45:城塞都市ナイニタル 広場食堂 騎士隊長:トリグラフ(4)
食堂は今日も盛況のようだ。旅籠屋の扉を開ける前から、料理を彩る香辛料の香りが通りに流れ出ており、人のざわめき声が聞こえる。トリグラフの愛する市街の光景だった。
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ナイニタルが用意した、トリグラフが率いる騎兵隊への扱いは丁重なものであった。馬房はナイニタル城前の1棟をまるまる割り当てられ、部下たちには独立した宿坊も1つ用意された。飼い葉に水は自由に使って良いとされ、エン麦に塩もたっぷり用意された。下男と下女を各5名。寝具用に立派な毛布を3枚づつ。トリグラフに到っては城内に貴賓室まで用意された。さすがにそれは断った。
食事についても城内の厨房から毎食用意され運ばれてくる。良質な肉と魚を用いた2種の鍋、平たく焼いた暖かい麺麭、雑穀飯、新鮮で瑞々しい果物。その時には給仕が4名。今は45騎となった騎兵隊には充分な人員に扱いだった。
現数45騎――5名の騎兵が馬と共に死んだ。
大勝利といえども損耗は出る。ましてや騎兵だ。死ぬときはあっけなく死ぬ。トリグラフ隊は敵本陣を攻め、将軍<ドヴィジャ>を捕虜とした後は、城壁周辺で混乱している敵兵を排除、捕虜とする掃討作戦に従事した。損耗は敵本陣を突き破るのに4名を、掃討作戦中に1名を失ったからだ。もし追激戦をナイニタル正規兵と共に行っていたら、こうしてのんびり過ごす事は無く、あと2~3名は死傷者が出ていたことだろう。
死んだ部下たちとその愛馬は、戦場の習いのとおり、亡骸が判別する限り、人馬を共に湖のほとりに埋めた。岩場の多い土地であった。埋める際、ごりごりと言う音が鳴った。
そして隊長として埋葬する前に、亡者の髪と、馬の鬣をひと房切り取り懐に収めた。いずれヌワコットに帰ったら残された家族や血族の元へ届けることになる。隊を預かる者の勤めであった。
しかし気落ちしているばかりではない。騎兵はみな気持ちの良いものたちばかりだ。馬を愛し、仲間を愛し、共に生き死にを分かち合う。行軍中となれば、自身の食い扶持を愛馬に分け与えもするほどの馬好きの集団だ。情は濃い。今回の過酷な戦闘を共にしたことで、より一層、隊の一体感を得ている。
しかし騎兵は、まるで黒曜石の小刀だ。叩き付けるたびに敵を切り裂き、己自身が刃こぼれする――削れ、小さくなってゆく小刀、そんな騎兵。命をすり減らしながら目的を達する。
そんな騎兵たち、そんな仲間たちへの思いを抱きながら、トリグラフは扉の前で気持ちを切り替えようと勤めた。いまからは騎兵とは違う仲間に会うのだ。
扉を開ける。
喧騒が1段上がった。この店を紹介されてすでに5回目の訪問。カウンターの向こうでライスワインを注いでいた店主は、トリグラフを認めると柔和な笑みを浮かべて奥の席へと視線で促した。ここは酒にはちょっとこだわりのある店だった。雑穀酒だけではなく、蜂蜜と米から作られるライスワインも提供する。トリグラフは安酒を大量に煽るより、良い酒を少量、じっくりと嗜むのを好んでいた。その姿が店主に気に入られていたようだった。
トリグラフは紹介された5日前より、夕食時にこの食堂を訪れていた。本来ならそのような必要は無い。夕食も宿舎で取れる、不備も無い。騎馬を連れている以上、馬の世話に日々の運動にとすべきことはあるし、部下と共にいることも心地よい。ただ、部下にとって心地よいかは別だ。馬坊宿坊で同一生活をしている以上、一時、羽目を外せる時間を用意してやるのも隊長として必要だろうと考えていた。またトリグラフの立場として、この機会にナイニタルの街についても良く知るべきだろうと思った。そして実は、トリグラフこうして街の雑踏に身を包んでいることも好きだった。馬の背にまたがって草原にいることの次の次ぐらいには好んでいた。人々の営みが、穏やかに流れているのを感じるのが好きだったのだ。馬の背の次に好むのは家族との団欒だ。
促された先、食堂の一番奥にある長卓には既に先客がいる。機体工房で寝泊りをしている先遣隊隊長たるアルマムベトを上座に、若手機士2名のチェルノボグとスヴェントヴィトが片側を締め、大鎧との同調性の高め方について質疑していた。質問するのは主にチェルノボグだ。困惑気味に口数少なく、しかし誠実に回答する役はスヴェントヴィト。答えたものの、その正確さを確かめるように回答する度にアルマムベトへ視線を動かすのが若者らしい初々しさだった。回答を得るとチェルノボグは大げさに頷いて反芻している。
その反対側には、この店を教えてくれたナイニタル筆頭機体整備職人のアリャーマンが、隣に座る少年、機体整備職人見習いのカルマの肩を掴むように組んでいる。どうやら今夜も激しく口説き口説かれているようだ。「万事、俺に任せてくれれば専用工場も、出世も、嫁も、何だって揃えてやる!」調子のよさは今夜も相変わらずだ。だが若いカルマは困惑気味だ。腕を買われ、評価されることは嬉しいが、ひとつふたつの戸惑いや不安や不満があるように見える。複雑な表情を浮かべて果実水を口にしながら、返答を「いや、その、僕はヌワコットに―」「オレの娘と妹たちは美人揃いだぞ!」「いやそうではなく―」「21歳から3歳まで好きなのを選べ!」「いえあの―」
