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44:城塞都市ナイニタル 城内格納庫 領主補佐:ダクシャ(3)

 格納庫内は喧騒の音で満ち溢れていた。


 何しろ仕事は山のようにある。投石器と弩砲で破壊された3機の<ラークシャサ>と、ペルンの槍で切り飛ばされた2機の<ラークシャサ>を筆頭に、中破小破した10機の獣機<ハンダル>と10機の獣機<シュリガーラ>を急ぎ修復するのだ。交換部品も一緒に回収したはずだが、それを確認整理しながら、いずれ来る――おそらく20日以内に到着するであろうヌワコット援軍本隊<セマルグル蒼穹機士団>が到着する前に、出来る限り修繕を終わらせておく必要がある。動かせるようにしておく必要がある。ナイニタルにいる職人が総出で職務を全うしようと汗を流している。


☆☆☆☆☆


「修理の進捗(しんちょく)はどうか」 

「悪くない。おそらく10日で2機の<ラークシャサ>を、20日で1機の<ラークシャサ>を修復できそうだ。それでも一度大破した機体だ。期日では、動かすだけ、程度の癒着状態であることを忘れないでくれ」


 ダクシャは城付けの、機体整備職人(パペッター)筆頭役たるアリャーマンから答えを受けた。彼は、城主ヴィシュヴァの機体を扱う職人であり、ダクシャ自身の機体を任せている職人でもあり、そして全ての職人たちをまとめる頭(かしら)でもある。もう何代もナイニタル城主に仕えてくれている一族の長でもある。そのアリャーマンがものすごい笑顔を浮かべて答えてきた。


 アリャーマンの年齢は25歳。ヴィシュヴァやダクシャよりも3つ年かさだ。褐色の肌はきめ細かく、引き締まった細い肉体をしている。髪は灰色で、高位の立場に関わらず短く刈り上げており、まるで労務者のようだが、その動きに優美さが常に見える。長い手脚が鳥の羽ばたきのように動いて、人目を惹きつける。生まれながらの高貴さが滲み出ている美男だ。それが得意の人好きのする笑顔で答えてきた。


 ダクシャやヴィシュヴァにとってやはり幼少期からの付き合いがある仲である。男の子特有の<武具>への興味から、こっそりとヒトガタ工房へ顔を出すようになった頃からの付き合いである。

 ヴィシュヴァやダクシャが領主と筆頭家老の息子とはいえ、ただの悪がきだった頃からの幼馴染のひとり。そのただの悪がきだった頃、2人は立ち入り禁止とされている工房へと入り込んでは、古びた工具や傷んだ素材などを材料に、思い思いの武具を見立てて工作したりして好奇心を満足させていた。勝手に操縦席に座ったこともある。

 そこにいつの間にか同席するようになったのがアリャーマンである。同じように工房に出入りしていた悪がきだった。


 彼は年かさゆえに幼少期は兄貴風を吹かせることもあった。が、それがまったく気にならない気さくさと頼もしさを持っていた。「工房の中である限り、そこは職人が一番えらいんだ」という言葉を2人に伝え、やりすぎた悪戯――職人頭の工具を勝手に使う、大事な素材に勝手に触れる、修繕用部品をいじくりまわす――で怒鳴り声が飛んできた時は「ごめんよー!」と叫んで逃げることを、捕まった際は「いやぁ、おっさんの腕があまりにいいもんだからさ、オレっちも真似てみたくなってさ」と答えることを教えてくれた。まあその技を駆使しても、とっつかまった後はハンマーのように硬い拳で殴られる訳だが。ただその時は、いつも一番先に拳骨を受け止めてくれたのがアリャーマンであった。職人が石頭を殴って、硬てぇな痛てぇな、と言いながら、いくぶん威力が弱まった2発目の拳がダクシャとヴィシュヴァに飛んでくる訳だ。兄貴風を吹かせるだけに足りる悪がきだった。


 そんな名残から、公式な場ではともかくこの工房内においては、親密な空気でざっくばらんに話をしてくる。ダクシャやヴィシュヴァもそれを好んでいた。率直で、裏表無く、気さくで、こうした立場になった2人にとってありがたい相手だ。腕も確かで、人を束ねる手腕は特に高いと評判だった。


「<ハンダル>と<シュリガーラ>も半数は修復が可能だと思う。ヴィシュヴァの肝いりで、手が足りない分は民間の職人と、ヌワコット増援部隊の職人にも手伝ってもらっている以上、こっちもなんとか20日後までには間に合わせてみせる」

「苦労をかけるが、どうか期日まで急いでくれ」

「手が早い組がいくつかあるんだ。終わり次第、遅れている組を手伝わせて、なんとか帳尻を合わせるさ」

「頼む。<セマルグル蒼穹機士団>到着時、城門を開けると同時に歓迎式典というのが理想だ。その際、街路に戦列を組むことさえ出来れば、ひとまず形は取れる」


 つまりはこうだ。のんびりとやってきた援軍主力に対し「いらっしゃい。でもお仕事は終わってますよ、ご苦労様」というメッセージだ。「いまさら無駄飯を食らいにいらっしゃたんですね」というメッセージでもある。その上で「こっちはこれだけの戦力を整えているのだから、あんたと喧嘩しても簡単には負けないぜ、ついては今回の取り分どうする?」というメッセージでもある。


