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47:国境造営砦:機体整備職人見習い:カルマ(9)

 国境の村はありきたりの小規模なものだった。戸数は50ほど、人口は300人あまり。だがその地形が特殊だった。丘のようななだらかな傾斜地には村と雑穀畑と放牧地が広がる、岩が多い地形だ。その傾斜地に、すとんと円柱のような大岩が乗っている。

 大岩は大きく見上げるほどだ。垂直部分で高さ40mを超え、やや楕円だがきれいな円柱形で外周は約2km。白い壁面が壁のようにそそり立つ。その楕円は一部が断ち割れており、そこが斜面状となって大岩の上まで登ることができる。渓谷の赴きがある昼なお薄暗い斜面を登りきれば大岩の上、見晴らしのよい台地に到着する。遠くまで見通せる場所で、そこでは国境の動きを監視できた。ゆえにここは国境として、見張り村として機能していた。


 ――その場所を奪われておりました。


 追撃隊の騎兵はそう報告をしてきた。ムグール軍は村を村人ごと接収し、周囲の地形を確認すると、その大岩を砦のように変えたのだった。村民を使って村の家屋を解体し、周囲の木々を伐採させ、それら材と、岩と土を活用し、台地の上に陣を組んだ。そして斜面状の登り口に「関」を設けた。岩や丸太で防衛用の「岩落とし」を作り、砦として構築した。

 地形、構造物、足場の悪さと高低差、大鎧の存在、――以上から攻めるのは困難。追撃騎兵隊はそう判断しナイニタルへ報告を行ったのだった。


☆☆☆☆☆


 ナイニタルの砦攻略隊の陣容は、ダクシャの鹵獲<ラークシャサ>1機を大将機とした、アルマムベトの<ペルン>、チェルノボグの<セマルグル>、スヴェントヴィトの<ストリボグ>、そして――カルマが運用する軽量獣機<ハンダル>、4機の大鎧を主力とし、1機の獣機と少数の騎兵を補助とした寡兵なものであった。


 ナイニタルでは、敵の構成と急造ながら強固に組まれた砦があるとの報告を受け、誰をどのように派遣するかを僅かな時間ながら激しく話し合われた。だが、動かせる数は最初から決まっていた。

 城主ヴィシュヴァが出張るわけにはいかない。そもそも機体が用立てれない。現有愛機であるラーヴァナ風<セマルグル>は過酷な運用で左膝下から深刻なダメージを負っている。城内での運用はともかく長距離の移動は難しい。新しく鹵獲した<ラーヴァナ>ではまだ機種交換訓練を終えていない。そもそもいままでヴィシュヴァはセマルグルに機乗しているのである。ラーヴァナ、ラークシャサ系統とは癖が異なる。機体同調や慣熟に、突貫で考えても1ヶ月は訓練を必要とした。まして戦闘などとても無理だ。


 ヴィシュヴァ傍仕えとして防衛戦を乗り切った2機の<ラークシャサ>についてもダメージは深刻だった。ヴィシュヴァのセマルグルほどではないにせよ、やはりかなりの傷を負っていたし、人工培養筋肉の疲労はより深く、多数の疲労断裂をおこしていたことから総交換の作業中でもあった。動かせない。それにもともと腕力はあっても持久力の劣る<ラークシャサ>である。過酷な運用を強いてきた現状で、このうえ強行行軍にて現地に向かい、敵を撃破し、10日後までに帰還するというスケジュールをこなせるかは甚だ疑問でもあった。

 となると動けるのはやはりヌワコット先遣隊の3機となる。老朽機ながら名機の風格の<ペルン>、疲れ知らずの持久力特性を持つ今期ものの<セマルグル>、頑健無比な名機<ストリボグ>の3機ならは騎兵を伴っての強行軍に耐えられる。この選抜は決定済みだった。


 だがさすがに「彼らに全てを頼り、ゆだねる事は出来かねる」とし、いまだ疲れが残る体を叱咤して、ダクシャが同行を申し出た。現場での情報収集や騎兵への取りまとめぐらいは引き受けると。現地にはまだナイニタルの追撃騎兵隊が警戒に当たっている、確かにダクシャはいたほうが混乱は少ない。

 幸運にも傷の無い鹵獲<ラークシャサ>が2機ある。「試してみよう」とそのうち1機との同調を見事やり遂げたダクシャは、剛腕(パワー)特化型である「疲れやすい機体」であるラークシャサを、新品同然の機体という利点部分を十全に生かしきることで強行行軍に望み、危なげなく行程を終えた。


 また、大鎧を十分に運用するために、どうしても必要な物資を搬送する役として獣機の同行機が望まれた。傭兵として雇い入れていた2機の軽量獣機<ラングール>に期待したが、やはり膝関節の酷使により長距離移動は厳しい状態であった。しかし小破鹵獲の獣機の中に1機、状態が良い機体がある。既に修理も済んでいた。

 <ラングール>と同系統の<ハンダル>。四足の<シュリガーラ>と違い背負子を付ければ運用備品――冷却用の水樽、交換用の人工培養筋肉、疲労回復用の薬草類、各種交換用の武器――が搬送できる。その搭乗者の指名をさて誰に、という段で推挙されたのは意外な人物「カルマ」であった。


