛かってこられても負けはしない。現世一番の不世出とは言わないが、当代随一の機体乗りとして名を覇すことが出来るのではないかと、秘かに己の未来に自惚れていたのだ。
もちろんその鼻っ柱は武芸大会において完全にへし折られた。だがそれでも「あれは例外」的な若さの尊大さと無鉄砲さで意識の端に置いていた。実際、ヌワコットやその周囲で見かける機士や機体乗りは、なんというか惰弱であった。武人としての立ち振る舞い、力量、どれを取っても父や祖父のように尊敬は出来なかった。そんなチェルノボグが、唯一その力量差を不安視したのはセマルグル蒼穹機士団団長の「ヴォーロス」だけだった。かの男の力量と心力だけは、チェルノボグの観察眼をもってしても見極めがつかなかった。チェルノボグにとって世間の強者とは、その程度でしかなかった。
それがどうだ。いざこのようにヌワコットの外に目を向ければ、スヴェントヴィトのような猛々しい若武者がおり、ダクシャ殿のような実直な先人がおり、当代随一と言えるようなアルマムベト殿がいた訳だ。
此度の戦でもアルマムベト殿はチェルノボグと比べるまでもない力量を示した。そしていま彼はスヴェントヴィトと共に何事か話し合っていた。きっとこれからの事でも相談しているのであろう。武人として武が立ち、将としては才がある。そしてそれは、あの口数の少ない目つきの鋭い優男も同様であろう。意外や意外、スヴェントヴィトは神経が細やかだ。気も効くし、誠実だ。
チェルノボグは単純明快な男である、それは単純明快な男であろうと己を律しているからだ。故に人の悪意も真意にも鋭くあった。「知らないことは怠惰で、知ったうえで己を変えるのは惰弱である」ゆえに「知ったうえで自身を揺るがさない」のがチェルノボグの育った家の家訓である。その一族の家訓が伝えている。あの優男は「おっかさん」みたいな奴だ。戦場では猛々しく、平時では行動が細やかな、頼れる母親役だ。ここで父親役になり切れないのは彼のあの「心配性」のような細やかさだろう。彼はそれを嫌がっているようだが――ここひと月ほどの付き合いで察した――それは彼が持って生まれた性分のようなものなので、たぶんそれは変わるまい。チェルノボグはちょっとだけ意地の悪い笑みを浮かべた。競い合う仲になれそうな、そんな『友』と呼べる男の、可愛らしい弱みを好ましく思えたからだ。
実際のところ、戦場であれば重宝する性分であろうとも思う。アルマムベト殿のような父親役と、それを補佐する母親役がいてこそ、隊は、軍は、集団は機能する。それをチェルノボグは知っていた。そしてチェルノボグ家は「父親役」を担うような気風がある。もしスヴェントヴィトと共に軍勢一隊を任されるような事があれば、なんとも頼もしく楽しいことであろうかと夢想したりもした。
もちろんそれは淡い夢だ。「ヌワコットの機士」であるチェルノボグと、何やら事情がありそうな「傭兵団ストリボク黒鉄鎖の機士」のスヴェントヴィト。二人が交わることはそうあるまい。いま、この時が奇跡のような一瞬であるとチェルノボグは分かっていた。貴重な時間であると分かっていた。
そしてその黄金のように貴重な一時は、間違いなくあの勇士と出会ったことから始まっている。なんと人生は稀有な縁を紡ぐのか、なんと眩しく貴いのであろうかと、チェルノボグは深呼吸と共に胸に抱いて、そして中天の蒼穹を見上げた。




