48:国境造営砦:ムグール補給部隊長:マチャルヤ(2)
マチャルヤは満足していた。
起立させた大鎧<ラーヴァナ>の機士席から身を乗り出し、直接眼下の景色を見て、ふんむ、と形の良い鼻を膨らませた。
突貫工事のかいがあって防御陣地は完成した。なんとも埃っぽく、見栄えも悪く、居住性も悪い。が、それでも「野戦陣地」と呼べるだけの形を作り上げた。正直これを初陣だの我が城だのと呼ぶ気にはなれない質素なものだ。だが、マチャルヤは満足していた。何しろこれからだ。何にせよこれからなのだ。これからマチャルヤは自身の腕と才覚によって他国の領地を切り取るのだ。自領の山賊退治などではない。これは「戦」だ。
我は我が砦を手に入れた――声に出さず、マチャルヤはそう思った。このような貧相で土埃ばかりのものが「我が砦」しかも「初の」とはとても声に出しては言えはしない。家の格に係る。だが末息子であるマチャルヤにとって、鎧こそ、私兵こそ、館こそ与えられはしても「砦」を与えられる事はなかったのであった。だが、ついに自由になる戦場を手に入れたのだ。
みすぼらしくも機能そのものに問題はない。食料もある。人員もいる。マチャルヤの私兵が50名、補給部隊の兵士100名、そこに兄の歩兵を400名ほど組み込むと、なかなかに壮観な頭数である。軍勢と呼ぶに足るだろう。人足として徴用した村人もまだ200名ほど残っている。これらすべてがマチャルヤの手駒として動くのだ。
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懸念はある「水不足」だ。しかしそれをマチャルヤは実に合理的に解決した。
当初は、麓の村跡や小川まで荷駄隊を組み水を確保していた。やがて敵の騎兵隊が迫ってきたと聞いた際にも、荷駄隊に大鎧や獣機を護衛につけ水を確保し続けた。しかし砦構築作業が本格化し、人手を要するようになるとそうもいかなくなってきた。荷駄がほとんどいなくなっていたのである。
兄の敗残歩兵を集め、隊伍に組み入れての組織再構成中に半数の荷駄が消えた。いろいろと混乱している最中であった。どうやらこちらの指示に反し、マチャルヤの私兵の目を盗んで、惰弱な兄の兵たちは本国に逃げ帰ろうと柵を空けたようだ。荷駄を奪おうとしたらしい。もちろんそのような事をした逃亡兵と荷駄を管轄する兵士には鞭をくれてやった。が、混乱時に逃げ出し、減った荷駄は帰ってこなかった。
減ったとはいえまだいくらかの数は残ってはいた。それらを使役し砦構築の作業と日々の水確保を行った。すると、減った分を補うノルマによって荷駄がばたばたと倒たというのだ。
なんとも惰弱なことである。鍛え抜かれたマチャルヤやその私兵には考えられない惰弱さである。
確かに斜面を何度も往復する水運び、日差しと風が強い台地上での作業は過酷ではあろう。兵舎や整備台や柵や関の構築、岩落としの仕掛け、荷駄の利用は重なった。気が付いたら最終的に荷駄のほとんどが失われていたという訳だ。荷駄とはなんと軟弱な馬であることか。
荷駄がないとなると、大鎧や獣機を護衛につけるよう配分しても、小川まで行ったとしても、その後に水を運ぶ手立てがない。まさか大鎧に水樽を担がせる訳にもいくまい――。
そこで合理的な判断をした。
村人を荷駄の代わりに使役した。朝夕、昼日中の炎天下、夜半の寒さ、一切かまわず捕虜の村人に交代で小川を往復させて日々の水を確保した。それと同時に、砦台地の外周部に「長腕の跳ね上げ釣瓶」を作らせた。腕の長さは5m、それで高低差40mの垂直にある小川や湧水地から水を汲む。効率は悪いが、これでたとえ籠城となっても最低限の人数――「マチャルヤの私兵」の分なら確保できるであろう。
危ない足場に、過酷な作業、1杯ごとの非効率さは人足が負担すればいい。疲れ果て、倒れようとも構わない。使いつぶして構わない、彼らは捕虜であり道具にすぎない。戦闘では役に立たないクズなのだから、戦闘に従事する兵たちが働けるよう、下働きだけすればそれでいい。食料も水も最小限の支給にして、体力が続く限り水を確保し続けるだけの道具であればそれでいい。もちろん水汲み作業時には逃亡阻止のために手かせ足鎖を付ける。
水の配給は「機士と機体」を最優先とした。次に配下である「マチャルヤの私兵」だ。その後「補給部隊の兵士100名」であり、最後に緊急に組み込んだ「400名の兵士」たち。この400名は50人づつの8つの組に区分けして、作業や戦闘に使えそうな順から優先して配給する手配をした。配給が下になる者ほど、水汲み作業に、砦構築の人足にと使いつぶしてゆくのだ。
戦闘が始まればどんどん減ってくれて構わない。水や食料の消費が減るからだ。そして程よく減ったところで本国からの増援部隊が到着――というのがマチャルヤの合理的な計画であった。
うまく倹約しなければならない。<ラーヴァナ>に<ラークシャサ>は大喰らいだ。日々の維持に消費する水、動作時に消費する水ともに他機種の2倍近い。貧乏くさい山の民の<セマルグル>と比べると4倍という大食いな機体である。乾燥に弱く、冷涼な風に弱く、高い重心から不安定な立地での運用にも弱く――故にいままでヌワコット領域の山岳戦闘においては「溺れている」とも評される程に劣勢であった。侵攻計画は何度もとん挫した。
しかしここは違う。
ここはまだムグールの土地だ。山岳戦闘と呼ぶにはまだまだぬるい。乾燥はある、朝夕は冷える。だがここはムグールだ。日中は汗が吹き出るほどの灼熱の土地だ。
この場所で、一対一の真っ向勝負で対峙するならば<ラーヴァナ>は無敵だ。その写したる<ラークシャサ>も無比だ。その剛腕はセマルグルなどの比ではない。何しろ機士殺したる獣機<ハヌマーン>と真っ向から力勝負ができる機体が<ラーヴァナ>だ。剛腕ゆえに装備できる兵装、関節部の強固さ、重装甲の打たれ強さ、どれをとっても上回っている。マチャルヤ我らの率いるムグールが負ける要素はひとつもない。
本国の自領に伝令は送ってある。もうしばし待てば、追加の機士と機体が、大勢の兵が、大量の食料を持ってやってくる。少なくとも大鎧は10機、兵士にいたっては3千――いやその倍が集まろう。
マチャルヤは自身の大躍進を待っていた。