 ヴィシュヴァが問いかけた。


「機士ではなく?」

「現場で、調整修理を要する可能性も高い。敵の様子も探りたい。腕の良い機体整備職人(パペッター)がぜひ傍にほしい」


 アルマムベトはそう答えた。


 職人ならば最低限の機体動作は出来る。幸いカルマは<ハンダル>の修繕を経験しており、機体動作にもいくらか慣れていた。そもそも今回運用する機体を修繕したのはカルマであった。機体同調も滞りなく、軽力級で扱いやすい獣機の利点を理解していれば、この突然の提案に「やります!」と飛びついた。出来るかどうかではない、やるのだ。やらねばならぬのだ。カルマはただその思いで周囲の懸念を完全に無視した。アルマムベトの推挙、この機会、これを生かさずしてなんとする。これこそ自身が求めていたもの。自身が行うべき行為のはずだ。

 まるまる一昼夜、ただひた走りに走りどおしという行程――強行軍。カルマは死に物狂いで行軍に喰らい付いた。これを叶えられるなら死んでも構わない。少年の、少年らしい短視野的な思い込みがカルマを奮い立たせた。国境砦に到着した直後、カルマは失神した。だがカルマは確かにやり遂げた。


☆☆☆☆☆


 奪われた村から、砦から、丘をひとつ離れたところから、アルマムベトと機士ダクシャが遠眼鏡で敵陣を観察していた。ひととおり観察し終えると、遠眼鏡を次の者に渡す。疲労が抜けきらぬ、ふらつく体をなんとか奮い立たせ、カルマも敵を確認した。


 台地に設置されている敵陣は簡素なものだ。天幕を中心に煮炊き場があるだけで、機体の整備台などは設置されているようには見えない。整備兵は従軍していないのかもしれない。

 補給物資は潤沢にあるようには見えるものの、それは食料品を中心とした生活物資のようだ。

 水場が見当たらない代わりに水樽が設置されている。聞くところによるとあの台地上に井戸は無いらしい。ただふもとに小さな河川があり、台地の根元には小さいながら複数の水場が、遊水地がある。台地の外周に長い長いつるべを設置してあるので、僅かながら水を酌むことは可能。水場は、周囲が切り立った崖や割れ目のような地形もあり、そういった部分からつるべを組まれると、外周からの妨害では水の採取を妨げることは難しい。ただそのような特殊な地形で酌める分は少量ゆえに、100人を超える人員を長期間篭城させるのは不向きなはず――。


 台地の敵陣に設置されている機体は、やはり重装甲に改装されている<ラーヴァナ>に見える。いまも動き回っている。台地の割れ目の登り口には、大きな岩や柵で塞いだ関も見えた。2重の関だ。そこに2機づつ<ラークシャサ>がいる。傍らには1機の<ハンダル>これはかなりの老朽機のようだ。荷駄用に運用されている機体のように見える。


 しかし<ラーヴァナ>とは強敵だ。平地で真っ向勝負として対峙するならば、その腕力(パワ-)はセマルグルの比ではない。何しろ機士殺したる獣機<ハヌマーン>と真っ向から力勝負ができる機体が<ラーヴァナ>だ。ムグール王族専用機としての名は伊達ではない。

 その写したる<ラークシャサ>も、装備できる兵装、関節部の強固さなどで打たれ強さなら折り紙つきである。それが共に重装甲型に特化し、長柄戦斧で武装している。柄まで鋼鉄の代物であることが見て取れた。

 あえて欠点をあげつらうなら、<ラーヴァナ>は機体稼働時間が短い。熱の発生効率が高く、それによって人工培養筋肉の反応速度低下速度も早いと聞く。稼働時間は平常機体より3割ほど短い。セマルグルと比べるなら5割程度。疲労劣化も早く部品交換の頻度も高い。<ラークシャサ>も<ラーヴァナ>同様の特徴を持ち、長時間及び長期間の運用に支障がある機体で、つまりは「腕自慢だが、大喰らいで疲れやすい」機体――お金持ちの貴族御用達の機体といえる。


 さて、そのような豪腕機体と対峙して、一方こちらは前回と違い攻めねばならない。こちらから移動し、斜面を駆け上がり、柵向こうや頭上の敵と相対しなければならない。対して向こうは待機して向かい打つ立場だ。いままでナイニタル城壁で培ってきた利点が生かせない。

 この場に用意できた戦力は大鎧4機と獣機1機、それに周囲を警戒している追撃騎兵隊、今回の強行軍に同行してくれたトリグラフの騎兵隊のみ。急ぎ現地へとの考えからこの場に歩兵はいない。


 機体数で敵わず、兵士の数で敵わず、まして拠点は地形の高低差をそなえている。短期間ながら堅牢に準備されている――こうなると、一騎当千のアルマムベトといえどもこの現状を打破する手はないのではなかろうか。どうにもならない。

 カルマは頭をひねった。どう攻略したら良いのだろう。

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