「こんなでっかい大仕事、爺さまどもからも羨ましがられている。中には古道具を引っ張り出して、手伝いに来る引退者も出る始末だ。まあオレの親父に爺様なんだが。そして、ワシに任せろ、ワシにもやらせろと。まあ形には仕上げてくれるだろ」


 アリャーマンはいつも以上によい笑顔だった。職人としての手ごたえを感じる仕事なのだろう。 


「それにヌワコットの職人たちの中に、なかなかの腕前のヤツがいたんだ。いい機会なんで相互に技術を競わせている。何しろ、完全に破損したと思っていた機体を、他の機体と混ぜ合わせて1機組み上げる<調整術>の腕前がすごい。実はさっきの20日後の<ラークシャサ>ってのはソイツの見立てでね。俺たちは部品取りにしようと思っていた。手際や修理状況から見てはったりじゃない、イケルと思う。つまり1機増えたのはソイツの手柄だ」

「大鎧1機分の手柄か――」

「ヌワコットの職人組合に入ってなかったら、間違いなく引き抜くね。今後の修復数にも変化が出そうな腕前だ。長くいてくれたら、傷んでしまう前に<ハンダル>と<シュリガーラ>もいくらか余分に修復してくれるんじゃないかと期待してるんだが――」

「そこまでの腕の立つ玄人(ベテラン)職人ともなれば、ヌワコットが手放さないだろう」

「いや、なんでもまだ見習いという若手なんだ。それならうまく口説けないかなと思案中なところさ」


 アリャーマンはニヤリと笑っている。人好きする笑顔だが、まるで獲物を狙う雪豹のようだ。あの手この手でぺろりと平らげてしまいそう。「どんな風に口説こうか」と、あごに手を当てて腰をくねらせて口説き文句を羅列しだした。「キミが欲しい!」「オレについて来い!」「地位や身分、褒美は思いのままだ!」「オレの片腕になってくれ!」「専用の工場を用意したよ」「キミの徽章はコレだ!」「助手も嫁も世話しよう!」熱意と勢いが中心とはいえ、なんともバリエーションが豊かだ。万事にそつない男と言うものはこういうものか。

 堅物のダクシャとしては、こうも地力の違いを見せ付けられると、公私につけてなんともつらい。


 しかしヌワコットはなんと力があることか。今回のこの、突貫修理の歓待準備の発案も、もともとはアルマムベトからの助言を元に考え出したことだった。無口な、質素な白い服の男は言った。


「ヌワコット最精鋭の<セマルグル蒼穹機士団>がやってくる前に、ナイニタルが頑健であることを示す必要がある。20機の大鎧を受け入れる際、城門を開ける際、現有する機体、鹵獲機体を全て整列させ、その強さと既成事実を見せ付ける。格下の同盟都市ではなく、共に協力できる同盟都市であることを示さなければ、今回の戦果分配にも、今後の両国の関係性にも影響してくるだろう。少しでも交渉を有利に、鹵獲機に戦利品、賠償金の分配を「半々」にするために、どうだろう」


 正論だ。


 援軍の力を借りた以上、ここで下手を打つと全て<セマルグル蒼穹機士団>の戦果にされかねない。あの有名な、尊大な、ヴォーロス機士団長。赤毛の獅子。出自卑しからぬ、押し出しの聞く容姿に胴間声、腕は確かだが野心を隠そうともしない、あの強引な男が、自身直属配下の20機もの最高級<セマルグル>を引き連れてくる。奴を城内に受け入れて、こちらには半壊しかかった3機の大鎧では国としての威信に関わるどころではない、いろいろ食い破られかねない。

 今後もヌワコットとの協力関係は崩せないゆえ、礼は取らねばならないが、引けぬ部分も当然ある。「独立独歩に運営し、前線でもあるこの都市を維持してゆくならば、防衛力を補強するためにこの機会は逃してはいけない」とのアルマムベトは言った。そのとおりだ。気圧されている場合ではない、踏ん張りどころだ。ただ、その判断が先遣隊隊長であるアルマムベトから出たということが気にはなる。もっとも彼からの申し出がなければ、先遣隊同行人員での修理協力なぞ、とても――。


「ヌワコットは人材の宝庫のようだ。腕利きの修理職人、人機一体のアルマムベト殿に騎兵隊長トリグラフ殿、機士チェルノボグ、機士スヴェントヴィト……」


 こぼれた言葉は、思いのほかわず愚痴めいた声音になった。


「おや? 我が麗しきナイニタルにも、有望な人材ならば若き名君、その懐刀たるダクシャ殿と、綺羅星のごとく存在してますが?」


 アリャーマンはくるりと身を翻して、覗き込むように、明るく朗らかに声をかけてきた。


「微力ながら、ワタクシめもご尽力いたしますよ」


 機械油と培養血液の染みまみれの作業服で、優雅に右手を胸に当て左足を後ろに引いた。貴族風の礼をしてから片目をつぶってみせる。緑眼(エメラルド)の瞳が悪がきの頃と変わらず煌く。大好きな兄貴分の表情だった。


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