中身がある会話かどうかは分からないが、明るく楽しそうではある。
トリグラフが長卓の様子をゆっくりと眺め、アルマムベトの隣席に着席するのと同時に、店の女将がライスワインの杯を持って「ごゆっくり」と言ってきた。その様子を片目を閉じて眺めていたアリャーマンがやわら立ち上がり
「精強なるヌワコット先遣隊と!」
と言うと
「麗しき城塞都市ナイニタルと!」
とチェルノボグが返し
「誠実なる民たちと」
トリグラフが追加し
「戦う者たち全てに」
アルマムベトが締めて。
「乾杯!!」
皆が唱和し、杯が掲げられた。
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この食卓は交流と同時に情報交換の場でもある。
アリャーマンが大鎧をはじめとする機体の修繕状況を語れば、トリグラフは騎兵隊の状況から、ナイニタルの騎兵・守備兵の様子について語る。修繕状況の補足をカルマが述べれば、チェルノボグとスヴェントヴィトがナイニタル機士たちの技能評価や人品や癖などを語り始める。やがてナイニタルの商業地区や交易品、特産品にうまい料理や酒、街の活気や通りを歩く娘たちの評価に至るまで、様々な話が交じり合う。酒が進めば雑談が主となるが、それはそれ、決して疎かになる情報ばかりとは限らない。
「商隊たちは戻ってきていますか?」
カルマが興味深げに問いかけた。ヌワコットへ、世話になっている親方などへ手紙を託したいと先日言っていたのでそれに絡んでのことだろう。隊商の交流が再開していれば、頼める先も出る。
「近郊の、目端が利いて耳ざとい連中はさっそく出入りしはじめている。食料に家畜に生活雑貨はいつだって必需品だからな。それに嗜好品も。やっと落ち着いたんだ売り時だよ」
アリャーマンが答える。それに再度問いかける。
「長距離の隊商などは?」
「そっちはまだこれからだろう。戦の噂が届いて、戦が終わった噂が届いて、安全だという噂が届いて、やっとこさっとこそれからだ。長距離の連中は高価で希少な品々をどっさり運ぶんだ。安全じゃないとな」
「となると、まだかなり先まで交易は厳しい?」
「まあ、それは仕方がない。ゆっくりゆっくりやるだろうさ。城主肝いりの政商たちが出発して安全性を伝達するしかない」
「ヌワコットへの隊商路の整備も――」
「まあ、それに合わせてかな」
アリャーマンが「どうせゆっくりやってくるなら<セマルグル蒼穹機士団>の連中が街道整備をしてくれりゃ助かるんだがな」と軽口を叩く。ヌワコットであの気位の高さを体感している身としては「そんな気配りはとても望めんな」としか言いようがない。
それを聞いてアリャーマンがやれやれという風に手のひらひらさせた後「その気位の高い奴らの鼻っ柱をへし折るためには、明日もまた、がっつりカルマに働いてもらわなきゃならん。だから今夜は飲め。そろそろ蜂蜜酒ぐらい飲め! そして妹たちに会って来い!」とまたカルマに詰め寄り始める。少年は「いや仕事が」と答える。
女性と会う前に蜂蜜酒というのはどうなんだろうか。隠喩を感じる。「家長の俺が許す!」と雑談がいよいよ脱線してきた。話がいつも曖昧なのだが、アリャーマンの一家は女系ばかりで、姉が2人、妹が4人というものらしい。ただ、母が2人で叔母が4人で娘が――さて何人だったろうか。そもそも妻の話だけなぜ出てこないのだ。
そんな馬鹿話の最中、唐突に冷たい風が入ってきた。
食堂の扉が大きく開き、せわしない足音で危機を告げる空気――アリャーマンが立ち上がり、真面目な声で問いかける。
「何があった、ダクシャ」
生真面目な、機士であり領主補佐であるダクシャが駆け込んできたのである「歓談中のところ申し訳ない」と告げると「どうか、お時間を――お力をお貸し願いたい」と頭を下げた。
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食堂の主人が手配し、すぐに個室へと移った。狭い宿坊に男が7人、座る場すらない。しかしそれを気遣うこともそこそこに、ダクシャは用件を切り出してきた。
「たった今、追撃の騎兵隊より伝令が届きました」
血の気が引いた顔だった。
「国境の村がムグール軍残党に奪われ砦化されているとのこと。敵は――大鎧5機に獣機の姿も。大将機には重量級<ラーヴァナ>を確認したと」
トリグラフは目をむいた。チェルノボグとスヴェントヴィトが呻いた。アリャーマンが苦虫を噛み砕いた表情になり、カルマは「ラーヴァナがまた?」と口にした。アルマムベトはじっとダクシャを見つめている。
決して軽んじることは出来ない規模の敵であった。
特に、いま。現時点のナイニタルにとっては。




