51:国境造営砦:機体整備職人見習い:カルマ(11)
4日目、朝靄の中でカルマは登り口を観察できる斜面に取り付いていた。既に仕事は終えてある。ここ3日間、宵っ張りで機体の整備をし続けた。戦闘稼働の疲労回復を中心とした整備だ。さすがに身体が重たかったが、その疲労はむしろ心地よくすら感じているのは彼の若さゆえだった。いまカルマの瞳はらんらんと輝いている。何しろ今日が仕掛けの当日だ。
遠眼鏡で見る先には、ムグールが岩山の頭頂部に作られた<関>が見える。敵の<ラークシャサ>が2体、ものすごい長柄の武器を持って待機している。雄々しい。だがカルマには分かっていた。敵のく人工培養筋肉>には疲労の色が見える。どす黒い色の一歩手前に違いない。整備をさぼり、回復作業を怠った結果だ。そんな状態で昨日は戦闘稼働を行った、現在、稼働効率は低下――2割は落ちているだろう。その状況を確認し、磨いた金属板に朝日を当て、麓にいる味方機に合図を送った。伝達内容はこうだ。
「予想通り」
☆☆☆☆☆
4日目、朝靄の立ちこめる中、ナイニタルの砦攻略隊の機体乗り――アルマムベト、ダクシャ、チェルノボグ、スヴェントヴィトはそれぞれの愛機に機乗した。
ここ3日の攻略より1刻(2時間)は早い時刻である。日は昇ったばかり、明るくなったとはいえ周囲はまだ早朝の青みを残していた。そして麓の河川から立ち上る靄が大岩の周囲を、登り口を埋め尽くしている。
アルマムベトは稼動音を最低限に、静かな静かな起動をした。いつもどおりのゆっくりとした動作でペルンを立ち上がらせ、ゆっくりとした動作で渓谷を登る。目立たぬ老朽機が、主力となる若武者<セマルグル>と<ストリボグ>に随伴する。隣には新参のぎこちない<ラークシャサ>。靄の視界と冷気が彼らの味方である。小さな小さな味方ではあるが、その味方を大事に使って彼らは歩を進めた。
☆☆☆☆☆
ナイニタルの4機が、昨日と同じ<関>を視界に入れた場所に到達した。ムグール側は関の向こうで敵機2機配置についている。だが、慌ただしい。いつもより早くに移動を行い、予想より早い到達であったからだろう。<関>に張り付いた2機はともかく、他の動きは鈍かった。
すぐにナイニタル側は岩の投擲動作に入る。若武者3機、チェルノボグの<セマルグル>、スヴェントヴィトの<ストリボグ>、ダクシャの<ラークシャサ>が投石を開始した。そして――<ペルン>が動いた。
滑らかな動きだった。柔らかく腰を落とすと、素早く脚部が動き出す。低く低く保たれた姿勢で駆けるその姿は、ヌワコットの深山に棲む雪豹をカルマに連想させた。
流水。
加速に加速を重ねるように<ペルン>は駆けた。いまのいままで、この3日間の動きとは別格。老朽機らしいぎこちない動き、補助役としての稼動をしていた機体とはまったく別のものと思えるような起動だった。あれは本気の加速、<人機一体>の速度で足場の悪い登り口を跳ぶように踏破する。神速と呼べる加速であった。ムグール側の見張り兵は虚を衝かれたか。連日の攻撃で疲れ果てていたか、それとも思い込みか、その動きに気が付かない、反応した時にはもう遅い。己の見ているものが信じられないという驚きと焦り、その心理的な刹那を衝いて<ペルン>は落石罠を駆け抜けた。ペルンの背後で落石が響き渡った時、迎撃用の罠の全てを背後に<ペルン>は「関」へと飛び込んだ。
警告音が響き渡る。法螺貝と落石の音を耳にして、そして昨夜の警戒で疲れきった<ラークシャサ>があわてて稼動を始めたその最中にペルンは関に飛び込んだ。速度を落とさず関の柵へと接近する。手にした長槍を、走りこむ速度そのまま槍先を地面に叩きつけた。柵の根元。ががっと削岩するものすごい音がカルマのもとまで聞こえてきそうな土煙が上がった。それと同時に、ごう、と風切り音が確かに聞こえた。
――ペルンが空を飛んだ。
☆☆☆☆☆
金属と人工培養筋肉で出来た、地上最重量の武具が棒1本を支えに宙返りをした。軽業師のような動きだった。斜面の下という高低差をものともせず、柵を飛び越えた。ふわりと浮いたその後で、地面に着地した。既に柵に張り付いていた2機の頭上を越えている。着地の勢いそのままに、陣地の奥へ飛び込んでいく。槍は手放し無手だ――その不利を一切介さず敵の大将機、随伴機2体を従えた最重量の大型機、大将機<ラーヴァナ>へ<ペルン>は駆けた。
柵と前線守備機を前にして、いまだのんびりと構えていたのであろう敵大将機<ラーヴァナ>は、慌てたような仕草ながらも長柄戦斧を振りかぶると、<ペルン>を袈裟切りにするべく振り下ろした。<ペルン>が半身を反らした。長柄戦斧が<ペルン>の胸部を擦るような距離で通り過ぎる。<ペルン>は突進の勢いそのままに腕を伸ばした。そして拳ではなく「手のひら」で<ラーヴァナ>顔面やや下、喉元を強打した。びりりとした衝撃を受け、がくりと<ラーヴァナ>の全身から力が抜けるのを見た。
掌底を叩きつけた<ペルン>はするりと<ラーヴァナ>をすり抜けた。脱力して各座する<ラーヴァナ>の背中に低い姿勢で貼りついた刹那で、<ラーヴァナ>の腰から剣を逆手に引き抜くと、くるりと回転した。大将機の左右であわてて動き出す<ラークシャサ>の1機が片膝を切り裂かれて転倒した。もう1機は脇下の人工培養筋肉を切断され長柄戦斧を取り落とした。舞踊のような一撃で2機を同時に攻撃していた。
<ペルン>は回転しながら滑り抜け、出血著しい2機を睨んだ。もがく2機の<ラークシャサ>の機能はすぐに停止して静かになった。そして各座している<ラーヴァナ>の向こうから、関を守っていた先の2機の<ラークシャサ>がやはり大振りの長柄戦斧を手に駆け寄って来た。激しい機動を行った<ペルン>の周囲には陽炎が立ち上っている。そして駆け寄る<ラークシャサ>の背後で柵が倒壊した。<ペルン>の一機駆けに気を散られていた隙に<セマルグル>と<ストリボグ>そして味方の<ラークシャサ>が突撃していたのだ。
残っていたムグール2機の<ラークシャサ>は、起動不具合を起こしているような、がくがくとした動きで前と後ろを交互に見た。前方には機神のような砂色、後方には自軍より多くの3機が柵を弾き飛ばし、勢いよく気炎を上げて迫っている。どうする? どちらから攻める? 守る?
そしてその時、兵舎では、捕虜として労働力として搾取され続けていた村民が、手に手に石や長柄の棒を持って兵士を襲っていた。<セマルグル>と<ストリボグ>が混乱中の<ラークシャサ>2機をそれぞれ切り飛ばした。ダクシャの<ラークシャサ>は獣機<ハンダル>2機を制圧していた。そしてナイニタル騎兵が砦内に飛び込んで、村民と共に兵士を駆逐し始めた。
砦は、その機能を崩壊し始めていた。




