49:国境造営砦:機体整備職人見習い:カルマ(10)
アルマムベトは、制圧された国境村に到着するとすぐに敵を観察できる場所、そして敵から観察されない場所で小休止を命じた。そして情報を集めるべく手配を行った。
ダクシャには、周囲警戒を続けている追撃騎兵隊と合流させ、彼らの持っている情報をすべて聞き出してくるように命じた。この国境奪回隊を指揮するのはダクシャなので、あくまでも提案の口調であったのが皆の苦笑を誘った。ダクシャも快くその提案に乗った。そして、僅かな人数ではあるが、侵攻軍の徴集の手から逃れて身を隠している村人らがいることを知るとすぐに彼らを呼び寄せた。アルマムベトはその彼らからの話を、聞ける限りひとつひとつ直接話を聞いて吟味するという手間を惜しまなかった。それだけで半日が終わってしまう。それでも「直接、見聞きした者の話は貴重だ」と言って彼らの話に耳を傾けた。チェルノボグとスヴェントヴィト、そしてカルマにも同席させた。
アルマムベトは、村人を情報を集めるために呼びつけたにも関わらず、真っ先に発した言葉は「食事や水で困ってはいないか?」というものだった。穏やかな声音だった。逡巡する村人に対し「少しなら分けるよう指示もできるから」と声を重ねた。奪回隊に水も食料も潤沢のはずはない。移動速度を重視して駆けてきたのだ、各個人の機体に括り付けてきた僅かな分量と、カルマの軽量獣機<ハンダル>が無手になってまで運んだ糧秣が全てだ。そしてその殆どは機体の整備機材と交換部品であった。もし彼ら分け与えたら、持ってきた食料は半分以下になるだろう。それでもアルマムベトはカルマに命じ、集まった村人のひとりひとりに一食ほどではあるが糧秣を分け与えた。自ら水筒の水を杯に注ぎ、代表者と思しき老人に手渡した。
「良いのですか?」
カルマが言い出せない台詞をダクシャが言ってくれた。村人の困窮は確かに分かる。しかしこれから戦だ。場合によっては包囲攻城戦、籠城に備えなければいけない。干上げるはずが、こっちが干上がりかねない状況になるようでは本末転倒である。
「構わぬさ」
アルマムベトは朗らかに笑う。
「こちらはナイニタルと地続きなのだから。それに小川も目の前にある。彼らはムグールを恐れて取りに行けないだけだ。我らは違うであろう?」
茶目っ気を交えて問いかける、その瞳は悪童のようだ。この場でのナイニタル国を代表する立場となるダクシャが声を詰まらせるのをカルマは見た。そうだ、この土地はナイニタルで、彼らはナイニタルの民で、彼らを保護するのが僕たちの仕事だった。
「確かに」
ダクシャが静かに目礼した。「気遣いをさせてすまんな」とアルマムベトは返した。カルマの胸中から不安は消えた。彼らに付いて来て正解だった。本心からそう思った。
☆☆☆☆☆
奴らは南の向こうからやってきて、あっとう間に村を囲んだ。村の男たちは徴集され、村の女たちは傍仕えや世話役としてやはり徴収された。使い道のない子供と老人は捨て置かれ、やがて村の財産は全て召し上げられ、家屋は解体され資材としてあの大岩の上に運び込まれた。土台しか残らない家屋と、殻になった穀物庫、踏み荒らされた畑を前に途方に暮れている我らに対し、奴らは「目障りだから失せろ」と言った。棒で小突かれ、石を投げられ、怪我をした者もいる、我々は家族の心配をしながらその場を去ることしかできなかった。しかし食料も何も無い状態ではこの地を離れることも出来ん。灌木林の隅で、木の芽と皮を齧り、この災難が去ることを祈るだけだった。
奴らは当初100名ほどだった。大きなヒトガタの鎧は5体、猿のような形状のものが2体いた。やがて村を襲ったよりもっと大きな集団が、この村の向こう側を通り過ぎてゆくのを見た。それから数日がたち、空腹で倒れる者が出た頃、土埃で汚れ切った奴らの仲間がナイニタルからやってきて、この村に立ち寄った。数は3~400人はいたと思う。彼らに見つかると今まで以上に非道目にあわされるので、我々は林の奥に逃げ込んだ。
時々、水を汲みに村の男たちが縄で繋がれてやってきているのを遠目に見ることが出来た。村人は誰もかれも痩せこけて、いまにも倒れそうだった。幾人かはその場で倒れ、放置されもした。奴らの姿が見えなくなって、やっと我々は仲間のもとに駆け寄った。幾人かは息絶えていたが、幾人かは息を吹き返した。彼らの話すことには――。
☆☆☆☆☆
そうして半日、夜までかけて集めた情報をアルマムベトは主だった者――、ダクシャ、チェルノボグ、スヴェントヴィト、そしてカルマと車座になって再検討した。「では軍議を始めようか」と声を発して。
星明りの下、小さな火を中心に皆が集まっている。
「一通りのことは聞いた。なので明日から攻めようかと思う」
まるで散歩に行くかのような口調で、さらりとアルマムベトは言った。
「では一番槍は私にお任せ願えますかな」
と、まるで「散歩には最適な日和」と返すかのような口調でチェルノボグが発言した。
「しばしお待ちを」
「攻めるとして、どのように、どうやってやるのです?」
と焦った声を出したのはダクシャとカルマである。スヴェントヴィトは無言で、だが「じとり」とした視線でアルマムベトを眺めている。
「順序だてて話そう」とアルマムベトは言った。
「まず、攻めねばならないから攻める、これは確定事項だ」
現状、この砦はナイニタルにとって喉に刺さった小骨だ。放っておくと大病の原因になる。いずれ敵の援軍が来たとして、橋頭保として滞在させてしまう砦があるというのは非常に厄介だ。
砦の敵を閉じ込めるにしても同様で、封鎖するだけの戦力を現状我らは持っていない。持っていたとして援軍が来たら挟み撃ちに会う。だから攻めるしかない。それも手早く、相手側の準備がそろう前に。
もっともだ。目的にブレはない。問題はそれが「成しえれるかどうか」なのだ。
「出来るとも」
アルマムベトは朗らかに笑った。




